36,コカトリス 1羽目
コカトリスから逃げてきた俺達はアーサーベルが見える草原で途方に暮れていた。
俺達を追いかけていたコカトリスが俺達を追い越し、アーサーベルの直ぐ近くの草原に降り立ったんだ。
そのせいでアーサーベルに戻ろうとするとコカトリスに襲われる。
1羽なら俺達3人で何とか倒せたかもしれないけど、俺達を追いかけてきたコカトリスの他にもう1羽。
コカトリスが現れてはお手上げだ。
2羽のコカトリスは夫婦なのか、纏わり付く様にじゃれ合っているだけで、数m先に居る俺達を襲ってこない。
今の所此処に居る限り、近づかなければ安全だ。
「にしても、この世界のコカトリスって鶏じゃないんだな」
「サトウ君が知ってるコカトリスと姿が違うの?」
「あぁ」
目の前に居るコカトリスの夫婦はゲームとかで出てくる、鶏に蛇の尻尾が生えた姿をしていない。
セキセイインコだっけ?
よくペットショップで見るインコに羽根の生えた西洋ドラゴンの翼と蛇の尻尾が生えた姿をしている。
その事をユマさんに言うと、
「サトウ君が知ってる姿のコカトリスもちゃんと居るよ。
同じコカトリスだけど、あのコカトリス達は種類が違うんだよ」
と言われた。
この世界で1番種類が多いスライムだって、見つかって名前が付けられているものでも50種類。
世界全体で3000種類も居るそうだ。
コカトリスも、ひとくくりにコカトリスと言っても種類は複数。
大きく分けて3種類もいるらしい。
クランリー国に生息しているゲームに出てくる様な鶏の姿の種類。
マリブサーフ列島国に生息している、南国の鳥って感じのカラフルで大きなインコの様な姿の種類。
そして、人や魔族に品種改良された養殖用の比較的大人しい種類だ。
コカトリス夫婦もマリブサーフ列島国に生息しているコカトリスを品種改良した種類になるらしい。
俺達に気づいているのに襲ってこないのも、人間や魔族に対し無闇矢鱈に襲わないよう品種改良されたからだろうな。
これが原種なら今頃俺達はコカトリス夫婦の腹の中だった。
「たぶんあのコカトリス達は、お腹が減っていないんだと思う。
だから私達が近づく以外は襲ってこないと思うよ。
品種改良されたコカトリスは穀物や種、果実が主な雑食になってるから、よっぽどの事がない限り魔族や人間を食べないし、魔族や人間が沢山いる街とかには入って来ない様作り変えられているんだよ」
「逆に言えば、他に食べ物が近くなくて腹が減ったら俺達は襲われるって事だよな。
その前にどうにかアーサーベルに戻らないと。
という事で、そろそろ話しに参加してくれ、ルグ」
何時まで風見鳥を解体してる気だ、この猫はッ!!
解体した鳥肉片っ端から燃やすぞ!!?
と、つい内心で憤慨してしまった。
ユマさんに注意と言う名の協力を仰ごうにも、
「相変わらずだねー」
と言ってもう諦めてるみたいだし。
俺も諦めてルグをこのまま放置しようかな?
「終わった~。で、何サトウ?」
「ルグ、お前のその食欲に対する姿勢には感動すら覚えるけど、少しは周りを見ような?
今度は俺達がその風見鳥に成る番かも知れないんだから」
「あ、コカトリス。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ルグ君、涎垂れてるよ」
もう、ルグ置いて帰っても良いよな!?
この状態で食欲を優先させるって、ルグはどんだけマイペースなんだ。
危機感が無いにも程があるぞ!?
あー、でも四天王の息子と魔王こんなにほのぼのしてるんだ。
俺が思っているより、大した事ないのかも知れないと思えてくる。
意外とどうにか成るかも知れない。
そうでも思わないと、ルグに対するイライラが爆発しそうだ。
「とりあえずルグ。
お前の瞬間移動で俺とユマさんを掴んだままアーサーベルまで、コカトリスに追いつかれずに行けるか?」
「流石に、この距離は身が持たないな。
それにコカトリスは目が良いから、スキルを使って移動速度を上げてもオレの姿は見えるんだ」
「そっか。後は・・・・・・
俺の『フライ』を使って空を飛んで帰るか?
いや、あのコカトリスの飛ぶスピードを考えると直ぐ追いつかれるな」
「私の『ミスリーディング』や『クラールハイト』の魔法もコカトリスは見破っちゃうから、使えないし・・・」
『クラールハイト』は透明人間になれたり、魔法を掛けたものを見えなくさせる魔法らしい。
こっそり何処かに入ったり誰かを追跡するのに便利な魔法だ。
だけど、コカトリスはこの魔法を見破ってしまう。
見えなくなるだけで、魔法を掛けたものはちゃんとそこにあるから、尻尾の蛇の熱を感知する目で見つかってしまうんだろう。
『ミスリーディング』も同じ理由で無理。
どんなに急いでもアーサーベルに着く前に追いつかれるし、魔法で隠れても見つかってしまう。
「少しでも、コカトリスが他のものに意識を向けていてくれれば何とか成るかも知れないんだけどね」
「近くを通るオレ達に気づくのが少しでも遅れれば、オレの瞬間移動で距離を離せる。
その間に街の近くまで行けばコカトリスも追いかけてこないぜ」
「コカトリスの注意を引き付ける物か~」
あのコカトリス達は果物や穀物を中心に食べるって言ってたし、『ミドリの手』で何か出して投げるか?
