166,『始まりの地に足を向けよ』 6歩目
「そう言えば、皆さんってジャン王子の婚約者様と知り合いだったんですね」
「え?」
「父が今朝皆さんに助けて貰った事を言ったら、知り合いだと言っていましたので・・・・・・
違いましたか?」
「い、いいえ・・・・・・」
「サトウ、どうしたんだ?
リカーノさん、何って言ったんだ?」
「俺達が『ジャン王子の婚約者様と知り合いだったんですね』って」
「あぁ。
なら、『依頼で関わった事がある』って伝えてくれるか?」
「分かった」
俺達とコロナさんが知り合いだとリカーノさんに言われ、一瞬俺の思考が止まる。
まさかコロナさん達の方から俺達と関りがあるって言ってるなんて・・・
本当の本当に夢にも思わなかった。
今までの流れ的に秘密にしてると思ってたんだけど・・・・・・
思わずポロッと言ってしまったのかな?
まぁ、兎に角、コロナさんが何処まで言ってるか分からない以上、下手な事は言えない。
だから返答に困ってるとそうルグが助け舟を出してくれた。
「へぇ。
王族の依頼を受けるなんて、貴方も意外と凄い冒険者だったのね」
「いいえ。ザラさんは兎も角、俺は全然。
俺が受けた依頼は臨時の定期馬車の護衛だったんですよ。
お忍びで遊びに来ていた様で、依頼を受けた当時はまさかあのお客さんが一国のお姫様だとは露にも思いませんでした」
「お姫様の正体を知ったのもかなり後だって言ってたもんな?」
「そうそう」
「そうなの?世の中凄い偶然もあるものね」
あ、危なかったぁ・・・
あのまま俺だけが話してたら余計な事まで言ってたかもしれない。
これなら自分のプライベートな話が伝わらないと思ったのか。
さっきまでチボリ国語で話していたアドノーさんがローズ国語で話しかけてくれたお陰で、違和感なくルグが上手くカバーしてくれた。
その事に内心ホッとしつつ顔に力を込めて笑顔を強めてどうにか誤魔化す。
「まぁ、良いわ。
知り合いならアタシとしても都合が良いし」
「え?あの、アドノーさん?
それってどう言う・・・・・・」
「あの柱のアレコレの一部は展示されてるのよ。
王子達が何で此処に来たか知らないけど、知り合いなら一緒に見て回っても問題ないでしょ?
ついでにこれも調べ物の資料ですとでも言って、リッカと一緒に父さんの資料も調べさせましょう!」
「それは流石に問題が・・・・・・
って言うか、アドノーさん?
そんな事考えてるってバレたらリカーノさんに怒られるから、態とリカーノさんが分からないローズ国語で話してますね?」
「悪い?」
一切悪びれずそう言い放つアドノーさんに、流石の俺も頭がクラクラしてきた。
アドノーさん、肝が据わり過ぎてません?
「エス?ぼくが怒る事って、何
「さぁ、時間が無いぞ!急いで調べに行こうか!!」
あ、エス!!待ちなさい!!」
これ以上自分にとって余計な事を俺が言わない様にか、アドノーさんはプロレス技を掛ける様に俺の口を塞ぎ、ズルズル博物館の中に引きずって行った。
その後を怒り気味のリカーノさんと、アドノーさんの言葉が分からず置いてかれ気味のルグ達が追いかけてくる。
「・・・ん?」
「あ・・・」
父親の研究資料が残っている研究室に行く前に、まずは必要な資料の回収をする。
とアドノーさんに展示場の方へ連れてかれた。
裏口からグネグネと関係者通路を進んでまず出たのは、少しカクカクした円形の様なエントランスホール。
お洒落な教会の様な宮殿の内装をそのまま利用しているんだろう。
大きなステンドグラスから差し込む温かく明るい光が、鏡の様に磨かれた淡い色の石の床や壁、扉達を優しく包み込んでいる。
そんな光に彩られたエントランスホールを中心に、表側の入口がある手前側と右側が展示場。
奥と左側が研究棟になっている様で、俺達はそのまま真っすぐ右側の扉の1つに入った。
その扉から続く通気性の良い廊下は研究棟と殆ど同じだけど、こちら側は扉が全部開いてる。
そこから覗いた部屋は絵や像、ガラスケース。
そう言う展示品が所狭しと物が置かれ、でも綺麗に整頓されていて、まるで宝石箱の様だ。
その展示室の1つにツアー客の様に数人で固まった、俺達以外のお客さん達が居た。
その中に見覚えがある人が数人。
その内の1人が俺達の視線に気づいて振り返った。
「ッ!!マシロ!!!」
「ネイちゃん!」
その振り返った見覚えのある人。
あの鎧姿じゃなく、オレンジを基調とした冒険者風の少し大人びた服装をした本来の姿のコロナさんが、驚きと嬉しさを混ぜた様な表情でマシロの元にすっ飛んできた。
そのまま手前に居た俺達を押しのけたコロナさんはマシロに抱き付く。
「直接会うのは久しぶりだな。
貴女が無事で安心したよ。
怪我はして無いか?人間共に変な事されたりは?」
「相変わらず心配性だね、ネイちゃんは。
通信鏡で言った通り、私は大丈夫。何ともないよ」
「なら良かった・・・・・・」
名残惜しそうにマシロの体を離したコロナさんが、心底心配ですと言った顔でマシロの体を調べ始める。
そんなコロナさんの態度にクスクスと苦笑いを浮かべ、マシロは大丈夫だと言った。
それで漸くコロナさんも安心出来たんだろう。
ホッと息を吐いてほんの少しだけマシロから離れた。
「貴女は、他の奴等とは違って普通の女の子なんだ。
・・・記憶まで消えてしまっているし・・・・・・
本当に、無茶だけはしないでくれ・・・・・・」
「もう!そこまで私は弱くないよ?
