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サンプル・ヒーロー  作者: ヨモギノコ
第 2 章 コンティニュー編
338/498

108,ガラス越しの玩具の街


「うわぁあああああああああああああ!!!!」

「サトウ!!!」

「ッ!」


レーヤの幻影が俺達に使った『移転の翼』。

その魔法陣に吸い込まれた先は、少し高めの空中だった。

『フライ』を使う暇なく、無様に落ちていく俺。

そんな俺を先に来ていたルグが受け止めてくれた。


「・・・・・・あ、ありがとう、エド。

助かった・・・」

「どういたしまして。

サトウも、無事・・・・・・

オイラ達が此処に飛ばされる前と変わってないな」

「あ、うん。

水に濡れた位であれ以上怪我とかはしてないよ。

ナトと高橋を置いてきちゃったけど・・・・・・」


漸くナト達に合えたのに・・・・・・

漸く、ナトと高橋を連れて俺達の世界に帰れそうだったのにッ!!

レーヤの幻影に邪魔された!!!

チクショウ!!!

何でッ!!何で邪魔するんだよ!!!

後ちょっと、後ちょっとだったのにッ!!


そう悔しくて脇目も振らず泣きそうになる。

本当に悔しい。

いや、悔しいって言葉じゃ表せない位、泣きたくて苦しくて、鼻の奥とか胸とかがスッゴク痛くて辛い。


「とりあえず、全員無事で良かったよ。

それで、此処は・・・・・・

ギルドの、前、だよな?」

「そう。オイラ達、外に追い出されたんだ」


落ち着いて辺りを見回して、漸く此処か何処か分かった。

前回この世界に来た時ほぼ毎日通った、良く知るアーサーベルのギルド前の広場。

その中心に俺達は居た。

ヤドカリネズミに置いてかれた馬車がポツポツと止まっている、見覚えがあるのに、どこか可笑しい風景。

遠くからでも目立っていたローズ国城は影も形も無く消え去り、虹色に輝く水晶が所々街を覆う。

何より1番の違和感は、あんな活気に溢れていた街に誰も居ない事。

痛くなる程の静寂。

聞こえるのは自分達の呼吸と風の音だけ。

まるで街自体が死んでいる様だ。


「ギルドも、水晶に覆われてたんだ・・・」


あぁ、だから。

だから、ルグ達は依頼書を使ってるのに暫くの間ギルドに行ってなかったのか。

芸術的な巻貝の様に、見慣れたギルドを未知の建物に変えるみたいに包み込んだ、分厚そうで硬い水晶。

この水晶を壊して中に入るのは、きっと難しいだろう。


その水晶越しに見えた何時も通り扉が開いたギルドの入口からは、床に倒れたりソファーにグッタリしな垂れた何人ものこの街の人達や、籠の中で丸まるロックバードの姿が見えた。

顔が見る範囲に居る人の表情は皆穏やかで、此処が水晶に覆われたギルドじゃ無くて普通に自宅のベットの上だったら、間違いなく良い夢を見て寝てるだけって思えただろう。

でも実際は、ゾンビにされて眠らされているんだ。


「本当に・・・・・・」

「色々変わった?」

「・・・うん。

話に聞いていても、実際に見ると、何ていうか・・・

寂しいな」


話しに聞くのと実際に見るのじゃ、ショックの度合いがかなり違う。

想像の数十倍、いや、数百倍酷い。

俺達が直接眠らせたのは、良く知らないゾンビ村だったからまだ精神的にましだったんだ。

でも、アーサーベルのこの光景は違う。

正常な時の、あの生命力に溢れた街を良く知ってる分、受けるショックは倍増だ。

ギルドを含めたこの水晶に覆われた建物のどれかの中で、ゾンビにされたこの街の人達がほぼ全員眠っている。

そう言う事がローズ国の各地で起きていて、ルグ達はこの1年間、ずっとこの光景を見てきたんだよな。

確かにこれは、その街を知ってれば知ってる程。

中で眠る人の中に知ってる人が多ければ多い程、精神に来るモノがあってキツクなってくる。


「・・・・・・急いで戻りましょう」

「あッ、貴弥!待って!!!」


確認したスマホの画面には、まだナト達が地下水道に居る事を表していた。

今ならまだ間に合う。

まだ、俺達に説得されたナト達の不都合な記憶は魔女達に消されてないはずだし、洗脳状態に戻ってないはずだ。

今から急いで地下水道に戻ったら、ナト達を連れ帰るかもしれない。

早く、早く戻らないと!


「はい。ストープ!」

「え?う、うわあ!!?」


そう思って皆に声を掛けて待てと言う紺之助兄さんの声を無視して駆け出したら、ザラさんのモーニングスターの鎖に巻き付かれ盛大に転んでしまった。


うぅ。

思いっ切り顎打った。

かなり痛い。


でも鎖を使ってす巻きにされてるから、抑える事が出来ないんだよ。

『ヒール』は掛けられるけど。


「うッ・・・・・・何するんですか、ザラさん!!」

「落ち着けよ、サトー君。

俺様達から離れて、勝手に1人で突っ走るなよ」

「だから、急いで戻ろうって言ってるんです!!!

