137,Dr.ネイビー 前編
「え?え?
シローさんの世界のダイさんは9代目勇者で、でもDr.ネイビーかもしれなくて・・・
でもネイビーはシローさんの世界のコンさんの事で・・・・・・
えーと、えーと・・・・・・」
「ごめん。順々に説明するから落ち着いて、マシロ」
「ちょっ、サトウ!!?俺達にも説明!!」
「分かってるって。
えーと・・・何から言えば良いかな?」
その瞳に更に混乱の色を浮かべて、何度も『え?』と音を零すマシロ。
そんなマシロを落ち着かせようと声を掛けたけど、混乱してたのはマシロだけじゃない。
通信鏡で連絡を取り合っていたルグも、失意のどん底に居たピコンさんも思わずと言った感じで目を見開きながら俺達を見ていた。
そのまま数秒か数分か。
ルグが音量を出来るだけ下げているからか、俺達には相手の声が全く聞こえないけど、その相手の『誰か』がルグに声を掛けたんだろう。
少しズレたタイミングでルグが自分達にもちゃんと説明しろっと叫んできた。
それに頷き返しつつ、どう説明しようか頭の中を整理する。
「えーと、まず・・・Dr.ネイビーが・・・・・・
いや、違うな。その前にまずは・・・・・・」
『まず、俺の世界の紺之助兄さんと、タカヤ君の世界の紺之助兄さんもそっくりな性格をしている』
「そう!そうです。
まず前提条件として、大助兄さんと勇者ダイスの様に紺之助兄さん達も非常に近い中身をしてるんだ。
性格とか、好みとか、思考回路。
えーと、例えばいくつかの選択肢が在ったらどう言う選択を選ぶとか、いざって時の行動とか。
見た目だけじゃなくそう言う目に見えない部分もそっくりなんだ」
中々言葉の整理が終わらない俺に変わって、『大助兄さん達程じゃ無いけどね』と前置きしたメールを送って来てくれた四郎さん。
その四郎さんのメールに大きく頷いて、俺はそう詳しく説明した。
「そんな『紺之助兄さん』とDr.ネイビーが同一だとすると、幾つか可笑しな事があるんだ」
「可笑しな事?
それも幾つもって事は、沢山あるって事?」
「うん」
根っこの部分から優しくて、家族思いで。
身内の事になると少しカッとなりやすい所とか、
非現実な状況を中々受け入れない所とか、
こうと決めたら一直線に飛びだしていく所とか。
勇者ダイスのオリジナル日記に書いてあるネイビー・ビートの性格や行動は、少し過激になっている気がするけど概ね紺之助兄さんとの差が無い様に思えた。
でもDr.ネイビーの方は違う。
紺之助兄さんと同一人物だとすると、違和感しか無いんだ。
「まず紺之助兄さんは、大助兄さんが異世界で命に係わる様なお大怪我した場合。
『その世界で怪我を治してから帰る』って選択肢を取るより、『1度元の世界に帰ってから完治させる為の努力をする』って方を選ぶと思うんだよね」
『未遂で済んだとはいえ自殺しようとして、そんな大怪我をしたって言うなら特にね。
混乱を極めて兎に角自分が1番安全だと思ってる元の世界に帰るはず』
「はい。
紺之助兄さんは自分の常識が通じない異世界に長く居たくないって言うか・・・
こんな世界に居て堪るか!
僕達は一刻も早く帰らせて貰う!!
