200,『真の宝はその先に』 14粒目
一体3人はナト達とどの位の時間戦い続けていたんだろう。
まともな戦力がザラさんだけって事と、ナト達が倍近く居る事。
そして、ナト達に躊躇いが一切ないせいで、既にクエイさん達はボロボロだ。
ナト達の余裕ある攻撃を防御して、かわして、いなして。
どうにかギリギリ身を守れてるけど、このままじゃ何時クエイさん達が殺されても可笑しくない!
その位クエイさん達は押されてるんだ!!
「ナト!!ナトッ!!!
頼む!!気づいてッ!!!
こっち向いてくれ!!!ナトッ!!!」
「このッ!!!壊れろ!!!壊れてくれよッ!!!」
あぁ、何でこの壁はこんなに硬いんだ!!!
幾ら握りしめた拳で思いっ切り殴っても、ルグが思いっ切り蹴っても、ピコンさんが休まずピッチフォークを使っても、壊れるどころか傷1つ付いてくれない。
逆に俺達の手や足、ピッチフォークの方が先にダメになりそうだ。
ピッチフォークの先は直ぐに壊れてピコンさんは何度もピッチフォークを作り直してるし、殴り過ぎて皮が擦り剝け痛む俺の手からは血が出始めてる。
それでも人飼いスライムの宝石以上に硬い黒い壁は壊れてくれないし、防音もしっかりしてる様で縋りつく俺達の叫びをナト達に届けてくれない。
「クソッ!!!出ろよ!!!
クエイ!!今、距離開けただろう!!!
その隙に通信鏡に出ろ!!
それ以上あいつ等に近づくな!!
馬鹿な真似するなよッ!!!」
「ジェイク!!ザラさん!!クエイさん!!!
お願い!!逃げてッ!!!
今、赤の勇者達捕まえなくて良いからッ!!!
お願い逃げて!!!死なないでッ!!!」
視界の端に通信鏡に向かって叫ぶルグとマシロの姿が映る。
何度も、何度も、何度も。
飽きる事無くコールしてるのに、壁の先のクエイさん達はその通信鏡に出ようとも、意識を向けようともしてくれない。
頭に血が上ってしまってるのか、それとも治療が間に合わない程酷い怪我を負い続けてるせいで焦ってるのか。
それとも、それとも、魔女辺りが精神に作用する魔法を使ったせい?
普段のクエイさん達からは想像できない。
ある意味異常とすら思える程、完全に冷静さを失ったクエイさん達は無策にナト達に突っ込んで行く。
3人とも直接突っ込んで行く訳じゃ無い分、まだましと考えるべきか。
薬の組み合わせで何かする訳でも無いのに機械的に長針を投げ、
切り取った映像をループさせてると思う程殆ど同じ動きで鉄球を飛ばし、
我武者羅に自分の影だけを動かし殴り掛かる。
無駄だと分かってるはずなのに。
その攻撃はもう通用しないって何時もならすぐ気づくはずなのに、手負いの野生動物か何かになってしまったかの様に、ただ、ただ、突っ込んで休まず攻撃するだけ。
そんな性能の悪いAIを使ったゲームのキャラの様な攻撃は、ナトの結界の魔法やキャラさんの操る盾だけじゃなく、海月茸農園にあった刀を軽く振るう高橋にも簡単に弾かれてしまう。
可笑しい。
絶対可笑しい!!
異常だ!
こんなの異常でしかないッ!!
何より異常で可笑しいのは、そのクエイさん達の異常をナト達は当然と言いたげな余裕の表情で受け入れている事だ!
魔女達はまだいい!
何時もの事だ!
でも高橋までもがその勝ち誇った醜い表情をするのは許せない!!
ナトも高橋も、『ナト』と『高橋』のまま連れ帰りたい。
連れ帰らなきゃいけない!
だから、クエイさん達を傷つけて。
殺そうとして喜ぶような、そんな別の生き物に作り替えられる様な事、絶対に許す事なんか出来ないんだッ!!!
