92,迎えの旅人 後編
「・・・・・・・・・『エマージ』」
「ッ!お坊・・・さん?」
全身から冷たい汗が流れて、やけに喉が渇く。
自然と鼓動を早まらせて苦しくさせる程、道全体に響く大音量の鈴の音。
まるで吹奏楽のコンサートを聞いた時の様だ。
その鈴の音が最高潮に達した時、静かに紺之助兄さんが『エマージ』の呪文を唱えた。
そして道の先に現れたのは、大量の鈴が付いた錫杖を突きながら歩いてくるボロボロのお坊さん。
旅のお坊さんらしい服装なのに、笠も服も髪も。
ずっと長い旅路を歩き続けていたんだと分かる位、全てが擦り切れ汚れ、落ち武者の様な不気味さを醸し出していた。
でも、その目を見れば、そのお坊さんが悪霊や怨霊じゃ無い事は分かる。
真っすぐとした、強い意思を持った瞳。
それはピコンさん達、絶対成し遂げたい目的がある人達が持つ、強くて純粋で。
それでいて直視できない位眩しい色を宿した物だった。
「・・・ッ!!・・・・・・・・・!!!」
「・・・!!!」
「・・・、・・・・・・。
・・・・・・・・・!!!!」
その目と顔が、ヤエさんを見つけて歓喜の色に染まる。
何を言ってるか正確には分からないけど、多分それはヤエさんの名前なんだろう。
お坊さんは錫杖を放り出し何か叫ぶ様に口を動かして、ヤエさんに駆け寄ると、ヤエさんを強く強く抱きしめた。
愛おしそうに、でも絶対もう2度と離さないと言わんばかりに、強く、強く。
そのお坊さんを少し躊躇ってから同じ位抱きしめ返すヤエさんは、霊薬製造場の時と同じ様に聞こえない声で大泣きしていた。
「・・・良かった。
本当に、良かったよ・・・・・・」
「・・・・・・兄さん。ティッシュ要る?」
声が聞こえなくてもスッゴク感動的だって思う光景なのに、2人の声が聞こえる紺之助兄さんには更に涙腺にダメージを入れられてるんだろう。
抱き合うヤエさんとお坊さんの姿を見て、ウルウルと目元を歪ませる紺之助兄さん。
そんな紺之助兄さんに『ミドリの手』で出したポケットティッシュを渡しながらそう聞く。
「大丈夫。ハンカチ、ちゃんとあるから」
「そっか・・・・・・
良かったね、ヤエさん。ちゃんとお迎えの人来て」
「・・・ヴン」
ポケットからハンカチを出して、目元を抑えて。
涙声で頷く紺之助兄さん。
そのまま紺之助兄さんは、ハンカチを涙で濡らしながら、『本当に、良かった』と何度も呟いた。
「・・・・・・はぁー・・・・・・・・・
ありがとう、ヤエさん。
改めて、お礼言わせて。
何度も助けてくれて、本当に、ありがとうございました」
「・・・・・・・・。・・・・・・・・・・」
「どういたしまして。
幽霊にこう言うのは可笑しいかもしれないけど、彼と幸せにね?」
「・・・!!」
ある程度泣いて、涙を止める事が出来たんだろう。
目元の雫を完全にハンカチに吸わせ、息を整えて。
紺之助兄さんは笑顔でヤエさんにそう言って頭を下げた。
それにお坊さんから離れて、でもお坊さんと手を固くつないだまま、1度頭を下げて。
上げた顔に幸せそうな満面の笑みを浮かべ、ヤエさんは『幸せに』と言った紺之助兄さんに頷いた。
ヤエさんと同じ様に深々と頭を下げていたお坊さんも頭を上げて、
「当然だ」
と言わんばかりに、手を繋ぎ直して繋いでない方の腕でヤエさんの肩を抱き寄せた。
そんな2人の元に、地下なのに空から優しい光が降り注ぐ。
その光はまるで天に向かう階段の様で、きっとあの先がヤエさん達の世界の天国なんだろうな。
って何となく思えた。
「『もし、良ければ、その子達も連れて行ってあげてくれないかな?』」
「・・・・・・」
「『ありがとう。
さぁ、もうここに留まっていちゃいけないよ。
向こうが君達のいくべき場所だ』」
突然、手に持ったままだったスマホからスルリと四郎さん達が現れ、四郎さんは俺の口を使ってヤエさん達にそう頼んだ。
その頼みに快く頷いてくれたヤエさんとお坊さん。
ヤエさんが優しく微笑んで、口を動かしながら手を差し伸べて。
四郎さんに背中を押された1部の黒てるてる坊主が、ヤエさん達の元に向かう。
「ッ!!」
「あんな小さい子まで・・・・・・」