ってまず言うタイプって言うか・・・・・・」
「あぁ・・・
確かにコオン君なら言いそう・・・・・・」
「と言うか、実際に言ってたな」
「あー、やっぱ言ってたかー」
「うん。キビ君達を保護して直ぐの時にね。
此処がキビ君達にとって異世界だって言ったら、キビ君連れて帰るって、本当に落ち着かせるの大変だったんだよ?」
そう当時の事を思い出して苦笑いや渋い顔をするルグ達。
そんなルグ達にそんなに大変だったのか聞くと、その困った様にも呆れた様にも見える表情のまま3人は声をそろえて頷いた。
紺之助兄さんのプライドが関係してくるから、相変わらず詳しい事は教えてくれないけど、俺が気絶していた間に更に俺の想像を超える出来事が起きていたのは間違いないだろう。
その謎の詳しい答えはきっと永遠に俺には分からないだろうと改めて思い直し、サクサクと俺の思考ごと少し脱線した話を本題に戻した。
「まぁ、そう言う訳で、紺之助兄さんなら何時までも。
それこそ何十年もこの世界に留まる選択は絶対にしないと思うんだよ。
『返還』の魔法作れたなら、応急手当して元の世界の病院に担ぎ込むはず。
それが可笑しいと思った1つ目の理由」
「それじゃあ、2つ目は?」
「そもそも紺之助兄さんはこんなに律儀に日記を書く性格じゃない。
俺のメモ帳勝手に使うとか、エドから杖借りるとか。
そう言う事含め、アジトに軟禁されてる間もそんな素振り一切無かっただろう?」
2つ目は何か首を小さく傾げながら聞いてくるマシロに、俺はまずそう手短に答えた。
それにルグ達は、
「確かに日記とか書いてなかったし、その為の紙とかが欲しいって言われた事も無かった」
と頷く。
日記だけじゃなく、ツイッターとかインスタとかブログとか。
そう言うのも毎日更新するタイプじゃ無いんだ、紺之助兄さんは。
ふと思い出したからって感じで、本当に気まぐれにポツリって感じ。
美容関係やお洒落関係の様な本当に好きな物の事なら本当に毎日でも続けられてるから、絶対コツコツ毎日計画的に続けられないって訳じゃないと思うけど。
でも、自分の事を記した記録を残す事に関しては興味が無いのか、それとも誰かに自分の努力を見て貰う事が目的じゃないからか。
紺之助兄さんの中の優先順位がかなり低い様で、宿題の様に強制されないと本当に続かないみたいなんだ。
特に普段からそう言うのを頻繁にネットに上げる大助兄さんと一緒に居るから、俺の世界の紺之助兄さんは輪に掛けて更新頻度が遅い。
大助兄さんが一緒に自分の事も映して上げるから良いやって事らしい。
だから、そう言う事に掛ける時間があるなら、兎に角自分を磨く事に使うって前言っていた。
「そんな『紺之助兄さん』が20年、30年、毎日毎日コツコツ日記を書き続けられるとは思えないんだよ。
最初は続いたとしても、必ず途中で書く頻度が落ちると思う」
もし仮に何らかの理由で元の世界に帰る事が叶わなくて、この世界に残るしかなくなってしまった場合。
『紺之助兄さん』なら日記を書く時間を全部治療の為に当てると思うんだ。
そもそも紺之助兄さんの性格から考えて、この日記が研究日誌も兼ねているとしても、何か大きな変化がある時以外は書かないと思う。
最初は几帳面な勇者ダイスの真似して書いていたとしても、治療の為の研究に集中し過ぎて途中で何時も通りの頻度に落ちていくはずだ。
それに紺之助兄さんの癖から考えても研究日誌を最初から書き続けてるとは思えない。
父さんに似た大助兄さんの様に最初から綺麗にノートにまとめる事はせず、そこも母さんそっくりな紺之助兄さんの場合まず気になった事を適当にメモして研究室の何処かにバラバラに置いておくか、見やすい壁や窓に見た目を気にせずペタペタ貼り付けるはずなんだ。
俺の様に1つのノートやメモ帳にドンドン書いてく感じでも無くて、ルーズリーフでも付箋でも裏紙でも。
兎に角メモしたい時に直ぐ近くにある書いていい紙にドンドン書いてその紙を取り合えずその場に放置していく感じなんだ。
そして研究が完成するか一段落してからその大量に作ったメモをかき集めまとめる。
特に大事な研究をしているなら、尚更集中していてその癖が出るはずなんだ。
それなのにこの研究所にも、ピコンさん達が見たって言うオノルの森の研究所にも、そう言うメモを書き重ねた痕跡が見当たらなかった。
研究に関しそうな資料はこの日記のみ。
「確かにDr.ネイビー達が此処を出ていく時、本格的な研究資料は持って行ったって言う可能性もあるよ?
けど、それにしては日記が残っているのが気になるんだ」
「日記が?何で?」
「あッ。
もしかしてオリジナルの方も残されてるからか?」
「うん、そう。
エドの言う通り、このオリジナルの日記まで残ってる事が可笑しいんだ。
魔導書の方と違ってこの日記には見られるとDr.ネイビーにとって不都合な情報まで書かれてるんだよ?