そう思うのに、この思いが届けられない。
止める事が、出来ない!
出て!出てくれよ!!
頼むから、通信鏡に出てくれ!!!
それだけで俺達のこの声は届くんだ!!
ナト達も、止められる!
もうやめてくれ!!!
これ以上クエイさん達を傷つけないでッ!!!
そう喉を嗄らして、潰して。
この世界でも喋れなくなってでも声を張り上げて、一瞬の逃亡の隙を作れる。
クエイさん達を逃がす事が、ナト達にこれ以上の罪を犯させない様にする事が出来るんだ!!!
だから、届け!!!
届いてくれよッ!!!
そう何度祈っても、頼んでも、ナト達にもクエイさん達にも届かない。
まるで本当に薄い画面1つで世界が分けられてしまってる様だ。
「アドノーさんッ!!!銃貸して!!!」
「わ、分かったわ!!!」
それでも諦める事なんか出来ない!
クエイさん達が無残に殺される所も、ナト達がこれ以上誰かを殺す所も、黙って見てる事なんか出来る訳無いんだ!!!
だから、足掻く。
脳を捻って、頭を回して、足掻き続けてやる!
そう思って導き出した答え。
コレが今出来る最善策か分からない。
他にもっと良い方法があるかもしれないけど、迷ってる暇も、選んでる時間もない。
成功すると信じて慌てる俺達を唖然と見てるアドノーさんから奪う様に銃を借りる。
「全員耳塞いでッ!!!離れてッ!!!」
銃にはマシロが使った時のまま、緑色の石が填め込まれてる。
それをサッと確認して急いで、でも正確に『クリエイト』で全員分の耳当てを作って。
自分の分を装着して残りを全部ぶん投げながらルグ達全員に離れる様叫んで、黒い壁に向かって銃を撃つ。
大きな地震が起きて体が吹き飛ばされそうな、音の爆弾。
その銃から放たれた緑色の爆音でも黒い壁は壊せなかった。
でも、この爆音は微かにでもナト達に届いた様だ。
ゾンビにされたルディさんとキャラさん以外の壁の先に居る全員が驚いた様にこっちを見てる。
でも、俺達に気づいてる様には見えない。
ハハ。
これだけやっても、たったそれだけの反応しかさせれないなんて、本当硬いな、この壁。
防音も想像以上にシッカリしてるし。
流石に、嫌になり過ぎて笑えてくる。
「おい!さ
「上ッ!!!逃げてッ!!!」
そしてもう1つ。
今の爆音が原因か、それとももっと前からチャンスを狙っていたのか。
モフモフの耳当てでも抑えきれなかった爆音にやられ倒れる様に蹲ったまま見上げた黒い壁の先の天井。
そこに巨大なサソリの様な生き物が何匹、何十匹と逆さまに張り付いていた。
その群れのボスなのか。
伝説のビックダーネア位大きな1匹と、その周りに居る普通のサソリより大きいけどそのボスよりは小さい沢山のサソリっぽい魔物。
血が繋がってるのか、大きさが違う事を抜かせば全員同じ、甘いマスクを台無しにする濁った眼の口裂け人面サソリだ。
その人面サソリ達が初めて見た時のクリーチャーの様に天井からナト達全員を狙ってる。
爆音のお陰で全員に隙ができ、驚いた事で冷静さを少しでも取り戻したからだろう。
その事に気づいたタイミングで、漸く鳴らしっぱなしの通信鏡にナト達から大分距離を取ったクエイさんが出てくれた。
壁に映し出されたクエイさんの動きで完全にクエイさんが通信鏡に出る前にその事に気づいた俺は、転がる様に慌てて少し離れてるルグの元に駆け寄って、そうルグが握る通信鏡に向かって叫んだ。
「ッ!!!ザラ!!ジェイク!!
