35,花鳥風月 後編
「で、サトウ。
さっきスライムから何か出てきたけど、アレ何んだ?」
「あぁ。
俺のスキル、『ドロップ』で出たアイテムだよ」
相当『ドロップ』のスキルやそのスキルで出たアイテムが珍しかったんだろう。
瞬間移動でスライムから助けてくれたルグにお礼を言うと、その返事もそこそこにルグは興味深そうに俺の手の中をマジマジと見ながらそう言った。
「倒した魔物の魔元素を元に自動で、その魔物の素材や素材で出来た道具とかを作り出せる」
「凄く便利なスキルだね」
そう言って喜ぶルグとユマさんには申し訳ないけど、俺には『物欲センサー』って言う厄介なスキルも持っているんだ。
望んでしまうと逆にドロップしなくなる。
『ドロップ』のスキルは剥ぎ取りのおまけと思っていた方が良いだろう。
その事を2人に説明しつつ、今回のドロップアイテムをメールで確認する。
『ドロップアイテム
エヴィンヴラウデンスライムから“エヴィンヴラウデンスライムの牙”
ローズヴィオスライムから“軟化毒”
をゲットしたよ』
エヴィンヴラウデンスライムの牙は、あの鋭い牙そのままの入れ歯みたいな物で、軟化毒は小瓶に入った菫色の液体だ。
ルグとユマさん曰く、この毒を使うと、
「毒の量にもよるけどある一定の時間、体に力が入らなくなってフニャンフニャンになる」
らしい。
神経、脳、筋肉、皮膚。
体のどの部分に作用する毒か分からないけど、毒に掛った者を脱力させるか麻痺させる毒なんだろう。
上手く使えば、敵を動けなくしてその間に逃げる事が出来るよな。
いざと言う時の逃走用に1ビン分位は常に鞄に入れておくか。
「やっぱり、サトウのスキル便利だな。
お金も手に入って、スライムみたいに剥ぎ取り出来ない魔物からも素材が手に入るんだから」
「剥ぎ取りが出来ない魔物も居るのか?」
「うん。例えばスライム。
今まで発見されたどんなスライムにも共通する事なんだけど、切ったり叩いたりすると分裂する事があるんだ。
だから、スライムを倒す時は基本的に燃やすしか倒せないの。
他にも生命力が高くて、剥ぎ取り出来ない位ボロボロにしないと倒せない魔物も居るんだ」
素材欲しさに魔物を出来るだけ傷つけずに仕留めるとなると、かなり倒すのが難しくなるだろう。
その分『ドロップ』のスキルが有れば、安全に倒せ素材も手に入る確率が高い。
問題は運任せな事と『物欲センサー』と言うマイナスになるスキルを持っている事、ドロップするのが『魔物』限定だという事だ。
「サトウが居るなら、『ドロップ』のスキルで出た素材をメインにして、時には剥ぎ取りをおまけ、もしくは諦める事を前提にした作戦だって立てられると思うんだ」
「その方が生き残れて依頼も成功する時もあるもんね。
どうかな、サトウ君?」
「2人の言う通り、そう言う作戦もありだと思う。
でも、俺自身がまだ自分の持っているスキルや魔法を理解できて無い所があるんだ。
暫くは色々試してスキルや魔法を詳しく理解するのが先決だと思うな」
この『ドロップ』と言うスキルは『魔物を倒したとき』アイテムを作り出すスキル。
その『魔物を倒したとき』って言うのが問題なんだ。
俺1人が魔物を倒した時は当然ドロップアイテムが出る。
さっきのスライムとの戦闘はユマさんと2人で倒した。
止めを刺したのがユマさんだとしても、俺も『スライムの攻撃を防御した』と言う方法で戦闘に関わったんだ。
だから『ドロップ』アイテムが出たのは分かる。
だけど、もし俺自身が何もしなくても一緒に行動しているパーティーの仲間だけで魔物を倒した場合はどうなるだろう?
俺が攻撃や防御といった目に見える形で戦闘に関わらず、作戦を立てたと言う形で関わった場合。
ただ俺が居る一定の周囲内で俺が知らない間に魔物が倒された場合。
『ドロップ』のスキルは発動すのだろうか?
それに、どういう状態が『倒した』になるんだ?
魔物心臓が止まった時なのか、気絶して戦闘不能になった時なのか。
どんなに便利なスキルが有っても発動する条件が分かっていなければ。
使いこなさなければ、いざと言う時役に立たない。
それにこの世界に有るかどうか分からないけど、小説とかだとスキルが発動しなくなる場所や魔法が出てくる。
そう言う事が分かるまでは、『ドロップ』のスキルに頼る作戦を使うのはちょっと遠慮したいんだよな。
だから、実行出来るのはまだまだ先の事だろう。
その事はルグもユマさんも理解してくれた。
「『ドロップ』に似たスキルが有れば、それを参考にある程度条件が分かると思うんだけど・・・」
「う~ん。
そんなスキル、サトウ以外で聞いた事も見た事も無いな~」
「あ、私聞いた事あるよ」
「「え?」」
まさか、俺以外にも『ドロップ』に似たスキルを持つ奴が居たなんて。
この世界に始めて来た日、俺の『創造スキル』を見たおっさんが『見た事も無いスキルばかり』と言っていた。
だから、同じようなスキルを持っている奴は居ないと半ば諦めていたんだ。
だから、ユマさんの言葉に驚きを隠せない。
もしかして、アンジュ大陸国の王様達が受け継いで来たスキルや魔法の中にそう言うのがあるんだろうか?
