161,『始まりの地に足を向けよ』 1歩目
今にも高笑いをしそうな堂々さで勢いよくギルドの扉を開け放ち、ズカズカと音がしそうな大股の早歩きで俺達の方に来た白衣の様なローブを着た女性。
その女性の勢いの良さに、いつの間にか外で煙草を吸っていたクエイさんも思わず煙草を落としてギョッとした表情のままギルドの中を覗き込んでいる。
かく言う俺達も同じ様な表情で固まっているんだろうな。
「さぁ、アタシの依頼にサインして貰おうか!!」
「あ、あの・・・・・・」
「何をしているんだ!さぁ、さぁ、さぁ!!」
「え、えーと・・・
あの、俺、唯の通訳なので、そう言う事の決定権ないです・・・・・・」
落とさないスピードのまま掲示板に張られた依頼書を流れる様に勢いよく1枚剥がして、その勢いのままグイグイ来るその女性。
その圧の強い勢いにタジタジになりながら、俺は警戒しつつどうにかそう声を絞り出した。
クレマンさんやスピリッツさんが着ていたのに似たローブを羽織ってるし、この女性が研究者なのは間違いないと思う。
年はクエイさんやザラさんと同じ、25、6歳前後。
チボリ国人らしい浅黒い肌に、鮮やかに色づいた紅葉をそっと差した様な艶やかな黒い髪と、その黒髪と同色の目。
その事からローズ国から来た人や、このチボリ国で新たに犠牲になったゾンビじゃ無い事は分かる。
けど、英雄宗の信者かどうかまでは分からないんだ。
態々俺達に対して此処までグイグイ来るなら、今度こそ俺達の監視を指示された魔女達の仲間かもしれない。
宗教とは無縁そうな研究者っぽくても油断出来ないぞ。
「彼等に説明する義務がありますので、どんな依頼か、1度落ち着いて最初から話を聞かせて貰えませんか?」
「ふむ・・・・・・アタシの依頼はこれよ。
貴女達、アタシの依頼、受けてくれるわよね?」
「ごめん、無理」
「何故だッ!!!」
俺がどうにか『通訳』と言ったから、多分ローズ国語で話しかけたんだろう。
女性は小さく声を出し少しの間悩む様に左手で顎から口元を隠す様な仕草をして、さっきまでと違う口調でそうザラさんに声を掛けた。
口調はさっきよりも柔らかくなった気がするけど、その勢いのある圧は全然衰えてない。
女性は『はい』とか『うん』って承諾の言葉以外聞かないと言いたげな。
それこそ絶対俺達が自分の依頼を受けるって自信に満ちた雰囲気を出してるのに、そんなモンどこ吹く風と言いたげなサラッと感でザラさんは受けないと言った。
その本人にとっては予想外過ぎる返答に、女性も思わず母国語で叫んだ様だ。
「何、叫んでんだ、コイツ?」
と言いたげなザラさんの視線が俺に送られてくる。
「何故だ!?何故、アタシの依頼を・・・あ。
何でアタシの依頼は受けれないの?
初心者でも出来る簡単な依頼よ?
何が気に食わないの?」
「確かにアンタの依頼はコイツ等でも出来る簡単な依頼だ。
でも時間が掛かるんだよ」
さっきは女性の勢いに押されちゃんと見てなかったけど、掲示板の左上にあった1番色あせた依頼が無くなっている。
あそこに在ったのは、確か・・・・・・
そう、巨大クロッグの事件の時ボートの上でロアさんが軽く言っていた、初心者冒険者向けの旨味の無い洞窟、『初心者洞窟』の調査の依頼だ。
依頼人はエス・アドノー。
依頼内容は、洞窟の奥には世間には知られてない秘密の道があるから、それを見つける為に洞窟の奥を調べる事。
そしてその見つけた秘密の道の、依頼人が満足するまでの詳しい調査だ。
確かにこの依頼はかなりの時間が掛かるだろう。
特に後半の部分。
書かれた依頼の内容的に信憑性の薄い噂の検証が目的で、この女性。
アドノーさんの今の様子からするに簡単に解放されそうにない。
本当にあるかどうか分からないその秘密の道を見つけ、隅々まで調べ尽くすまで絶対開放してくれないだろう。
何日、何週間も付き合える余裕なんて俺達には無いし、必死なアドノーさんには申し訳ないけど断る以外選択はない。
「俺様達は急いでキャラバン村に行きたいんだ。
調査なんて幾ら時間があっても足りない依頼を受ける時間なんて俺様達には無いんだよ」
「キャラバンって事は・・・また『箱庭遺跡』!!?
いっつもそう!!
あんな偶にしか地上に現れないってだけの何の価値も残ってない遺跡、何が良いのよ!!
あんな場所、別の日に地面掘って調べなさいよ!!!
アタシだって時間が無いのッ!!
