129,四郎は何処?
「これでヨシッと」
「おぉ!」
「キビ君、痛くない?」
「うん、大丈夫。
この不思議な素材のお陰で全然痛くないよ。
かなり丈夫なのにフワフワで・・・
ピコンさん、これ一体何で作ったんですか?」
「さぁ?
ヒツジの毛と空の雲を混ぜた感じでイメージしたらこうなったんだ。
だから実際にある素材かどうか分からないな」
俺の手首と足首に着けられたピコンさんの『クリエイト』の様な魔法製の拘束具は、触り心地フワフワなのに柔らかいゴムみたいに良く伸びるし、叩いたら俺の肌に触れた面を残してコンクリートの様に硬くなる。
そんな摩訶不思議なピコンさんオリジナルの素材で作られていた。
確かにこのフワフワモコモコ感は想像の中の雲や俺達の世界の羊の毛を思わせる。
だけど、この世界のヒツジのイメージと合致してるかどうかはちょっと分からないな。
確かに伸びたり硬くなるのは、毛が絡み合いながら丈夫な紙になるこの世界のヒツジに似ていなくもない、のか?
多分きっと、長年ルディさんとこの世界のヒツジの世話をしていたピコンさんならではの感覚なんだろう。
「ヨッ、と・・・とっと!」
「あー。自力で起きれちゃうかぁ。
もう少し硬くしても良かったな。作り替えるか」
「十分です、ピコンさん。
多少手足が動かせてもかなり歩きずらいんですよ?
こんな状態じゃ絶対走れないんですから、何かあってもエドに簡単に追いつかれちゃいますよ」
「それに、これ以上シローさん、放置してるのも怖いよね?
また悪霊になって、無差別に襲ってきたら厄介だよ」
「そうだな。
オイラ達にはシローの姿が見えないんだ。
見えない敵からの攻撃は本当に厄介だからなぁ。
シローがどっかで暴れてる感じもしないし、シローが比較的大人しくしてるだろうこの静かな内にどうにかしようぜ?」
「それなら・・・いいか?」
伸びる素材のお陰で拘束されていても自力で起き上がる事が出来た。
でも足首の拘束の方が手首の方より硬いらしく、ゆっくり静かにしか歩けないし、油断すると直ぐ転びそうになる。
ただでさえボロボロな床なのに、こんな状態では走る事は絶対無理だ。
だからこれ以上はやめてくれと必死に訴える。
その必死の訴えの甲斐あって。
っと言うよりその後に続いた少し不安そうなマシロと、エスメラルダ研究所での事を思い出したんだろう。
かなり渋い顔で呟いたルグの言葉が効いて、ピコンさんはこの拘束具を作り直すのを諦めてくれた様だ。
こういう時すぐさま反対しそうなクエイさんとザラさんは、俺達の事情でこれ以上待たせちゃいけないと、ジェイクさんと一緒にクラインとディックを仲間達の元に送り届けている。
だからこそ、こんなにすんなり話が通った訳なんだけど。
「それでシローさん、何処に行ったんだろう?
キビ君、何か分かる?」
「そうだなぁ・・・・・・・・・」
マシロにそう聞かれ、俺は改めて辺りを見回した。
四郎さんに連れ回された時は冷静に見る事が出来なかったから分からなかったけど、平屋。
いや、平屋だと思っていた2階建てのこの建物は、内装や間取りも俺の実家に良く似ていた。
まずキッチンの窓からも見える裏の畑に当たる場所。
そこには畑じゃなく低いけど急な崖になっていて、想像以上に穏やかで澄んだ幅の広い川が流れていた。
廊下やダイニングキッチン、
勝手口、
味噌部屋、
トイレ、
脱衣所と続いた風呂。
そして2階と共に洞窟の壁をくり抜いて作られたらしい2階に続く階段など、ダイニングキッチン周辺の場所は実家の配置と全く一緒だ。
それこそ驚愕を通り越して気持ち悪くなる位に。
窓から見える風景と、そのキッチン周り以外の残り1部屋が大分実家と違うから、どうにか耐えられたけど。
実家の部屋と照らし合わせると、脱衣所や風呂、勝手口の向かいにあるダイニングキッチン隣の居間とその居間と襖で区切られた仏間。
仏間を含め仕切られてる襖を全部取っ払えば1つの大きな部屋になる、上座敷と下座敷、応接間。
そしてその部屋を囲う様にキッチンの窓の向かいであり、階段の下に当たる、ダイニングキッチン隣の玄関から続くL字型の廊下の先。
そこにある死んだ爺ちゃん婆ちゃんの部屋だった離れと、その離れと居間に挟まれた両親の部屋。
この建物はその部屋達がある辺りの、お互いを隔てていた全ての壁や襖、押入れが取り払われ、1つの大きな研究室に変わっていたんだ。
それなりに大きな部屋7部屋と廊下の1部までも使われて出来上がった研究室。
それは本来相当広いはずなのに、所狭しと壊れた研究道具や素材を保管しとく棚や良く分からない機械が置かれ、ダイニングキッチンからでもある程度全体を見渡せる位狭くなっていた。
とは言え謎機械の事を抜かしてもボロボロ過ぎてパッと見、事前に予想が出来てた兄弟達の治療とゴーレム作り以外に何の研究をしていたか全く分からないんけど。
手術台っぽい机は勇者ダイスの妹の治療用で、金属の塊はゴーレム作りの為ってのは予想が付くけど、それよりも多いガラス片は元々何に使われていたんだか。
もしかしてエスメラルダ研究所の様に大きな水槽でも置いていた?
