34,花鳥風月 前編
花鳥風月
元の世界にいた頃、辞書で調べた事がある言葉。
その辞書には、『美しい自然や風景、それを重んじる風流を意味する四字熟語』と載っていた。
夜に見た景色とは違う、穏やかで涼しげな風が吹く、今俺の目の前に広がるエヴィン草原地帯は正にその言葉がぴったりだった。
ポカポカと暖かい太陽に照らされた空の青と雲の白。
草の緑と所々に咲く花の赤、白、黄色が絶妙なバランスで混じった草原。
空と草原の境目を飛ぶ真っ白な綿毛の様なシロミツバチがアクセントになっている。
「う~ん!
こんなに天気が良いなら、お弁当持って来るんだったな!!」
「確かに!!
場所といい天気といい、ピクニックに適してるな」
人間に化け、村人の服から相変わらずコスプレしているみたいな、黒地に濃い緑色の線が入った軍服に着替えたルグが体を伸ばしながらそう言う。
ルグの言う通り、これほどピクニック日和な日は無い。
「もぅ、ルグ君もサトウ君も何言ってるの!?
私達は遊びに来たんじゃないんだよ?
仕事をしに来たんだよ。
もう少し緊張感持とうよ!!」
そんな俺達2人にユマさんは呆れた様にそう言ってきた。
確かにユマさんの言う通りだ。
ルグとユマさんが心配して付いて来てくれたのに、俺がグダグダしてたらダメだよな。
「ごめん、ごめん。
予想以上に穏やかだから、つい気が緩んじゃって」
「確りしてね、サトウ君。
見た目が穏やかでも、どんな魔物が潜んでるか分からないんだから」
「何ヶ月か前に、養殖していたコカトリスがこの草原に逃げ出して、まだ見つかってないしな~」
コカトリス。
蛇の尻尾が生え、鳥の羽と竜の翼を混ぜた様な翼を生やした鮮やかな鳥の魔物だそうだ。
大きい物で5mは超える個体も居る。
呼吸器官型のオーガンを持ち、触れると石の様になってしまう毒の息を吐く危険な魔物らしい。
でも露天で売られていた卵から分かる通り、卵や肉は高カロリーで濃厚な味から高級食材として、羽も寝具等の高級素材として取引されている。
貴重で高級な魔物でもあるそうだ。
元々はマリブサーフ列島国とクランリー国にしか生息していなかったけど、ローズ国にも輸入され養殖されているらしい。
「それが何らかの事件で逃げ出して、野生化していると」
「うん。
コカトリスは警戒心が強いけど、自分より大きく強い相手でも怖気ずに攻撃してくる、気性が荒い性格をしているの。
その上、尻尾が蛇になっているから後ろから近づく生き物も見えちゃうんだ」
「サトウの様な初心者冒険者が出会ったら、まず間違いなく勝てないどころか、逃げれない」
エヴィン草原地帯の何処に居るのは確からしいけど、こんなに広いんだ。
出会う確立は低いだろう。
でも、その低い確率にぶち当たるかも知れない。
その事を考えて2人は付いてきてくれた。
他に俺がこの世界の常識に疎いからってのもあるだろうけど。
「え~と、最低必要な薔薇草は・・・・・・
赤、青、黄色、緑、オレンジ、ピンク、紫、白を10本ずつ」
「それと、それ以外の色の薔薇草もあったら出来るだけ採ってくれば良いんだろ?」
「そうそう。
まずは、必要な色のから~・・・・・・」
依頼の内容を思い出しながら、辺りを見回しているとユマさんが俺の足元を指差してきた。
「サトウ君、足元、足元」
「足元?・・・・・・・・・あ」
言われて見下ろすと、俺の足の1歩先に背の低い小さな赤い花が集まって咲いていた。
気が付かなければ踏んでいた様なその花を良く見ると、薔薇の花の形をしている。
「これ、薔薇草?」
「うん。
私が知ってる薔薇草より小さい種類だけど、そうだよ」
「危ねぇ!あと少しで踏んでた所だったよ。
ありがとう、ユマさん」
ユマさんにお礼を言いつつ、俺は足元の薔薇草を摘んだ。
赤い薔薇草はタンポポより、オオイヌノフグリに近い姿をしている。
こんなに大きさや葉っぱ、茎の形が違うと、ジュエルワームの繭が付いていた薔薇草と同じ植物だとは思えないな。
他の色も赤い薔薇草と同じ位小さいかも知れない。
注意して探さないと、直ぐ見落としそうだ。
俺達はゆっくり、慎重に、辺りを見回しながら薔薇草を集めた。
その結果、薔薇草の違いがある程度分った。
紫と青紫、それと赤い薔薇草に近い色の薔薇草は赤い薔薇草にそっくりな種類。
黄色、オレンジ、緑色の薔薇草はタンポポにそっくり。
白と青系の薔薇草はジュエルワームの繭付き薔薇草に近く、
ピンク系と黒い薔薇草は白い薔薇草と黄色い薔薇草の中間の様な形をしている。
一色一色毎に本当に同じ種類かと疑いたくなったよ。
「で、これは白で良いんだよな?」
「銀じゃないのか?」
「透明?」
「「あぁ!」」
白か青の薔薇草が取れるかもしれないと『真夜中の宝石ショー』が起きたあの死角に向かった。
俺が茎ごと繭を採ってまだ一週間位しか経っていないのに、もう花が咲いている。
問題はその花の色だ。
キラキラ輝くジュラエナの羽の様な、繊細なガラス細工のような花。