「英勇教で祭られている勇者が持っていたスキルとして、私の家で昔から語り継がれてる話の中に出てくるんだ。
昔話だからそこまで詳しくは分からないけど、他にも勇者しか持っていないスキルが沢山あったよ。
そう言えば、お屋敷でサトウ君が言ってた『状態保持S』に似たスキルも出てきてたな」
「ユマさん、その勇者のスキルって他にどんなスキルだった?」
「え~と、どんな名前かわからないけど、
勉強しなくてもこの世界のどの国の言葉も解って文字も読み書きも出来るスキル、
水の中や火山の中、どんな場所でも何時も通りで居られるスキル、
出会った生き物や道具を鑑定出来るスキル、
まるで物語の様に幸運がドンドン訪れるスキル、
寿命以外で死んでもお金を少し無くすだけで生き返るスキル、
どんな人でも動物でも仲良くなれるスキル、
中の良い人や一緒に旅をしていた人のスキルや魔法を強くするスキル、
勇者と敵対する者の攻撃を当たらなくするスキル、
必ず攻撃が当たるスキルが出てきたよ。
スキルじゃないと思うけど、実力の差があって普通だと負けるような相手でも勝てて、生きてる間1度も負けなかったんだって。
それに、負けそうになると新しい魔法やスキルを急に覚えて強くなるの」
俺の『創造スキル』の中にも同じ様な物があるけど、その勇者はスキル『主人公補正』ってのでも持ってたのか?
あまりにも物語の主人公にありがちなスキル過ぎて、何か笑えて来る。
「何、そいつ。
他人の民家に不法侵入してタンスや戸棚、瓶の中漁って金銭盗んでも許されてたのか?」
「よく分かったね。
初めて聞いた時は盗賊の間違いじゃないかと思ったよ。
サトウ君の世界でも居るの?」
訂正、笑えない。
完全にゲームの主人公じゃないか!!
現実にそんな奴が居たなんて厄介だったろうな。
いや、今も俺や俺より前にこの世界に呼ばれたサンプル達が、この勇者が関わった事で迷惑が掛っているんだ。
勇者に主人公補正の様なスキルが有ったから英勇教が出来たんだろう。
いや待てよ。
物語の主人公の様子を思い出すに、勇者が旅をしている間にある種の宗教みたいなのは出来てたんだろうな。
それが巨大化し、歪んだのが英勇教。
勇者自身のせいなのか、時代の流れか。
全く関係の無い異世界の人間や自国の国民を平然と犠牲に出来る悪質な宗教になったんだろう。
「流石に現実にこんな奴は居なかったよ。
でも創作物の主人公は勇者の様な事が起きる奴が多いな。
そう言う創作物があったから俺も『スキル創造』って言う固有スキルで『ドロップ』や『状態保持S』。
ユマさんが言っていた勇者のスキルの最初の3つの様なスキルを作ったんだ。
無意識にだけど」
多少そう言う設定やご都合主義が無ければ物語として盛り上がらないし、話が続かない。
読者だって飽きてしまう。
だけど、ここは現実。
怪我をすれば痛いし、何時死ぬか分からない。
異世界に来て自分と関わったその世界の住人は皆、ちゃんと血が通って意思があって感情がある。
NPCとは違う。
生きてるんだ。
それは敵対していた奴等だって同じ。
家族がいて、
友達がいて、
恋人がいて、
仲間がいて、
信じるものがあって、
守りたいものがある。
きっと勇者はスキルや魔法を手に入れて自分が主人公になったと思い込んでいたんだ。
舞い上がって、自分の発言や行動の責任や恐ろしさを忘れていたんだろうな。
それに、異世界に呼ばれた目的を忘れていた。
もしくは気づかない振りをしていたんだろう。
忘れるな、俺達が呼ばれたのは戦争の為の道具としてだ。
召喚した奴等は俺達を同じ人間だと思っていない。
何も世界事情を知らないのを良い事に、片方にだけ都合のいい事しか教えず、言葉や物で操る。
この世界に元々居ない、存在するのにある意味存在しない幽霊の様な俺達だ。
誰かのシナリオ通りの繋がりしかない俺達に人権も選択肢も無くて、何をしようと簡単に存在を消せてしまう。
都合の良い道具。
この世界に『召喚』され、俺は異世界に『召喚』されるって事が物語の様にワクワクするものじゃなく、希望が殆ど無い奴隷か道具にされるって事だと思った。
そんな中でも俺にとっての希望はルグやユマさん、スズメ、ボスや雑貨屋工房の職員さん、魔法道具屋のお兄さん。
そういうこの世界の人との良い縁に恵まれた事だ。
「その『召喚』された勇者も魔法やスキルが物語りの中だけ存在する俺と同じ世界、それか似た世界から来たんだろうな」
「で、舞い上がったて平然と盗賊まがいの事も出来たと」
「俺はそう思ってる」
ルグとユマさんが何処か呆れた様な顔をしている。
物語なら兎も角、現実にそんな奴がいたら第三者はこんな顔をするんだな。
「そう言うサトウ君は同じ様に異世界から『召喚』されたのに、全然浮かれてないよね」
「異世界って言うどう足掻いても帰れない所に拉致されて、恐怖と不安と絶望以外何があるんだよ。
物語の主人公の様にワクワクドキドキなんて出来ないし、喜べないし、『召喚』された状況を楽しめない。
表情に出さなくても。
いや、俺みたいに状況によっては生き残る為に表に出せ無くても、泣くか怒るか、発狂してると思うぞ。
そもそも、何されるか分からないし、自分の常識や知識が全く通じないのに、現実にそれ以外感じる奴なんて居るのか?」
「「勇者」」
ですよね~。
いや、憶測で勇者をそう評価したけど、実際はどうだったんだろうな。
自暴自棄になって、
「楽しんだ者が勝ち!!」
て思ってたかも知れない。
「え~と、ルグ。この国に図書館ってある?
