97,刀と試練
「エド!エドってば!!」
「・・・ッ!!」
「良かった。漸く気づいた。あのさ、エド。さ
「サトウッ!!!
今直ぐあの刀撮影して調べてくれ!!!」
俺1人で『フライ』を使って飛ぶのは問題だろうから、どうにかルグだけでも正気に戻そうと、何度も名前を呼んで体を揺さぶる。
その数は数えてないから全く分からないけど、かなりの回数名前を呼んだはずだ。
そのかなりの数の何度目かで漸く、ハッとした様に俺を見るルグ。
そんなルグに吊るされた刀を撮影しに行きたいと言おうとしたら、物凄い勢いで肩を掴まれた。
どうも、気づいた事を確かめる為にルグもあの刀を『教えて!キビ君』で調べて欲しかった様で、いつかの様にガクガク俺の体を揺さぶりながら、唾が飛んできそうな勢いでそう言ってきた。
「ッ!い、今、撮影しに行こうと思ってた所!!」
「本当か!?」
「ただ、此処からじゃ鎖の方しか撮影出来無さそうだから、一緒に近くまで行ってくれる?」
「よし!分かった!
直ぐ行こう!!今直ぐ行こう!!!」
ルグの勢いに押され、少しの間言葉が上手く出て来なかった。
それでも何とかやりたい事を伝える。
ここまでルグが焦るって、本当に一体何に気づいたんだか。
未だに心がどっかに飛んで行ってるザラさんも木の板に引きずり乗せ、もう1度『フライ』を掛ける。
「えーと・・・・・・
『レーヤの残した剣。
レーヤが未来に現れるだろう、試練を乗り越えた選ばれし何者かの為に用意したと伝わる変わった形の剣。
その選ばれし者以外、何人たりともこの剣を手にする事はできないと言われている』
・・・だって」
「・・・・・・やっぱりコレ、レーヤの試練じゃんか!!!」
「レーヤの試練って、高橋が挑戦してるってコロナさんが言ってた、アレ?」
「そう!!!こんなとこに合ったのかよ!!!」
肩を震わせ、暫くの間翻訳されない音を漏らし続けていたルグが、そう吠え頭を掻き毟る様に抱える。
コレがコロナさんの話に出てきた、レーヤと愉快な仲間達の試練か。
ナト達がスッゴイ探してるって聞いてたけど、俺達の方が先に見つけちゃったな。
まぁ、そこ等辺は別に良いんだけど。
「じゃあこの刀は高橋と、高橋の異世界の同一人物達専用の武器って事になるのか。
確かに高橋が着てた鎧と色やデザインは近いかな?
後、剣道部員だから日本刀の方が相性良さそう」
「そこじゃない!
今気にする所、そこじゃないぞ、サトー君!!
今気にするべきは、どうやってこの刀を壊すかだ!!!」
これ以上、アイツ等に強くなられたら困る!
と、俺に突っ込みを入れた口で叫ぶザラさん。
確かに、『レジスタンス』と言うか、魔女達側以外のこの世界の人達からしたら、これ以上ナト達が力を着ける事は避けたいだろう。
だからって、焦り過ぎじゃないか?
「あの、俺達じゃ封印が解けないとしても、クエイさんに分解薬作って貰ってかければ・・・」
「クエイィイイイイ!!!!
直ぐ、分解薬頼むぅうううう!!!!!」
焦り過ぎて霊薬製造場での事が頭からスポーンと抜けてたんだろう。
分解薬の事をド忘れしている様子のザラさんにそう言うと、ザラさんは速攻下に居るクエイさんに向かってそう叫んだ。
「はぁ!?何で今それが必要なんだよ!?」
「コレ、レーヤ様の試練!!!」
「直ぐ作るから、待ってろ!!」
わぁ、手の平の回転が速いなぁ。
最初、また分解薬を欲しいと言い出したザラさんに怪訝そうに叫び返していたクエイさんが、理由を聞いてルグの瞬間移動並みだと思ってしまう程の速さで調合を始めた。
本当分解薬の素材が残っていて良かったよ。
クエイさん親子が話し合いしていた最初の最初は足りないかも知れないって話も出てたから少し不安だったんだけど。
こう言う事もあるから本当に残っていてくれて良かったよ。
あぁ、いや、夜作った分解薬が残ってるのが1番良かったんだけどな?
本命の霊薬製造場の事があったから、そこは仕方ない。
うん、爆発の事含めて仕方なかったんだ。
だから素材が残ってるだけ十分。
「うーん・・・・・・
エド、ザラさん一旦降りても大丈夫ですか?
