185,姿の無い宴 前編
その日俺は、直ぐ近くで断片的にピーヒャラドンドンと奏でられる激しい祭囃子の音で目が覚めた。
笛に太鼓、ベルに弦楽器。
知ってる様な音から聞いた事が無い音まで、耳の良い人でもきっと数え切れないだろうと思う程の複雑な演奏。
その異国の祭囃子の様な合奏に負けじと混じるのは、人数の分からない絶叫の様な歌詞の無い歌声だ。
一体誰がこんな傍迷惑な祭りを繰り広げてるんだろう?
幸せな布団の中で微睡んでいたいのに、全然それが出来無いじゃないか!
頼むから場所と時間を考えてくれ!!
「う、う~ん・・・・・・・・・
うるさい・・・・・・」
「おはようさん。よく眠れたか?」
「・・・・・・・・・?
・・・・・・あぁ・・・・・・
おはよう、ございます・・・?」
何時だかと同じ爽やかとは言えない方法で起こされ、少し不機嫌になりながらも諦めて体を起こして辺りを見回す。
微かに光を通す大きな布の部屋。
その布の部屋いっぱいに引かれた幾つもの膨らみがある布の塊と、小さな机。
何度も見回しても此処が何処だか分からない。
思い出せない。
その位回らない頭で声のした方を見れば、小さな机の上に鳥型ゴーレム。
そしてそのお腹に映る元気そうな館長さんの顔。
えーと・・・・・・
あぁ、そうか。
此処はテントの中か。
今は『初心者洞窟』の出入口手前で野宿中。
それであの布塊の中に居るのはルグ達で・・・・・・
あぁ、それと今の通信担当は館長さんなんだな。
多分リカーノさんも寝てるんだろう。
「アンタ、かなり寝起きが悪いんだな」
「・・・・・・・・・はい・・・・・・
はい・・・・・・」
「起きるならちゃんと起きろよ?
それとももう少し寝てるか?
予定の時間までまだかなりあるしもう少し寝てても問題ないぞ?」
「・・・・・・何時・・・・・・?
・・・今・・・何時・・・です・・・・・・?」
「朝の6時少し過ぎた所だな」
「・・・・・・なら・・・・・・なら?
・・・なら・・・・・・おきる・・・・・・
おき、ます・・・・・・・・・
朝・・・ごはん・・・・・・作んないと・・・・・・
うん・・・・・・・・・
作ら・・・ないと・・・・・・」
ボーとした視界と頭のまま小さめの画面の先の館長さんに小さく頷き返し、テントを出る。
『アイスボール』を溶かしたかなり冷たい冷水で顔を何度か洗い、コップに分けておいた冷水を一気飲み。
喉から胃に向かう冷水が顔を洗っても抜けないフワフワと寝ぼけた熱を完全に奪い去り、シャキッと目が覚める。
「う~ん!!おはようございます、館長さん」
「あぁ、おはようさん。漸く目が覚めたようだな」
「はい。
先程はお見苦しい所をお見せしてしまい、すみません。
それで『初心者洞窟』に何か変化、ありました?」
「あぁ。物凄い変化がな。
だが、今は『初心者洞窟』に近づくなよ?
かなり危険な状態だからな」
「危険?コイン虫が出たんですか?」
「いいや。
『流砂の間』の中心でかなり強いつむじ風が起き出してる。
丁度流砂が流れてる地点だ。見えるか?」
「はい・・・・・・」
目も頭もシッカリ覚めて体を伸ばしながらテントに戻り改めて館長さんに挨拶したら、そう答えて館長さんが定点通信鏡と繋がる通信鏡の画面を見せてくれた。
少し激しめの運動をしてる時に吐く息の様、って言えば良いのかな?