アタシの依頼を優先しなさい!」
「だから、無理だって」
そのザラさんの言動が気に入らなかったのか。
アドノーさんはキッパリ断るザラさんに真っ赤な顔で掴みかかりそうな勢いで迫る。
そんな感情的に叫ぶアドノーに対し、何処までも冷静に言葉を返すザラさん。
その2人の温度差に風邪をひきそうだ。
「俺様達は『箱庭遺跡』に用がある訳じゃ無い。
キャラバン村に入っちまったある奴等に用があるんだ。
そいつ等がどっか行っちまう前にキャラバン村に俺様達も入りたいから、時間が掛かる依頼は受けれないんだよ」
「それでもッ!!!それでも、アタシには・・・
父さんには、もう時間が無いのッ!!
このままじゃ、このまま『流砂の間』が見つからなかったら、父さんは処刑されてしまう!!!
だから・・・だから・・・・・・」
「処刑!?それに、『流砂の間』って・・・・・・」
ナト達を捕まえる為に余裕がない。
そう言うザラさんに、アドノーさんの方も時間が無いと言う。
その時間が無い理由は、父親が処刑されてしまうから。
処刑されてしまうと言うとんでもない理由に、俺は思わず大声を上げてしまった。
それに『流砂の間』って言ったのも気になる。
「お父さんが処刑されるって話も気になりますが、今、『流砂の間』って言いましたよね?
『流砂の間』は『初心者洞窟』にあるですか?」
「えぇ!間違いなくあるわ!
アタシの父は間違いなく『初心者洞窟』の奥で、伝説の『流砂の間』を見つけたの。
そしてそこから行ける奥で何かがあった。
『初心者洞窟』には絶対、まだ世間に知られて無い何か秘密があるのよ!!」
「その話の信憑性は?」
「勿論、100%よ!
絶対『流砂の間』は『初心者洞窟』の奥にある!!」
メモ帳片手に『流砂の間』の事を聞く俺に、
「気になるなら自分の依頼を受けろ!!」
と圧を強めて言葉を返すアドノーさん。
アドノーさんの話が本当なら、俺達の為にもこの依頼を受けるべきだろう。
でも、怪しいんだよなぁ。
依頼の内容じゃ無くて、アドノーさん自体が。
あの情報を知った今朝の今でタイミングが良過ぎるんだよ。
俺達の運が良いって言うより、俺達をつけていたアドノーさんが俺達を騙す為に一芝居打っている。
と思った方が良いと思うんだ。
『流砂の間』の奥には『風の実』もある訳だし、そう考えた方がシックリくる位タイミングが神掛かってるんだよ。
「・・・エド、このアドノーさんの依頼受けようと思うんだけど、他の受ける予定の依頼ってコレとコレだっけ?」
「何いぃ・・・・・・何々・・・
あぁ、うん。そうだ」
何を言ってるんだ?
本気でこんな時間の掛かる依頼を受ける気か?
と言おうとしたルグが、メモ帳の文字を見て一瞬言葉を詰まらせる。
その後直ぐ、俺が味方になったと期待に満ちた目を輝かせるアドノーさんを警戒する様に、どうにか上手く言葉を繋げた。
『今朝の話からのすいり
流砂の間の奥から箱庭いせきに行けるかもしれない
せいきルートより速い&奇しゅうのチャンス
でも依頼人が来たタイミングがあやしい
敵の可能性あり。ようケイカイ』
それが実際に俺が書いて見せたメモ帳の文字だ。
俺はサインだけでこの内容を伝える事が出来ないし、アドノーさんに聞かれるから声に出すのは以ての外。
だからこの世界では限られた人しか読めない日本語で書いたメモ帳を見せたんだ。
「でもさぁ、あの人の依頼、受けるには、条件が厳しくないか?
ザラの言う通り、時間がない訳だしさ」
「でも、『流砂の間』の奥には俺達も用があるでしょ?」
「確かに薬の素材があるもんなぁ。
行かない訳にはいかないってのは分かってるけど、でもなぁ・・・」
「良いじゃないですか。
お金も入って目的も達成出来る。
一石二鳥じゃないですか」
ルグと、俺とルグの後ろからメモ帳を覗き込んだピコンさんが、身振り手振りを加えてそう弱々しく反論する。
その反論の方は正直どうでもいい。
俺もルグもピコンさんもアドノーさんに不信がられない様に、勢いで適当に言ってるだけだからな。
この会話に意味は無いんだ。
重要な意味があるのは、2人の身振りや手振りの方。
ルグとピコンさんはサインを駆使して、少し離れた所に居るザラさんと、未だ外に居るクエイさん。
そして戻って来たばかりのマシロとジェイクさんにこのメモの内容を伝えてるんだ。
その手の動きはプロの手話の通訳の人並みに滑らかで、俺じゃこんなに滑らかかつ、ただ単に身振り手振り付きで話す癖がある様にしか見えない自然な形でサインを出す事が出来ない。
と2人の凄さと自分の下手糞さに改めて内心で苦笑いと感嘆の声を漏らした。




