194,『真の宝はその先に』 8粒目
「取り合えず、これで良し!」
光苔の効果で暫くしたらフワフワの草は枯れちゃうし、あの鎧スライムの様子ならこの土壁も簡単に壊せるだろう。
そう思って俺達の安全の為の少しの時間稼ぎとして、鎧スライムを送り返した通路のフワフワの草と土壁を直して一息。
ルグとマシロの出来る範囲の治療も終わったし、取り合えずの脅威は去ったかな?
「後の問題はピコンさんとアドノーさんだよな・・・
2人とも大丈夫そう?」
「一応造血剤は使ったから、出過ぎた鼻血に関しては大丈夫だと思うぞ?」
「目は?」
「全然。何時覚めるかサッパリ」
一体どんな幻覚を見たのか。
本気で心配になる位鼻血を出して気絶したピコンさんに、クエイさん特製の造血剤を飲ませたルグが険しい表情で首を横に振る。
ある程度耐性が有ったのか、自力で正気に戻ったとは言えルグも他人事じゃ無かっただろう。
似た様な幻覚を見てたならその刺激の強さは俺とマシロ以上に。
いや、嫌と言う程分かってるはずだ。
鎧スライムとの戦いで気が逸れたのか、ほぼほぼ何時も通りだけど、現に今もその時の事を思い出して時々挙動が可笑しくなるし。
「うーん・・・
もう暫く此処に居るべきか、それとも戻るべきか・・・」
「・・・・・・・・・い
・・・・・・・・・いぃ・・・・・・」
「ん?今・・・声・・・・・・」
真っ赤な顔のままついに完全に気絶してしまったアドノーさんも暫く起きそうにないし、さて、俺達はどうするべきかな?
2人の負担が1番少なくて、俺達の安全も保証出来る最善の選択はなんだ?
戻る?
進む?
留まる?
そう悩んでいたら微かに声が聞こえた気がした。
いや、気のせいじゃない。
間違いなく人を呼ぶ声が聞こえたんだ。
でもそれは、洞窟内を吹き抜ける風や風の魔元素の音や、ルグやマシロの独り言の声だったかもしれない。
「・・・・・・なぁ、2人共。今、何か言った?」
「え?何も言ってないよ?」
「本当に?本当の本当に、何も言ってないの?」
「うん」
「そう・・・そうか・・・じゃあ・・・・・・」
「おぉおおおい!!」
「ぎゃあああああああああ!!!
やっぱりぃいいいいいいい!!!
次来ちゃったぁああああああああ!!!」
違うと本能では分かっているけど、出来ればそうだと言ってくれと言う現実逃避しだした心のまま何か言ったかルグとマシロに聞く。
マシロにもこの声が聞こえてたんだろうな。
俺と同じく震え交じりの声で違うと言ったマシロの表情には、俺が見ない様にしてる答えに気づいているって書いてあった。
「シッカリしろ!!
何時まで目を逸らしてる気だ!!
そんなんじゃ間に合わなくなるぞ!!!」
と冷静な俺の声が頭の中で響く。
それでも俺自身は吐き気を催す恐怖と嫌悪感でいっぱいいっぱいになった結果混乱し過ぎて、その冷静な四郎さんの声に従う事が出来なくなっていた。
そしてきっと、俺の体の主導権を奪えないと言う事は俺より冷静とは言え四郎さんも完全に冷静じゃ無いんだろう。
その結果、混乱した俺自身の意思に従って無意味な、時間ばかりを無駄に浪費する質問が俺の口から飛び出る。
そのせいで、ガリガリと土壁を掘り終えた肉塊生物が嬉しそうに狂った顔を覗かせた。
その肉塊生物の顔を見て叫ぶ俺に、
「そんな事してる暇があるなサッサと逃げろよ!!」
と頭の中の冷静な部分が叫ぶ。
本当、全くもってその通りです!
返す言葉もございません!!
「エド!!エド、しっかり!!!
しっかりしてッ!!!」
「ダメ!!
エド君、私達の声、また聞こえなくなってるみたい!!!」
「クソッ!!!どうする?どうすれば・・・・・・」
また肉塊生物を認識して真っ赤な顔のまま肉塊生物に釘付けになるルグ。
今度はかなり近くで『魅了』の魔法を掛けられたからだろう。
深い、深い、幻覚の世界に囚われたルグには現実の世界に居る俺達の声は届かない。
まだ枯れてない手前のフワフワの草の壁を気にする事なく土壁を掘れたって事は、今度こそ本当にあの肉塊生物にはフワフワの草が効かないって事だろう。
頼みのルグも戦えなくなっているのに、俺達2人だけであの肉塊生物に勝てるのか?
