128,洞窟の廃墟
近くで見れば見る程更に実家の玄関にそっくりだと思う、その平屋の玄関扉。
扉だけじゃなく、左横の壁に埋め込まれたポストや2種類のタイルが交互に引かれた扉前の地面など、玄関周りも実家そっくりなデザインをしてる。
ただ1つ、見慣れた実家と違って一目で長年人が住んでないと分かる位、その平屋は全体的にボロボロだった。
何十年と放置された廃墟の庭で伸び伸び育つ草花の様に、この洞窟を真夏の真昼の様に照らす光苔の1部が平屋の壁まで侵食している。
その光苔に押されたのだろうか?
玄関のフレームは少し歪み、はめ込まれたガラスの大半には地面のタイル同様ヒビが入り、1部は粉々に砕け穴が開いている。
「えーと・・・・・・ディック?」
その1番地面に近い穴の開いたガラスの奥で何かが動いてる。
大きさは・・・クラインより少し大きい。
多分ハムスター位かな?
だから玄関扉の奥でモゾモゾ動いてるのが、この洞窟で暮らすネズミの可能性も十分あり得る。
けど、事前にジェイクさん経由でクラインから聞いていたディックの大きさとも一致するんだよな。
だから俺は恐る恐るそうしゃがんでそう声を掛けた。
「ディック・・・で合ってますよね?」
「うん。この子がディック君で間違いないよ」
壊れたガラスの隙間からチラリと体を覗かせたのは、予想通りクラインより少し大きな同種のデュラハン。
そのデュラハン、ディックはチラリと俺達を見るとビクッと体を震わせまた残ったガラスの影に隠れてしまった。
「こんにちは、ディック君。驚かせてごめんね?
ボク達は君達の村に立ち寄った冒険者でね。
クライン君や君の家族に頼まれて君を迎えに来たんだ。
だから君をいじめるつもりは全然ないよ。
安心して?」
いけない、いけない。
配慮が全然足りなかった。
デュラハン達からしたら俺達は山の様に大きな巨人だ。
そんな見慣れない巨人が何人も現れて、教えたはずの無い自分の名前を急に呼び出したら、人一倍臆病なディックじゃなくてもきっとかなり怖いだろう。
俺だったら怖すぎて気絶する。
まずはクラインに任せて俺達は少し離れた所から見守るべきだったんだ。
そう反省して地面にクラインを下ろして少し離れる。
クラインは直ぐにディックが居る玄関扉の先に入っていったけど中々出て来ない。
俺が思っているよりディックが怯えてしまっているのだろう。
1番信用してるクラインの言葉でも動けない様で、暫く待った後、ジェイクさんが軽く地面近くの扉の穴を覗き込みながらそう優しく声を掛けだした。
「元気そうで安心したよ。
怪我もぉ・・・・・・してないみたいだね。
クエイ君。君から見た感じではどうだい?」
「問題ねぇよ。
此処等辺は食いもんも豊富だったんだろう。
何日も地下に閉じ込められてたにしてはいたって健康だ」
「そっか。それなら良かった」
俺達にはジェイクさんの声しか分からないから、今どんな感じか全く分からない。
けど、その後もクラインと一緒に説得し続けていたんだろう。
それが功をなし、クラインにピッタリ引っ付く様にディックが出てきた。
出てきた2匹を両手の上に乗せ、顔にまで浮かんだ不安を表す様にクエイさんにそっと見せるジェイクさん。
ジェイクさんの言う通り、目に見える範囲でディックが怪我をしてる様には見えない。
それでも1週間以上この危険がいっぱいありそうな地下洞窟に閉じ込められてたんだ。
病気になっていたり、デュラハンに血が流れてるか分からないけど、酷い内出血が起きていたり。
そうじゃなくても栄養失調になってるかもしれない。
そう言う、目に見えないだけでディックが悪い状態かもしれない、と不安だったんだろう。
でも本当に幸いな事に、ディックは至って健康だとクエイさんは言った。
恐怖と不安と心細さに追い詰められた精神面の事は置いといて、肉体的には問題ない。
それを聞いてジェイクさんは安心した様にホッと息を吐く様に言葉を零した。
「さぁ、早く上に戻ろう。
他のデュラハン達も2人が心配で心配でたまらないはずだからね」
「そうですね。早く・・・・・・・・・え?」
戻ろうと言ったジェイクさんに同意し、皆と一緒に出入口の方に一歩踏み出したはずの俺の体は、何故かクルリと真後ろを振り返り平屋の玄関扉に手を掛けていた。
そんな事しようなんて一切思っていなかったのに勝手に動く体に、俺の頭は、
「え?」
の一言に埋め尽くされる。
そんな混乱を極めた俺の脳内を置いてけぼりにして、俺の体は勢いよく玄関扉を開いてルグ達を置いて中に入っていった。
「え?え?何!?何で!!?」
「サトウ!?お前、何やってんだよ!!?