弱いのに無茶して心配って言うなら、キビ君の方でしょ?」
「コイツは別だ」
本人前にしてそこまでハッキリどうでも良いって言います?
そのコロナさんのズバッと鋭い言葉に少し落ち込みつつ1言、2言、言葉を交わしていたら、コロナさんと一緒に居た他の人達。
この博物館の館長のお爺さんと、恐らく件のコロナさんの婚約者の王子様だろう。
俺と同い年位の、見覚えのある顔立ちの柔らかく優しそうな細目のチボリ国人の男性が近づいて来た。
その男性の第一印象は、『鷹の様な人』。
次に思ったのがユマさんに似た雰囲気の人だって事。
やっぱりコロナさんとお忍びデート中って事なんだろう。
ペアルックって程じゃ無いけど、
「お揃いにしてあるんだろうなー」
と、お洒落に興味が無い俺でも分かる位、コロナさんと似たデザインの青系の色違いで男性用にアレンジされた服を着てる事含め、一見王子様とは思えないニコニコ笑顔を浮かべた平凡な人に見える。
けど、きっとルグやユマさんと同じく鋭い爪を何本も隠してるんだろうな。
何となく第一印象でそんな雰囲気を感じた。
「やぁ。皆、久しぶりだね。ミルクは元気かな?」
「本当久しぶりだな、ジン!
ミルならアルの所で元気に働いてるぞ。
ついこの間もスッゴイ成果を出したんだぜ?
流石ジンの弟子だよ。
あの年で良くあそこまでやれるよなぁ」
「自慢の1番弟子だからね。
そっか。元気そうなら何よりだよ」
久しぶりと親し気に話しかけてきたその男性に、ルグがすかさずそう返す。
その時2人がさり気無くピコンさん達と使うサインを出し合ったのが見えた。
『周りには秘密。
詳しい事は、また後で。
今は自分の話に合わせて』
『了解』
か。
このサインが使えてルグも普通にサインで返したって事は、コロナさんの婚約者さんは間違いなく『レジスタンス』の協力者。
恐らくパトロンの1人だ。
それにさっきの2人の会話的に、婚約者さんはミルちゃんの師匠。
まさか、コロナさんの婚約者にそんな面があったなんて・・・・・・
もしかしてコロナさんの婚約者って言うのも嘘?
嘘って言うか、種族も住んでる国も違う2人が、魔女達や何も知らない国民達に違和感持たれず一緒に行動する為の設定なのかもしれない。
何か調べてるってアドノーさんが言ったのも疑心暗鬼になっていた訳じゃなく本当の事で、アルさん達に頼まれて何か調べに来たとか?
『周りに秘密』とか『詳しい事は後で』とかってサインしたなら、ルグもコロナさん達の本当の目的を知ってる?
「それと、君が・・・『あの』サトウ君だよね?
話は聞いてるよ。
彼女の婚約者のジンだ。これからどうぞよろしく」
「あ、はい。佐藤です。
えっと、初めまして、で大丈夫ですよね?」
「うん?」
ルグと暫くの間他愛もない話をしていた婚約者さんことジンさんが、そう急に言ってくる。
また軽く思考の海に行きかけた俺はそれを聞いて慌てて軽い自己紹介を返し、自信が無いながらも頭を下げた。
やっぱり他人だったのかな?
そんな俺の言葉や態度が不思議だったんだろう。
顔を上げるとジンさんが首を傾げていた。
「君とは今日初めて会うよ。
何処かで会った事あったかな?」
「1年程前、馬車の護衛の依頼をしていた時があるんです。
その時のお客さんの1人に顔が似ていまして・・・
その頃、ディスカバリー山脈の馬車の乗り換え所で、ローズ国行きの馬車に乗った覚えはありますか?」
ジンさんはコロナさん達と初めて会ったあの馬車に乗っていたチボリ国人のお客さんに非常によく似た顔をしていた。
同じチボリ国人だからってだけじゃなく、明らかに血縁者だって分かる顔立ちをしている。
当時のあの状況とジンさん達の事情を考えると、あのお客さんが念の為の囮の影武者だった可能性は十分ありえるだろう。
けど、多分、違う。
本当になんとなくなんだけど、あのお客さんはジンさんのお兄さんか親戚の人だったんじゃないかな?
そう思うんだけど、俺がそのお客さんに会ったのはこの世界での1年前のあの1回切り。
急成長したルグの事もあるし、服装や雰囲気が違って俺が勘違いした本人の可能性もある。
だから俺はそうジンさんに念の為に尋ねたんだ。
「あぁ!君があの時の!
兄から話は聞いてるよ。
まさか君があんな愉快な方法で兄を助けてくれた人だったなんてね。
凄い偶然だ!」
「なるほど。お兄さんだったんですね。
すみません。
俺の不注意のせいでお兄さんを危険な目に合わせてしまって・・・」
「いいよ、いいよ!
兄も貴重な体験が出来たって面白がっていたからね。
全然気にしなくて大丈夫だよ」
「そう言って頂けると助かります。
ありがとうございます」
館長さん達もこの場に居るし、迂闊な事は言えないからなぁ。
今のジンさんの言葉が本当かどうか分からない。
けど、本当にジンさんのお兄さんだったら、あのお客さんもチボリ国の王族1人って事だよな。
まさか、現チボリ国王だったなんて事は・・・・・・
流石に無いか。
それでも不敬だと後で怒られるのも怖いし、一応あの時の事をジンさんに謝っておく。
そんな俺の言葉に、ジンさんは本当に気にして無いと言った態度と雰囲気で笑い飛ばした。




