175,紙芝居
「うわぁ・・・・・・」
館長さんやリカーノさんと初めて会ったあの大通り。
その大通りに買い物をしに来た俺は、思わず感嘆の声を上げていた。
俺達以外誰も居なんじゃ無いかと錯覚しそうだった数時間前とはうって変わって、今はアーサーベルの露店通りの様に人が溢れ返り賑やかな声が飛び交っている。
「昼間は凄く賑やかなんですね」
「この時期だけよ。こんなにうるさいのは」
「やっぱり、『箱庭遺跡』で?」
「そう」
道沿いに開いたお店だけじゃなく露店も沢山出てるし、その倍以上は冒険者らしいお客さん達が行きかっている。
結構人が居るってのは聞いてたけど、想像以上だ。
それにこの人達は一体今まで何処に居たんだろう?
この町の宿屋全部がギュウギュウ詰めになっても入りきらないだろうし、各方面の朝1の馬車で来たとして流石にこの人数は・・・・・・
そう思いつつアドノーさんに声を掛けると、うんざりした様な返事が返って来た。
「冒険者達が色々買い占めるから、普段の買い物もまともに出来なくなるのよ?
毎年の事だけど、本当嫌になるわ」
「え?キャラバン村が出来てるのに?」
「大量に買うならこっちの方がお得なのよ。
質が良いってだけじゃなく、キャラバンで態々砂漠の真ん中に運んで管理するのよ?
あそこの商品は全部此処より高いの」
「なるほど。
あ、じゃあ、ゴーレムも買えるかどうか分からないのか・・・・・・」
自分の身を守れるタイプのゴーレムなら通信の事を気にしつつ戦う必要が無いし、ある程度自動で動いてくれるなら手を塞がずに済む。
と言う事で、常にこっちの様子や位置情報を安全にリカーノさんに送る為に、ジンさんのお金で通信鏡とGPSの様な機能が付いたゴーレムを買う事になったんだ。
でもアドノーさんの言う通り、大通りを見回せばあまり懐に余裕が無い冒険者達がここぞとばかりに大量に買い物してる。
その光景はテレビで見たタイムセール中の都会の大型スーパーの様って言うのか、朝一の市場の競りの様って言うか・・・・・・
本当、良い商品からドンドン無くなっている様に思える。
ほら今も、まだ昼前なのに完売した露店が1つ閉まった。
この光景を見ると、薬とかの最低限必要な物は兎も角、1番の目的のゴーレムがちゃんと買えるかどうか不安になる。
でも、その不安は杞憂だった様だ。
「大丈夫よ。
あそこ、基本この時期の冒険者を相手にしないから」
「えっと、一見さんお断りって奴ですか?」
「態々死に行く様な馬鹿に一生懸命作ったゴーレムを売りたくないのよ。
どんなに頑張って良い物を作っても、直ぐに壊されたら意味が無いじゃない」
これから行くお店は、館長さんの古くからのかなり親しい友人のお店らしい。
事前に館長さんが話を通してくれてるって聞いてるけど、アドノーさんのその言葉で別の不安が沸き上がる。
その不安を抱えたまま紹介状が必要な高級店にでも行く気かと少し緊張しながら聞けば、アドノーさんはどこか呆れを含んだ様な態度で違うと言った。
初めて来た冒険者でも構わないけど態々自分の実力に見合わない危険な場所に行く様なチャレンジャーは相手にしたくない。
自分が丁寧に丁寧に愛情込めて作った商品を長年大事に使ってくれる人にだけ売る。
と言う職人ならではの拘りによるものらしい。
まぁ、確かに、プライドの高い職人さんからしたら相手にしたくない相手だよな、今いる冒険者達の殆どは。
ギルドでチェックされてるとは言え、毎年殆どの人が帰ってくる事すら出来なかった場所に態々行こうとしてるんだ。
アドノーさんの言う通り、手間ひまかけて頑張って作った良い商品を無駄に使い捨てにする人には売りたくないと思うのも当然の事だろう。
「こっちよ」
「は・・・ッ!!?」
「サトウ?どうした?」
「・・・字幕・・・・・・歌が・・・・・・」
「歌?」
頷いてアドノーさんに付いて行こうとしたら、急に目の前の下の方に字幕が現れた。
この字幕は・・・
誰かが近くで歌ってる時の字幕の出方だ。
この雑踏と喧騒の音にかき消され、その歌が何処から聞こえてきてるのか分からない。
でも、俺が聞こえる範囲で誰かが歌ってるのは間違いないだろう。
『やって来る。やって来る。
砂漠から鎧がやって来る。
さらわれる。さらわれる。
悪い子、いい子、皆鎧がさらってく』
そう間隔を空けて何回か繰り返す字幕。
