186, 姿の無い宴 後編
朝8時半少し過ぎ。
音量を増し続けながら休みなく続く宴の音と共に、『初心者洞窟』の天井の穴から巨大な竜巻の様な渦巻く風が溢れ出した。
中に在った石や砂をまき散らしながら暴れるその風はまるでミキサーの様で、もしこの時中に居たら間違いなく原型を留めていなかっただろう。
そんな普段の比較的穏やかな姿から一変。
凶悪な風の刃を振り回す『初心者洞窟』を俺達は少し離れた空の上から見ていた。
「うわぁ・・・スゲェ・・・・・・」
「早めに避難していて良かったな」
「だな」
唖然と『初心者洞窟』を見たまま言葉を漏らすルグに言った通り、本当早めに避難していて良かった。
30分位前だったかな?
現場組全員起きて朝食も皆食べ終えて。
それで俺がその朝食の片づけを丁度してた頃。
地面が微かに揺れて、命の危機を僅かに感じ始める位宴の音と一緒に段々風が強くなってきて。
それで急いで手分けして全部の片づけを終わらせて、『フライ』で空に逃げたんだ。
「中はもっと凄い事になってますね」
「通信鏡は無事ですか?」
「はい。
エスが『保護』の魔法を重ね掛けしましたし、元々丈夫な通信鏡ばかりですからね。
それに壁の奥の方に埋め込んだのが良かったんでしょう。
全部、ちゃんと無事です」
「なら良かった」
少し前に館長さんから交代したリカーノさんが、俺が作った米粉パンサンドイッチを食べながら別の通信鏡の画面を見回してそう言う。
流砂やコイン虫対策に、昨日頑張って壁の中に埋め込んだのが功をなした様だ。
本当、昨日頑張って良かったよ。
関係ない所で重労働を強いられた俺達の頑張りが思わぬ所で無事報われて、ミキサーの中の様な状態でも通信鏡達は全部無事みたいだ。
「ただ、舞い上がった砂や石のせいであまり中の様子は見えないですね」
「どんな感じだ?」
「大体全部こんな感じ」
アドノーさんの質問に答えつつ、リカーノさんは定点通信鏡と繋がる通信鏡の1つを見せてくれた。
そこには本当に壊れてないか心配になる。
殆ど変わり映えの無い、赤っぽい砂が激しく舞うだけの映像が映し出されていた。
時々石が飛んでるのが見えるから、壊れた訳じゃ無いのは確かみたいだけど。
でも、確かにこれじゃ『流砂の間』の様子が良く分からない。
「・・・・・・ダメだな」
「うん、ダメだよ。
だから、エス。
宴が終わるまでちゃんと待ってるんだよ?
今『初心者洞窟』に飛び込んだら本当に危険なんだからね?」
「何度も言われなくても流石に分かってるって。
そこまで私は無謀な人間に見えるか、リッカ?」
「見えるって言うか、何時も無謀で強引な事してるだろう?」
声だけでもジトーとした目をアドノーさんに向けてるって分かる声で、リカーノさんがアドノーさんに釘を刺す。
リカーノさんが心配して何度もそう言うのも仕方ない。
実際アドノーさんは空に避難する前に『初心者洞窟』に飛び込みかけたんだからな。
直ぐに気づいて行動に移してくれたルグのお陰で未遂で済んだけど。
そんな前科があるからアドノーさんもバツの悪そうな顔で何も言わずリカーノさんから顔を反らしたんだろう。
「でも、段々音が小さくなってるし、この調子なら・・・・・・
予定通り9時までには入れるんじゃないかな?」
「えーと・・・本当に小さくなってます?」
「なってる、なってる」
アドノーさんとリカーノさんが何を話してるのか、言葉が分からなくてもその表情と態度で大体予想出来る。
と言いたげな顔で聞いて来たピコンさんに恐らく予想通りだろう内容を伝えれば、ピコンさんは段々音が小さくなってると言って懐中時計を見た。
予定通りに『初心者洞窟』の中に入れるって言える位音が小さくなって来てるってピコンさんは言うけど、俺はそう思えない。
空に避難した辺りと同じ煩いだけだ。
でもピコンさんだけじゃなくルグとマシロも小さくなってるって言ってるし、俺には違いが分からないけど多分本当に小さくなって来てるんだろう。
「・・・・・・フワフワの草も、光苔も、全然飛ばされてませんね」
「浮き木と同じなんですよ。
あそこ等辺に生えてる植物は水じゃなく風の魔元素を栄養に生きてるのです。
だからそれに合わせて根とかも花とかも風に強い構造になってるのですよ」
「なるほど」
定点通信鏡の画面や、アドノーさんから借りた望遠鏡で竜巻を見てふと気になった事。
