215,『真の宝はその先に』 29粒目
『風の実』が有った部屋から抜け出して、軽く目の前の地底湖を見回して。
ササッと浅瀬があるのがどっちか確認した俺達は急いで左の方に走っていった。
「おーい!!!おぉおおおい!!!」
「ッ!」
安全の為に出来るだけあの部屋から離れようと走っていると、前での方から片手を大きく振りながら誰かが走ってきた。
『おーい』と言ってるけど、声は男性特有の低いものでしっかり二足歩行してる。
だからあのまだまだハッキリ見えないが人影がマンイーターじゃないのは確かだろう。
でも人飼いスライムかどうかまでは・・・・・・
そう思って警戒して立ち止まっている俺達とは正反対にその人影はドンドン近づいてくる。
「あれは・・・・・・人?
それに左腕が・・・・・・
もしかしてキタノさん?」
「えぇ、間違いないわ!?
異常に痩せてるし角も無いけど、間違いなく彼はホマレよ!!」
縛ったりして無理矢理着てるサイズの合ってない着物の様なボロボロの服と、2m以上は有るだろうその身長。
それでその大きな男性が、長年の地下生活でもやしの様に痩せ衰えてしまってるけど、元々かなり大柄でガッシリしていたと言う事が分かる。
そして更に近くに来た事で分かったのは、その男性の片腕が無いと言う事。
無いのはあの時ガーゴイルに詰まっていたのと同じ左腕。
それだけでもその近づいてきた男性がキタノさんだと言う事は分かったけど、その信じられない様に目を見開いたロマンさんの言葉で確信した。
「ホマレぇえええ!!」
「ッ!!!
まさか・・・デュー!?デューなのか!?」
「えぇ、そうよ。久しぶりね、ホマレ」
「あ、あぁ・・・久しぶりだな。
色々変わり過ぎて最初誰だか分からなかったぞ?」
「こんな地下でずっと生活してたら嫌でも変わるわよ」
「そうかお前も・・・・・・
お前だけでも無事で良かったよ」
此方も信じられない物を見る様な目でロマンさんを見るキタノさん。
地下生活前のロマンさんを知ってるキタノさんが目を白黒させる位、ロマンさんはシラタキさんとの生活で変わっていた様だ。
ここまで驚かれるってロマンさん、元々どんな人だったんですか?
「それで君達は・・・・・・
私達の後にアドノー博士に雇われた・・・・・・」
「いいえ。キタノさん達を救助しに来ました。
詳し事はまた後にして、兎に角重病の人は何処ですか?」
ロマンさん達と一緒に地下生活していた、キタノさん達が消えた後にアドノーさんのお父さんに雇われた冒険者なのか?
だけど今はそんな事どうでもいい。
兎に角今直ぐに自分達を助けて欲しい。
そうキタノさんの顔に書いてあった。
本当は木箱ボートを作り直して欲しいけど、時間が無いから仕方ない。
その思いも言葉も胸の内に押し込んで、そう大体の事は知っていると手短に言って。
直ぐにでも『フライ』で飛び立てる様に俺はウエストポーチからレジャーシートを取り出した。
「ッ!!こっちだ!!」
「待って下さい!飛んで行くのでこちらに!!
すみませんが、エドと
「人命が掛かってるんだから、何も言わずに行きなさい!!」
ッ!はい!!」
マシロ達が迷わず追いつけるか心配だけど、その事を気にして間に合わなかったら悔やんでも悔やみきれない。
此処まで必死に来た意味が無くなる。
その事が分かってるからこそ念の為に一言言おうとした俺の言葉をバッサリ断ち切って、
「分かってるから、急いで行け!」
とアドノーさんは言ったんだ。
その言葉を聞いて俺とルグ、キタノさんはマシロ達を置いて急いでその重病の人が居る場所に向かった。
「病に罹ってるのは2人。
23のエルフの女性と、その女性が仲間の人間との間に授かったもう直ぐ2歳になる人間の男の子だ。
重いのは母親の方。
彼女の頼みで子供を生かす方を優先させたから、かなり悪化してる」
キタノさん達が住んでる所に着く前にある程度薬を調合しておくから、患者の詳細を話せ。
そう通信鏡の画面に映ったクエイさんに言われ、案内の傍らキタノさんは出来るだけ詳しく重症の人の事を話し出した。
でもまさか病人が2人も居たなんて・・・・・・
その事にも驚いたけど、その内の1人が本当に幼い子供だったのには本当心底驚いた。
キタノさんの話的に、リカーノさんが言っていたのはその母親のエルフの人の事なんだろう。
キタノさんも母親の方が酷い状態だって言ってるし。
けど、きっと子供の方も危険だ。
そんな小さな子供がこんな場所で病気に罹ってしまったら、更に危ういと言えると思うんだ。
そもそもこんな無い無い尽くしの劣悪な環境化で母子共に無事に生まれ、2年近くどうにか育ってくれた。
その事自体が奇跡と言えるんじゃないかな?
