表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サンプル・ヒーロー  作者: ヨモギノコ
第2章 チボリ国編
361/498

130,四郎の兄弟 前編


「四郎さん・・・・・・

『こっち』」


壊れそうな階段を一歩一歩確かめながら登って、実家で昇る倍以上の時間を掛けて辿り着いた階段上の踊り場。

そこまで来て名前を呼べば、俺の口から弱々しい四郎さんの言葉が零れ、体が予想していた1部屋。

大助兄さんの部屋に当たる真ん中の部屋に引っ張られる。

その部屋は今まで見てきた他の部屋と同じく、大きな地震が起きた後の様にグチャグチャで、上京した後も定期的に掃除してる我が家の大助兄さんの部屋とは大違いだった。

それがまた、四郎さんとリンクして無いのに俺に少しの寂しさと悲しさを与えてくる。


「・・・・・・はぁあああ」


此処まで来るまでに、どうしてあそこまで四郎さんが暴走したのか。

その理由の予想が嫌と言う程出来て、俺は5分だけ待ってくれと頼みに頼み込み、1人、間違いなく四郎さんが居るだろう大助兄さんの部屋に入った。

入口で待つルグ達の射抜く程の鋭い視線を背に受けながら、そのまま足を止めず真っすぐ体が引かれる気がする壊れて倒れた本棚に近づく。

そして力を抜いた腕が導かれる様に、そこから零れ落ちた埃かぶれの100円ショップでも売ってそうなプラスチック製のファイルの1つを拾い上げた。

そのまま俺の意思なの、それとも四郎さんの意思なのか。

それが分からないまま流れる様に予想通り満杯まで挟まっていた中身のルーズリーフをペラリ、ペラリ、と軽く読む。

時々吐きそう。

いや、あまりに酷い内容の時は何時もの如く吐いちゃったんだけど。

念の為にエチケット袋と水用意しておいてよかったよ。

そんな『環境適応S』のスキルでも対応しきれない吐き気と腹痛にどうにか耐えながら、どことなく見慣れた文字で書かれた。


赤、青、緑。


所々カラフルに線引きされたそれを読み進めて、次のファイルへ。

1つ、2つと読み終えて何冊目になっただろう?

此処にあるファイル群の始まりである黒一色のそのファイルの中身は、今まで以上にしっかり読まなくても分かる位、内容に見覚えがあった。


この世界に来てから書かれ続けられた、勇者ダイスの日記のオリジナル。


前回は俺自身に余裕が無かった事に加え、無意識にでも必死にその事実から目を反らしていた。

だから、あの魔導書と呼ばれた方の日記の違和感に一切気づかなったんだろう。


でも今なら嫌でも分かる。

あの日記が、Dr.ネイビーが態と残した物だって。


当時のこの世界の人達に勘違いされた授業用ノートや日記を利用して、


スイレン姫達やその子孫達に罪悪感を植え付け、


目的を達成する為に邪魔になりそうな自分達と同じ様に『召喚』された異世界人達を追い返す為に用意された。


Dr.ネイビーに都合良く編集されたのがあの魔導書の方の日記だったんだ。

その証拠に、1日1ページのペースで1年以上書いていたにしては薄すぎた魔導書の方では違和感をほとんど感じない様に削られた日付のページも残ってる。

何より俺の予想通りだと書かれてないのが可笑しいあの日記では徹底的に隠されてた兄弟達の本名や、元の世界に唯一残れた『もう1人の弟』の存在も書かれているんだ。


だからこそ。

だからこそ、もう、無理なんだ。


その思いを深い深いため息と共に吐き出し、近くに居るだろう四郎さんに声を掛ける。


「ここまで来ると、流石に目を背けるのは無理ですね」

『      』

「四郎さん。俺の考え聞いて貰えますか?

多分、正解。

四郎さん達の事実に近いものだと思うので」

『うん』


俺の言葉と交互にメールの着信音が鳴る。

沈思黙考する四郎さんの様子を表す様な何も書かれていないメールが届いた後、タップリ時間をかけ届いた小さく頷く様な短い文。

それを見て俺は瞼の裏にこれから話す内容をまとめる様に軽く目を瞑って、もう1度深く息を吐き、軽く唇を濡らした。


「この建物を見て、嫌と言う程分かりました。

此処は、俺の実家。

いえ、正確に言えば四郎さん。

貴方達の実家を元に作られた家ですね」

『うん。

タカヤ君の家よりも懐かしいって思う位、この家はあの頃の俺達の家を真似ている』

「あぁ、やっぱり・・・・・・

そしてもう1つ。

此処は、大助兄さんと紺之助兄さん、2人の。

いや、四郎さんの大助兄さんと紺之助兄さんの2人が使っていた部屋を再現している。

どの位の再現率かは分かりませんが、恐らくかなりの再現率なんだと思います」

『ほぼほぼ兄さん達の部屋と同じだよ。

机もその上に置いてあっただろう物も2段ベッドも本棚も配置からデザインまで全部同じ。

流石に本棚や机の中身まで全く同じって訳じゃ無いみたいだけどね』

「そんなにですか」

『うん。流石の凝り性って言うのかな?

