217,月から脱出!
『フライ』をエンジンにした飛行船を造って脱出する。
そんな突飛な案に思えるアドノーさんの案に従って浮き木をふんだんに使って飛行船を造る事数十分。
完成したのは小さくてシンプルけど想像以上に立派な飛行船だった。
いやテレビやゲームで見る何百人と乗れる巨大な飛行船に比べたら、って意味でなんだけど。
この人数で乗るにしてはかなり大きいし立派なんだ。
飛行船の殆どを占める厚い風船の様な浮き木の実を繋げて造ったエンベロープは、俺の何百、何千倍も大きいし、重病人2人だけじゃなく長年の地下生活で弱ってるキタノさん達の為でもあるんだろう。
四角い箱の様なゴンドラはシンプルな見た目に反して中は突貫工事で造ったにしてはかなり快適で安全な作りになってるんだ。
この場に居る全員が大の字で寝ても余裕がありそうな広いゴンドラの中にはピコンさんが作ってくれたフカフカの大きなベッドもあるし、同じくピコンさん製の座り心地の良い椅子にはシートベルトがシッカリ完備されてるし。
多分今出来る最大限の快適さと安全を実現出来てると思う。
「エド、マシロ!飛行船完成したよ。そっちは?」
「こっちも出来るだけの事はやり終えたぞ」
「なら奥さんと息子君を運び出しても大丈夫だよな?
それとも薬の副作用とかを考慮してもう暫くこのままの方が良い?」
「いや、大丈夫。
時間も押してるし、急いで運び出すぞ!」
「分かった。『フライ』!」
集中を乱さない様に応急処置が終わるまでは絶対に近づくな!!
ってクエイさんに言われてたから作業中一切声を掛けなかったけど、これだけの時間が経ってもまだ終わって無かったらどうしよう・・・
あの天井の穴までかなり距離があるし、後1時間以内にちゃんと外に出れるのかな?
そうルグ達からの反応が無い事に不安を募らせながら予定通り『フライ』で飛行船を動かせるかどうかやある程度の飛行船の強度をちゃんとシッカリ確認し終えて、俺は恐る恐る洞穴の中に居るルグ達に向かってそう声を掛けた。
ルグとマシロ、クエイさんが尽力したお陰で無事に応急処置を終えれた様で、入って大丈夫だと言われて見たチトセさんとツムギ君の顔色や呼吸は最初見た時よりも大分良くなっていた。
その事にホッと小さく息を吐き、寝かされてる布ごと『フライ』を掛け軽くしてルグやダージャさんが2人を飛行船まで運んでいくのを見送る。
残った俺とマシロはキタノさんと一緒に持ち帰りたい物の運び出し。
シラタキさん達もそうだったけど、何年も暮らしてたら何もなさそうな地下でも物が増えるものなんだな。
いや、ある意味無念に囚われたシラタキさんやキタノさん達の努力の賜物と言うのか・・・・・・
アドノーさんのお父さんが雇った冒険者仲間の品か、それともシラタキさんの様に『箱庭遺跡』から連れて来られた人の品か。
それは分からないけど自分達が地上から持ってきた物やこの地下で暮らしてる間に作った物以外にも明らかに遺品だと思われる物もあったんだ。
・・・・・・この品々もちゃんと持ち帰って、持ち主達が帰りたかった場所に返してあげないと。
これ以上『財宝の巣』を探索する事が出来ないんだから、せめて今の俺達でも出来るその位の事はするべきだよな?
「離れれば多分簡単には戻ってこれません。
忘れ物は有りませんか?」
「大丈夫だ」
「ぶっつけ本番なので何が起きるか分かりません。
シートベルトはちゃんとしましたか?」
「勿論!」
「覚悟は?」
「とっくのとうに出来てるぜ!
サトウの方こそちゃんと心の準備出来てるんだよな?」
「出来ればもう少し待って欲しいけど、時間無いから出来たって言い聞かせて頑張る・・・」
「なら大丈夫だ!!サトウなら出来る!!