さっき言った事、もう忘れたのか!?」
「ちがッ!!待って待って待って!!!
俺の意思じゃない!!!体が勝手にッ!!!!
『タカヤ君。少しの間、体、借りるよ』
四郎さん!!?」
俺の意思で出来る事は脳内を埋め尽くした言葉を口から零す事だけで、それ以外の体の主導権が一切俺に存在しない。
それは俺を慌てて止めようとしたルグの腕を振りほどく程で、弁解する意味でもルグ達の方を見たいのに、それすら許されなかった。
そこまで俺の体を本来の持ち主である俺から奪い、強く支配してまで平屋の奥に行こうとしてるのは、案の定四郎さんだった。
口だけじゃなく、ここまで体を支配されたのは初めてだ。
悪霊状態でもそんなことした事なかったのに・・・
本当、四郎さんどうしちゃったんだろう・・・・・・
「え、ちょッ!!四郎さん!!?
何処に行く気ですか!!?
エド達から勝手に離れちゃダメって・・・
聞いてます、四郎さん!?四郎さんってば!!!?
お願いですから、一旦落ち着いてッ!!!!」
底知れない悲しみと焦り。
そこに混じる不安と恐怖と少しの期待と希望。
混乱した頭に流れ込んでくるこの強烈な感情は、間違いなく今の四郎さんの思いなんだろう。
その感情から四郎さんが人の言葉を受け入れられない位、余裕と冷静さを失ってる事が嫌でも分かってしまう。
それでも俺は目に映らない四郎さんに一生懸命声を掛けた。
でも、その言葉も出来る限りの抵抗も無意味で、四郎さんは俺の体で辺りを忙しなく見回しながらもドンドン速足で奥へ進んでいく。
「『やっぱり此処は・・・・・・
なら、それなら・・・何処?何処に・・・・・・
お願い。お願いだから、もう1度。
もう1度だけでも・・・・・・』」
「待って、サトウ!!じゃ無い、シロー!!!」
「エド!!」
「少し痛いのは我慢しろよ、サトウ!?」
「え?えーと・・・
お、お手柔らかにお願いします・・・・・・」
最後の言葉はちゃんと届いたかなぁ?
真後ろから聞こえてくるドタドタとした足音が直ぐ近くまで聞こえてきたから、俺達を追いかけてくれていたルグ達が漸く追いついてくれたんだろう。
そうホッとした瞬間、ルグの声と共に誰かに腕を掴まれた。
その直ぐ後、俺の覚悟が決まらないまま俺の止まらない足がフワリと地面から離れる。
「イッ!!?」
「さぁ、シロー?大人しくして貰おうか?」
「うぅ・・・・・・あの、ザラさん。
顔がとっても怖いです。あと重くて痛いです・・・」
「シロー・・・じゃなくてサトー君の方か。
サトー君はもう少し我慢なー」
「はい・・・」
どうも俺はルグに投げ飛ばされたらしい。
視界がグルリと一回転したと思ったら次の瞬間、軽く背中をフローリングの様なボロボロなのに硬い床にぶつけながら、俺は仰向けに倒れていた。
それでも歩みを止めようとしない四郎さんに主導権を奪われた俺の体を、ザラさんがモーニングスターの鎖を使って地面に縫い付ける。
その上クエイさんとピコンさんが重しの様に腹と足の上にドッカと座り込んできて、痛いしかなり重い。
ハッキリ言って骨とか内臓が無事か心配になる位だ。
特に腹の方。
足の上に居るピコンさんは軽く載る位だけど、腹の上のクエイさんは容赦がない。
空も飛べる鳥の姿の魔族なのに何でそんなに重いんですか、クエイさん。
人間に化けてるから?
