163,『始まりの地に足を向けよ』 3歩目
「それに昔のこの国の、正確に言うならこの辺りに存在していたアリーアって国の王様達が頻繁に『初心者洞窟』に入っていたって記録があるの」
「え?王様達が?」
「えぇ。特に多くの記録が残ってるのは3人。
『箱庭遺跡』を造らせた7000年位前の王様のビー・アド・アリーアと、『たとえ利益がなくとも常に始まりの地に足を向けよ』とか、『強者と欲をかく者はエサになるだけ』とか。
そう言う良い言葉を残した3000年前の王様。
あ、そっちじゃこっちの方が有名かしら?
あのコラル・リーフの1番最初の仲間で、悪に堕ちたコラル・リーフを捕まえたコーガ・クー・アリーア。
それとそのコーガ・クー・アリーアが唯一妻に迎えたサンゴ王妃ね」
「えぇ!!?」
「何?変な事言ったかしら?」
「い、いいえ。何でもありません。
ただ、前一緒に依頼を受けたチボリ国の方から聞いた諺を伝えた王様が、まさかあのコラル・リーフの元仲間だったなんて・・・
全く想像もしていなかったので驚いただけです。
ですから、本当にお気になさらず」
「そう?まぁ、確かに驚くわよね。
こっちじゃ有名な話だけど、ローズ国やヒヅル国じゃあコラル・リーフを捕まえた事しか伝わってないもの」
コーガ・クー・アリーアはもっと世界に知られるべき数多くの名言を残してる。
と何処か自慢げな表情で嬉しそうに言うアドノーさんに、俺はロアさんから聞いてある程度知っていると頷いた。
その返答に嫌な顔や変な顔をせず、自慢げな笑顔のままでいるアドノーさん。
作り笑いって感じじゃ無いし、多分上手く誤魔化せたのかな?
そうアドノーさんに気づかれない様に内心でホッと息を吐く。
『初心者洞窟』に頻繁に入っていたと言う3人のアリーア国の王族。
その名前がアドノーさんの口から出た瞬間、俺は思わず驚きの声を上げてしまった。
咄嗟に誤魔化せたからアドノーさんに不信がられなかったけど、それにしても本当に驚いたな。
コラル・リーフの仲間が、『サンゴ』って名前の人を妻にした。
これは偶然なんだろうか?
いや、流石に偶然とは思えない。
何かしらの理由でコラル・リーフを意識して似た名前の人を妻に迎えたのか、それかサンゴ王妃がコラル・リーフ本人か。
「あの、話を折って申し訳ありませんが、幾つかコラル・リーフとそのサンゴ王妃の事で良いですか?」
「なにかしら?」
「コラル・リーフって最後どうなったんですか?
勇者なのに人間を裏切った悪い人としか聞いた事無いので、詳しく分からなくて・・・・・・」
「コラル・リーフの最後はアタシ達考古学者でも分からないの。
記録として残ってるのは、長年追っていたコーガ・クー・アリーアに捕まった所まで。
その後どうなったかは・・・・・・
処刑されたのか、今も『幸福な牢獄』って魔法で何処かに封じ込められてるのか。
全く分からないのよね」
「なるほど・・・
後もう1つ良いですか?
サンゴ王妃って何処出身か分かります?」
「それも分からないわね。
今のホットカルーア国がある辺りの出身って資料もあるけど、今なら兎も角流石にあの時代に魔族を、ねぇ?」
コラル・リーフが女性だったって可能性も出てるし、2人が同一人物って可能性はかなりあるだろう。
そう思ってアドノーさんに確認したら、そう返された。
コラル・リーフの最後は不明で、サンゴ王妃の出身はホットカルーア国の可能性がある。
流石にここまで来たら、ほぼほぼ同一人物説で間違いないんじゃないか?
「でも、本当にサンゴ王妃がホットカルーア国の出なら、ジャン王子が魔族に一目ぼれしたのも当然かもしれないわね」
「一目惚れって、この国の王子様が、ですか?」
「そうそう。
今ウチの王子様が、ホットカルーアのお姫様と婚約してるのよ。
ジャン王子がホットカルーアのお姫様に一目惚れして、婚約を推し進めたって話よ。
ジャン王子もコーガ・クー・アリーアの子孫だから、魔族を好きになるのはそう言う血筋なのかなって思ったの。
ジャン王子はコーガ・クー・アリーアに非常に似てるって言われてるしね。
好みまで一緒だったみたい」
「え?ホットカルーアのお姫さまって・・・・・・」
「お姫様はお姫様よ。ホットカルーアの王様の長女。
確か名前は・・・
コロネーション・コープスリヴァイブだったかしら?」
「えぇ!?」
コロナさんがチボリ国の王子様と婚約!!?
そんな話聞いて無いんだけど!?
え、本当に婚約したの?
魔女達のアレコレで協力し合ってる姿を勘違いされとかじゃなくて?
と言うか、ルグは幼馴染なのにその事聞いて無かったの!?
そう声には出さない様必死に抑え、でもその反動の様に思いっ切りルグの方を見れば、ルグは、
「そう言えば言ってなかったなー」
って顔をしていた。
周りを見回せばアドノーさん以外、皆ルグと同じ様な顔をしている。
クエイさんは直ぐに不機嫌そうな顔に変わって舌打ちしたけど。
なるほど。
俺以外皆コロナさんの婚約の話知ってたんですね。
クエイさんの反応的に、俺には不要な話しだから、あえて今まで言わなかったって事か。
「そうそう!