そこにはまるで、巨大な生物が呼吸してる様に大きく強めのつむじ風が一定のリズムで定期的に発生していた。
その石や砂を巻き上げたつむじ風が岩壁にぶつかりながら通り過ぎる度に、あの煩い祭囃子が奏でられる。
歪な地形がそうさせてるのか、
此処等辺にある岩の性質なのか、
それとも『風の実』から流れてくるちょっと変わった風の魔元素の効果なのか、
仕掛けが関係あるのか。
相も変わらずそこ等辺も分からないけど、ただつむじ風が起きて風が通り抜けるだけでこんなにも複雑な音が奏でられるとは・・・・・・
取り合えず異世界って凄いなって思う前に、うるさいとしか思えない。
頼むからそよ風さんを見習って?
「まさか『姿の無い宴』の正体が此処に吹く風だったとはなぁ。
意外過ぎる正体だ」
「確かに自然がこんな複雑な音を奏でてるとは普通思いませんものね。
此処で流れてる音のどれか1つだけが聞こえるならまだ分かりますが」
幽霊の正体見たり枯れ尾花。
砂漠で死んだ幽霊達がドンチャン騒ぎしてるってロホホラ村で長年語られていた怪談の正体がまさか唯の自然現象だったとは・・・
専門家達も露にも思わなかっただろう。
そう研究し甲斐があると楽しそうに笑う館長さん。
初めて会った時と正反対な生き生きしてる姿を見ると、1番の功績者じゃない俺もつい嬉しくなってしまう。
あぁ、良かった。
あの時ちゃんと館長さんを助けられて。
きっと今の館長さんの姿を見たらクエイさん達も嬉しく思ってくれるだろう。
それとも冷静に、
「医者や人として当然の事をしただけだ」
って言うかな?
あぁ、きっと、クエイさんは言うだろうな。
嬉しそうで誇らしそうな顔を反らして。
「『姿の無い宴』が始まったなら、『箱庭遺跡』が現れるのも時間の問題だな。
予定の時間より早く現れるかもしれない」
「そうなんですか?」
「あぁ。
昔から『姿の無い宴』は『箱庭遺跡』が現れる合図だったんだ。
宴の音が最高潮になった時、巨大なつむじ風が現れ、音共にその風が消え『箱庭遺跡』が風の中から現れる」
「それは・・・・・・
『箱庭遺跡』の下にも此処と同じ結合しない特殊な魔元素が溜まるスポットが在るって事でしょうか?」
「かもしれんなぁ・・・・・・
ローズ国のベッセル湖と同じ現象を起こす場所がある。
と言う考えでそこや『箱庭遺跡』を調査をした者が誰も居ないんだ。
だからそこも今後の調査次第だな」
ベッセル湖と全く同じなら、『流砂の間』にも結合しない魔元素が流れ込むスポットが在るかもしれない。
と、鳥型ゴーレムを連れて外に出て朝食の準備をしつつ昨日の内に話した事を思い出しそう館長さんに聞くと、まだ分からないと言われた。
「因みに緑髪の兄さんはどう思う?」
「多分・・・あると思います。
いいえ、この2ヶ所だけじゃなく、多分南西の砂漠辺りにはそう言うスポットが幾つもあるんだと思います。
地図上では近くても、此処と『箱庭遺跡』はかなりの距離がありますからね。
どんなに音が大きくても流石に『箱庭遺跡』までは届かないでしょう。
それに『姿の無い宴』はこの時期の此処等辺一帯の砂漠の何処からでも聞こえるんでしょう?」
「あぁ」
「そして、この時期の砂漠ではつむじ風も頻繁に起きますよね?」
「あぁ、その通りだ」
今日の朝食はスペクトラ湖の畔で作ったのと同じ。
食べ応えある具沢山ミネストローネと、野菜とジャム中心のサンドイッチと、デザートにバナナ。
勿論、飲み物も同じ。
スペクトラ湖の時と違うのは、サンドイッチ用のパンの一部をアドノーさんの口に合う様にこの世界のお米を使った米粉パンに変えるのと、ダグブランの熟した実を使ったジャムを追加する事位だろう。
その下準備をしつつ、館長さんの質問に答える。
今『初心者洞窟』で起きてるのと同じ現象が此処等一帯の砂漠の各所でこの時期毎年の様に起きてるんだ。
ならそれがこの砂漠にベッセル湖の様な場所が沢山あるって言う何よりの証拠だろう。
もしかしたらその沢山の在るスポット達が、最後の『財宝の巣』と繋がる出入口なのかもしれないな。
「だが、砂漠に幾つものつむじ風が発生するのは『箱庭遺跡』が消えた後だぞ?