いや、ダメだ。
今コカトリス達が襲って来ないのはお腹がいっぱいだから。
それだと出しても興味を示さないよな。
なら『クリエイト』で目玉模様の物やキラキラしたテープの様な、田んぼに使う鳥避けの道具を出すのはどうだろう?
日常的に使ってたら鳥が慣れて効果が無くなるけど、コカトリスが初めてみる様だったら、びっくりして効果があるかもしれない。
寧ろ、目玉模様の物を持って移動すれば近づいてこないんじゃ無いか?
「なぁ、この世界の鳥避けの道具って何があるんだ?」
「鳥避け?
う~ん・・・案山子しか・・・ない・・・ね。うん。
それ以外にもサトウ君の世界には在るの?」
「ある。
キラキラしたテープとか目玉模様の物とか。
常設してると鳥が慣れてきて意味がなくなるけど、この世界にそう言う鳥避けの道具が無いなら使えると思う。
コカトリスも鳥の魔物な訳だし、そう言う道具を持って近くを移動すれば警戒して襲って来ないんじゃないかな?」
今の所他に良い作戦も思いつかない。
試しにこの作戦でやろうと決まり、俺は『クリエイト』でコカトリスでも見えるくらい大きな目玉模様の布を出した。
コカトリスが驚かなかったら場所にもよるけど、俺の『フライ』やルグの瞬間移動で此処に戻るかアーサーベルまで一気に強行突破する。
「なあ、ユマ、サトウ。あれ・・・・・・・・・」
出て行くタイミングを図るためにコカトリスを見ていたルグが、驚いたように目を見開いてコカトリスを指差した。
「まさか、襲ってきたのか!!?」
と思って慌ててコカトリスを見ると、
「え・・・何・・・・・・あれ・・・・・・」
「オレ、あんな行動するコカトリス始めてみたぞ!?
何なんだあれ!?
1匹が吐いた物をもう1匹が食うなんて!!
病気か何かに罹ってるのか!?」
「あれって・・・・・・・・・求愛行動?」
確か、俺自身はそこまで親しくないクラスメートの高橋が言ってたな。
従兄弟の俺とは似ても似つかない程顔は良いナト並みに、見た目が良くてテストの実力も同等。
周りがナトと高橋をライバル同士だと認識して囃し立ててるってのも有るけど、ナトにちょくちょく絡んでくる奴。
だから、大体ナトと行動している俺も高橋とは良く会うんだよ。
俺1人だと挨拶する位しか関わりが無いんだけど。
向こうは俺をナトの子分かなんかだと思ってるんだろう。
その高橋の実家が動物病院だかペットショップだとかで頼んでも居ないのに良く動物の写真見せたり、動物関係の話をするんだよ。
本人も動物好きみたいだし。
で、高橋の話だとインコのオスは飼い主や好きな物、自分の恋人に求愛の証として食べた物を吐いてプレゼントする習性が有るらしい。
見た目がインコに似たコカトリスにも同じ習性がある様だ。
という事は、今コカトリスはイチャついてるのか。
「よし、今なら行けるかも知れない!!」
「え?確かに、コカトリス達は見た事も無い行動をして私達の事忘れているみたいだけど・・・
・・・・・・・・・本当に大丈夫なの?」
「多分。
大きさは手に乗る位だけど、俺の世界にもコカトリスに似た鳥が居るんだ。
その鳥は今のコカトリスと同じ求愛行動するんだよ。
だから今、あのコカトリス達は2羽だけの世界に入ってる。
これ程移動するのに良いタイミングはないだろ?」
「うん。なら急いで・・・・・・」
移動しようとした瞬間、今までイチャイチャしていたコカトリス夫婦がピタッと固まった。
まさか、俺達の作戦がバレた!?
そう思って警戒していると段々と甲高い奇声が遠くの草原から聞こえてくる。
「この鳴き声、コカトリス?」
「ここで仲間が来るのかよ!!運が悪すぎるぞ!!」
段々見えてきた奇声の主はコカトリス夫婦よりも倍近くも大きなコカトリス。
その大きなコカトリスは夫婦の仲を裂く様に、仲間であるはずのコカトリス夫婦を襲ってきた。
確かに熱々のカップル見てると、
「リア充爆発しろ!!」
て思うよ?
仲良く手を繋いでいたら、真ん中を通りたくなるよ?
だけど、何でこのタイミングなんだよ!!
俺達がアーサーベルに帰った後に邪魔しろよ!!
空気読めよ、コカトリス!!
その空気を読まない大きなコカトリスはコカトリス夫婦が泣く泣く逃げて行くのをドヤ顔で見ていた。