人間に化けてるからなのか!?
そう声に出さず軽く自分の上の2人を見ながら成人男性2人分以上の重さに耐えていると、
「それ以上見ているのは許さない」
と言わんばかりに俺の頭を勢いよく鷲掴む様に抑え込んだザラさんが、頭上の方から覗き込んできてそう聞いて来た。
その顔に浮かんだ笑顔は凶悪犯の様に恐ろしい物で、正直言って色々漏れ出そうになる。
「それで、シロー?
サトウの体使って何する気だったんだ?目的は?」
「・・・・・・・・・」
「おーい、シロー?」
「・・・・・・・・・」
「・・・もしかしてシローさん、キビ君の体にもう居ない?」
「え?おい、シローさん!?
近くに居るなら何でもいいから返事しろって!!」
「・・・・・・・・・。
この近くにぃ・・・居ないみたいぃ・・・ですね。
スマホからそんなに長く離れられないらしいので、近くに居るとは思うんですが・・・・・・」
ルグやザラさんが何度声を掛けても、幾ら待っても返事をしない四郎さん。
紺之助兄さんが居ないと姿が見えないから確証は無いけど、マシロの言う通り近くに居ないのかもしれない。
それを聞いて慌ててピコンさんが俺の口を使わず、メールでも良いから返事をしろと言う。
でも四郎さんからの反応は一切無い。
これは・・・本当に近くに居ない、のかな?
大分焦っていた様だし、もしかしたら操っていた俺の体が拘束されたのに気づかないまま、別の部屋に行ってしまったのかもしれない。
「取り合えず、四郎さん探しに行きましょう。
俺達の目に映らないだけで何かヤバい事が起きてるかもしれませんし・・・・・・」
「そう、だね・・・・・・
シロー君が居なくなって他の幽霊達が暴れ出したらボク達じゃどうにも出来ないし、本当に居ないなら急いで探した方が良いだろうね」
スマホから離れ過ぎるのは辛いと言ってたから、もしかしたらその痛みや苦しさで冷静になって戻って来るかもしれない。
でも四郎さん達は1度悪霊になってるからなぁ。
このまま放置するのは得策じゃない。
そう思い四郎さんを探しに行こうと声を掛けたら、少し考え込む様な声を出しジェイクさんが同意してくれた。
多分、そんなジェイクさんが脅かすみたいに言った考えを聞いたからだろうな。
反対意見も出ず、俺が心配していたよりもすんなり四郎さんを探す事が決定した。
「じゃあ、あの。この拘束解いて貰っても?」
「それはダメだ。
居ないフリして死人モドキの体の中に隠れてるかもしれないからな。
シローが大人しくなったって分かるまではこのままだ」
「そんなぁ。せめて上からは退いてください!
流石に重さと痛みが限界です!!
このままだったらその内クエイさん達に向かって中身ぶちまけて死にますよ、俺!?」
「チッ。おい、ピコン!
仕方ねぇから頑丈な手錠と足掛け作っておけ!!」
「りょーかい。
出来るだけ丈夫で痛くない奴作るから安心してね、サトウ君」
それは本当に安心できるポイントなのだろうか?
そう声に出してピコンさんにツッコみたいけど、そんな事したらきっとこのまま重くて苦しいザラさんのモーニングスターの鎖でグルグル巻きにされてしまう。
クエイさんの言う通り、その姿を見る事が出来ないのを良い事に、何かを形振り構わず探してる四郎さんが俺達を騙してる可能性はあるんだ。
だからこのまま俺の体を拘束する事には反対しないけど、せめてこの内臓や骨が潰れそうな重さは絶対にどうにかしたい。
だから、余計な事言って折角手足の拘束だけ留まりそうなこの状況を変えたくないんだ。
その為なら俺も無言を貫くぞ!?