いや、どう考えても無理だろう。
どんなに足が遅くても、あの巨体だ。
ただでさえ体の大きさと肉の分厚さでこっちが不利なのに、『教えて!キビ君』の説明を信じるなら近づく事は出来ない。
だからマシロは戦う事が出来なくて、俺が使える魔法だけじゃ絶対に威力負けする。
「アドノーさん!!銃、借りますッ!!!」
「マシロ!?なに
「キビ君ッ!!エド君も中に!!
それで木箱に『フライ』掛けて!!
逃げる準備してッ!!!」
ッ・・・わか、分かった!!!」
フワフワの草の煙が効かなくても、あの足の遅さならそうそう追いつかれる事は無いだろう。
だから今回は素直に逃げれる。
そう思いつけるのに、混乱を極めた頭は最初から決まっていたその逃げるって言う選択肢に中々辿り着けなくて、そん俺がモダモダしてる内にマシロが動いた。
木箱ボートの中に入って、ピコンさんと同じく鼻血が喉に詰まらない様にベンチに体を預けてあるアドノーさんに近づいて。
その腰から流れる様に銃と2つの少し色の違う緑色の石を取り出すマシロ。
そんなマシロの目的が分からず何をする気か聞こうとした。
でもその質問は言い切る前にマシロの指示の言葉にかき消され、結局俺は答えを聞く事なく言われた通りに動く事に。
いや、この状況ならそんな些細な質問してる時間すら惜しいな。
きっとこれで良かったんだ。
今は逃げる事にだけ集中しよう。
「キビ君。どっちでも良い。
合図送ったら、緑化ランプの道を思いっ切り進んで。
何が起きても進み続けて」
「分かった」
「準備は良い?行くよ!!」
きっと肉塊生物が体当たりしてるんだろうな。
ドン、ドン、と微かな振動を伴った大きな音を立てて、肉塊生物が居る通路の土壁にヒビが入る。
その土壁を真っ直ぐ真剣に睨んで、薄い方の緑色の石を嵌め込んだアドノーさんの銃を構えるマシロ。
そんなマシロに何があっても進み続けろって言われ、俺は『フライ』で浮かせた木箱ボートの操作と、行先である緑化ランプが続く道の1本にだけ意識を向けた。
鎧スライムとの戦闘で方向感覚がグチャグチャになって、完全に冷静にもなれていない。
だからもう、その選んだ道がどっちに繋がっているか分からないんだ。
外か、更に奥か。
コンパスを見る余裕も、リカーノさんに確認して貰う余裕も無い。
まさに神のみぞ知るって奴なんだろうな。
「キィイイイイイイ!!!!!」
「進んでッ!!!」
「ッ!!!」
小さな破裂音と、強い風が通り抜ける音。
それと切り裂く様な甲高い女性の悲鳴。
その断末魔の様な悲鳴をかき消す程の大声で放たれる合図。
その合図の声に弾かれ、木箱ボートを最大速度で進める。
そんな俺達の後ろから聞こえる地震を伴った爆発音と、何か硬い物がぶつかり合いながら勢いよく崩れる音。
その音に意識を持って行かれそうになるけど、気にしちゃダメだ。
兎に角先に進まないと!!
「・・・・・・此処まで来れば流石に大丈夫・・・
だよな?」
「た、多分?」
あれからどの位飛び続けただろう?
あの分かれ道の部屋が完全に見えなくなっても暫く飛んで、他に分かれ道が無い事もコイン虫や鎧スライム、肉塊生物が居ない事も確認して。
漸く俺は木箱ボートを地面に降ろした。
「はぁ・・・・・・
エド、皆さん、大丈夫・・・じゃないですね」
肉塊生物の魔法のせいで未だに正気じゃない。
と言う訳じゃ無く、1番上から落ちるジェットコースターやあの『レジスタンス』アジトの壊れたエレベーター並みにハイスピードで滅茶苦茶に飛んだせいでルグ達はグロッキーみたいだ。
予想はしてたけど特に1番酷いのはピコンさんで、漸く気絶から目を覚ましたのにもう何時気絶し直しても可笑しくない程死にそうになっている。
ピコンさん達をこんな状態にしたのは俺だけど、非常事態だったと言う事で許してください!!
「えーと、必要な物は・・・・・・
エチケット袋はもう間に合いませんね。
他に吐き気のある人は?」
「わ、私は・・・大丈夫・・・・・・
でも、少し休ませて・・・」
「オイ、ラも・・・・・・」
「分かった。水とかは?」
「お願いぃ・・・・・・」
「了解」
木箱から早急に這い出たと思ったら、道の隅で盛大に吐き始めたピコンさん。
エチケット袋を用意する前に吐き気の限界が来てしまった様だ。
そんなピコンさんの背中を擦るとか、出来る方法で介抱しつつ他に吐き気がある人は居るか確認する。
さっきまでとは別の色で顔色が悪いけど、吐きそうな人は他に居ない様だ。
取り合えず、造血剤と同じく念の為にクエイさんから貰っていた薬と、水は用意しておこう。