それとも、まだ何か調べる事あります?」
「・・・・・・いや・・・大丈夫。
他に気になる事は・・・特にない、な」
「分かった」
2種類作るからか、分解薬の調合って結構時間掛かるんだよな。
その間ずっと空中にいるより、何時でも『プチヴァイラス』で海月茸を出せる様に、俺も紺之助兄さんとピコンさんの手伝いをした方が良いだろう。
そう思って2人に声を掛けると、ある程度冷静さを取り戻したルグが辺りを何度も見回しながらそう答えてくれた。
ザラさんも問題ないって言ったし、安全運転でサッサと降りようか。
「何か大変な事、分かったみたいだけど大丈夫?」
「多分?
高橋の強化イベントが起きそうで焦ってるだけだから」
「それ、全然大丈夫じゃないよ、サトウ君。
何処をどう見たら大丈夫だと思えるんだよ」
「分解薬があるから・・・・・・」
「あぁ」
ザラさんをクエイさんの元に送り届け、紺之助兄さんと監視役のピコンさんの元に向かう。
海月茸を入れた袋の口を縛りながら大丈夫か聞いてくる紺之助兄さんにそう答えると、不安そうなピコンさんに全然大丈夫じゃないと言われてしまった。
やっぱり皆、これ以上ナト達が強くなる事を恐れてるんだよな。
今でも十分強いのに、これ以上ってなると本当に『化け物』になってしまうかもしれない。
それに、元の世界に戻ってからの影響も気になってくる。
強くなるって事は、その分この世界に染まるって事だろう?
持ってるスマホだけ影響があるなら買い替えればいいだけだから多分大丈夫だと思うけど、ナト達自身の体にまで影響が出る様だったらどうしよう・・・
俺みたいに後遺症が残る位ならまだ良い。
でも、もし、その事が原因で、この世界から出れなくなったら・・・・・・
本当にナト達の体、大丈夫だよな?
今回は先に俺達がレーヤの試練を見つけたから、多分邪魔出来る。
だから、大丈夫だと思うけど・・・
やっぱり不安は拭えない。
「あっ、これかな?」
不安は拭えないけど、心と頭の隅に無理矢理押し込めて水の中に手を突っ込む。
目には映らないけど、手袋越しになめこを何十倍にも大きくした様な。
こう、ツルツルグニグニした感触を感じて、感触を頼り柄の部分を探す。
傘の部分は高台の無いひっくり返したお椀の様な丸い感じで、柄は糸の様に細い。
硬さは思ってたよりしっかりしていて、グミまでとはいかない硬めのゼリー位。
キノコとしては柔らかい方で、触った形的にも海月茸って名前が付くのが分かる位、クラゲに似てる気がする。
「折る感じじゃなくて、根元等辺を持ってねじる様に抜くと簡単に取れるよ」
「・・・本当だ。ありがとう、兄さん」
「どういたしまして。袋、いる?」
「大丈夫。月光藻取った残りがあるから」
柄を探し当て、紺之助兄さんの指示通り海月茸を抜くと、確かに面白い位簡単にスッポリ抜けた。
その取った海月茸を水の中から出さず、水ごと水の中で袋に入れる。
こうする事で海月茸が酸化してヌメヌメしながら青く変色する事を防げるらしい。
最初の頃に紺之助兄さん達が採って酸化させてしまった海月茸を見たけど、ガラス細工で作ったソライロタケみたいで、これはこれでかなり綺麗だ。
感触は味噌汁に入れて煮込み過ぎたなめこだったけど。
予想の倍以上ヌメヌメしていて、手袋をしていても手袋の素材によっては簡単に手から逃げてしまうだろう。
「兄さん、ピコンさん。
海月茸、まだ取った方が良い?」
「もう、十分かな?
取り過ぎて来年生えて来なかったら困るし、もう良いと思うよ。
貴弥も魔法で出せる様にする為に採っただけでしょ?」
「まぁ・・・」
俺達が月光藻を採ったり、吊るされた刀を調べたり。
そう言う事している間に紺之助兄さん達が頑張ってくれていたお陰で、かなりの海月茸が収穫出来た様だ。
元々俺達に声を掛けた時に仕舞ってたアレで終わりにするつもりだったらしい。
『教えれ!キビ君』で調べて、『プチヴァイラス』ボタンが押せるかチェックして。
大丈夫そうならこれで俺もお仕舞いにしよう。
そう思って手袋を外して、シッカリ手の水気を拭いて、スマホを取り出した。
「・・・・・・・・・うん。大丈夫。
海月茸も、月光藻もちゃんと出せるよ。
けど・・・」
「けど?何があったの、貴弥?