急に歌の字幕が現れるだけでリンゴ売りのお婆さんを思い出して怖いのに、今回は更に歌詞が怖いって言う要らないオマケ付き。
その二段構えの恐怖に俺は思わず立ち止まって辺りを急いで何度も見回した。
そんな俺に気づいたルグが少し戻って声を掛けてくれるけど、呼吸が荒くなって上手く声が出ない。
それでもどうにか伝えたら、ルグは首を傾げ辺りをサラッと1回見回した。
それで誰が歌ってるのか分かったんだろう。
納得した様に頷いて、大丈夫だと言ってくれた。
「あぁ!アレか。
大丈夫だぞ、サトウ。
今回は危険な奴が歌ってる訳じゃ無いから」
「・・・・・・・・・本当?」
「本当、本当。
ほら、アレ。あそこ。
あの魔法道具の側で楽器弾いてる奴。
あの芸人が歌ってるの」
ルグが指さす方を目で追うと、確かに道の端の方でゴテゴテした大きなアコーディオンの様な楽器を鳴らす男性が居た。
その側には自転車の荷台に乗ってないけど昭和と言えばの紙芝居屋さんが使ってそうな木箱。
どうやら大道芸人さんが歌っていたらしい。
歌は怖いけど相当面白くて興味深い内容をやってるんだろう。
その大道芸人さんの周りには近所の子供達だけじゃなく、買い物に来たはずの冒険者達も何人か集まっていた。
そのせいで紙芝居自体はあまり見えないけど。
「・・・・・・え!?あれってまさかアニメ!!?」
集まってる人が少し動いてもう少しだけハッキリ見えた紙芝居。
いや、紙芝居だと思っていた物は暗い色使いのアニメだった。
木箱の中で動く、鎧の絵。
パラパラ漫画やストップモーションを見てる様に時々線が入りながらカクカク動く絵は、動画サイトに投稿された素人作品でもかなりのクオリティの現代の滑らかなアニメに慣れた俺からしたら、結構下手なアニメに見える。
それに木箱の中のアニメ自体に音が付いてる訳じゃ無いから、全部大道芸人さんのアフレコなんだよな。
効果音やBGMも全部アコーディオンの様な魔法道具でつけてるし。
そんな感じで俺達の世界のアニメとはかなり違うけど、アニメはアニメ。
異世界でアニメが見れた事に俺はかなり感動していた。
「嘘!この世界アニメが有ったの!!?」
「アニメ?あれは紙芝居って言うんだ。
魔法道具を使って高速で紙や板を捲って動いてる様に見せてるんだよ。
絵が動いてる訳じゃ無いぞ?」
「いや、それがアニメなんだよ。
パラパラ何枚もの静止画を使った仮現運動。
えーと、丁度良い時間で物が交互に現れる事で本当は動いて無いのに動いて見える現象の事で・・・
あの紙芝居みたいにそれを利用して作った動画がアニメ、アニメーションって呼ばれる物なんだ。
だからアレはアニメって言って良いと思うんだよ」
「へぇ。
あのアニメも魔法道具使った紙芝居みたいに作られてたんだ。
紙芝居と全然違うから別の異世界の技術使ってると思ってた!」
前俺がしたテレビやアニメの説明が悪くて、多分勘違いしてたんだろう。
この旅の準備期間中に見たテレビアニメの事を思い出してそう言うルグに、根本は多分同じと言って俺はもう1度その紙芝居と呼ばれるこの世界のアニメに意識を向けた。
今やってる紙芝居は教育系の昔話って言えば良いのかな?
子供に勝手に砂漠に行くなって教える内容の様だ。
途中から見たから間違ってるかもしれないだけど、簡単に纏めると、
『砂漠には恐ろしい人を攫う鎧の化け物が出るから、大人と一緒じゃ無いと行っちゃいけないよ』
って話であり、
『良い子にしてないとそのこわーい鎧に売っちゃうよ』
って言う、よくある子供向けの脅しらしい。
砂漠の砂の奥深くから這い出てきて、人を連れ去る鎧姿の悪霊。
木箱の中の映像も夜闇に浮かぶ白っぽい鎧に腕を引かれ、泣きながらズルズル画面外に連れ去れる『悪い子』が映し出されてる。
それをオドロオドロしいBGMと、種類の違う砂が動く音で彩る大道芸人さん。
そして大道芸人さんが連れ去られた子供の悲痛な叫びを演じ切って、紙芝居が終わった。
「大昔の王様はこう言いました。
『強者と欲をかく者はただエサになるだけ』、と。
皆様もくれぐれ油断しない様、心に留めておいて下さい。
でないと、貴方も『人かい鎧』に連れ去られてしまうかもしれませんよ?」
そう言って一礼する大道芸人さん。
それで本当に紙芝居が終わったんだと、その迫真の演技と荒いからこそドンドン引き込まれる映像にいつの間にか詰まっていた息を吐く。
大道芸人さんの演技が凄過ぎて途中から見てもスッゴク怖かった!!




