183,『強者と欲をかく者はただエサになるだけ』 7匹目
「・・・完全にコイン虫は居なくなってるみたいね」
「そう・・・ですね」
「はぁ・・・・・・よかったぁ・・・」
「だからって油断しないように!
砂の中や天井からガバッて現れて襲ってくるかもしれないし」
大幅に時間が掛かってしまったけど今出来る準備をほぼ完璧に終わらせて、改めて『初心者洞窟』に向き直る。
洞窟の少し奥の方に放置していた完全に燃え尽きたフワフワの草のお陰で、アドノーさんの言う通り此処から見える範囲にはコイン虫の姿は一切ない。
その事にマシロはホッと息を吐いてるけど、ピコンさんの言う通り一切油断は出来ないんだ。
「・・・・・・よし。行きましょう」
鳥型ゴーレムが運んでるマシロとピコンさん特製の入れ物から伸びる、蚊取り線香より少し多い位の煙。
問題なく予定通りなそれをチラリともう1度確認して、俺達は漸く本格的に洞窟に足を踏み入れた。
「・・・思ってたよりも簡単に奥まで来れたね」
「だな」
あまりに大量に撒かれた大っ嫌いな煙にコイン虫達全員、完全に地下奥深くまで逃げてしまったんだろうか?
ホッと小さく笑い合うルグとマシロの言う通り、警戒してたのが馬鹿らしくなる程何もなく最奥まで来れた。
自然の力が削り生み出したグラデーションを描く夕日色に染まったその歪な最奥は、今まで通って来た場所がかなり細く短く感じる程アンバランスに広い場所だった。
多分、学校の校庭位はあるんじゃないかな?
それで多分、さっき通って来た道は『帰らずの洞窟』以上に緩やかな坂道になってたんだろう。
外から見た時以上に確実に高くなった天井には、これまた歪な大穴が開いていた。
今でも十分な程神秘的で幻想的な雰囲気を漂わせているけど、もう少し早く来ていたらきっとスッポトライトの様にその天井の穴から光が降り注いで更に神秘的になっていただろう。
この洞窟に価値が無いなんてとんでもない!
コイン虫達が居るから素直にお勧め出来ないけど、この風景だけで充分観光地としての価値があると思う。
「それで此処の何処かに『流砂の間』に繋がる道が合って、そこに『財宝の巣』に繋がった仕掛けの扉がある、と」
「の・・・はず・・・・・・」
「どっからどう見ても横道がある様には見えないけど?」
「確かにそうだけど・・・
騙し絵的に隠されてるかもしれないだろう?」
「あー・・・それもそうかー」
パッと見他に行ける場所が無い、と。
既に『流砂の間』の入口は砂に埋もれてしまってると言いたげな顔のルグに、
「何時もの可能性があるかもしれないから念の為に壁を調べよう」
と言えば、ルグ含め全員が納得してくれた。
俺とルグは『フライ』を使って上の方を、マシロ、ピコンさん、アドノーさんはそれぞれ別の方向の下の方の壁を。
調べ続けてどの位経っただろう?
わずかにヒビや亀裂が入ってるだけで、幾ら調べても人が通れそうな穴どころか、コイン虫や小さなネズミが通れそうな穴すら一切見つからない。
「やっぱり地面の下に・・・
それか、出入口の方に別の道が・・・・・・
って四郎さん?どうしたんですか?」
『あの石、動いてない?』
「石?マシロ達の誰かが蹴ったんじゃなくて?」
『違う。少しずつ動いてる気がするんだ』
「少しずつ?誰も触って無いのにか?」
『そう』
突然鳴ったメールの着信音に、俺はそう声を掛けつつスマホを見る。
そのメールを見た少し後、引っ張られる様に木の板から下を覗き込めば、1つの少し大きめの石が目に入った。
壁から崩れ落ちたんだろう、その赤みを帯びた何の変哲もない、砂に紛れる他の石と変わらない唯の石。
その石が動いてる?
常識的に考えたら下に居る3人の内の誰かが蹴ったか、『フライ』を使った時の風圧で転がったか。
その何方かだろう。
そう思って四郎さんに聞いたら、ハッキリ『違う』と書かれたメールが返って来た。
険しい表情に変わったルグの質問に肯定で答えたから、俺達を狙ったコイン虫や此処で暮らす生き物が地面の下を這いまわってる訳でも無いし、あのサイズが転がる位の強風が吹いてる訳でもない。
なら四郎さんの見間違い?
そう思って石をジーと見てると、確かに石が勝手に天井の大穴の真下辺りの方に向かって動いていた。
「確かに動いてるな。
サトウ、あの石が石に擬態したスライムって可能性は?」
「無いな。本当に唯の石」
『教えて!キビ君』で撮影しても特に生き物の情報は出て来ない。
なら石の姿のスライムって訳でも、砂漠を走る事に特化したヤドカリネズミの仲間みたいに石を背負った生き物が居る訳でも、あの石を巣にしてる生き物が居る訳でもないって事だ。
なら・・・・・・
「なら、此処が『流砂の間』?」
「え!?此処が!?」
「ちょっと貴方達!!
何か見つけたならちゃんとこっち来て報告しなさい!!」
ポツリと零れた俺の呟きを聞いて、ルグが洞窟内に木霊する程の大声で叫ぶ。
そのルグの叫びを聞いて俺達が何か見つけたと思ったんだろう。
戻って来いと言うアドノーさんの声に慌てて下を見れば、下に居た3人全員が集まって俺達を見上げていた。
「あ・・・す、すみません!!