貴弥が出した海月茸も月光藻も、特に問題ない様に見えるけど・・・」
「あ、いや。
海月茸や月光藻の事じゃなくて・・・・・・
ナト達の事。
ナト達、今此処に来てるみたいなんだ」
通知ランプが光っていた『レーダー』の項目。
タップして出た地図にはナト達が、今アーサーベルに来てる事を示していた。
細かい地図までは出せないけど、アーサーベルの街の所をタップして出た大雑把な街の地図によると、ナト達はこの地下水道に来ている。
『レジスタンス』のアジトがバレたのか、
普通にこの表側に来たのか、
まだ入り口近くに居るのか、
それとももうこの近くに来てるのか。
それすらもこれ以上拡大出来無いこの地図からじゃ分からない。
「あいつ等が!!?」
「此処って、この地下水道にか!?」
「うん。
今どこ等辺に居るかは分からないけど・・・・・・」
「ッ!!!クエイッ!!」
「俺は手が離せない。
アルに報告して、何時でも戦える様に準備しておけ」
驚愕の声を上げるルグとピコンさんに頷き返すと、2人の見開かれた目が険しい物に変わる。
険しい表情のままバッとクエイさんの方を見たルグが鋭くクエイさんの名前を叫ぶけど、分解薬の調合で手が空いてないと言ってクエイさんは手元から視線を外さない。
そのまま指示を出すクエイさん。
ザラさんは床に置かれたクエイさんのポーチを漁り出し、ルグとピコンさんは手袋や靴紐のチェックしたり、ピッチフォークを出したり。
指示通り、報告したり戦闘準備を黙々と進めている。
「ちょっと待って!!
約束の事、忘れたとは言わせないよ。
ここまでの仕掛け解いたの殆ど貴弥だし、そもそも貴弥が居なかったら研究日誌すら読めなかったじゃないか。
十分、『蘇生薬』探しには貢献したでしょ?」
「忘れてる訳じゃ無いよ、コォン君。
勿論、約束通り最初にコォン君達があいつ等の説得を試みて貰って構わない」
「なら!」
「でも、戦う準備は必要だ。
説得に失敗した後の為に、準備はシッカリ行っておかないと」
「・・・・・・まるで、僕達が説得出来無いみたいに言うね」
「出来無いと思ってるからな。
まだあいつ等に、言葉が通じるとは思えない」
自分達がナト達を説得するんだから、戦う準備はやめろ。
と言う紺之助兄さんに対して、ピッチフォークや杖から視線を外さないままそう言うピコンさん。
この態度で嫌でも分かってしまう。
俺と紺之助兄さん以外、誰も説得が成功するとは思っていないって事が。
人殺しになった家族に対する気持ちの整理が出来ない頑固な俺達に対する。
俺達を納得させ諦めさせる為の最後の恩情として説得して良いと言っただけで、成功するとは誰も思ってないんだ。
それが紺之助兄さんも分かった様で、血が出そうな位唇を強く噛み締めていた。
「・・・海月茸は、ゾンビ化を起こす原因である毒、『隷従の首輪』を解毒する薬、『蘇生薬』の材料である」
「貴弥?何言って・・・」
「『教えて!キビ君』と『図鑑』の情報の更新。
ナト達説得するなら、俺達もその為の準備、ちゃんとしなくちゃ」
なら、俺も説得を成功させる為の最後の準備を、一片の隙も無く完璧にすませよう。
ルグ達の準備が無駄な労力だったと後悔する位に、シッカリと。
その為にまず、今まで調べた事がちゃんと載る様に『教えて!キビ君』の情報を更新する。
今俺達が持ってる説得の為の最大のカードは、『図鑑』の情報だ。
ナト達に、ルディさんさんや海月茸を撮影させれば、勝機はある。
そして、俺の切り札は・・・・・・
「・・・・・・クエイさん、ザラさん。
お願いがあります」
「なんだよ、改まって・・・」
「もし、最悪の場合。
俺が何をやっても、何が起きても、兄さんとルグ押さえておいてください。
俺の、邪魔をしない様に、捕まえておいて欲しいんです」
「はぁ?お前、何言って」
「お願いします」
ナト達を止める為に。
いや、大切な人達を救う為に、ルグ達は命を懸けてるんだ。
説得の素材が圧倒的に足りない。
切れるカードの出し惜しみが出来る余裕なんて、ない。
心の中で、分かり切っていた事をもう1度繰り返して、恐怖で震える体を抑え込んで覚悟を決める。
無い無い尽くしなら、俺もナト達の説得に命を懸けないと、説得を成功させる何って到底無理な話しなんだ。
俺の命を懸けた最後の切り札を切ったら、きっと兄さん達に途中で邪魔されるし、間違いなく怒られる。
でも、これがナト達を説得する最後のチャンスかもしれないんだ。
ナト達を絶対連れて、俺達の世界に帰りたい。
この願いを叶えるには、何があっても、今ここで、絶対成功させなきゃいけないんだ。
だから、俺を嫌ってる。
切り札を切った時味方してくれそうな2人に、紺之助兄さん達に気づかれない様にコッソリそう頼んだ。
覚悟は、今、間違いなく固まった。
切り札を使う事に、躊躇いはもう無い。