早く、早くしなと、ナト達がッ!!!

やっと説得出来たのに、記憶消されて、無かった事にされる!!!

何もかも忘れて、また魔女達に利用されちゃうんだ!!

また、人、殺すよう強要されちゃうッ!!!

そうなる前に、早く、早く、戻らないと!!

戻らななきゃいけないんだ!!

お願いです!放してッ!!!!」

「だから、落ち着けって」


ビタビタと暴れながら訴えるけど、ザラさんは放してくれない。

逆に、まるではしゃぐ犬のリードを引っ張る様に、モーニングスターを握って、更に鎖をきつくする。

何で、何で分かってくれないんだッ!!!

急がなきゃいけないのに、何で邪魔するんだよ!!!


「あのさ、サトウ。

此処から、海月茸の生えてる所までの最短の道。

正確に分かってるのか?

アジトから、寄り道してあそこまで行った俺達が、メテリス達が改造した表の地下水道の道。

分かるのか?」

「それは・・・分からない・・・・・・

でも!!何もしないよりは良いだろう!!?」

「それに、レーヤの対策はどうするんだよ。

もう1度行っても、またこうやって追い出されるだけだぞ?」

「ッ!」


倒れた俺に視線を合わせる様にしゃがんだルグがそう言ってくる。

そのルグの言葉に頭の芯からスーッと熱が下がっていくのが分かった。


そう、だよな・・・

どんなに急いでも一瞬であの場所に戻れる訳じゃ無いし、戻れたら戻れたでまだレーヤの『移転の翼』で追い出されるだけ。

何の対策も無く突っ走っても、無駄な行動を繰り返すだけだ。


ルグ達だって、このまま高橋がレーヤの試練をクリアするのは不本意なはず。

でも、冷静に無策に突っ走ってもどうにも出来ないって分かってるから、こうやって俺を止めてるんだ。


「少しは落ち着いたか?」

「・・・・・・・・・ごめん」


自分が思ってるよりも冷静さを欠けていた様だ。

落ち着いたか聞いてくるルグに小さく頷いて、絞り出す様に謝る。

でも、完全に冷静になれそうにない。

自分が焦り過ぎていた事が分かる位には頭が冷えたけど、ちょっとした事でドンドン焦りが支配していって何も考えず走り出したくなる。

何より、この問題を解決する良い案を思いつけるだけの余裕が全然出て来ないんだ。

本当、内心グチャグチャ過ぎて、自分でもどうしていいか全く分からないよ・・・・・・


「あのね、貴弥。

例え湊達の記憶があの時のピコン君達みたいに消されても、貴弥の説得は無駄にならないよ。

この依頼書にちゃんと記録されてる。

これ見せれば、湊達も思い出すって!」


紺之助兄さんそのものを表す様な、優しい紺色のリボンがまかれた筒状の依頼書。

自分の行動を監視する為に使われたそれを見せながら、紺之助兄さんはそう言った。


「でも、アイツ等はユマさんが依頼書の改造出来る事知ってるんだ。

だから・・・・・・いや。

何が何でも信じさせてみせるよ」


この依頼書の内容はユマさんが改造した物だ!!

と魔女達に言われるかもしれない。

そう弱気になりそうになって、直ぐそう訂正した。

ここで弱気になるって事はナト達の事を諦めるのと同意義だ。

我武者羅にも頭回して、どうにか洗脳され直されたナト達が信じる言葉を作り出さないと。

絶対迎えに行くって言ったんだ。

言ったからには、必ず実現しないとな!


「はぁ。こんな事になってもまだ諦めてないのかよ」

「ナトを連れ帰るのは俺の役目ですからね。

何度でも言います。諦めませんよ。

それに、邪魔されて連れ帰れませんでしたけど、ナトから『元の世界に帰る』って言質は取りましたからね。

絶対引きずってでも連れ帰ります!」

「・・・それで?

一度あいつ等連れ帰れて満足したから、またあいつ等がこの世界で暴れても気にしないって?」


この世界の事が気になるならもう1度戻ってくれば良い。

とナトに言った言葉が気に食わなかったんだろう。

不機嫌そうで怪訝そうな表情を隠さずそう言ってくるクエイさん。

ルグやピコンさん、ザラさんもそれを聞いて眉を寄せている。

ナトを納得させる為に言った事だからな。

そう悪い方向にクエイさん達が考えるのも無理はない。

でも俺は、ナトを説得する為に言葉を選んだけど、そんな風に思って言ったんじゃないんだ。


「・・・・・・もし、連れ帰ったナトと高橋がこの世界に戻って来る事があるとしたら、それは全て終わった後です。

ローズ姫達も、ローズ国王達も全員捕まえて。

『蘇生薬』が完成して、ゾンビにされた人を全員戻して・・・・・・

魔女達に操られていた事も考慮して、この世界の法で『正しく』ナト達を裁く時です」


死刑にだけはさせませんよ。

とクエイさんの目を真っ直ぐ見てそう言えば、クエイさんの目がかなり見開かれるのが分かった。

それはピコンさんとザラさんも同じ。

でも、部屋で俺が言った事を覚えていたんだろう。

ルグと紺之助兄さんはその3人とは正反対の、どこか納得してる様な表情を浮かべていた。

紺之助兄さんは、苦虫を噛み潰した様な表情も交じってるけど。


「今回の事で分かったでしょう?

