188,『真の宝はその先に』 2粒目
「コイン虫は・・・・・・まだ近くに居ないな」
「変な匂いもしないし、フワフワ草もちゃんと燃えてる。
って事はキビ君が言ってた空気や危険なガスも大丈夫って事だよね?」
「多分?
まだ入ったばかりだから油断出来無いけど・・・」
無事『財宝の巣』の入口まで来て一息。
ルグの言う通り近くにコイン虫含め他の生き物の姿は無いし、マシロの言う通り鳥型ゴーレムに持たせたマシロとピコンさん特製の入れ物の中でフワフワの草が燃えている。
まだ入り口手前で中に入ってないから絶対そうだと言えないけど、取り合えず今の所俺が危惧していた様な事は無さそうだ。
そう最低限の安全を確認して、『財宝の巣』に一歩足を踏み入れる。
『初心者洞窟』に生えていたのと恐らく同種の光苔がまばらに生える、『初心者洞窟』よりも暗い洞窟。
生えた光苔だけじゃ薄暗過ぎて、先も周りもよく見えない。
「ここは小部屋のよ・・・・・・ヒィ!!!」
「どうした、サト・・・ッ!!!」
『プチライト』を出して入口直ぐの辺りを見回して、ある一画。
光苔に彩られた入口向かいに伸びた道以外何もなさそうな、安いアパートの一室よりも小さく見えるこの小部屋の、光苔の光も入口からの光も届かない入り口側の壁際の暗がり。
『プチライト』の光に照らされたそこに、異質な白っぽい物が落ちていた。
きっと脳がソレが何か理解するのを拒否したんだと思う。
最初ソレを俺は砂に埋もれた石だと思ったんだ。
でも違和感を覚えて、
「やめろ!!」
と言う脳内の警告音を無視してジーと見てて気づいてしまった。
あぁ、脳内の警告に従っておけばよかった、と酷く後悔する事になるソレの正体を。
それは、茶色いっぽい服だったろうボロボロの布を辛うじて纏った、ある程度の原型を残す骸骨だった。
生前付けただろう幾つもの引っ掻き傷がある岩壁に向かって縋る様に手を伸ばし、虚ろな片目の穴を俺達に向けて倒れた骸骨。
その骸骨周りの全てが、その人の絶望的で壮絶な最後を物語っていた。
「ッ・・・・・・この人って・・・」
「父さんが・・・雇った冒険者・・・・・・?
父さん達と別れた後・・・1人で此処に?」
骸骨を見て引きつった悲鳴を上げた俺と、俺が何を見つけたか気づいて息を飲み固まるルグ。
そんな俺達の態度からマシロ達も俺達が見つけた骸骨に気づいたんだろう。
何人もの息を飲む音や、短い悲鳴が聞こえた。
でも恐怖のあまり骸骨に目が釘付けになった俺は、その声が誰のものか。
ルグ達が今どんな表情をしてるのか、見る事が出来ないんだ。
そんな中聞こえて来た強張ったピコンさんの確認する様な声と、そのピコンさんの声に答える唖然とした様な虚ろな声から段々力強い意思の色を取り戻したアドノーさんの声。
その声を聞いて、俺の口から久々に音が漏れた。
「あ・・・・・・い・・・
ぎ、ぎやああああああああああ!!!
骸骨ぅうううううう!!!!って、うわあ!!?」
「きゃあ!!!!」
「うぉわッ!」
自分はこの先に進んだお前達の最後だ。
お前達も自分と同じ目に合うんだ。
結局お前達は自分と同じ様に死ぬしか無いんだ!
ざまぁみろ!!
妄想だ。
全部死への恐怖のあまり自分の頭が作り出した妄想だって分かってる。
でもその骸骨の目がそう言ってる様な気がして。
後ろからそっと近づいて来た知らない男が狂喜を宿した声で囁いた様な気がして、気づいた時にはもう俺は思いっ切り叫んでいた。
その自分の悲鳴に弾かれて外まで逃げ出そうとしたのか、逃げないまでも少しでも髑髏から離れたくてただ後ずさろうとしただけなのか。
それすら自分でも分からないけど、恐怖で固まって動かない体を無理矢理動かそうとしたした結果。
足を盛大にもつれさせ、意外と近くに居たルグとマシロを巻き込んで盛大に後ろに転んでしまった。
「い、つぅうう・・・・・・
ご、ごめん!!!2人共大丈夫!!?怪我は!!?」
「だ、大丈夫・・・」
「オイラも平気」
「本当、ごめん!