勇者と俺は似たスキルを持っている様だから、暇な時調べようと思うんだけど・・・」
「あるよ。城の隣の建物がそうだ。
あと、屋敷の書斎にある本の中にも幾つか勇者の伝承を扱った物があったな~」
「なら先ずは、屋敷の本を読み漁るか」
図書館を利用するのに有料かも知れないし。
それで屋敷に有る本と被っていたら泣くぞ、俺。
何はともあれ、先ずはこの依頼を成功させなきゃな。
スライムの襲撃で中断していた薔薇草集めを再開して暫く。
何度かスライムに襲われるも、ルグとユマさんのお陰で事なきを得た。
俺の『ファイヤーボール』だけだと、ユマさんの様に一発で仕留められない。
それに的が小さい上に素早いせいで、魔法が外れて危うく草原ごと燃える所だった。
これが枯葉だったらもっと火の回りが速かっただろう。
魔法のコントロールが上手く出来れば燃やしたい対象以外を燃やさなくなるらしい。
魔法のコントロールも重要だけど、魔法の命中率も上げないと。
また課題が増えたよ。
それでも十分薔薇草が集まり帰ろうとしていた俺達は今、鶏よりも少し大きい青と緑のオカメインコと対峙している。
ピュー、ピューと言う口笛の様な鳴き声を発しながら、空を見上げる様に胸を張っている鳥の群れ。
アーサーベルとは反対方向から群れで走って来て俺達を見るなりピタッと止まり、胸を張って鳴いてる。
無害そうだし無視しても良いと思うのだけど、ルグが完全に獲物を狩る肉食獣の目をして今にも襲おうとしているんだ。
ジリジリと鳥との間合いを詰めるルグを、置いて行く訳にもいかないだろう?
「え~と、何こいつ等?魔物?」
「ううん。動物だよ」
「昼飯の卵焼き~」
「あぁ、こいつ等が風見鳥」
貸家に来てからほぼ毎日お世話になってます。
安いし美味しいから、後1品欲しいなって時に役に立つんだよな、風見鳥の卵。
後鳥肉も店で1番安いからよく使ってるし。
「それでこの風見鳥は何してんだ。
威嚇?擬態?
俺達が仲間を食べたから復讐しに来た?」
「昔は名前の通り風を見ていると言われていたけど、威嚇してるらしいよ。
全然、怖くないけどね」
「よっしゃぁああああ!!晩飯ゲット!!」
いつの間にかルグが群れの半分を狩り、良い笑顔で吼えている。
残りの風見鳥は来た時と同じ様に脱兎の如く逃げていった。
ルグは逃げた風見鳥には目を向けず、鼻歌を歌いながら狩った風見鳥を解体している。
緑色の草の上に花とは違う赤が広がり、青と緑の羽が飛ぶ。
昔見た、肉が食卓に並ぶまでを撮った教育テレビ番組を思い出すな。
「今日の夕飯どうすっかなー。
から揚げかソテー、蒸し焼きも良いな。
親子丼は・・・昼に卵を使ったから止めとこう」
「楽しみにしてるね、サトウ君」
「出来るだけ頑張るよ」
俺もルグが解体してる姿を見て夕飯のメニューを考えられる位にはこの世界に馴染んだな。
全く嬉しくないけど!!
「それより、サトウ君。
あの風見鳥の群れ、何かから逃げる様に此処に来なかった?」
「え?」
ユマさんのその言葉と同時に、甲高い奇声と共に此方に猛スピードで来る影。
遠近法によってそう見えるだけなんだろうけど、その影は太陽を覆い隠すほど。
「風見鳥はアレから逃げてきたんだな~」
「そうだね。
あの大きなコカトリスから逃げて来たんだろうね」
「「アハハハ。よし、逃げよう!!」」
コカトリスに気づいていないルグと、ルグが狩った風見鳥を掴み、俺とユマさんはアーサーベルに向かって走り出した。