だからそんな弱気な事言うなよ?」
「分かってるよ・・・・・・
では離陸します!『フライ』!!」
ピコンさんの『クリエイト』の様な魔法で作り出した大きなガラスが填め込まれた窓の直ぐ側の操縦席に座って、最終確認の言葉を後ろに居るマシロ達に投げかけて。
隣に座ったルグに気合を入れられて、俺は飛行船に魔法を掛けた。
確認した時と同じ様にゆっくり浮き上がる飛行船。
そのまま少しづつスピードと一緒に高度を上げる。
「よし、この高さまで来れば湖の方に行ってもあの化け物に襲われる事は無いな。
サトウ、そのまま上に向かいつつ右前の方に向かってくれ」
「分かった」
飛行船の操作に集中する俺をルグがナビゲートしてくれる。
シロウネリの様な生き物が来れる高さを過ぎたから穴がある湖の真ん中の方に向かえ。
その指示に従って飛べば、暫くして真下の方から何度もぶつかり合う激しい水音と一緒に地の底に居る亡者が嘆きの声を張り上げてるって思いそうになる様な不気味な鳴き声が響いてきた。
洞窟内を吹き荒れる風や、『風の実』が生まれる『風の泉』から流れ出る特殊な風の魔元素の音なんかじゃない。
間違いなくこれはシロウネリの様な生き物が俺達を襲おうと暴れてる音だ。
その音がこんなに高い所まで来た俺達の元にまで響いて来てる。
操作に集中してるから外の景色をジックリ見る余裕は一切無い。
けど正面の窓から微かに見える景色的に、高い塔から点の様な人達を見下ろす位には湖と距離が開いてるはずなんだ。
それでもシロウネリの様な生き物の鳴き声や暴れる音がハッキリ聞こえるって事は、実際シロウネリの様な生き物はどの位大きいんだろう?
かなり大きいって聞いてコカトリスや巨大クロッグ位の大きさを想像してたけど、もしかしてもっと大きいのか?
だからってアレは・・・・・・
流石に正面の窓の先の湖でうねってるあの白い線がそうだって言わないよな?
流石に違うよな!?
あれはシロウネリの様な生き物が暴れて産まれた波の跡だよな!!?
「サトウー。下じゃなく上見ろよ。
もう直ぐ穴の所なんだから、上にだけ集中!」
「わ、分かった・・・
因みに聞くけど、あの湖の白いのは・・・・・・」
「気にしない!!上にだけ集中!!」
「はい」
ルグに頭を掴まれ軽く上を向かされる。
それだけこの下は恐ろしい光景が広がってるって事か。
余計な事を察して飛行船の操作を誤っても怖いし、ルグの言う通りもう下は見ない様にしよう。
気にしない、気にしない!!
「大丈夫・・・だな。
穴の周りにコイン虫や人飼いスライムが潜んでる感じは無い」
「こっちから見ても大丈夫だ」
「左側も問題ないぞ」
「ゴーレムが写せる範囲でも危険そうなモノは見当たりません。
擬態した生き物がいる可能性も低いと思います」
「なら穴の中に入ります!
周りの警戒は任せました!!」
近くに来て分かった光苔に縁取られた天井の大穴。
その大穴は想像以上に大きくて、この飛行船が横に3隻並んでも余裕で通り抜けれると思った位だ。
そんな巨大穴の周りを見渡したルグの確認の言葉に、キタノさん、シラタキさん、リカーノさんがそう答える。
その言葉を聞いて俺は少し手前の空中で止めていた飛行船を穴の中に向かわせた。
「夕日が見えてきました!!
出口までもう少しです!!
もう少し、もう少しで脱出出来ます!!」
「はい!!」
どの位飛び続けてるんだろう?
実際の時間はどの位か分からないけど、体感的にはもうタイムリミットギリギリまで飛び続けてる気がする。
穴に入ってからもかなりスピードを出して飛んでるはずなんだけど、それでもあの奈落の様な穴は長くて、幾ら飛び続けても中々外に出ない。
その上今まで『フライ』で飛ばした物の中で1番大きなこの飛行船を操作するのはかなり難しくって、人並みより少し上位集中力があるって言われていても流石に限界が来そうだ。
そんな不安と焦りが更に俺の集中力を掻き乱す。
「集中しろ、集中し続けろ!!」
そう思えば思う程逆に悪化してる様な気がして更に焦って。
そんな悪循環に片足1本踏み込んだ俺の耳に届く、戻ってきた鳥型ゴーレムから聞こえるリカーノさんのハッキリした力強い声援。
その声援を活力に、集中が切れる前に外に出ようと更にスピードを上げる。
そんな飛行船を穴の先から降り注ぐ茜色の光が包み込んだ。
「で・・・れた・・・・・・?」
紺色の夜空に燃え盛る炎を投影した様に、俺達を乗せた飛行船が飛び出したオアシス跡地の穴の先の砂漠と空をオレンジ色に染める夕日。
ドンドン広がる穴を突き進み漸く見えた待ち望んだ景色が何故かブレる。
きっと地下の暗さに慣れた目にはこの灼熱の夕日の光は強烈だったんだ。
あまりの色彩と光の洪水に涙が出る程目が疲れてしまっても仕方ないだろう。
「ゆう・・・ひ・・・・・・?」
「そうだ・・・アレは夕日だ。太陽だ。
太陽が有るんだ!!」
「~~~ッ!!!