気分が悪い所とか、痛い所とかは?」
「そっちも大丈夫」
慌てて体を2人の上からのける様に起こし、謝りつつ怪我をしてないか見る。
石の少ないサラサラの砂の上で転んだからか。
大丈夫、平気、と言う2人の言葉の通り何処も怪我をしていなさそうだ。
でも、薄暗い場所に居るからそう見えてるだけ、って言うには無理がある程顔色が悪い。
目に見える怪我はしてないけど、内出血とか骨折とかしてるもしれない。
そう思ってもう1度謝って痛い所とか無いか聞いたら、そっちも大丈夫だと言ったマシロにルグも頷いた。
砂を払って立ち上がる時も痛む所を庇う様な変な動きをしてないし、俺の事を気にしてくれて嘘を吐いてるんじゃなくて、本当に問題は無いんだろう。
その事にホッと息を吐き、俺も漸く立ち上がった。
「もう!何やってるのよ」
「す、すみません・・・・・・
こんな・・・
入って直ぐの所で死体を見るとは思わず・・・
つい・・・・・・」
「それも、そうね・・・・・・」
何やってるって言うアドノーさんの顔色も少し悪い。
勿論あの一言から何も言わず口を押えるピコンさんも。
自分の姿が映る鏡が無いから分からないけど、きっと俺もそうだろう。
此処に居る全員、あの死体を見て顔色を悪くしていた様だ。
でも1番酷い状態なのは、リカーノさんだろう。
冷静になって通信鏡に意識を向ければ、誰も居なくなった画面からドタバタとした音が聞こえる。
どうやら、あの骸骨を見たリカーノさんが倒れたか、吐いてしまった様だ。
「はぁ・・・・
自分が思ってるよりも覚悟足りなかったって事かしら?」
「そう・・・ですね。
・・・・・・あの・・・
あの死体って、やっぱり・・・・・・」
「本物よ。恐らく父さんが雇った、冒険者の誰か」
短くキッパリそう言って顔を顰めるアドノーさん。
亡くなってまだ数年。
比較的新しい、アドノーさんのお父さんが此処から出て行った後に、この場所で亡くなったんだろう。
そう軽く分析するアドノーさんの顔は酷くなる一方だ。
それは気分が悪いだけじゃなく、怒りや悔しさからも来ているんだろう。
もし、アドノーさんのお父さんと無事合流出来てたら。
いや、最後まで一緒に行動してたら、この人も生きて外に出れた。
そしてアドノーさんのお父さんの無実も証明してくれたかもしれない。
無情にも閉じたままの仕掛けの扉を開けようと、無関係な岩壁を引っ搔き続けて出来た跡。
その跡に混じる、『だして』や『かえして』、『たすけて』の文字。
ほんの少し。
本当にほんの少し何かが違ったら、この人の願いも、アドノーさんの願いも叶っていただろうに・・・
どうして世の中って、こんなにも俺達に対して残酷で無情なんだよ!
物語の様にもう少し優しさや奇跡を見せてくれてもいいじゃ無いか!!
「・・・・・・なぁ、エド。
この死体、通信鏡で送る事出来る?
本部の方でもっと詳しく検死して貰いたいんだけど・・・」
「出来るけど・・・死体を調べるって・・・・・・」
「それは・・・・・・
この死体もエスの父親の無実の証拠にする為か?」
「いいえ。この死体が誰か調べて欲しいんです。
俺もそう言う職業の人の物語を見ただけなので詳しく無いんですが・・・
俺の地元では、歯とか治療痕とか、頭蓋骨に粘土とかで貼り付けてその人の生前の顔を再現したりとか。
そう言う方法で長い間見つからず骸骨になってしまった人でも、その人が誰だったか分かるんです」
アドーのさんのお父さんが雇った人かもしれないって事以外、何処の誰だか一切分からないこの人の死体を送るから調べてくれ。
そう言った俺の言葉に、ルグと未だにダウン中のリカーノさん代わりに通信鏡に出た館長さんが渋い顔をした。
そんな2人に俺が異世界人だとは出来るだけ言わない様に気を付けつつ、そうドラマや小説で読んだ検死の様子を伝える。
「出来れば、この人を家族の元に。
大切な人の元に帰してあげたいんです。
この人は、『かえりたい』って言葉を残してるんです。
どんな姿でも帰りたいはずですし、この人の大切な人もどんな姿になってでも帰って来て欲しいって思ってるはず」
じゃなきゃこの人もすんなり成仏出来ない。
未練に縛られた悪霊になってしまう。
そう言ったのは、俺か、四郎さんか。
きっと大半は四郎さんなんだろうな。
遺品の1つ、死体の一欠けら。
生きて帰れなくても、せめて自分にゆかりのある物に取り憑いて、その魂だけでも大切な人の元に帰りたい。
最後に一目で良いから大切な人達の顔が見たいし、たった一言でも良いから言葉を交わしたい。
今もこの髑髏になってしまった人の幽霊がこの場に居るなら、そう四郎さん達と同じ事を思ってるはず。
だから、ほんの少しだけでも彼が『かえりたい場所』にかえれる様にしたいと思ったんだ。
「難しい・・・ですか?」
「・・・・・・いや。出来るだけやってみよう」
「お願いします」
不安で言葉を詰まらせながらそう恐る恐る聞いたら、優しく微笑んだ館長さんがやってみると言ってくれた。
その言動にホッと胸を撫で下ろし、深々と頭を下げる。
そしてタップリ時間を掛けてから顔を上げて、改めて髑髏を見て一呼吸。
「失礼します」
『クリエイト』で出した厚手の使い捨ての手袋をシッカリ嵌めて、そう言って骸骨の前で手を合わせる。
そして手伝ってくれると言ったルグ達に助けて貰いながら、風化してしまったのか、それとも砂に流されてしまったのか。
殆ど上半身しか残ってないその髑髏を本部に送った。
出来るだけ早くどこの誰か分かって、出来るだけ早く大切な人達の元に帰れますように。
そう心の中で願いながら。