だからこそ、それ以上の奇跡が今起きてくれてないとも言えるんだけど・・・
「症状は?」
「2人とも酷い高熱を出してる。
そのせいでもう何日も目を覚まさないんだ。
あ、いや。
最初は少し何時もより体温が高い位だったんだ。
寒くなり出す時期だし疲れているから少し熱っぽいのかと・・・・・・
でも段々悪化していって、動く事も話す事も出来ていたのが今では指1本、単語1つ絞り出すのすら無理なんだ。
弱々しく呼吸する以外一切に反応してくれなくて・・・」
「肌の色は?
1部が変色していたり、変な発疹が有ったりするか?
後、目。白目の部分に異変は?」
「ある!母親の方の指先が黒っぽくなってるんだ!!
濡らした布で拭いても取れなかったから、指自体の色が変わっているんだと思う。
それと目に変化は・・・・・・すまない。
そこまでは分からない。
起きていた時に変化は無かったと思うが・・・
今は・・・・・・
無理矢理瞼を押し上げて見てないから分からないんだ」
「先に出たのは手の方か?それとも足?」
「それも・・・分からない。
気づいた時にはそうなっていて、何時からそうなっているのかは・・・・・・」
「なら変色した部分は硬いか?」
「あぁ。爪の様に硬くなっていた」
「なら、アレの可能性が高いな・・・・・・
種族と年齢の事を考えると・・・
子供の方はアッチ・・・・・・いや、アッチか?
最近そいつ等が食った物は?」
後ろからそう言うクエイさんとキタノさんの会話が聞こえる。
流石、クエイさん。
今のキタノさんの話だけである程度の原因が絞り込めた様だ。
それでも患者さん本人を見てないから完全に絞り込めない様で、更に質問を続ける。
でも、キタノさんはその質問に答えなかった。
「キタノさん?どう・・・ッ!!?
「見えた!!!あそこだ!!
あの洞穴が私達が生活してる場所で、あその1番奥にッ!!」
分かりました!!」
キタノさんがシッカリナビゲート出来る様に、車で走る位の安全な最高スピードで飛び続けて、数分。
後ろからぶつかる様に俺の肩を勢い良く痛い位掴んだキタノさんが、目の前に見えてきた意外と遠い場所に有った洞窟を指さして叫ぶ。
それを聞いて俺は少しずつ高度とスピードを下げながらその洞穴に入った。
「誰だ!!?」
「助けに来ました!!
こちらに写ってるのは腕の良いお医者さんです!!
薬もあります!!
奥さんとお子さんを見せて下さい!!!」
この人が旦那さんなんだろう。
色んな液体で顔をグシャグシャにしたチボリ国人のやつれた男性が、床に寝かされた女性の手を握ったまま振り返って、驚きと警戒が混じった声を上げた。
その旦那さんに手短に自分達の事を説明して、退いて貰う。
と言うか通信鏡を持ったルグが無理矢理退かした。
「チッ!!思っていたより悪化してるな。
そもそも重病者が1人なんって最初に言いやがったのは誰だ!
ガキの方もヒデェじゃねぇか!!」
そう一目見てクエイさんが舌打ちしたのも無理も無いだろう。
掛布団代わりに掛けられた薄布を剥がして見えたその親子は、そう言う事にかなり縁の無い俺でも分かる位かなり酷い物だった。
子供の方は弱々しくても泣き声を微かに漏らしてくれてるから、まだ生きててくれてるんだってハッキリ分かる。
でも旦那さんに手を握られた奥さんは、本当にまだ生きていてくれているんだろうか?