今回発見したアレを抜かしたら、『箱庭遺跡』が現れる時のつむじ風が1番最初だったんだ。
それで『箱庭遺跡』が砂に沈んで消える時のつむじ風をひっ切りに、暫くの間砂漠の各所でつむじ風が大量に発生する」
「え?後?
なら、流れて溜まった風の魔元素はつむじ風になって消えるって事なんでしょうか?」
「恐らくは、な。」
「なら今、『初心者洞窟』で起きてるつむじ風や、『箱庭遺跡』が現れる時のつむじ風は何で起きてるんでしょう?
風の魔元素は結合しやすいって聞いていたので、ベッセル湖の様に長時間溜まらず、ある程度の量流れ着いたか沢山一気に流れてきたら直ぐ風になってしまうんだと思ってたんですけど・・・・・・」
「そうだなぁ・・・
結合しやすいって言うのも勿論あるが・・・・・・
ベッセル湖と同じ特殊性があると考えると・・・
恐らく・・・
マナの泉から流れてくる風のマナの量が多く、溢れた風のマナが結合したか・・・
1年間溜まっていた古い風のマナが押し出されて風になったんだろう」
「なるほど」
ベッセル湖の様に1年1年綺麗に流れるんじゃなくて、去年流れて来た風の魔元素が少し『流砂の間』とかにある湖・・・
いや、『流砂の間』の広さを考えると池や沼って言った方が正しいのかな?
その変わった池の底とかに去年の風の魔元素が溜まっていて、1年の間に結合しにくい成分みたいなのが薄まったか消えて、新しく流れて来た風の魔元素に押し出されつむじ風になる。
定期的につむじ風が起きるのは仕掛けの影響で、その風の魔元素が押し出される力を利用して扉が開くとか?
こう、風力発電の様な感じで。
そう考えつつ焚火に掛けたジャムとミネストローネの鍋を回す。
「それにしても、緑髪の兄さん。
流石にその量は作り過ぎじゃ無いか?」
「え?あ・・・アハハハ・・・・・・」
館長さんの言う通り、確かに全体的に量が多い。
多分、ミネストローネは100皿分近くあるだろうし、サンドイッチも全種数十人分位はあるんじゃないか?
お店が開ける量って・・・・・・
ルグとか沢山食べる人が居て、お昼のお弁当の分もあるとは言っても、流石にこの量は可笑しいだろう。
どう考えても作り過ぎだ。
俺達だけで食べるなら間違いなく今日1日食べ続けても終わらないだろう。
そう自分でも思うけど、話すのに夢中になって殆ど無意識に動いてたから、気づい時にはもうこの量になってたんだ。
俺、無意識の内にどの位の野菜切ってたんだろうなー・・・・・・
「あの、もし良ければ少し博物館に居る人達で分けて貰えませんか?
流石にこの量は俺達だけじゃ消費できなくて・・・」
「勿論、
『食べる!!』
画面に映ってないけど館長さん以外にも本部に人が居るんだろう。
館長さんの言葉を遮って被せる様に何人もの食べると言う声が響いた。
「えーと、ありがとうございます。
エドが起きてきたら送りますね」
「おはよー・・・サトウー・・・・・・」
「あ、エド!おはよう。
丁度良い所で起きてくれたよ。
少し通信鏡貸して欲しんだけど・・・」




