151,後ろの正面
相手に気づかれない様に出来るだけさり気無く『教えて!キビ君』でダグブランの事を調べて切った、真黒なスマホの画面。
その画面のまま少しずらせば、俺の真後ろの席の人と画面越しに目が合う。
そのままメニューを見るフリをしてチラリと自然な形になる様に後ろの席のお客さん達を見れば、3人が3人共俺達をジーと見ていた。
もう1度料理を撮影するフリをして真っ暗な画面を見れば、画面の中のその人に変化は無い。
だから、多分俺が見られてる事に気づいた事に後ろのお客さん達は気づいて無いはずだ。
「うーん・・・汚れてない・・・よな?
でも・・・・・・」
これに本当に効果があるか分からない。
でも念の為にそう言って頭やスマホを動かしても可笑しくない様にする。
画面には相変わらず俺達をガン見する真後ろのお客さん達。
思い返せば最初から可笑しかったんだ。
店主さんに1言も言わずにこのお客さん達がこの席に着いた事も、
未だに店主さん達が注文を取りに来ない事も、
座ってからかなりの時間が経つのに注文を一切しないこのお客さん達に店主さん達が何一つ言わず無視続ける事も。
全部が全部可笑しい状況なんだ。
店主さん達はまるでこの席ごと見えてない様に真後ろのお客さん達を無視するし、この熱い視線を受け続けてもルグもザラさんも一切気づいて無い。
流石に2回目だからなぁ。
多分、あのローブの効果なんだろう。
間違いなく真後ろの席のお客さん達は俺以外の人に見えてない。
ただ、ローブの隙間から見える肌の色や顔立ち的に、今回はローズ国の人じゃ無くて、マリブサーフ列島国の人っぽいんだよなぁ。
マリブサーフ列島国の英勇宗の信者か、俺達と同じく『蘇生薬』の素材を探す人達か、それともナト達の命を狙う人達か。
何にしてもルグ達とこの情報を共有して、調べない事には何も始まらないな。
「うーん・・・
ちゃんと拭いたはずなんだけどなぁ・・・
やっぱ口の周りがベタベタしてる気がする。
それに目の周りも何か・・・・・・」
大丈夫。
エスメラルダの研究所の時とは、もう違うんだ。
落ち着け。
声も体も、変に震える様な事は、しちゃいけない。
平常心、平常心。
自然に、何時も通りに。
大丈夫。
表情筋さんは有給取ってんだ。
『フェイスマスク』のスキルも今はちゃんと発動してるし、バレる事はない。
大丈夫、大丈夫だから。
ちゃんと考えれば、上手くやれる。
心配するな。
俺達なら、この状況を上手く抜けられる。
大丈夫、大丈夫。
そう心の中で呪文の様にゆっくり唱え続け、頭の中で何度か確認を繰り返して。
真っ暗な画面を見たまま俺は口の周りが汚れている気がすると言いながら、左中指で左側の口の端を軽く上げた。
そしてカバンからハイビスカスが描かれたハンカチを出して、口を拭う様に隠す。
その次に目ヤニが付いてる気がすると言いながら、同じ様に左中指で左目の目じりを引っ張った。
そんな俺の行動を見ていたルグ達全員の雰囲気が、瞬きに満たない一瞬だけ変わった気がする。
いや、間違いなく真剣な物に変わった。
傍目から見ればルグ達が先程と変わらず和やかに食事をしてる様に見えるだろう。
でもその瞳の奥には、酔いも冷めてしまいそうな。
今にも戦いが始まりそうな、そんなピリピリした空気が確かに宿っていた。
いや、『今にも』じゃない。
既に戦いは始まってるんだ。
「真後ろの人達見えてる?
多分、マリブサーフ列島国の人だと思うけど、魔法かスキルで隠れてるみたい。
それにずっと俺達の事見てる。だから気を付けて」
そう事前に決めたサインを俺が出した瞬間から、戦いは始まったんだ。
左中指で口の左端を引っ張り上げる。
このサインが、『見えてる?』。
スマホの黒い画面含め反射する物を持った状態でこのサインをしたから、『後ろが見えてる?』って意味になる。
その後の口元をハンカチやティッシュで隠すサインが、『何らかの方法で隠れてる』や『恐らく俺しか見えない』と言う意味。
その時口元を隠した物、今回はハイビスカスのハンカチだけど。
これに書かれている物がその『見えない人物』が何処の誰かを表している。
何処って言うか、正確に言えば何国民っぽいか、なんだけどな。
薔薇ならそのままローズ国。
サボテンがチボリ国で、
ハイビスカスがマリブサーフ列島国。
ヒヅル国は桜で、
アンジュ大陸国は動物像から殆ど転用してそれぞれの国の代表的な魔族を俺達の世界の動物で表してる。
ジャックター国が蝙蝠、
グリーンス国が猫、
ホットカルーア国が蛇、
スクリュード国が鯨、
クランリー国がカカポだ。
分からない時は無地のハンカチ。
後はナト達を見つけた時はティッシュで隠す。
そして『相手に見られてる』ってサインが、目じりを引っ張ったアレだ。
「・・・そうか?別に汚れてる様に見えないぞ?」
「そう?俺の気のせいかな?」
「気になるなら、鏡貸そうか?」
「お願いできる?」
「はい」
「ありがとう、マシロ」
隣に座るルグが俺の方を見る様にしながら後ろを確認して、『見えない』と言った。
このサインの後なんだ。
『見えない』のは俺の口の周りの汚れじゃない。
真後ろのお客さん達が『見えない』と、相手に分からない様に言ったんだ。
だから俺も、真後ろのお客さん達が気のせいか。
俺の頭がついにイカレた故の幻覚か聞いたんだ。
そんな俺にマシロが、偽ディックゴーレムを調べる時に使った魔法道具の手鏡の片方を渡してくる。
渡された唯の鏡に見えるこっちはカメラの役割がある方で、対の画面の方の手鏡にこの手鏡に映し出された風景のサーモーグラフィーが映し出されるらしい。
その対策をしてるなら別だけど、魔法で見えなくても間違いなくそこに『居る』んだから、サーモグラフィーとかには映ってしまうはず。
だからって食事中にいきなりゴーグル付けたら不自然だ。
だから今回は出来るだけ自然な流れで確認出来る様にこっちを使う事にしたんだ。
問題があるとすれば、少しゴーグルよりも性能が落ちる事位かな?