顔色は絵に描いた死人の様に酷く、微かに掛けられた薄布が上下してなかったら間に合わなかったと思い込んでいた所だった。
それに、キタノさんが居ない間に更に悪化したのかもしらない。
握られた力の入ってない手の先だけじゃなく、一昔前の宇宙人の耳の様な上の方の先がとがったお椀状の耳の端も、ジワジワと言った感じで不自然に黒く変色しだしている。
何より2人共餓鬼の様にガリガリに痩せているんだ。
2人が寝かされてる布団の周りには旦那さんやキタノさんどうにか食べ物や飲み物を口に入れようとした跡が沢山残ってる。
でも、意識が完全なくて何も飲み込めなくて、点滴も無い。
だからここまで2人は痩せてしまったんだろう。
そのせいで更に病気が悪化して・・・・・・
本当に2人を助けられるんですよね、クエイさん?
「助け・・・・・・本当に・・・・・・
頼むッ!!!
俺はどうなってもいい!!何でもする!!
だから、だから、チトセとツムギを!!
妻と息子を助けてくれッ!!!
彼女達が居なくなったら俺は・・・俺はッ!!」
「うるせぇえええ!!!
何叫んでるか知んねぇが、態々俺達の前に来て蹲るんじゃねぇ!!!
邪魔でしかねぇんだよ!!
こいつ等生かしたいんなら邪魔すんな!!」
「診察するからそこどいてくれってさ」
「ザラ!!!お前も黙れ!!!エドは手伝え!」
「分かった!」
「死人モドキは邪魔なそいつ等部屋の外につまみ出せ!!
俺が良いって言うまで近づけるな!!!」
「わ、分かりました」
そんな俺の不安が伝わってしまったのか。
ルグの手の中の通信鏡に映し出されたクエイさんの目の前に急いで戻った旦那さんが、地面に頭を擦り付ける勢いでそう血涙を流しそうな辛い声で頼み込んだ。
けど、その言葉の意味も行動の意味も全然通じてないんだろう。
血管が何本も切れてそうな声音でクエイさんは邪魔だと反響する程吠えた。
これじゃあ流石に旦那さんが可哀そうだし、旦那さんも奥さんのチトセさんと息子のツムギ君を見捨てられたと勘違いして更にその場から動けなくなってしまうだろう。
そう思ってその旦那さんの言葉を伝えようと口を開く前に、クエイさんはそう勢いに任せとは思えない程テキパキと指示を出した。
俺が態々通訳しなくてもクエイさんならこの2人を助けてくれるだろうし、この行動を見たら旦那さんも勘違いしてたと気づくだろう。
と、そのクエイさんの医者らしくなくて、でもやっぱり医者らしい態度に俺は頷く事しか出来なかった。
「大丈夫です。
先生がちゃんと見てくれるので、俺達は邪魔しない様に少し離れましょう」
「だ、だが・・・」
「通信鏡越しの診察って言う難易度の高い事を頼んでるんです。
それだけでも何時も以上に気が抜けないのに、奥さん達は本当に1分1秒を争う程酷い状態なんです。
だから先生も少しピリピリしてる。
ですので、俺達医学の知識の無い人は家族でも邪魔しない様に離れないといけないんです」
頭では分かっていても底の無い不安に支配された心は素直いに頷けない様だ。
その旦那さんの気持ちは分からない訳じゃ無い。
それでもクエイさんの指示に逆らって最悪の結果を招く訳にはいかないんだ。
だから俺は不安に瞳を揺らす旦那さんの顔を真っ直ぐ見て、そう必要無いと一瞬でも思った説得の言葉を掛けた。
「だから、俺とキタノさんと一緒に外に出ましょう」
「そう言う事だ。
今だけはその気持ちを押し殺して先生の言う通り離れるぞ、ダージャ」
「分かった・・・・・・
どうか、どうかお願いします。妻と息子を頼みます」
そうキタノさんと一緒にダージャさんを説得して、言われた通りルグ達から見える範囲内の奥の部屋の外に出た。