俺達の部屋もそっくりでさ。

1階を全く見ずにここまで来て、2階の部屋全部がこんなにボロボロじゃ無ければ、きっと俺は実家に帰って来たと勘違いしてた』


クスリと寂しそうな笑みが零れてそうなその文に、準備期間中の四郎さんの言葉がもう1度頭を過る。

俺の部屋を見た四郎さんが思わずメールで零した言葉。


『うわぁ、懐かしー。

使ってる部屋の場所だけじゃなく、中身も殆ど同じなんだね。

兄さん達が別々の部屋を使ってるから、タカヤ君の部屋も俺の部屋とは大分違うものになってると思ったよ。

ここまで一緒だとは思わなかった。

流石、異世界の同一人物』


タンスの中の服や壁に掛けたコート、スマホ、ノートパソコンはかなりの昔に買い替えてしまった。

けど、タンスや本棚、時計は自分の世界では今も現役だ。

そう幾つのメールで嬉しそうな興奮を伝えてきた四郎さん。


俺が覚えてる限り最初から分かれていた俺の世界の兄さん達と違い、四郎さんの世界の兄さん達は幼い頃から変わらず2階真ん中の大助兄さんの部屋を2人で使っていたらしい。

そのせいで色々部屋の内装が違ったらしくて、だから(異世界の自分)の部屋も大分違うと四郎さんは予想していたそうだ。

でも実際の俺の部屋は四郎さんの予想に反して、タンスや本棚の中身の様な細かい所を抜かせば、懐かしい自分の部屋にほぼ100%そっくりだったらしい。

それでお互いの実家の話で盛り上がったんだ。


ほんの数日前の出来事なのに、何でかな?

この建物を見まわった後だと結構懐かしい事の様に思えてしまう。


・・・・・・あぁ、そうか。

きっと、これは現実逃避なんだ。

これから核心をつく事実へのささやかな時間稼ぎ。

その時間稼ぎも、もうやめないと。


そう思い直して、俺は気持ちと息を整えて口を開いた。


「・・・・・・だからこそ、分かったんです。

・・・あぁ、いや。

本当は初めて勇者ダイスとDr.ネイビーの名前を聞いた時から、そうじゃないかって予感があったんです」

『でも、目を反らしてた。

そんな事無いって、ずっと思いたかったんだね』

「はい」

『俺もこれが勘違いだと思いたかったよ』


そう俺の小さな返事に返って来たメールの文字に胸が締め付けられる。

無機質な文字からでも、今、四郎さんが必死に涙を堪えてるのが分かったから。

俺だったら。

俺が四郎さんと同じ状況だったら、絶望や悲嘆なんて言葉がちゃっちく思える位、辛くて耐えれないって分かるから。


「・・・・・・・・・9代目勇者のダイス。

『勇者冒険記』の著者、ネイビー・ビート。

そしてサルーの聖女、キビ。

この3人は・・・・・・

この、3人、は、四郎さん。

貴方の兄弟。お兄さんとお姉さんですよね」

『うん。そうだよ。

しっかり血の繋がった、俺の実の兄さんと姉さん達だ』


少し涙と躊躇いが混じった、100%の確信を得てしまった俺の言葉に返って来たそのメールの文に、ズキリともう1度痛みと苦しさが襲ってくる。

そして耐えられなくなった目頭の先が少し熱くなって、目じりからほんの少し水が滴り落ちた気がした。


分かっていた事だけど、覚悟決めてもやっぱり、辛いな。

『俺』自身や『俺』の家族の事じゃ無くても、別世界の『俺達』の事だから簡単に想像できて、辛い。

長い時間行方不明だった大助兄さんや紺之助兄さんが、良く分からない異世界であんな最後を迎えたって言われたなら・・・・・・


ダメだ。

俺には耐えられない。


きっとナト達がルグ達に殺されそうになってるって聞いた瞬間と同じ様に、その言葉の意味を理解するのを拒否する様に頭が真っ白になって、

体から熱が消えて、

心臓が痛くなって、

苦しさで上手く息が出来なくなる。


そして、ナト達と違って1000年も前に終わった。

もう、どう頑張ってもこの遥か未来の時代に呼ばれてしまった自分じゃどうしようもないと理解して、絶望の奈落に落とされる。

生きてる子供の俺でもそうなら、『死んでしまった異世界の大人の俺』である四郎さんの今の絶望は、きっと想像も計る事も不可能な位深い物なんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