「あー・・・ボクの方が付いているね。
3つも汚れが付いてたなんて・・・
本当、恥ずかしいなぁ・・・・・・」
俺が口の周りの汚れを気にしだしたから、自分も気になりました。
と言う態度でカバンからその対の鏡を取り出すジェイクさん。
スマホと同じくその鏡で写した後ろの人達のサーモグラフィー画像を見ていたジェイクさんがそう言いだした。
付いて『いる』に、『3つも』。
つまり、
「自分達には見えないけど、3人の人が後ろに居る」
とジェイクさんは言ったんだ。
俺の目や脳が可笑しくなったんじゃなくて、間違いなく俺達の後ろに『見えない誰か』達が居る。
「ふぅ、わぁあああ・・・・・・ねみぃ・・・
飲み過ぎたかな?」
「そうみたいだな。
こんな所で寝落ちられたら迷惑だからな。
机にあるモンかたして部屋戻るぞ」
「どうします?
お会計は1人でも出来ますし、そんなに眠いなら先部屋戻ります?」
「いや、いい。大丈夫。
まだ食べたいし、もう少し此処に居る」
「分かりました」
この後はどうする?
ここで戦うか、他の場所に避難するか。
そう思ってチラリと視線を回さば、ザラさんが大きな欠伸をしながらそう言って体を伸ばした。
その言葉に嫌味1つ無く同意するクエイさん。
つまり2人は、
「他の人の目が無い場所に行くぞ」
って言ってる訳で、先に戻るか聞いた俺の言葉を否定したから、二手に別れるのは無し。
って事だよな。
OK、把握。
他の皆もクエイさんとザラさんの考えを読み取った様で、今ある物を食べ終えて部屋に戻ろうと言っている。
さて、真後ろの見えない人達は・・・・・・
あっちもあっちで手で何かサインをし合っている様だ。
「皆さん、まだ食べ終わらないんですか?」
「お行儀が悪いよ、サトウ君。
自分が食べ終わって暇だからって、その態度は無いんじゃないかな?」
「あ、すみません。つい・・・・・・
以後気を付けます」
組んだ腕が良く見える様に背もたれに深く背を預けて、上に出た左人差し指で右腕をリズミカルに5回。
後ろにバレない様に気を使いながら叩いて、一拍置いてもう1度。
それをキッカリ3回繰り返す。
そんな俺のあまりよろしくない態度を少し怒った口調で注意するジェイクさん。
その不機嫌な怒りを表す様に握られた拳の人差し指第二関節は態と他の指よりも上げられていた。
『はい』、『分かった』、『了解』、か。
よしッ!
ちゃんと伝わったな。
腕を組んでリズミカルに15回腕を指で叩くのは、『向こうも何らかのサインを使ってる』の意味。
そしてその俺のサインに答えたジェイクさんの拳のサインは、ルグとユマさんと決めたサインと被らないように気を付けて決めた承諾のサイン。
左右どっちでも良いけど、握りこぶしの人差し指の第二関節が上がっていたら『はい』で、同じく拳を握った状態で親指と中指で輪を作って輪の中に人差し指を入れていたら『いいえ』と言う意味だ。
慌てて、
「ヤバい!!
後ろの人達も何かサイン出し合ってる!
何か色々相談してる!!」
とサインで伝えようとして、思っているよりも柄が悪くなってしまった。
多分、それが俺らしくないと思ったんだろう。
サインで返事をしてくれつつどうにかジェイクさんがフォローしてくれたから、多分真後ろの人達には不自然に映ってないはず・・・・・・
大丈夫だよな?
俺達もサインで会話してるってバレてない、よな?
向こうのサインの意味が分からないから、かなり不安だ。
でも、この不安を外に出しちゃいけない。
自然に、自然に、気づかないフリして相手を誘い込まないと・・・・・・
うぅ。
緊張と不安で今食べた物全部吐きそうだ。




