136,兄弟の最後の行方
「と言う事とで、四郎さん」
『何?』
「そろそろ、どうしてここまで暴走したのか。
説明してくれますよね?」
ルグ達が勇者ダイス兄弟の正体を信じてくれた所で、一息ついてそう四郎さんに声を掛ける。
ただ長年行方不明だった兄弟達の痕跡を見つけただけだったら四郎さんはこんな事しない。
自分達が不利になる様な、俺の体を使ってまでエド達から無理に離れる様な事はしないはずだ。
まず、冷静にこの建物を調べたいって言葉で伝えるはず。
そう思ったからの言葉。
それに四郎さんは中々答えてくれなかった。
『信じられないと思うけど、この研究所から離れようとした時、声が聞こえたんだ』
「声?誰のです?」
『紺之助兄さん』
「ッ!!」
たっぷり時間をかっけて届いたそのメールの文字に俺の息が詰まる。
紺之助兄さんって、ネイビー・ビート?
ここにネイビー・ビートの幽霊が居るって事なのか!?
「それって本当に、ネイビー・ビート。
四郎さんの世界の紺之助兄さんの声だったんですか?
偶然誰かの通信鏡から漏れた俺の世界の紺之助兄さんの声とか」
「それは絶対に無い」
「なら、さっきエド達が言ったみたいに、俺とも四郎さんとも違う世界から『召喚』された紺之助兄さんだった可能性は?
それか、ディックのフリをしていたゴーレムの様に、偶然ネイビー・ビートの声を録音していたカセットテープとかが動いたとか」
『分からない。
あの1回切りで声は聞こえなくなったし、姿も見えないんだ。
だから、俺の気のせいだったかもしれない』
息が詰まりそうな程驚いたけど、冷静に本当に『ネイビー・ビート』の声だったかどうか聞く。
ルグが通信鏡から聞こえてきた俺達の世界の紺之助兄さんの声って説をきっぱり否定したから、それ以外。
また違う世界の紺之助兄さんの幽霊が居る説や、何かに録音していた生前の声が俺達が来た事で流れた説を言うけど、四郎さんの歯切れはかなり悪い。
幾らこの研究所を探し回っても、何度声を掛けても、その1度きりで『紺之助兄さん』は現れなかった。
だから四郎さんは、実家そっくりなこの建物を見て混乱を極めた自分の頭が作り出した幻聴だと判断したんだろう。
だからこそ2階に上がった時、四郎さんはあんなにも落ち込んでいたのか。
・・・・・・同じ幽霊になっていてでも、兄さん達に会いたかったんだろうな。
『もし叶うなら、一緒に帰りたかったんだけどね。
俺とは違って無事成仏してくれてるなら、それはそてで良い。
それならせめて遺骨位は持って帰りたいんだ』
「・・・・・・遺骨じゃありませんが、ここの日記、幾つか持って行きますか?
流石に全部は無理ですけど・・・」
『うん。お願いできる?』
「はい」
四郎さんがあの時、直ぐ『返還』で帰るって言わなかったのは、ナト達の為って以外にもコレが理由だったんだろう。
あの時から四郎さんは既に確信があったんだ。
行方不明になった兄弟達がこの世界に居たんだって。
だからこそ、願った。
25年もの長い間、まだどこかで無事に生きてると。
何時か元気に帰ってきてくれると信じ続けている何も知らない残された家族に、せめて体のほんの1部でもいいから一緒に連れて帰りたいって。
それが四郎さんのもう1つの目的。
時間結晶とかの事を考えれば、1000年前の遺体も残ってるかもしれない。
だからこそ、四郎さんも連れ帰る事を望んだんだろうけど、残念な事なのか、逆に良い事なのか。
この場所には四郎さんの兄弟の遺体や遺骨どころかお墓すら存在しなかった。
多分最初に俺が予想した通り、この後向かった他の国で作った別の研究所に居るんだと思う。
でも、その研究所をまた運よく見つけられるとは限らない。
だから俺は、その遺体の代わりにこの世界に勇者ダイス達が居たって明確に分かる、この日記を代わりに持って帰るのはどうか?
と四郎さんに聞いたんだ。
四郎さんも遺体や遺骨を持って帰れる率が低い事は重々承知してるんだろう。
比較的直ぐに日記を持っていきたいってメールが届いた。
「と言う事で、エド達もそれで良い?
勇者ダイスやDr.ネイビーに関する貴重な資料として研究したい人は居ると思うけど、四郎さん達の家族にせめてその位は帰してあげたいんだ。
ダメ・・・かな?」
「そう、だなぁ・・・・・・」
「私は別に良いと思うよ?
