157, やけ酒考古学者 前編
「・・・・・・・・・なぁ、緑髪の兄さん」
「えーと、俺ですか?」
「あぁ、君だ。
君も此処等の柱の文字が読めるのか?」
「柱の文字?」
虚ろな目のままジーッと俺達の事を見ていたお爺さん。
そのお爺さんが不意に俺に声を掛けてきた。
何かクエイさん達に伝えたい事でもあるのか?
そう思っていたらお爺さんは視線だけで自分が背中を預ける柱を示して、そこに彫られた文字が読めるか聞いてきた。
何でそんな事を?
と思わないでもないけど、お爺さんの今にも死にそうなただならぬ雰囲気に断る事も出来ず、言われた通り素直にその文字を読む事にした。
「えーと・・・・・・
『アネホ・スフィンクス
ルボ・スフィンクス
タルマ・ギルタブリル
ヲノラ・ギルタブリル
シュシュー・ミルメコレオ
キリエイ・ヴァルキューレ
我らが偉大なる王を満たし癒すその使命を背負いし新たに閉じられた花園に入りしこの娘達にアリーアの名と祝福を』
って書いてありますね」
「・・・この近くの他の柱は?」
お爺さんが読むように言った此処等辺の柱には、全ての面に沢山の違う名前が書かれていた。
最後の1文だけが同じで、苗字は被る物もあるけど、名前は全部違う。
読める範囲だけでも50人近く、壊れた部分に書かれてただろう名前を入れれば100人以上の名前が書かれていたはず。
ただ、幾つかの柱の一面には人の名前じゃなく、『流砂の間』の奥の地図。
いや、設計図・・・
いや、いや、完成記念に撮った建物の写真みたいな物なのかな?
そう言う地図の様な物が書かれていた。
補足の文字が無ければ、複雑で変わった唯の模様にしか見えないけど。
その地図によるとどうも、当時の王様の命令で『流砂の間』の奥と、その連れてきた女性達が暮らす『花園』と呼ばれる場所を繋げる工事を何度もしていたらしい。
軽い補足と共に柱に堂々と書いてあるから、いざって時の隠し通路を作った訳じゃ無いと思うけど、どうなんだろう?
此処等辺の柱はその『花園』のあらゆる記録が書かれてるみたいだし、柱が建てられた当時は此処等辺一帯が人目につかない場所だったから隠し通路の工事の記録も真面目に残した。
って可能性もあるよな?
「そうか・・・・・・」
「えっと・・・あの、俺、何か間違えましたか?」
「間違っていない。間違っていないから、辛いんだ」
「間違っていないから、辛いって・・・・・・」
何がダメだったんだろう?
言われた通り近くの柱の文字を読み続けていると、明らかにお爺さんが落ち込んでいった。
お爺さんの期待に沿えなかったのか?
と不安になっていると、正しく読めたから辛いのだと言われた。
えっと、つまり・・・
間違って読んで欲しかったって事?
何で?
「私の今までの努力は・・・・・・
私達の40年は何だったと言うんだ・・・・・・
こんなに簡単に読める物に人生を掛けて・・・
一体何の意味が・・・・・・」
「あの、お爺さん?
えーと。と、取り合えず、落ち着きましょう?
病み上がりの体なんですし、安静にした方が・・・」
「居た!!父さんッ!!!」
今にも自殺しそうな、絶望しきって暗く追い詰められた様な雰囲気と表情で項垂れるお爺さん。
本当に危ういそのお爺さんをどうにか励まそうと声を掛けていると、俺達の真後ろから若い男の鋭い声が聞こえてきた。
振り返れば、晴天の空の様な目と、お爺さんより少しだけ濃い薄っすら雲が覆う春の青空の様な髪。
チボリ国人にしては白っぽく儚い印象を受ける、そんな見た目のお爺さんによく似た顔立ちをしたジェイクさんと同い年か少し上位。
多分、20代後半か30代入った位の男の人が、少し離れた場所に立っていた。
お爺さんを探して村中を駆け回っていたんだろう。
髪と息を酷く乱し汗だくになったその人は、ホッとした様な泣きそうな表情で真っすぐお爺さんを見ていた。
「父さん、何やってるの!!!
全然帰って来なくて・・・・・・
ぼく達がどれだけ心配したと思ってるの!!」
「リカーノ・・・」
「ほら、帰るよ」
「あ、おい!待て!!そいつを連れて行くな!」
「ッ!?誰!!?何時の間に此処に!?」
「あ、あの!待って下さいッ!
お爺さん、さっきまで倒れてたんです。
先生の指示があるまで無理に動かさないでください。
まだ絶対安静です!!」
「え!?」
本当に男の人、リカーノさんはお爺さんしか視界に入っていなかったんだろう。
お爺さんを無理矢理立たせて連れて行こうとするリカーノさんの腕を掴んで止めるクエイさんを、リカーノさんはギョッとした様に見返していた。
そのリカーノさんが驚き固まっている隙に、お爺さんを連れて行ってはいけない理由を説明する。
「あ、貴方達は・・・・・・」
「俺達は旅の冒険者です」
「偶然倒れてる私を見つけてくれてな。
そちらのお医者様が治してくれたんだ」
「そ、そうだったんですか・・・
すみません、父がご迷惑を・・・・・・
父を助けて頂き、ありがとうございます」
「いいえ。お気になさらず」
少し疑い気味だったリカーノさんは父親の言葉を聞いて慌てて頭を下げた。
そしてまだ連れて行くなと言ったのが気になったんだろう。
顔を上げたリカーノさんは不安そうにクエイさんの顔を見つめた。
それで言葉が無くてもリカーノさんが何を聞きたいのか分かったんだろう。
クエイさんは詳しくお爺さんを連れて行ってはいけない理由を口にした。
「飲ませた薬が効くまでに時間が掛かるんだ。
そいつを殺したくないなら、後30分はそのままにしておけ」
「『飲ませた薬が効くまでに時間が掛かる』。
命に関わるので、『後30分はそのままにしておけ』と言っています」
「そうですか・・・
何から何まで、本当にありがとうございます。
・・・・・・あの、先生?
