156, 道端の急患
パンチョさん達と情報交換した日から3日後。
ロホホラ村の宿屋から出た俺達は、朝1番にギルドに向かっていた。
理由は勿論、『箱庭遺跡』とキャラバン村に入る許可を貰う為。
パンチョさん達と情報だけじゃなく通信鏡の番号も交換して、宿屋で別れて真っ先にダメ元でダグブランが売ってるお店や直売所の様な場所に向かって。
他の『蘇生薬』の素材探索チームが買い占めたってのもあるのか、案の定お取り寄せ含めどのお店にも生の未熟なダグブランの実が無いと言われ、ダグブラン農園まで足を運んだのが昨日の事。
時期が良く、ギリギリ薬の素材に適したダグブランの生の未熟な実を、少量でもどうにか手に入れられたのは良かったんだけど、そのせいでナト達にキャラバン村に入られてしまったんだ。
やっぱり昨日、農園を3つも尋ねたせいでギルドが開いてる時間にロホホラ村に来れなかったのが原因だよな。
普通のお店に無いのは予想通りだったけど、まさかリリーチェの薬専門店からのお取り寄せや取り置きすら無理。
どころか農園にすら殆ど無かったとは・・・
ほぼほぼ実が熟しだす時期だったてのもあるけど、まさかあんなにもダグブランの生の未熟な実が手に入らないとは思わなかったよ。
後半月も早く来れていたら、丁度良い実が沢山生っていたんだろうけど。
それも他の探索チームに買い占められていたかな?
「・・・ん?あれ?・・・・・・えッ!!?」
「どうかしましたか、ジェイクさ・・・ッ!!」
ロホホラ村は遺跡と混じり合った村で、俺達が今歩いてる道にも家やお店に混じって所々先のとがった角柱の様な巨大な石碑が立ち並んでいる。
それが考古学者としてはとても魅力的だったんだろう。
俺達の1番後ろで楽しそうに辺りを見回していたはずのジェイクさんが、急に大きな声を上げた。
それに驚いて振り返ってまず目に飛び込んで来たのは、俺達から少し離れた場所で立ち止まるジェイクさんの姿。
そのままジェイクさんの見てる先を追って見ると、ギリギリ俺でも目視できる柱の様な石碑の影で誰かが倒れているのが見えた。
「クエイさん!!大変です!!
人が倒れてます!!!」
「はぁ!?何処だ!!?」
「こっち!!あの柱の所!!」
慌ててクエイさんを呼び止め、こっちだと言うジェイクさんに続いてその人の所に行く。
うつ伏せで倒れたその人の近くに来て分かった事は、その人が怪我らしい怪我をしてなく、一応生きているって事。
熱中症か、脱水症状か、それとも別の病気か。
酷い熱を出してる様な真っ赤な具合の良くなさそうな顔をしてるけど、体が微かに上下に動いてるから息をしてるのは間違いない。
でも声を掛けても意識が戻らないし、呼吸以外の反応は時々発せられるうめき声だけ。
白髪に交ざるかなり白っぽい薄く淡い水色の髪とシワが深く刻まれた顔を見るに、倒れた人の年齢は鍛冶師の爺さんと同じか少し下位だろう。
ここはこの村の中でも比較的に大きな道だけど、今の時間帯は人通りが全くない。
だからこの人はマイナス行きそうな寒い夜の中、何時間もこのままだった可能性があるんだ。
そんなに無い様に見えるこの老いて細く薄くなった体に、大きな川が近くにある砂漠の町の夜を耐えれるだけの脂肪や筋肉がある様に見えない。
そう言う事も含めてクエイさんは色々気づいてる様で、倒れた人を診察するその目がドンドン険しくなっていく。
「おい!!しっかりしろ!!!
チッ!ザラ、手伝え!!」
「任せろ!」
「ジェイク、エド!
このままじゃ窒息するかもしれない!
お前等はコイツを横向きに動かしておけ!」
「分かった!エド君、右向けるよ!」
「あぁ!!」
「念の為にマシロは近くの病院か教会を調べておけ!!」
「はい!」
「死人モドキは水!!大量に用意しておけ!!!
ピコンは死人モドキの手伝い!」
「飲める飲めない!?後、水の温度は!?」
「飲んでも問題ない奴だ!!
冷た過ぎたり、熱過ぎなければいい!!」
「分かりました!」
クエイさんの焦った様な態度から、詳しい事は分からないけどこの人が危ない状態だって事だけは分かった。
そして、この場に居る全員がその事に気づいたんだろう。
怒鳴る様なクエイさんの指示に従い、皆直ぐに行動に移した。
ザラさんはクエイさんの薬の製作の手伝い。
指示された素材をカバンから出したりしてる。
ルグとジェイクさんはお爺さんを、顔を下に向けた様な横向き。
回復体位の様な体制を取らせて様子を見ている。
マシロはこの町の事が詳しく載った紙の地図とにらめっこ。
そして俺とピコンさんは・・・
「サトウ君!バケツ!」
「ありがとうございます、ピコンさん!!