そう言えば今、ジャン王子と一緒にそのお姫様が私達の博物館に来てるのよ。
そのお姫様にチボリ国を紹介するついでの婚前旅行でチボリ国中を回ってるって言ってたけど、態々館長とも話がしたいなんて言うんだから何か調べたい事でもあるんじゃないかしら?」
「へぇ」
これも俺が教えて貰ってなかっただけで、クエイさんやザラさん達はコロナさんがこの町に来てる事を知っていたんだろう。
そう言えばと言ったアドノーのさんの言葉に、興味なさげに返事したザラさんの雰囲気がピリッと変わった。
これは・・・
アドノーさんに探りを入れられてる?
アドノーさんがふとコロナさんの事を口にしたのは、俺達とコロナさんが繋がってるかどうか調べる為で、今のこの町の博物館に来てるって言ったのもその一環。
本人達が唯のデートと言ったのに、コロナさん達が何か調べ物してるんじゃないか?
と疑ってるなら、尚更その可能性が高いだろう。
勉強を兼ねたデートで、王族の威厳の為に1番詳しいそうな館長に案内を頼んだと取れる話なのに、態々ピンポイントで『調べ物』と疑った。
それは事前にコロナさん達が何かを調べているって情報を得ているからで、そうすると少し疑いが晴れてきた魔女や黒幕達の仲間説がまた濃厚になる。
だからこそ、コロナさん達が来てる事を知ってる素振りや、調べてるって言葉に反応したら仲間に連絡されるかもしれない。
そう思って迂闊に声を出せず緊張に少し体を固くしてさり気無く周りを見回すと、ザラさん以外も険しい雰囲気に変わっていて、クエイさんは新しい煙草を取り出していた。
でもクエイさんは手袋の指先に付いた火打石をカチカチ鳴らすだけで、何時もの様に煙草にパチンッと火を着けようとしない。
念の為に用意はしてるけど更に自白剤を使う気も、別の薬や毒を使う気も、今は無い様だ。
「あの人達も『箱庭遺跡』に興味がある様だったから館長が戻って来るまで案内してろって仕事、ほっぽいて来ちゃったのよねー」
「それは・・・大丈夫なんですか?
不敬罪になったりしません?」
「何言ってるの?
父さんの命の方が優先に決まってるでしょ?
そんなのどうでも良いわよ。
大体ねぇ、ジャン王子はちゃんとあの事件を調べもせず父さんを殺人鬼と決めつけた、あの王様の弟よ!?
弟とその彼女!
何でアタシがアイツの身内と身内候補なんかに・・・」
煙草も終わって、目に見える煙も完全に消えて。
でも未だに効果が続いてるクエイさんの自白剤薬煙草の影響だろう。
不敬罪にならないか聞いたら、アドノーさんは溢れる様に自分の父親の判決を言い渡したこの国の王様に対する愚痴を言い始めた。
その愚痴を言う姿に俺達の緊張が少し解かれる。
この愚痴を言う姿や、愚痴の内容的にアドノーさんが純粋な魔女達の仲間の可能性は低そうだ。
父親の無実を信じてるのが自分1人だけだとか、信仰してる何代目かの勇者含め誰も助けてくれないとか。
そう言う事も言ってるし、何らかの契約や騙されて魔女や黒幕達に協力してる訳でもないし、信仰してる勇者に対しても不満があるなら根深い英勇教信者って訳でも無いだろう。
コレが全部演技って可能性は完全に否定出来ないけど、可能性はかなり低い。
コロナさん達が何か調べてるって疑ったのもこのアドノーさんの言動を見るに、そう言う態度をコロナさん達が無意識にも取っていたからって可能性の方が強まった。
いや、コロナさんの婚約者の王子様が居る事で。
お父さんの裁判の関係者の身内が居る事で、アドノーさんは父親の事で疑心暗鬼になっていた?
お父さんの判決に不満がある自分がお父さんを脱獄させようとしてる。
とかそう言う疑いを持たれてるって。
そこ等辺は分からないけど、まぁ、兎に角。
事情が事情だけに仕方ないとは言っても俺達の方もかなり疑心暗鬼に陥っていたって事で、今の所アドノーさんはタイミングが良過ぎただけの唯の一般人だって思って良いだろう。
「って、何を言ってるんだ、アタシは。
見ず知らずの者達にこんな愚痴を・・・・・・」
「ギルドに入って来た時も、俺達の話を聞かない位慌ててた様でしたからね。
きっとそれだけ、不満や不安が溜まっていたんですよ」
「そうか?そう、だな。
父の処刑の予定日まで、もう1ヶ月もないんだ。
自分が思っているよりも余裕が無かった様だな」
「そんなに時間が無かったんですね。
それなら焦るのも仕方ないですよ。
冤罪の可能性があるなら、尚更」
用意はしたものの新しい薬煙草に火を着けなかったから、自白剤の効果が切れたんだろう。
薄い青紫色の瞳から赤みの差した黒い瞳に戻ったアドノーさんが、そう正気に戻って恥ずかしそうに消えそうな声で言葉を漏らす。
そんなアドノーさんに俺はクエイさんの薬の事がバレない様に、そうストレスが溜まっていたんだと言いくるめた。
その言葉と、瞬時にクエイさんが持っていた薬煙草を薬じゃない普通の煙草にすり替えて吸い始めたから、アドノーさんは特に違和感を持つ事なく納得した様だ。