オルノの森の研究所の事を考えると、持っていくか処分するはず」
「確かに・・・」
「そう言う事をしなかった事と、俺達が来るまでDr.ネイビー以外の人間が此処に来た事が無いって言うクライン達の話。
その2つの事を考えるとこの研究所までもが見つかって慌てて逃げ出した、と言う可能性はかなり低いと思うんだ」
それなのに在る筈の物、大量のメモが無い。
それは最初から『メモ』が存在していなかったからじゃ無いか?
そう俺は思ったんだ。
空間結晶や時空間結晶の事もあるし慌てて逃げ出した場合、オノルの森の研究所の時と同じくこの日記も全部持っていくはず。
そう言う事を考えると、更なる研究の為に別の場所に向かったけど、また此処に戻って来るつもりがあったって事なんじゃないのか?
戻って来ると言うより、ナト達が持っているワープ系の魔法の様な魔法や魔法道具を使って行き来する感じ。
日記に書かれていた事に加え、勇者ダイスもワープ系の魔法が使えたって話は有名だと通信鏡越しにジェイクさんが言っていた。
だからDr.ネイビーの正体が勇者ダイスだとしたら間違いなくワープ出来ただろうし、ネイビー・ビートだった場合も可能性は十分にあり得る。
この研究所にはDr.ネイビーの兄弟も間違いなく居た形跡があるんだ。
それなのに『此処に来た時Dr.ネイビーは間違いなく1人だった』とクライン達は言っている。
ジェイクさんにもう1度確認して貰ったからそこは間違いない。
確かに、1000年も経っているんだから間違って伝わってる可能性も十分あり得るよ?
でも俺は、後から2人を魔法か魔法道具でワープさせてきたんじゃないかと思うんだ。
1人は昏睡状態になる位の大怪我を負っていて、
もう1人は改造されほぼ元の状態で残ってるのは恐らく心臓だけ。
何か凄い医療設備が整ったキャンピングカーとか飛行船に乗せて旅してたとかなら兎も角、徒歩で旅してたならそんな危険な状態の兄弟を連れ回す様な事はしないと思う。
徒歩で旅してたと思ったのは、一々研究所を立ててる事と日記にそう言う乗り物を造ったって記述がないから。
もしかしたらこの研究所を去った後造った可能性もあるけど、十中八九この研究所に来た時点では存在しなかっただろう。
「だからこそ、此処は色んな物が残されているんだ。
倉庫としても使っていたか・・・」
「医療器具の置き場の問題とか?
シローさんのお兄さんとお姉さんを助けるには、大きな医療器具や医療用魔法道具が沢山必要で、でも此処は血液関係の研究の物でいっぱいになっちゃった。
だから他の治療の研究をしに他の国に行くついでに研究所も作った?」
「かもしれない」
人間1人生き返らせるには、どれだけの道具が必要なんだろうか?
それはユマさんやDr.ネイビーの様な天才じゃない俺には全く分からないけど、漫画とかの知識から考えるとこの研究所は狭過ぎる気がするんだ。
だから俺はマシロにそう頷き返した。
「そう言う色々を考えると、此処の『日記が残ってる事』が何か可笑しいと感じるんだ。
あ、いや。
正確に言うと『紺之助兄さん』が残していく事が、って意味だけど」
もし研究の末無事兄弟達を助け出せたとして、そう考えるとDr.ネイビーの正体がネイビー・ビートの場合。
メモをまとめたファイルの類が一切見当たらないのは不自然だ。
最後の研究所に研究に関する全部をまとめて持って行ったとするなら、日記も勿論全部持っていくはず。
逆に日記を置いて行くなら、清書してまとめた研究資料だけ最後の研究所に持って行って、メモをまとめただけのファイル類は日記と一緒に此処に置いて行くはずなんだ。
でもどんなに探してもそのファイルが見つからない。
と言う事は、『そもそも最初からまとまってないメモ用紙は存在しなかった』って事で、そうすると予想される『紺之助兄さん』の性格や癖、行動と矛盾する。
そんな感じだからこそ、『紺之助兄さん』が最初から研究日誌兼日記を書き続けていたっと言う事に違和感しか感じないんだ。