そこから離れろッ!!!」
黒い壁の先で弾かれる様に上を見上げたクエイさんが、通信鏡の先でそう怒号を響かせる。
それと同時にボスから順に落ちていく人面サソリ。
漸く調子が戻ったらしいボロボロの体とは思えない機敏な動きで移動したクエイさん達3人と、人面サソリに気づかず動かなかったナト達7人。
その間に人面サソリ達が猫の様に空中で体を捻って見事に着地する。
「アレは・・・ギルタブリン!!!」
「クエイ!!!逃げろ!!!
今のお前達じゃ、ボロボロのお前達じゃソイツに適わないッ!!!
何も言わず生き残る事だけ考えろ!!!
逃げるんだッ!!!」
「クソッ!!!」
ナト達とクエイさん達。
その2つの陣営を舌なめずりしそうな表情で交互に見る人面サソリことギルタブリン。
『箱庭遺跡』内で1番有名だって言われたスフィンクス並みに有名な魔物なのか、それともロホホラ村の柱にも名前が書かれてたからか。
ギルタブリンをたった一目見て、アドノーさんが悲痛と驚愕を混ぜた様な悲鳴を上げる。
そして鳥型ゴーレムのお腹の画面の先からも、息を飲む誰かの絶望の音が嫌になる位響いた。
それだけあのギルタブリンって言う魔物は凶悪なんだろう。
きっとその事を此処に来る前から知っていたんだろうな。
その悲鳴を聞いて、ルグが手の中の通信鏡に向かって今まで聞いた事ない位の鬼気迫る大声で叫んだ。
それを聞いて悪態を吐きながらもルグの指示通り右の方に逃げていくクエイさん達。
そんなクエイさん達を見てか、それともナトが説得したのか。
数の多さかクエイさん達より若くて美味しそうに見えたのか、最終的にナト達を選んだギルタブリン達と戦いつつ、ナト達も左の方に逃げていった。
「は、ッあああ・・・・・・
イッ!!つぅううう・・・・・・」
クエイさん達も、ナト達も、誰も逸れる事無く群れ全員でナト達を追いかけて行ったギルタブリン達も。
誰も居なくなって、ただ、ただ、晴天の真昼の様に光苔の光に照らされた広い部屋だけが壁に映し出される。
その黒い壁の先の光景を見て少しだけ緊張の糸が解けた俺は、そのまんま糸が切れたマリオネット同然にへたり込んだ。
まだ凶悪らしいギルタブリン達に狙われてるから完全にナト達の事で安心は出来ないけど、1つの山はどうにか越えられたからだろう。
ホッと更に体から力が抜けるとほぼ同時に、忘れていた手の怪我が痛みだした。
「ッ!キビ君!!大丈夫!?
薬塗るから、手、見せて!」
「だ、大丈夫・・・
この位直ぐ『ヒール』で治せるから、俺は大丈夫。
それより、マシロ達の方こそ大丈夫?
急いで作ったから耳当て役に立たなかっただろうし、殆ど何も言わずに銃撃ったから、耳とか痛くない?」
「私達の方は問題ないよ!
それより、キビ君だよ!!
全然大丈夫じゃないでしょ!!」
「そうだぞ!マシロの言う通りだ!!
1番怪我が酷いのはサトウだからな?
人の事気にする前に自分の怪我治せよ!?
後薬もちゃんと使え!!」
「わ、分かった・・・・・・」
予想以上の、熱も持ってそうな激しい痛み。
自らの血で滑る、真っ赤に染まった部分は空気が触れるだけでもかなり痛くて、思わず悲鳴を漏らして蹲ってしまった。
そんな俺の元にクエイさん特製の薬を持ったマシロが近づいて、その痛み続ける傷を治してくれようとしてくれた。
痛みで直ぐに呪文を唱えられなかったけど、俺は自力で治せる。
そうその好意を断って逆にマシロ達の方が大丈夫か聞いたら、またまたルグとマシロに怒られてしまった。
はい。
大人しく自分の治療に専念します・・・・・・