降り注ぐ光に当たって人の姿を取り戻した黒てるてる坊主達は、種族は違えど皆、赤ん坊か幼い子供ばかりだった。
まだ年齢が一桁代の様な子供から、それこそ生まれてすぐの赤ん坊まで。
いや、母親が『召喚』され殺されてしまって、『生まれられなかった』子まで居るんだろう。
本当に、本当に無差別に魔女達は、異世界から人を『召喚』してたんだな。
「『ほら、君達も。大丈夫。
君達は要らない子じゃないよ。
彼女達が君達を嫌ったりしない。
だから、ちゃんと向こうに行くんだ』」
俺達とヤエさん達の間でフワフワ、クルクル漂って動かない。
恐らくヤエさん達の元に行こうかどうか迷っているらしい黒てるてる坊主に向かって、優しいけど少し強めにそう言う四郎さん。
その四郎さんの言葉に少し迷いが晴れたんだろう。
不安そうにも見える態度で、おずおずとかなり遠慮がちにヤエさんの元に向かう迷っていた黒てるてる坊主達。
光の中で赤ん坊や幼児の姿を取り戻した、その残りの黒てるてる坊主を見て、ヤエさんが悲しそうに目を見開く。
あぁ、そうか。
もしかしたら、あの黒てるてる坊主達はクリーチャー達、ヤエさんの子供達だったのかもしれない。
望まれず生まれた自分達に負い目が合ったんだろう。
だから、一緒にいって良いのかどうか迷ってたんだ。
「『だから、大丈夫って言っただろう?』」
そう俺の口から優しい声音を零す四郎さん。
その言葉通り、ヤエさんとお坊さんはそっと愛おしそうに元黒てるてる坊主達を抱きしめていた。
そうか。
最初から心配しなくても大丈夫だったんだな。
ヤエさんもお坊さんも、強い人達だ。
どんな理由や思惑、過程や状況でできて、どんな酷い感情と言葉、行動を振られて来たか。
それは本人達にしか分からないけど、でも、ヤエさんはその全てを水に流して子供達を受け入れてくれた。
愛して、くれたんだ。
それは魔女達に奪われた親の愛情に飢えていた子供達にとって、1番の救いになっただろう。
「・・・・・・四郎さん達は、ヤエさん達と一緒にいかなくて良かったんですか?
『残念ながら、彼女達のいく先は、俺達のいきたい先に繋がってないんだよ』
そう、ですか」
中の良い家族の様に固まって光の階段を昇っていくヤエさん達。
その姿を見つつ、四郎さん達未だに俺に取り憑いたままの幽霊さん達に念の為に声を掛ける。
分かっていたけど、やっぱり四郎さん達は、ヤエさん達の天国に用がなかった。
そうだよな。
四郎さん達残った幽霊さん達がいきたい場所はきっと、自分達の元の世界。
そこに居る大切で、守りたかった。
これからも一緒に生きたかった誰かに、一目でも会う事が目的なんだ。
まだ、天国に用はない。
「・・・ナト達、早く連れ戻して、出来るだけ早く四郎さん達を『返還』の魔法で送り出せる様に、頑張りますね。
『・・・・・・ありがとう。
程々に期待して待ってるよ』
はい」
悩む様に視線を泳がせて、困った様に笑いながらそう言う四郎さん。
口で言うのは楽だけど、ナト達を説得して連れ戻すのはとても大変な事なんだ。
元の世界での説得の材料調達が無理になった今は、特に。
何が何でもナト達を連れ戻したいなら、持ってるカードや魔法を出し惜しみ出来る様な状況じゃないんだ。
それが分かってるからこそ、四郎さんも『期待しない』って言ってスマホの中に戻ったんだろう。
「・・・・・・アイツは、無事いきたい場所にいけたんだな?」
「はい・・・」
「迎えに来たのは、アイツの恋人か?」
「・・・・・・恋人になりたかった。
無理だと分かっていてもなりたいと願った人です」
「そうか・・・・・・」
武器を戻して煙草を咥えて、頭を掻きながらそう聞くクエイさんに、紺之助兄さんがヤエさん達が去った方向を見たまま答える。
『恋人になりたかった人』、か。
元の世界でのヤエさんの扱いを考えたら、諦めるほか無かったんだろう。
元の世界でどんな出会いをして、どんな関係で。
それで、2人でどんな物語を紡いできたんだろうか?
それはきっと紺之助兄さんでも分からないだろう。
けど、あのお坊さんは元の世界でヤエさんの唯一の『味方』だったのは間違いない。
だって、遥々異世界まで迎えに来たんだから。