直ぐにそちらに向かいます!!
・・・えーと、ごめん。まだ調べる所あったっけ?」
「大丈夫。特に無いぞ」
「四郎さんは?
上の方で他に気になった所とか、気づいた事とかは・・・・・・」
『無いよ。
気になったのはあの石位だからね。
このまま降りて貰って大丈夫だよ』
その3人の姿に更に慌てた俺は咄嗟にそう叫び返しながら、ルグと四郎さんに一応このまま降りていいのか確認する。
ちゃんと大丈夫だと確認して、あの石を転がさない様に気を付けながら降りて。
四郎さんが見つけた事を出来るだけ丁寧に報告した。
「それで此処が『流砂の間』だと思った訳?」
「でも、流石にそれはあり得ないと思いますよ?
エスのお父さんが言っていた大きな砂の渦も無いし、砂の川も見当たらない。
どう見ても『流砂』って呼ばれる様な物がある様には見えませんよ」
俺の説明を聞いてそう訝しげな表情をするアドノーさんとリカーノさん。
どうもこの世界の『流砂』は、俺達の世界の流砂。
地下水とかと混ざって底なし沼の様になった砂の事じゃなくて、ゲームや映画の流砂の様な穴とかのある一点に向かって砂が崩れ滑り流れ込む。
そんなアリ地獄の様な現象の事を言うらしい。
そう言うアリ地獄の様な物も、アドノーさんのお父さんが『流砂の間』で見たって言う砂と巨大な穴で作られたナイアガラの滝も、どんなに見回しても見当たらない。
だから此処は『流砂の間』じゃ無いと言うアドノーさんとリカーノさんに、俺は首を横に振って答えた。
「いいえ。
多分なんですけど、ちゃんと流れてるんだと思います。
人の五感じゃ気づかない位、凄くゆっくりと。
だからあの石も少しずつ動いてるんじゃないでしょうか?」
「・・・本当に?」
「はい、恐らくは。
ですが、口で説明しても信じられないでしょう?
ですので少し実験してみます」
「実験?何する気よ?」
「えーと・・・こう・・・・・・
すみません。
口だけで説明するのが難しいので、実物見ながら説明させて下さい」
そう言いつつ俺はその実験の為の道具を『ミドリの手』と『クリエイト』で準備する。
準備する物はたったの4つ。
太めの赤と黒のマジックと30cm定規。
それと菜箸位の長さですりこ木位太い、割りばしの様な木の棒。
まず木の棒に定規を使って下の方を出来るだけ開けて1cm毎に均等に黒い線をグルーッと、遠くからでも分かる様に出来るだけ濃く引いていく。
ただし1番下と5cm毎の場所は赤で。
その線を引いた棒を穴の開いた天井の真下。
恐らく砂の流れ込む場所の中心に、1番下の赤い線まで差し込む。
「この差し込んだ棒がひとりでに沈んでいったら、此処に砂が流れ込んでる証拠です」
「って言ってる側から結構沈んできてるな」
「あ、本当だ」
砂や石だけだと分かりずらいけど、こうやって見ると結構砂の流れ、速いみたいだな。
ルグの言う通り、俺が手を放してそっと離れてからまだそんなに経ってないのに、もう5cm近く沈んでる。
「確かに此処には流砂があるみたいね。
でも・・・・・・」
「アドノーさんのお父さんが見た時よりも流れが緩やかな理由。
現状その理由は2つ程あります」
「1つはアレだよね?
サトウ君が此処に入る前に言ってた、ベッセル湖と同じ説」
「はい。
もう1つは壁を調べてる時とかに偶然・・・
こう・・・・・・
排水溝の蓋を開ける様な仕掛けの最初だけ動かせていて、それで砂も少しだけ流れる様になった説」
確かにこの場所に流砂はあるけど、だからってイコールで此処が『流砂の間』だと言えるかどうかって言われると・・・
と言いたげなアドノーさんに、俺は指を2本立ててそう言った。
その最初の説はピコンさんの言う通り、此処に来る前に考えた『ベッセル湖と同じく1年の内数日だけ現れる』説。
壁とか結構真剣に調べたけど結局何もなさそうだったし、個人的にはこっちの説の方が合ってる気がする。
けど念には念をで『ちょっとだけ仕掛けを偶然解いた』説も一応言っておく。
まぁ、そんな奇跡の様な偶然、本当に起きるとは思えないけど。
「うーん・・・・・・何か仕掛けっぽい物あった?」
「無い」
「無いです」
「無いよね?」
「無いな」
「そうよねぇ。
・・・・・・うん。
なら、入口の方も念の為にもう1度少し調べて、大きな変化があるまでこのまま待ってみましょう」
その顔を見渡せば分かる。
当然と言えば当然なんだけど、仕掛け説の方は俺含め誰も信じられない様だ。
それでも念の為にそう確認してくるアドノーさんに、俺達は順々に無いと答えた。
その分かり切ってた答えにアドノーさんは悩む様に顔を顰め、一つ頷いてそう指示を出す。
それに俺達は頷き返し、残って流砂を観察する人と通路の方を調べる人。
その二手にどう分かれるかササっと決めて、それぞれ行動に移した。