父はどうして倒れていたのでしょう?」
「『何から何まで、本当にありがとうございます』。
先生、『父はどうして倒れていたのでしょう?』
と言っています」
「酒の飲み過ぎだ。
弱いくせに一気に大量に飲むからこんな事になるんだ。
今度から程々にしておけ」
「お酒の飲み過ぎが原因だそうです。
お酒に弱いなら一気に飲まず、程々の量を飲む様に、と」
「また!?」
どうもお爺さんは急性アルコール中毒で倒れていたらしい。
未だに顔が赤いのも、きっと酔ってるからなんだろう。
死んでも良いからお酒に溺れたいと思う様な、よっぽど忘れたい嫌な事があったのか。
お爺さんのこの様子からすると、やけ酒をしていたのは間違いないと思う。
ただどんな理由があっても、楽しむ為にお酒を飲むのは良いけど、倒れる様な無茶な飲み方するのは絶対駄目だ。
何よりリカーノさんの『また』って怒った様な言葉から察するに、お爺さんが無茶な飲み方して倒れるのは今回だけじゃない。
何度も同じ事を繰り返しているって事だ。
リカーノさんが顔を真っ赤にしてお爺さんを怒るのも無理はない。
「いい加減にしてよ、父さん!!
お酒に逃げたって意味が無いんだ!!
そんな自分の体、壊す様な事はやめてくれよッ!!」
「良いんだ、リカーノ・・・・・・
私には、もう・・・
もう何も・・・何もなんだ・・・・・・」
「ふざけないでッ!!
そんな事無いって何時も言ってるだろう!!
あんな事位で諦めないでよ!!」
「そうだ・・・
私が人生を掛けていた物は、『あんな事位』の物でしか無かったんだ・・・・・・
こんなに小さな緑髪の兄さんですら読めると言うのに・・・・・・
私は・・・・・・」
「え!?あ・・・いや・・・
えっと・・・あの・・・・・・」
「父の言う事は気にしないでください。
唯の八つ当たりなので。
父さん!
ヒヅル国の人ならぼく達より小柄なのは人種的に当然でしょ?
そんな事まで持ち出して卑屈にならないでよ!」
ニュアンス的にお爺さんは俺を年齢的な意味で『小さい』と言った様に聞こえた。
でもリカーノさんは身長的な意味で小さいと思ったんだろう。
思わず声を漏らした俺に、申し訳なさそうにそう言ってお爺さんをまた叱るリカーノさん。
多分お爺さんには『俺』の姿が見えていて、リカーノさんには『四郎さん』の姿が見えているんだろう。
どうも四郎さんがスマホの中に居たり、俺にピッタリくっついてたり。
そうすると基本俺の姿は平均顔状態になる様で、だからお爺さん達にも『四郎さん』の姿が見えてると思ってたんだ。
でも、まさかお爺さんに『俺』の姿が見えてるとは・・・
思わず声が出る位驚いてしまった。
けどチボリ国にも『勇者』の子孫って呼ばれる人達は居る訳だし、『俺』の姿が見えるのは可笑しな事じゃないよな?
「・・・いえ。
そこ等辺は気にしてないので、お二人もお気になさらないでください。
それより、すみません。
俺がこの柱の文字を読んだから、お父さんを更に落ち込ませてしまったみたいで・・・・・・
本当にすみません」
「いいえ!!それこそ貴方のせいじゃありません!
彼と重ねて父が勝手に悪い方向に考えてるだけで・・・
本当に貴方のせいじゃないです!」
「ありがとうございます。
そう言って貰えると、気が楽になります。
・・・あの、もし不愉快でなければお父さんが落ち込んでいる理由を聞いても?」
「・・・・・・実は・・・
数日前に貴方と同じ様に翻訳出来るスキルを持ったヒヅル国人の少年と、軽い言い合いをしてしまいまして・・・
父はその事を気にして自信を無くしているんです」
「・・・え?」
少し悩む様に視線を泳がせたリカーノさんの言葉に、思わず俺は固まってしまった。
スキルを持っていて簡単に柱の文字を読める事を自慢され、俺達の様な翻訳系の高性能スキルを持たず研究に研究を重ね少しづつ解読している事を。
お爺さんの考古学者としての今までを馬鹿にされ否定された。
その時の事がショックで、考古学の研究だけじゃなく勤め先のこの村にある博物館の仕事ですらまともに出来ず、その日からほぼ毎日酒に溺れてる。
そう悲しそうにポツリポツリ言うリカーノさん。
俺の方から聞いたのに、ちゃんと聞いて無いのは失礼な事だってのは分かってる。
分かってるけど、リカーノさんの言葉が全部耳を通り抜けていくんだ。
俺と同じ翻訳系のスキルを持ったヒヅル国人の少年?
まさかそのお爺さんと口喧嘩した相手って、ナト達か高橋達と入れ替わった4人の内の誰かじゃ無いよな?