白い薔薇草に近いけど、葉っぱの形と色が少し違う。
銀と言われればそう思えるけど、ユマさんが言う様に透明が1番しっくり来る。
「じゃあ、これは透明な」
「OK」
俺が『クリエイト』で出した透明なビニール袋に、色ごとそれぞれ薔薇草を分けて入れる。
色とか葉っぱの形とか微妙に違う物も混ざっているけど、俺達3人共細かく分けれる程色の種類に詳しくないんだから仕方ない。
多めに集めて、雑貨屋工房の職員さんに分けて貰おう。
「結構集まったな」
「うん。でも、ピンクと青色、緑色が少ないね」
「う~ん。もう少し、遠くに行くか?」
アーサーベルの近くの草原には赤や白、黄色の薔薇草は沢山咲いているけど、それ以外の色の薔薇草は少ない。
近くに在る3色は細かく分けても十分すぎる程集まったからもう良いとして、問題は他の色なんだよな。
ギリギリ10本集まったけど、細かく色分けしたら心配になる量だ。
「ここより先に行くと魔物の量が増えるけど、行くしかないよな?」
「そう、だね。今以上に気を付けながら行こう。
特にサトウ君。
始めて見る生き物が多いと思うけど、驚いてパニックにならないでね。
パニックになると魔物に襲われやすいから」
「分かった。出来るだけ、気を付けるよ」
絶対、何時でも冷静でいられる程俺は肝が据わって無い。
だから、何かあったらルグとユマさんを呼べる位は冷静で居ないとな。
*****
やっぱり、街から離れれば離れるほど魔物や動物との遭遇率が上がった。
最初に会ったのはスライムの一種。
ルグとユマさんから少し離れて薔薇草を摘んでいたら、目の前に驚いた顔の顔文字が浮かんだ毛玉が現れた。
目の前に顔文字が浮かんでいると言う状況にどうすれば良いのか分からずルグに、
「サトウ、如何したんだ?」
と声を掛けられるまで固まってしまった。
ルグが近くに来たからか、俺に何もせず離れるスライム。
あの時会ったのはローズ国で1番多く生息する、『カンパリツノナシケアリスライム』と言う長い名前の大人しく無害なスライムだったそうだ。
だから良かったものの、エヴィン草原地帯には似たスライムで気性の荒い『カンパリツノアリケナガスライム』や、猛毒を持つ『ローズヴィオスライム』、肉食性の『エヴィンヴラウデンスライム』が居るらしい。
もしそいつ等にあっていたら、
「確実に死んでいた!!」
と側に来たルグとユマさんに怒られてしまった。
注意されたばかりなのに申し訳ない。
それにゲームのザコモンスターと違って、スライムだからと侮ってはいけない事は直ぐに分かった。
ルグとユマさんに注意されていると、青い塊が俺達に向かって飛んで来たんだ。
俺が咄嗟に『スモールシールド』を唱えていなければ、間違いなく俺たちは食われていた。
青い塊、『エヴィンヴラウデンスライム』は鋸の様な鋭いキバがビッシリ生えた口だけしかないスライム。
その口を大きく開け、俺たちの首目掛けて何度も飛んでくる。
俺が『スモールシールド』を唱えて『エヴィンヴラウデンスライム』の攻撃を抑え、その間にユマさんが高速で魔方陣を空中に書きスライムを燃やさなければ、俺達を食うまで攻撃し続けてただろう。
ホッとしたのもつかの間、俺達が一瞬油断した隙に『ローズヴィオスライム』が毒々しい黒に近い紫色の粘液を飛ばしてきた。
『スモールシールド』が間に合わず、覚悟を決めた瞬間。
どういう訳か、瞬きする様な間に『ローズヴィオスライム』から距離をとった俺とユマさんは、『エヴィンヴラウデンスライム』と同じ様に『ローズヴィオスライム』を倒した。
「ふぅ。何とか倒せたね。
ありがとう、ルグ君。お陰で助かったよ」
「ルグのお陰って、もしかしてあの瞬間移動ルグがやったのか?」
「まぁな!この服の性能を引き出したんだ~」
スライム2匹から出たドロップアイテムを掴みながら尋ねると、ルグはクルッと回りながら答えてくれた。
ルグが今着ている服には、着た者の移動速度を上げるスキルが付いているらしい。
本来なら少し足が速い程度のスキルだけど、ケット・シーのルグが着るとあんな瞬間移動の様な事が出来てしまう。
『道具操作』の魔法で付属スキルを最大限引き出して走る速さを上げているだけだから、動体視力の良い奴なら緑色の線の様な残像が見えるらしいけど。
だけど俺には、ルグがパッと消えて別の場所に現れている様にしか見えない。
他にもルグが着ている服には防御力や戦闘力、動体視力等を上げるスキルも付属されているそうだ。
こんなに凄い服が、グリース国国王の近くで働く職業の魔族全員の支給品だと言うのだから驚きだ。
因みに服に入っている線の色で役職が分かれているらしい。
緑色は国王の関係者か国王や政治大臣、政治家のアシスタントという名の雑用係。
もっと分かり易く言えば将来その職業に着ける可能性が高い有望な新人を現す色だ。
現国王の息子と言う事で緑色なのか、それともルグは相当期待されているのか。
「そうだったのか。ありがとうな、ルグ」
「どういたしまして」




