167,『始まりの地に足を向けよ』 7歩目
「まさか婚約者殿だけじゃなく、王子も彼等と知り合いだったんですね」
「あぁ。この子の姉弟子の故郷の友達だよ。
その関係でオレも親しくして貰ってるんだ」
「この子?・・・・・・あ」
完全に回復したらしい館長さんも一緒に、俺達は今朝の事含めジンさん達と暫くの間世間話に花を咲かせていた。
いや、まぁ。
世間話はサインを駆使して最低限の情報交換をするルグとピコンさん、ジンさんの行動を誤魔化す為の物でしかないんだけど。
サインの存在や意味が気付かれない様にか、3人共態と余計な動作も行っているから、その分誤魔化しの世間話やこの部屋の展示品の話に熱が入ってしまったんだ。
そのお陰でアドノーさん達3人の気を上手く引き付けられたから結果的には良いんだけど。
そうやって楽しくお喋りしてるフリをしていたら、そんな事が直ぐ側で行われてるとは露程にも思っていなだろう館長さんが、ふとそう聞いて来た。
それにジンさんのサインの手も止まる。
そして軽く後ろを振り返りつつ答えるジンさん。
少し下気味なそのジンさんの視線の先を追うと、ジンさんと館長さんの影に隠れて気づかなかったけどもう1人。
ジンさんの後ろにスッポリ隠れる様に、小柄な小学校高学年位の子が佇んでいた。
ジャックと合体したユマさんのコートやジェイクさんが腕に巻いてるバンダナと同じ色合いの、かなり長い布をバンダナの様に頭に巻いて俯いている。
そのせいで顔が一切見えない。
「こんにちは。
気づかなくてごめんね?
俺は佐藤。君の名前も聞いていいかな?」
「・・・・・・・・・」
「ほら。
恥ずかしいのは分かるけど、挨拶はちゃんとしないとダメだよ?」
少年に視線を合わせる様に軽くしゃがんでそう声を掛ける。
でも、その少年はハクハクと言葉にならない小さな音を漏らすだけで、一切何も言ってこない。
きっと人見知りが激しいんだな。
苦笑いを浮かべるジンさんに促されても少年は中々言葉を吐く事が出来ない様だった。
「・・・・・・・・・なぁ、や・・・」
「ッ!!!」
漸く顔を上げて消え入りそうな声でそれだけ絞り出しペコリと小さく頭を下げる少年。
その困った様にも不安そうにも見える顔は、潤むディアプリズムの事を含め非常に良くユマさんに似ていた。
それこそジェイクさんやマシロなんて目じゃない程に。
それに『ナァヤ』って名前は確か・・・・・・
ユマさんの弟の愛称だ。
と言う事はこの子はユマさんの弟?
「・・・・・・ナァヤ君って言うのかぁ。
良い名前だね。
あ、ちょっと待っててね?」
『この子ユマさんの弟?』
そう立ち上がりながら起動させた『教えて!キビ君』の検索バーにそう打ち込み、いつの間にか真後ろに来ていたルグにだけさり気無く見せる。
それに俺にだけ見える様にコッソリ出されたサインは『Yes』。
ルグもそうだって言うなら、この子は間違いなくユマさんの弟のナァヤ君なんだろう。
きっとナト達がジャックター国城を襲ったから、コロナさんと一緒に避難して来たんだ。
繋ぎの王のユマさんと違い、ナァヤ君は正式な時期ジャックター国王。
出来るだけ遠くの安全な場所に逃がされるのは当然の事なんだろう。
・・・・・・・寂しがり屋らしいナァヤ君の気持ちは置いておいて。
「すみません、館長さん。
此処での飲食ってやっぱり駄目ですか?」
「展示品を汚さないなら大丈夫だぞ」
「なら大丈夫かな?
ナァヤ君、これ、いちご飴って言うお菓子なんだけど、お近づきの印に1つどうかな?」
スマホを使った理由を誤魔化す意味も含め、館長さんに確認を取ってから俺は『ミドリの手』で大き目のいちご飴を2本作り出した。
自分も欲しいと、後ろからスマホを覗き込んだ体制のまま目で訴えてくるルグに1本渡して、もう1度軽くしゃがんで残りを差し出しながらナァヤ君に食べるかどうか聞く。
コクリと小さく頷いたナァヤ君は、そのいちご飴をオズオズと言った感じで受け取って口に含んだ。
「ッ!!美味しい・・・・・・
パリって・・・じゅわ~って・・・
甘くて、凄く、美味しい・・・・・・」
流石兄弟って言うのか。
ナァヤ君もユマさんと同じく果物や甘い物が好きみたいだ。
いちご飴を食べたナァヤ君は見開いた目をキラキラ輝かせ、漸く笑顔を見せてくれた。
「気に入ったならもう少し出そうか?」
よっぽど気に入ってくれたんだろう。
もう少し出そうかと聞いたら、ナァヤ君は何時かのルグやユマさんの様に力強く何度も頷いた。
「エドとマシロも食べる?」
「「食べる!!」」
「OK」
予想通り、感じていた強い物欲しそうな視線の主達にも流れる様にそう聞けば、反射の様な速さで元気のいい返事が返って来た。
これまた予想通りの反応に、思わず口から小さな笑いが漏れる。
コロナさん達の登場で僅かに浮き出た不安と疑問をその楽しい気分で押し流す様に、そのまま俺はスマホを操作していちご飴を量産した。
「それで?気が済んだ?
