140,白紙の日記 1ページ目
「そう言う訳で、俺達には判断が出来ないんだ」
「・・・そう・・・・・・」
そう暗くなった雰囲気のまま、俺は逃げる様にDr.ネイビーの日記に視線を戻した。
そしてルグやマシロも無言でこの話題が出る前の作業に戻る。
この話で多少気が紛れたらしいピコンさんは、休むのを止めて俺達の手伝いをしてくれてるけど。
「・・・・・・・・・あれ?」
「どうしたの?」
「この日記、かなりの量の白紙のページが途中に挟まってる」
「本当だ・・・・・・
後になって消した訳じゃ無いみたいだしぃ・・・
普通には読めない様になってるのかもね?」
「だろう、な」
調べていく内に想像以上に重要そうな情報が隠されていると分かって、さっきまでよりも真剣に日記を読みだして何冊目だろうか?
その日記はDr.ネイビー達がオノルの森の研究所に居た頃から、この研究所に引っ越して少しした頃までの物。
そして件の白紙のページは引っ越し前の1、2か月分。
その数十枚がゴッソリ白紙になっていたんだ。
その前のページ達にオノルの森に来る冒険者の数が増えたとか、町に出かけた時視線を感じたとか。
そう言う事が何度も書かれる様になっていたから、俺と一緒に日記を覗き込んだマシロの言う通り念の為に普通に書く事を止めたのかもしれない。
「あぶり出し・・・の可能性は低いか。
えーと・・・・・・
どっかにブラックライトとか在ったけ?」
『この部屋では見てないね』
「じゃあ、他の部屋にあるかもですね。
マシロ、ちょっと探してきていい?」
「えーと・・・どう
「うわぁ!!!?」
ッ!!」
「ピコンさん!?何が・・・・・・」
パッと見は唯の黄ばんだ白紙で、普通には読めない字が書かれてるなら、多分あぶり出しかブラックライトを使えば読める様になるはず。
所々ザラザラと地の紙と違う感触がある場所があるけど、果実っぽい匂いはしないし、誰にも見られるずに読み返したいって理由でこうしてるなら、あぶり出しの可能性はない。
ならブラックライトを使う方か。
そう思ってもう1度部屋の中を見回すけど、ブラックライトが落ちてる様には見えない。
俺達よりも先にこの部屋に来ていた四郎さんも無かったって言うし、もしかしたら他の部屋。
多分研究室とかにあるのかもしれない。
そう思ってマシロに探しに言ってもいいか聞くと、かなり渋い顔をされた。
多分、遺品として十分な位他の日記が集まったし、情報収集目的なら普通に読める方を調べるべきなのに、どうしてもこの日記も調べるのか。
と聞こうとしたんだと思う。
その不機嫌そうにも見える困り顔で口を開いたマシロの言葉を遮る様に、日記を読んでいたピコンさんが叫んだ。
「大丈夫ですか!?指、切ったんですか!!?」
「いや、ちが・・・そうじゃなくって・・・・・・」
白紙のページがある日記を落としたまま自分の両手をジーッと見続けるピコンさん。
ページを捲る時に指を切ったのかと思って声を掛けつつ慌ててその手を見るけど、何処からも血が出ていない。
切れた跡も血が出た跡も無いからピコンさんが自力で治した訳じゃ無いんだろう。
なら最初から切ってはいなかった。
何かに心底驚いてしどろもどろしてるピコンさんも否定してるし、最初からピコンさんが怪我していないと分かってホッと息を吐く。
そして俺はもう1度ピコンさんに何があったのか聞いた。
「それで、ピコンさん。どうしたんですか?」
「・・・急に目の前に文字が出てきたんだ。
それに驚いて・・・・・・」
「文字?
キビ君達の、異世界の文字を読んでたら文字が浮かんでくるのは普通じゃないの?
こう、書かれてる文字の上に翻訳された私達の世界の文字が浮かんできて・・・・・・
うん。
やっぱりさっきまでと同じ様に浮かんでくるよ?」
「あそこまで驚いたって事は、何時もと違ったんですよね?