間違いなくナト達はローズ姫達に操られてたし、まだ俺達の言葉は届くんです。

ナトも高橋も血に飢え、言葉も理性も失った化け物なんかじゃない!!

ちゃんと良心のある人間だ!!

だから、何度でも言います!

今ナト達に課せられてる死刑判決は間違ってる!!」

「・・・だから、殺しに行くのはやめて、自分達の世界に『追放』するだけで止めろって?」

「はい」


俺が何を望んでるか察したんだろう。

ザラさんが唸る様にそう聞いてきて、俺は力強く頷いた。


操られて正常な判断が出来ない人は死刑にされず、その操った人から引きはがされる。


そうルグは言っていた。

なら、この世界の人が『召喚』しない限り、魔女から1番遠い場所である俺達の世界はその刑罰に最も適任な場所と言えるんじゃないか?

俺達はナトと高橋を自分の世界に連れ帰りたくて、この世界の法はウンディーネと一生会えない『どこか遠い所』に閉じ込めたい。

それならナト達を連れ帰るのは理に適ってるって言えるだろう!?


「・・・はぁ。なぁ、サトー君。

エドからどう聞いたか、知らないけどなさ。

お前、かなり勘違いしてるぞ?」

「勘違い?」

「そう。

ウンディーネに一生会えない場所に閉じ込めるってのは、『基本的に』ってだけだ。

実際には魔法やスキルが自由に使えない様にされて、場合によっては腕や脚を奪われる事もあるんだ。

ただあいつ等をこの世界から追い出して終わりって訳にはいかないんだよ」


魔法やスキルを封じるのは当然として、ナト達が騙されて殺してきた人数から言って、命を脅かす事は無くても五体満足でかえす事は出来ない。

と、そうハッキリ言うザラさんの声は呆れ交じりの冷たいモノだった。

ルグは結構俺達に配慮して、ぼかした言い方してくれてたんだな。

全然『閉じ込めるだけ』じゃ無かった。


「連れ帰るのに失敗して、追いかけて止める方法も思いつかない。

お前の言う通り、振出しに戻っちまったんだ。

なら、またあいつ等は誰かを犠牲にするだろうな。

その分罪も罰も重くなるんだ。

それを分かった上で同じ事、まだ言えるのかよ?」

「はい。言いますよ。

エドに言った通り、俺が求めてるのはナト達の情状酌量です。

無罪に出来るならしますが、無理でも死罪だけは絶対撤回して貰います」


目つきを鋭くさせたクエイさんの質問に直ぐ様そう答える。

ウンディーネの話を聞いて少し期待してたんだけどな?

分かってたけど、やっぱり現状完璧な無罪は勝ち取れないみたいだ。

ルグに向かって、無罪だって勝ち取ってやる!!

何って勢いに乗って粋がっていたけど、本当、現実が甘くしてくれない。


「出来れば、心身共に無事に帰ってきて欲しいですけどね。

それがナト達に対する正当な罰で、命だけでも助かるなら、受け入れます」


例え腕や脚を失っても、俺達の世界には優秀な義手や義足があるんだ。

それを手に入れる為の資金を稼ぐ事も、普段の生活のサポートも、俺達がやっていくから大丈夫。


生きてさえいてくれれば、どうにでもなるんだ。


どんなに大変で辛くても、気にしない。

だから死刑にだけは。

誰かに殺される事だけは阻止したいんだ!!


「・・・・・・そうかよ」

「はい。なので、クエイさん達には是が非でもナト達を殺す事を諦めて欲しいです」

「バーカ。

そう言う事はあいつ等ちゃんと捕まえられてから言いやがれ。

無様に逃がしておいて、いっちょ前に生意気言ってんじゃねぇよ」

「分かってます。

今度こそ、どんな邪魔が入ってもナト達の手を離さない様にしますよ」


少し諦めた様なため息交じりにそう言葉を零すクエイさん。

そんなクエイさんにナト達を殺す事は諦めてくれと、何度目かの頼みごとをすると、普段より若干柔らかめの声音で生意気だと言われてしまった。

確かにそうだな。

最終的に魔女達の思い通りに事が進んでしまったんだ。

引き離されたまま手も足も出ない俺が、強く言える事は無いだろう。

それに、次ナトの手を放してしまったらきっと、ナトと高橋はこの世界の誰かに殺されてしまう。

ナト達を殺したいのは『レジスタンス』のメンバーだけじゃ無いんだ。

他の国の人達もナト達の命を狙っている。

だから、その前にもう一度あの手をしっかり掴んで、引きずってでも連れ帰るんだ。


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