こっちも飲んでも問題ないぬるま湯、1杯用意できました!」
「先生!水!!」
『アイスボール』を溶かした比較的安全な水を用意する。
クエイさんの指示の言葉が発せられて直ぐ、察して『クリエイト』の様な魔法でピコンさんが作ってくれた木製の大きなジョッキ。
それをまず1杯満たしてピコンさんに渡す。
それをピコンさんがクエイさんの所に急いで持って行ってくれた。
「『アイスボール』!『ファイヤーボール』!!」
「これじゃ足りない!急げ死人モドキッ!!」
「はい!お待たせしました!!
『アイスボール』!これで足りますか!?」
「念の為にそのバケツにも水溜めておけ!!」
「はい!」
ジョッキの代わりにピコンさんが渡してくれた金属製のバケツに、『アイスボール』と『ファイヤーボール』を駆使して水を溜める。
俺はその作業を呪文を唱える以外黙々続けていた。
そんな俺の耳に、クエイさんの怒号が響く。
あの1杯じゃ全然足りなかったらしい。
出来るだけ急いで作業したからだろう。
『足りない』のたの字がクエイさんの口から飛び出た時には、丁度良い温度になった水の入ったバケツをピコンさんに渡せた。
そのままクエイさんの方を見ず、作業の手も止めずに足りるかどうか聞く。
念の為に必要だと言う返答を聞いて、俺は返事をしつつ水を作り続けた。
「うぅ・・・・・・あ・・・
こ、ここは・・・・・・」
「無理に体を動かすな、爺さん」
「アンタは・・・・・・」
クエイさんが作った煙状の薬が効いたんだろう。
調合された薬煙草の煙を浴びて少ししてお爺さんが目を覚ました。
だけど赤みの引かない顔はまだまだ悪く、体を動かす事すら厳しそうだ。
それでもお爺さんは見ず知らずの俺達を警戒してるのか、体をモゾモゾ動かし虚ろな目でクエイさんを見上げた。
「彼は旅のお医者様です。
『無理に体を動かすな』と言っています」
「医者・・・・・・
そうか・・・医者か・・・・・・」
出来るだけ横になっているお爺さんに近づいてそう言えば、お爺さんの体から少し力が抜けた。
きっとクエイさんが医者だと分かってホッとしたんだろう。
「ジェイク、エド。
薬を飲ませるから、爺さんの体を起こせ」
「お爺さん、先生が飲み薬を調合してくれました。
その薬を飲んでもらいたいので、彼等に体を起こして貰おうと思います。
大丈夫ですか?」
「・・・・・・あぁ・・・大丈夫だ。
すまない・・・・・・」
「体起こして大丈夫だって。
エド、ジェイクさん、お願いします」
「了解」
急にルグ達が近づいたらまたお爺さんが緊張してしまうかもしれない。
だからクエイさんの言葉を聞いて直ぐ、俺はそうお爺さんに声を掛けた。
一瞬不安そうに瞳が揺れたけど、直ぐに大丈夫だと頷くお爺さん。
その事をルグとジェイクさんに伝え、2人がお爺さんを動かし易い様に場所を譲る。
「このコップの中に薬が入っています。
このコップ、握れますか?」
「すまない。手が震えて・・・・・・」
「分かりました。
このまま口元にコップを運びますね。
ゆっくりで良いです。飲めますか?」
「・・・あぁ・・・・・・」
ルグとジェイクさんに体を優しく起こされ、石碑の柱に体を預けるお爺さん。
そのお爺さんに飲み薬が入ったコップを握らせる様に、両手で上からお爺さんの手を握る。
直接口を付けて飲むのが難しい様なら、スプーンかストローでも用意した方が良いだろうか?
と思いつつその手を握った状態のまま声を掛けゆっくりコップをお爺さんの口元に運ぶ。
どうやら、直接コップに口を付けて薬を飲む事は出来そうだ。
「・・・・・・ふぅ・・・すまない。
本当に助かった。
何とお礼を言えば良いか・・・・・・」
「礼なんざ最初から期待してねぇよ。
お前みたいな爺さんにまともな金が払える訳ねぇだろ?」
「医者として当然の事しただけだから、お礼なんて気にすんな。
だってさ」
「『医者として当然の事しただけだから、お礼なんて気にすんな』と言ってるそうです」
1回1回お爺さん確認を取りつつチビチビ薬を飲んで貰っていると、暫くしてお爺さんは1人で薬を飲める様になった。
そして全ての薬を飲み終えたお爺さんが一息ついて、心底申し訳なさそうに言葉を漏らす。
そんなお爺さんに対し馬鹿にした様な事を言うクエイさんの言葉を翻訳したザラさんの言葉をそのまま伝えたら、ザラさんと一緒にクエイさんに頭を軽く叩かれた。
流石にこれは解せない。
頼みますから、照れ隠しに人の頭叩かないで下さい、クエイさん。