何かさっきまでと違う事しましたか?」
「あ、あぁ」
大した事無いと少し恥ずかしそうに顔を反らしながらそう言うピコンさん。
そのピコンさんの言葉に同じ様に俺達の世界の言葉が読めるマシロが、ピコンさんが落とした日記を拾い上げパラパラ捲りながらそう言った。
一緒に日記を調べていた様子やこの旅の準備期間の間の様子的に、『ゲート』を通って『言語通訳・翻訳』のスキルを得た人の『異世界の文字』の見え方に違いはないはず。
それなのにマシロは何も変わって無くて、このほんの僅かな間にピコンさんだけに変化があった。
なら、ピコンさんがさっきまでとは違う行動をしたに違いない。
そう思って聞いたら、ピコンさんは小さな戸惑いを乗せて頷いた。
「その何も書かれてないページの文字が読めた」
「え?・・・・・・・・・私は読めないよ?」
「僕もただ見てるだけじゃ読めなかったんだ。
でも気が付いたら落ちていた黒いゴミ・・・
えーと・・・
多分、指が乗った文字の一部、だったんだと思うんだけど・・・
あー、えっと・・・その・・・・・・
それを払おうとそのページに手を乗せたら、こう・・・
ブワッと文字が浮かんできたんだ」
「手を?・・・・・・ッ!!!」
白紙のページの文字が読めたと言うピコンさんの言葉に、マシロも読もうと睨む様な目つきで試行錯誤を繰り返す。
でも読めなかった様で、キョトンと目を丸くさせ首を傾げた。
ピコンさんはそんなマシロの問いに、言葉を探す様に視線を泳がせながら途切れ途切れそう答える。
その言葉を聞いて恐る恐るポンと白紙のページの1枚に広げた手の平を乗せるマシロ。
その目が段々見開かれて行って、支える左手からズルリと日記が滑り落ちて行った。
「わ、わ、わッ!!」
「おっと」
「あ、ありがとう、エド君」
「どういたしまして」
直ぐにハッと気づいたマシロは慌てて日記を掴もうとするけど、濡れた石鹸の様に日記が手から逃げる、逃げる。
俺とピコンさんも空中を逃げる様な日記を掴もうと手を伸ばすけど、それよりルグの方が早かった。
通信鏡を片手に持ったまま転びそうなマシロを体で優しく支え、右手で日記を捕まえる。
その柔軟で力持ちなルグじゃ無いとかなりキツイ体制をしたせいで、俺は自分の方を向いた通信鏡の先の相手と目が合ってしまった。
ルグが相手を俺達から隠したがっている様だったから、少し罪悪感を感じる・・・・・・
だからこそ俺は、その通信鏡の先の相手。
俺達の世界に来ているらしい神社の本殿を背にしたアルさんに俺は小さく会釈して、サッと見なかったフリをした。
「それで・・・・・・
あー、確かに手や指を乗せると文字が浮かんでくるな」
「だろう!?
何でか見ても読めないのに触ると読めるんだよ」
「なら・・・点字で書かれてるんだと思います」
「「「テンジ?」」」
体を起こしたマシロに返し、開いて貰った日記の白紙のページに指や手を這わせそう言うルグに、『だろう!』と何処か嬉しそうな声で同意するピコンさん。
日記を開いて持ったままマシロもコクコク頷いている。
でも俺はそのページを触ってもこの世界の本や看板の文字の様に文字が浮かんでこないし、透かしたり角度を変えて見ても読む事が出来ない。
なら、この白紙のページは俺達の世界の文字で書かれてるのは間違いなくて、それで触ったら読む事が出来るなら点字が使われてるのは間違いないだろう。
日本語なのか、ローマ字なのか、それともフランス語とか英語とかの外国の言葉なのか。
そこ等辺は見えない、どころか一切点字が読めないからその全てが分からないけど。
そう心の中で思いつつ点字で書かれていると言うと、3人の声が重なった。
「そんな文字、サトウの国の文字にあったか?
サトウの国の文字はカンジとヒラガナとカタカナの3種類だろう?」
「後、ダイさんから教えて貰ったキビ君の世界の他の有名な国の言葉にもテンジ語なんって無かったよ?
何処かマイナーな国の言葉なの?
それともキビ君の国の専門用語や略語?
あっ、もしかして方言とか?」
「えーと、どっかの国の文字じゃ無くて・・・
専門用語も何か違う?」
前回この世界に来た時にユマさんと一緒に行ったスマホの詳しい仕様調査。
その時俺が言った日本語の事や、大助兄さんから教わった俺達の世界の知識と照らし合わせ、点字が何か聞いてくるルグとマシロ。
そんな2人の様に声には出してないけど、ピコンさんと通信鏡の画面の先のアルさんも不思議そうだ。
そんなルグ達に俺はあーでも無い、こーでも無いと頭を悩ませながら言葉を返した。
「えっと、点字は目の不自由な人の為に200年位前のフランスって言う国の、俺と同い年位の目の不自由な人が作った文字で、日本語の点字はその人が作った6、70年位後に出来て・・・・・・
とりあえず不自由な位目の見えない人の為の6個の点の組み合わせで書く文字なんだ」
「えっ!嘘だろう!?