内容に関しては魔法道具とか使って写せば問題ないし。
何よりDr.ネイビー達も帰りたかったと思うし、シローさんの家族も帰りを待ってると思うから・・・
何もかも分からない知らない場所に急に飛ばされて、帰りたくても帰れないのも、自分は直接関われないまま、唯々無事を祈ってずっと待ってるだけのも、辛いもんね?」
そう思って四郎さんに声を掛けるけど、俺がルグ達の許可なく勝手に行動するのは問題だ。
此処に居られる条件の事もあるし、それが分かってるからこそ俺はそうルグ達に聞いた。
アルさん達や協力してくれてる各国の王様達の事もあるからだろう。
少し渋る様に悩むルグに対し、マシロは反対する気が一切無い様だ。
頭の中の記憶が消えても、故郷を思う心はシッカリ残ってるんだろう。
『ね?』と寂しく辛そうな小さな笑みが浮かぶ顔で俺を見て小首をかしげるマシロに、俺は静かに強く1つ頷いた。
「俺も読んでるから、多分この日記もオルノワ・レコードに記録されてるはずだよ。
研究用に印刷するなら、ちゃんとやるから、ダメ、かな?」
「・・・・・・はぁ。
ジェイクやアル達にはオイラから連絡しておくから、サトウとマシロとシローは持ってく遺品をまとめておけよ?」
「ッ!!ありがとう、エド!マシロも、ありがとう」
「どういたしまして。
あっ。それで、ピコンさんは・・・・・・
もう少し休んでいて貰った方がいいよね?」
「そうだな。『ヒール』・・・・・・
ピコンさん、大丈夫そうですか?
お茶のお替りは?」
「ありがとう。お茶は・・・もう充分」
「そうですか」
「・・・・・・ごめん。
直ぐに良くなるから。良く、するから。
だから、今は・・・ごめん」
「はい」
マシロからの援護が決め手になったんだろう。
仕方ないとため息を吐いて、アルさん達に承諾を取ってくれるとルグが言ってくれた。
そんなルグ達にお礼を言って、マシロと一緒にピコンさんの方をチラリと見る。
口の端や握った手の間から鉄の匂いを漂わせ、ルディさんの名を小さく呼んで俯いたまま殆ど動かないピコンさん。
ここまでピコンさんの具合が悪いのは、鮮明に書かれた聖女キビの受けた仕打ちを読んだからだけじゃない。
その仕打ちからナト達と一緒に居るルディさん達、ゾンビにされた女性がどんな扱いを受けているか。
ヤエさんの過去を聞いた時以上に、誰よりも助け出して守りたい最愛の人の、最悪過ぎる現状を想像してしまったからだ。
今直ぐ助けに行きたい。
でも、今の自分達ではどう頑張っても本当の意味で助け出せないし、感情のまま行動してしまったら助けられる人も助けられないし、今よりももっと悪い状況に陥ってしまう。
それが嫌になる位分かってるからこそのジレンマが、きっとピコンさんの心を蝕んでいるんだろう。
それを飲み込んで立ち直って前に進むには、まだきっと時間が必要なんだ。
だからこそ、俺達は満場一致でピコンさんにこのまま休んでもらう事にした。
「オリジナルの勇者ダイスの日記は絶対持ってくとして・・・後は・・・・・・」
『姉さんの事が詳しく載ってる、ここ等辺』
「はい。これと・・・これですよね?」
「・・・そう言えば、キビ君。1つ聞いていい?」
1年で約1冊づつ。
その計算でいけば、Dr.ネイビー達は2、30年位此処に居た事になる。
その中から数冊、勇者ダイス達の証明になる日記を選んでいると、ふとした感じにマシロがそう聞いて来た。
「何、マシロ?」
「キビ君はここに来てからDr.ネイビーとネイビー・ビートを明確に分けて言ってるよね?
殆どネイビー・ビートで統一してたのに、さっきは『勇者ダイスやDr.ネイビーに関する貴重な資料』って言ってたもの。
態々分けてるって事は、Dr.ネイビーは異世界のコンさんじゃないの?」
「それは・・・・・・・・・」
マシロのその質問にスマホの真っ暗な画面の先に居る四郎さんと目が合った気がした。
確かに俺は、此処に来てからネイビー・ビートとDr.ネイビーを分けて言っている。
それにはちゃんと理由があるんだ。
その理由を、多分四郎さんも気づいてる。
「俺達にも分からないんだ」
「分からない?どう言う事?」
『Dr.ネイビーって呼ばれている人の正体が俺の兄さんのどっちかなのは間違いない。
でも、ネイビーと名乗っていても、紺之助兄さんとは限らないんだ。
自分を紺之助兄さんと思い込んだ大助兄さんの可能性もある』
「え?え!?」
明確な確証を得てないから、まだ言いたくなかったんだけど・・・
と、何時もの思い過ごしだと思うと念の為に前置きしてから、そう俺はハッキリと声に出した。
ハッキリ分からない事が、ハッキリ分かっていると。
そのややこしい状況にマシロは目を白黒させている。
そんなマシロに四郎さんが、俺達が思っている事をメールで伝えてきた。
その四郎さんのメールの文を読み終わったのだろう。
マシロは弾かれた様に勢い良くバッと俺の方を見た。