済んだならアタシの依頼の仕事に戻って貰いたいんだけど?」
「あ・・・すみません。
つい話に夢中になってしまって・・・・・・」
結局いちご飴は、甘い物が大の苦手なコロナさん以外全員分作る事になって、自分の分のいちご飴をガリッと噛み砕いて飲み込んだアドノーさんがそう不機嫌そうに聞いてくる。
こんな不機嫌そうにしてるアドノーさんだけど、いちご飴を3つも食べたんだよな。
まぁ、その事は追及しないでおこう。
「それで、件の資料は何処に?」
「奥から3つ目の部屋。こっちよ」
「それなら、一緒に見学しながら行かないかい?
オレ達ももう少し皆と話したいからね」
「良いんですか?
コロナさんとのデート中なのに・・・・・・
ナァヤ君は勉強を兼ねた護衛中だとしても、俺達まで居たらお邪魔じゃありません?」
「大丈夫、大丈夫。
少し寂しいけど、ネイもマシロちゃんとまだ一緒に居たいみたいだしね」
「当然だ!」
「あぁ・・・なるほど・・・・・・」
『秘密』、『手伝い』。
サッサとこの部屋を出て行こうとしたアドノーさんに向かって、笑顔を強める様に目を細めたジンさんがさり気無く俺達に向かって示したサイン。
『この博物館の関係者達含め、自分達以外誰にも気づかれない様に協力しろ』
か。
そう単語単語の滑らかなサインを翻訳した結果的に、ルグ達との情報交換が不十分って訳じゃ無く、情報交換の結果協力の要請をしてきたって事だろう。
いちご飴の代わりに出した火炎苺片手に、マシロにピッタリくっ付いて女の子同士楽しそうにお喋りに花を咲かせる。
いや、向こうも向こうでヒッソリと情報交換していたのかもしれない。
そんなやけにマシロに近い気がするコロナさんを見る心底残念そうな姿は全然演技に見えないけど、やっぱりジンさん達3人が此処に来た本当の目的はデートなんかじゃないんだろう。
多分ユマさんに頼まれたヒュナイヤ君の護衛をしつつ、何か極秘の仕事。
もしかしたら、この国に隠されたウォルノワ・レコードを探しに来たのかもしれない。
この博物館には沢山のアリーア国の。
沢山の『召喚』を行ってきた頃のチボリ国の資料が展示されている。
「約1000年前。
この国最大のオアシスが急に枯れるまで、この国の要になっていたのはアリーアって言うアリーア国の首都の街だったんですよ」
そうこの部屋の展示品の説明しながらリカーノさんが教えてくれた。
そのさっきの雑談中の話が本当なら、今のチボリ国の首都があるリリーチェより、この近くにあるらしい巨大オアシス跡地側の旧王都の方がウォルノワ・レコードがある確率は高いはず。
そもそも『チボリ国』は勇者の『召喚』を1度もした事が無い様だし。
今のチボリ国の領土の8割以上を納めていたのはアリーア国で、元々チボリ国はリリーチェを中心とした北東の一角しか領土の無い小国だったそうだ。
アリーア国含め、現チボリ国内にあった国々の王族と婚姻関係を結ぶ事で存在を保っていた当時のチボリ国は、オアシスが枯れると共に消えたアリーア国の代わりにその血の力で砂漠の国々を統一した。
まぁ、1番は『当時大活躍してた勇者ダイス』の血も入ってるて事だろうけど。
真実はどうあれ、当時1番力の強かった国が当時の魔王のせいにされてる。
恐らく自然災害で突然機能しなくなって、多くの王族の血を引き継いだ『勇者』の子供が居る国だと当時の人達に思われたからチボリ国統一が出来たんだろう。
そう詳しく解説してくれたリカーノさんには申し訳ないけど、そこ等辺の歴史は今正直どうでも良いんだ。
重要なのはその時のゴタゴタでアリーア国に有った『召喚』の魔法の方法や技術が現チボリ国に伝わらずに済んでくれたって事。
昔の人達が策に溺れたって言うか、予想以上に『勇者』の存在が大きく重要視される様になったって言うか。
1000年前の時代では既にどの国も『勇者』を自国で独占したかったんだろう。
その例にもれず、他国に嫁ぐ身内含めアリーア国が周りの小国に徹底的に『召喚』の技術を隠したから、オアシスの水が突然消えた事による水を巡った内戦で『召喚』の技術が1つ消え失せた。
そして更に重要なのは、その事から逆説的に考えて現チボリ国内のウォルノワ・レコードがアリーア国跡地にしか無いかもしれないって事なんだ。
だからこそコロナさん達は、アリーア国や王都アリーアの諸々が数多く残る此処に来たんだろう。
俺達が『レジスタンス』のアジトの奥で見つけたアレコレの事も伝わってるはずだし。
それならヒュナイヤ君が一緒に居る理由も護衛だけじゃなく、コラル・リーフ製のスマホの調査要員って可能性も出てくるな。
もしくは両方兼ねそろえてるか。
「分かりました。ではご一緒させ貰います。
良いですよね、アドノーさん?」
「勿論ですよ!
嫌だなんて言う訳無いじゃないですかッ!
嫌だなー、もう!」
「それもそうですね」
「さぁ、さぁ、行きましょう。
王子、皆さん、こちらです」
その顔を見なくても今までのアドノーさんの態度でどう答えるか分かってしまう。
だからそうなったのも当然の事と言えば当然の事か。
酷く不機嫌そうな、でも何処か悪どい事を考えてそうなアドノーさんが口を軽く開いた瞬間にはルグの瞬間移動と同じ速度なんじゃないかと思う程の速さでリカーノさんがそう。
ジンさんから出されたサインの内容を悟られない様に念の為に演じた言葉の延長で言った、俺の確認の言葉に答えていた。
そのままリカーノさんはアドノーさんが不敬罪に問われかねない余計な事を言わない様に抑えたまま、俺達を先導する様に出て行った。
・・・・・・やっぱり、リカーノさん用の薬、クエイさんに調合して貰った方が良いよな?