サトウ君と同い年で新しく作ったって・・・・・
大人なら分かるけど、子供でそんな事できた人、この世界じゃ聞いた事無いぞ!!
凄すぎないか!?」
「それに目が見えないってどう言う事だよ!?
目が見えないのに文字が作れるのかよ!!」
「目の見えない人の為の文字・・・・・・
何それ凄い!!スッゴク素敵!!」
16歳で作った事に驚くピコンさんに、視覚障害があるのに同じ症状の人達が早く文字を読んで自由に書ける文字を考案した事に驚くルグ。
そして点字が凄くて素敵だと目をキラキラと輝かせるマシロ。
三者三様の驚きを浮かべるルグ達に、当たり前に使われてる点字の凄さを改めて実感する。
確かによくよく考えたら、ルイ・ブライユさんも石川 倉次さんも凄い人だよな。
自分も目が不自由なのにこんなにも世界中で長く普及する文字を考えたルイ・ブライユさんが凄いのは当然として、難しい言語トップ5に入るらしい日本語の点字を考えた石川 倉次さんも凄いと思う。
「後、俺達の世界には手話って言う、耳の不自由な人の為の手で作る言葉もあるよ。
こう、何て言うのかなぁ?サインみたいな感じ?」
「そんなのもあるの!!?
本当に!?本当にあるの、キビ君!?
本当の本当に何処かの組織が使う秘密のサインとかじゃ無くて、誰でも知ってる言葉として本当にあるの!!?」
「あるある。
まぁ、でも、俺はどっちも分からないんだけどな。
そういう言葉や文字があるって知ってるだけで・・・
家で分かるのは母さんと・・・・・・
大助兄さんだけだったはず?」
「今でも覚えてるぞー」
「あ、兄さんも店長さんと一緒に居たんだ」
我が家で手話も点字も理解できてるのは母さんと大助兄さんだけだ。
母さんは仕事の関係で我が家どころか多分親戚内でも1番沢山の種類の言葉を覚えて流暢に使う事が出来る。
そして大助兄さんは高校の頃の部活関係で・・・
確か1年の頃だったな。
放送部の大会に出す作品の関係でかなり真剣に調べてたのは今でも印象に残ってる。
母さんが帰ってきてる夕飯の時とかずっとその話してたし、その時期に買った点字や手話の本が何冊も今も実家の部屋の本棚に置いてあるし。
だから福祉や言語関係の学問に進んだ訳じゃ無い今でも、その知識は残っているはず。
そう思って声に出したら、ルグの通信鏡から少し間延びした大助兄さんの声がした。
姿は見えないけど大助兄さんもアルさんの近くに居るらしい。
ルグが音を上げたからか、通信鏡の先からガヤガヤした複数人の声が聞こえてくるから、大助兄さんとアルさん以外にも人が近くに居るのは間違いないと思うけど。
『俺の所も同じだよ。
俺は分からないけど母さんなら間違いなく分かる』
「勇者ダイスに関しては?」
『分からない。
部活関係の細かい事までは流石に覚えてないんだ。
でも、俺の世界の大助兄さんも放送部に入ったのは確かだよ』
「なら・・・・・・
勇者ダイスも点字を覚えていたかもな。
俺と同じなら『召喚』されたって時期にはもうあの作品に関わってたはずだし」
「あれ?
兄さん、何時の間に勇者ダイスの正体聞いたの?」
「さっき。エド君から」
「盗み聞いたんだよなー」
「近くに来たら聞こえただけでーす」
通信鏡の先で大助兄さんが盗み聞きしたと低い声で言うアルさんに、大助兄さんは飄々とした感じでそう答えた。
ルグの話じゃ今兄さん達は旅に出る前に聞いた予定通り、俺達と入れ替わりで来たこの世界含めた各方面の弁護士さん達との話し合いをしてる所らしい。
それで今はその休憩中。
アルさんは『レジスタンス』のリーダーとして俺達には教えられないやる事が色々あって、扉を開けば通信鏡が使える祠の近くで色んな所に連絡をしていたら、大助兄さん達がコッソリ追いかけてきて、今ココって状況らしい。
大助兄さん達の言い分は気分転換の散歩らしいけど、多分嘘だろうな。
通信鏡から聞こえる大助兄さんの声音がそれを物語っている。
平穏に話し合いが終われば良いんだけど・・・・・・
この調子で本当に無事に終わるのか?