石や砂は激しく舞っているのに、植物達は一切飛んでない。
あんなに激しいなら根っこごとゴッソリ行きそうなのに、花弁の欠片すら舞い散って無いんだ。
フワフワの草も光苔も手で簡単に摘めるのに・・・
とそれが凄く気になって何気なく口にしたら、ヒョッコリとリカーノさんを押しのけた。
多分件のスランプ気味だった植物担当の職員さんがそう教えてくれた。
『初心者洞窟』に入れるまで暇だろうからとついでにその職員さんが教えてくれた話によると、『風の実』や『風の実』が生まれる『風の泉』の影響か。
砂漠で水が少ないって事も影響してるんだろうけど、チボリ国の南西にある砂漠地帯に生える植物の殆どが風の魔元素を栄養にして生きてるそうだ。
殆どが最近の研究で分かった事で、まだまだ分からに事が沢山あるし、詳しいメカニズムも説明出来ない。
けどその研究の結果、基本例外は水サボテンなんかのサボテン類位で、フワフワの草の様な草類や光苔の様な苔類。
後は浮き木の様な変わった樹木類は水の代わりに風を利用してるそうだ。
確かに浮き木は土も水もない空の上で普通に生き生き生えてたな。
近くで見ても伸び伸び枝葉を伸ばしてたし、病気や枯れそうな程栄養不足って事も無さそうだった。
殺虫ゴーレムが長い間動いて無くて俺達も見つけるのが遅くなった木は、沢山ついた宝虫のせいで若干元気が無かったけど。
だから土や水の代わりにこの世界独特の別の要素と日光で生きてるって言われて、あの浮き木の不思議な姿に少しだけ納得出来た。
さらについでに言えば、そう言う種類以外の植物はロホホラ村もあるグルーム川の支流付近を抜かして、オアシスの消滅と共に消えてしまったらしい。
いや、この話をしてくれた職員さんの様な人達や農家の人達がどうにか長年育ててるから全部が全部完全に絶滅した訳じゃ無いけど。
でも、自然本来の天然種は基本絶滅してしまってるそうだ。
「そして今朝の館長と緑さんの推理で1つの仮説が出てきたのです。
ズバリ、植物が多く生えてる場所には流れて来た風のマナが溜まる『風の沼』があると!」
「えーと・・・緑さんって俺の事ですか?」
「はいです」
「と言うか、今朝の話、貴女も聞いてたんですね」
「はい!
スープとパン、ありがとうございました。
とっても美味しかったです」
「いいえ、こちらこそ。お粗末様です」
そう軽く職員さんと言葉を交わし、いざって時の出口候補として教えて貰ったその植物が多く生えてる場所を地図に書き込んでいく。
今朝の予想が合っていれば、多分『風の沼』から脱出出来るはずだ。
流砂が起きてる出来るだけ大きな沼がある場所を教えて貰ったけど、ちゃんと人が通れる位の穴が開いてるんだろうか?
せめて結合した風のお陰で簡単に掘り進められる様になってれば良いんだけど・・・・・・
そう思いつつそんな話をしていたら、俺でも分かる位風と宴の音が弱くなってきていた。
「大分弱くなってきましたね」
「ねぇ。
この位ならもう中に入っても大丈夫じゃないかしら?」
「いえいえ。まだですよ。
先程もリカーノさんが言いましたが、安全の為に完全に止むまで待ちましょう」
早く行きたいと言うアドノーさんに、もう少し待ってくれと言ったら不満そうな顔をされた。
そんな顔しても駄目なものは駄目ですからね、アドノーさん。
安全第一!
焦る気持ちが分からない訳じゃ無いけど、完全に止むまでは絶対に降りませんから!!
と何度も言ったその言葉を口にせず、職員さんから鳥型ゴーレムと繋がる通信鏡を返して貰ったリカーノさんと一緒に目に力を籠める事で訴える。
「エス。ぼく達が何を言いたいか、分かってるね?」
「はいはい!分かってる、分かってる!!」
「本当に?」
「流石にしつこいぞ、リッカ?」
「しつこく言われる様な事しようとするエスが悪いんでしょ?
本当、頼むから自分達の命を優先してよね?
『財宝の巣』に入ってから君が暴走しないか、心配でたまらないよ」
そう言って通信鏡越しに熱い口喧嘩を始めるアドノーさんとリカーノさん。
喧嘩するのは良いけど、そっちに意識向け過ぎて落ちないでくださいね?
この箱、そんなに高さ無いんですから。
そう思いつつ犬も食わない喧嘩は危険が迫るまで置いておいて、完全に風や音が止まったら直ぐ行動に移せる様に今出来る準備や確認を進める事にする。