それにしてはガラス片の量が多し、広がり方も可笑しい気がする・・・・・・
そのガラス片の近くにポッキリと途中で折れたり、スッゴク大きくて力持ちの怪物が壊したのでは?
と思う程酷くひしゃげた金属製のフレームらしき物が簡単には数えきれない位並んでるから、もしかしたら人が入れる位の大きさの水槽が沢山あったのかもしれない。
とりあえずそんな感じで今いるダイニングキッチンから1階の殆どを見渡せるけど、1階に四郎さんが居る様には見えない。
「と言う事は、居るのは2階か」
「2階のどれだ?」
「恐らく右の部屋かぁ・・・
真ん中の部屋が怪しかと」
ピコンさんに聞かれ階段下から2階を覗き見てそう答える。
下から覗いた2階も、俺の実家と同じ配置で3つの部屋がある様だ。
1階から真っすぐ続いた階段の先の他2部屋より少しだけ高い位置にある大助兄さんの部屋と、踊り場の左右にある俺と紺之助兄さんの部屋。
その3部屋に当たる部屋が見えた。
そして俺が四郎さんが居ると思ったのは、兄さん達の部屋に当たるその2部屋。
スマホからそんなに離れられないなら、1番可能性があるのは俺達の居るダイニングキッチンの真上にある紺之助兄さんの部屋だろう。
次に可能性があるのは、紺之助兄さんの部屋の次に近いだろう研究室の真上の大助兄さんの部屋。
逆にさっきまで俺達が居たキッチンに近い場所から1番遠い、味噌部屋や玄関の上の俺の部屋は可能性が低いと思う。
いや、スマホから安全に離れられる範囲がこの建物全部だったらこの予想は全く当てにならないんだけど。
でも多分、四郎さんはその2部屋のどっちかに居ると思う。
殆ど勘だけど、この建物の様子から推理した結果からもその2部屋が怪しい。
「推理の結果?」
「はい。俺の予想では、その2部屋のどっちかが。
と言うか真ん中の部屋が十中八九この建物においての、Dr.ネイビーの私室。
寝室の方が正しいのかな?
えーと、つまり。
寝起きしたり、研究以外の個人的な物が置いてある部屋だったと思うんです」
「え!?Dr.ネイビーの!!?」
俺の考えを聞いて怪訝そうな表情に純粋な疑問の声を乗せそう聞き返すピコンさんに、俺は小さく頷き返した。
そしてこの世界に3度目に来る前。
この旅の準備をしている時に四郎さんが言っていた言葉を思い出しつつ、もう1度改めて頭の中で整理して選び、組みあがった順に言葉を吐き出す。
此処が俺達の予想通り間違いなくDr.ネイビーの研究所だと分かった以上、四郎さんはDr.ネイビーの部屋だったろう、その部屋に居るはずだ。
ほぼ合っているだろう俺の予想では、大助兄さんの部屋がDr.ネイビーの部屋で、『研究室に寝かせてなかったなら』って条件が付くけど、紺之助兄さんの部屋が亡くなった兄弟達が居た部屋だと思う。
効率的に治療する事を考えるとずっと研究室に居た可能性のが高い。
けど、此処での色々から確信を強めたDr.ネイビーの性格的に、大切な兄弟達をずっと無機質な研究室に置いておくとは思えなかった。
帰りたい幸せだった元の世界の平凡な生活を映す為にも、少しでも側に。
あの頃と同じ様に一緒の部屋で一緒に生活すると思う。
その考えはあえてまだ伝えず言った俺の言葉に、心底驚いた様にマシロが叫ぶ。
そして、そのまま驚愕と疑問、不信感を混ぜこぜにした様な視線を向けつつ言葉を続けた。
「本当に!?
本当に、Dr.ネイビーの部屋なの!!?」
「多分・・・・・・ここまで『同じ』なんだ。
俺の考えた通りなら、元の世界で使っていたのと同じ部屋を私室と使ってたと思うんだよね」
「元の世界と?何でそんな事まで分かるんだよ?」
「それは・・・・・・また後で。
まだ100%確信がある訳じゃ無いから、詳しくは四郎さんを見つけてからでいい?」
「まぁ、それなら・・・」
「ありがとう」
何でそう思うのか、と聞いてくるルグにそう返し、詳しい説明を後回しにする承諾を得て俺は2階を見上げた。
この先に四郎さんは必ずい居る。
四郎さんを見つけたら、俺にとっては酷く残酷な、この世界に来てから何度も目を反らし続けていた真実と向き合わないといけない。
あぁ。
分かっていても、真実と向き合うのは何回経験しても、何時でも辛くて痛いな。