外だ!!!此処は外なんだッ!!!」
「あ、あ、あぁ・・・外・・・・・・出れた・・・
漸く、帰って来れたんだぁあああ!!!」
唖然として窓を見つめるロマンさんの静かに響く呟きを聞いて、キタノさんが泣きそうな声で頷き返した。
太陽が有ると、明るいとボロボロ零れる涙を残った手で拭うキタノさん。
そんなキタノさんとロマンさんを交互に見た後もう1度窓の外を見て、シラタキさんは声にならない歓喜の叫びを上げてロマンさんの首に抱き付いた。
そのシラタキさんの声で漸く事態を飲み込めたんだろう。
焦がれ続けた外に出れたと漸く理解が追いついたロマンさんは、人目もはばからず幼い子供の様に大声で泣き出した。
「チトセ!!チトセッ!!見ろ!!夕日だッ!!!
目の前に夕日が有るんだ!!!
漸く俺達は外に出れたんだ!!!」
「・・・・・・」
「ツムギ!!初めて見るだろう!!?
コレが夕日だ!!太陽なんだ!!!
コレがずっとお前に見せたかった、父ちゃんの故郷の景色なんだッ!!!」
そんなシラタキさんとロマンさんの近くでは、ダージャさんがチトセさんとツムギ君を優しく抱き起し必死に外を見せようとしている。
でも2人の目は固く閉じられ、けして開く事は無かった。
それでもダージャさんは声を掛け続ける。
「もう大丈夫。自分達は助かったんだ。
2人も直ぐに良くなる。
直ぐにその体を蝕む病を治せるんだ!!」
そう言い聞かせる様に、何度も、何度も、2人の体を太陽に向けさせ声を掛けた。
「サトウ君。本当にあと少しだ」
「そうだよ、キビ君。後は地面に降りるだけ。
だから・・・・・・」
「大丈夫。任せて。後少し頑張ってみせるから!!」
そう少し不安そうに声を掛けてくれるマシロとピコンさんに、俺は大丈夫だと笑って答えた。
ここで油断して穴の底に真っ逆さまなんって事になってたまるか!
ここが意地の見せどころ。
無事に地上の地面に降り立つまでが俺の仕事だ。
まだまだ集中を切らすな、俺!!
そう自分に強く強く言い聞かせ、頭痛と一緒に散り散りになりそうな意識を掻き集めシッカリ最後まで飛行船を動かす。
「全員くたばってねぇみてぇだな」
「当然!
こんな所で易々死ぬ訳ないし死なせる訳無いだろう?」
「ハッ。だろうな」
飛行船をオアシス跡地から少し離れた砂漠の上に降ろして直ぐ、真っ先にクエイさんが飛行船の中に乗り込んできた。
そして中を見回して一言。
本人はちゃんと隠せてると思ってる様だけど、ホッと安心した息を吐いた事を隠す様にニヒルな笑みを浮かべて言った言葉は、笑顔で返されたルグの言葉に簡単に崩されてしまった。
「直ぐに重病人の治療を始める。
お前等は直ぐに出ていけ」
「手伝いは?」
「必要ない。邪魔だから大人しく外で待ってろ」
疲れてるだろうから、しっかり休んでろ。
直ぐに発せられたザラさんの通訳が無くてもその態度と雰囲気で分かるクエイさんの気遣いに甘えて休ませて貰う事にした。
と言うか頭がグラグラする位疲れ過ぎて自力で歩く事すら億劫なんだ。
実際出ろって言われても直ぐには外に出れなくて、結局ルグに担がれて外に出る事になったし・・・
これ以上何かやれって言われなくて良かったって思ったのは内緒だ。
「お疲れ様」
「エドも、お疲れ様。
ちゃんと全員生きて出て来れて安心した・・・
よ・・・・・・」
シラタキさん達はクエイさんが入って来て少しして入って来たジンさんが呼んでくれたチボリ国の兵士さん達に無事保護されたし、アドノーさんは心配してクエイさん達と一緒に此処まで駆けつけてくれたリカーノさんと話してる。
そのルグの肩に担がれたまま見回した穏やかな光景。
それに漸くこの長くて濃くて危険な依頼が終わったんだと、ホッとした深い深い息と一緒に言葉が零れる。
まだ飛行船の中に居るチトセさん達の事は心配だけど、自分のやるべき事はちゃんと終わらせられたと思とドッと疲れが溢れてきて・・・・・・




