91,迎えの旅人 前編
早朝だけど通信鏡を使ってアルさんを叩き起こして、これまでの事やらこれからの事やら、かなり濃厚な色々を報告して。
完膚なきまでに破壊した霊薬製造場を後にして、紺之助兄さんとヤエさんを先頭にグネグネと地下水道をさ迷って約30分。
漸く目的地が見えてきた。
目的地も見えてきたし、そろそろ良いかな?
案内してくれるヤエさんの声は紺之助兄さんにしか聞こえないから、流れでここまで一緒に来ちゃったけど、1度元の世界に戻りたい。
後1時間位で朝の6時になる訳だし。
ナト達が動き出す前に、早急に元の世界で情報を集めないと。
そう思って大分前にゲージが溜まった『ゲート』を使って元の世界に帰りたい事を伝えたら、紺之助兄さんと声の聞こえないヤエさん以外の全員に却下された。
「自由に異世界と行き来出来るって事はさぁ。
変な所に『門』があったら、俺様達が気づかない内にヒッソリとこっちの世界に来れるって事だろう?」
「あっ・・・確かに・・・・・・」
「後さぁ、その『ゲート』で作った『門』って、サトウ君しか使えないの?
それとも他の奴も自由に使える?」
「えっと、それは・・・
分からないです・・・・・・」
「なら、尚更此処で『ゲート』は使わせられねぇな」
「なぁ、サトウ。
もし、誰でも自由に行き来出来るんだった、『召喚』よりも楽に何も知らないサトウの世界の奴が来ちまうって事だろう?
タカハシ達よりも危険な奴や逃亡中のお尋ね者も簡単に来れて、使い方によっては誰もその事に気づかない。
逆もしかりだ」
事前にこっちに来るって連絡する方法も無いし、『ゲート』の詳しい仕様も不明。
もしルグやピコンさんの言う通り、誰でも『門』を使えるんだったら、誰も気づかない内に『誰か』が行き来してるかもしれない。
その人がこの世界にとっても、俺達の世界にとっても、『安全』な人とは限らないんだ。
ナト達と同じ様に異世界人に騙されたり、逆に行き来した本人が行った世界の誰かを騙そうとしたり。
俺達以上の混乱を招く可能性が色々あるんだ。
いや、人じゃなく魔物や動物も『門』を使えるとしたら、最悪俺達の世界に大量のダーネアやメテリスが流れてくるかもしれない。
魔物が身近に居るこっちの世界では初心者冒険者でも対応できる生き物でも、俺達の世界は無理だ。
怪獣物とかパニックホラー物の様に、ダーネア達に蹂躙される未来しか思い浮かばない。
「分かっただろう。
こんな所で『ゲート』使わせられる訳ないって。
使うなら、アジトに戻ってからだ」
「はい・・・・・・」
『ゲート』を使うなら、『門』の管理も監視もやりやすい『レジスタンス』のアジトの中で。
そうクエイさんに言われ、若干落ち込みつつ頷く。
『ゲート』を使っちゃいけない理由には納得出来るんだけど、やっぱり直ぐには気持ちを切り替えられない。
結構地下水道の奥の方まで来ちゃってる訳だし、今から監視役の誰か1人と一緒にアジトに戻っても、確実に6時過ぎる。
起きだしたナト達が色々準備するとしても最低で30分。
予定通り元の世界で説得の材料集めしてる間に、間違いなくナト達は何処かに移動する。
それじゃあ意味が無いんだ。
ナト達がこれ以上に罪を重ねない内に説得するのが俺の目的なんだぞ?
説得の素材を集める為に、誰かを犠牲にする訳にはいかない。
元の世界での材料集めは諦めるほかないか・・・
そらなら今持ってるカードで説得する方法を考えないと・・・・・・
「この角の先が海月茸のある場所らしいです」
「うーん・・・・・・
あっ!あれか!確かに奥に何かあるな」
「あれがコラル・リーフの作った・・・・・・
ピコン。箱は?」
「勿論、持って来てある。鍵もバッチリ!」
そんな事を考えつつ左に曲がった行き止まりの奥。
遠くてよく見えないけど、ザラさんの言う通り微かに扉の様な物が見える。
あれが宝石で開く、コラル・リーフが作った扉。
大きさは極々普通の扉だ。
今まで通って来た仕掛けの扉の様に凄く大きかったり、逆に小さすぎたり。
そんな事ない、どっからどう見ても普通サイズの石の扉。
まぁ、普通なのはサイズだけなんだけどな。
「ドアノブも鍵穴も無し。
あるのはウォルノワ・レコードの動物達の彫刻だけ、っと」
「真ん中の切れ込みから風は感じるけど、押しても引いても動かないし、他に隠された扉も無し」
「近くの壁にも仕掛けはありそうにないな」
今まで解いた仕掛けを思い出しつつ、扉や近くの壁を調べる。
壁も天井も、狭い水路が1本入った床も。
仕掛けは特に無い。
何かあるとしたら、色々彫りこまれた扉自体が怪しいかな?
「彫られてる動物は同じだけど、位置が違うな」
「確かに。『キビ君』が猫の隣に居る」
ルグの言う通り、動物の居る位置が像の方と少し違う。
両開きの扉の右側には上から順に正面を向いた猫、左を向いた小鳥、蝙蝠、兎。
左側の扉には猫と同じ様に正面を向いた『キビ君』、右を向いた羊、逆さまの蝙蝠、蛇が彫られていた。
小鳥、蝙蝠、兎、羊、逆さまの蝙蝠、蛇は、像と同じ様に綺麗に縦に並んでいるけど、『キビ君』と猫は少し内側によっている。
その動物達の中心。
そこにはエレベーターの部屋の壁を思い起こさせる、深さの違う複雑な線の様な彫刻が彫られた8重の円が在って、それぞれの円は何か仕掛けを解いたらクルクル動かせそうだ。
多分、ピコンさんの形見の箱の宝石の仕掛けを解いたら、この円の仕掛けが動かせて、円の彫刻を正しい形に合わせたら扉が開く。
って事なんだろう。
「今回は『キビ君』のモデルの人じゃなくて、この円の仕掛けの模様で表してる人が何か発表してるって事かな?」
「多分?」
「海月茸がある場所の扉に書かれてんだから、海月茸見つけたって報告してるとか?」
「それは・・・どうだろう?
何を話してるか分かる様な物、壁には彫られてないからなぁ・・・
この円の模様、元に戻せば分かるかもしれないけど・・・・・・」
「そっか・・・・・・」
彫刻の様子からして紺之助兄さんの言う通り、『キビ君』のモデルの人達以外の誰かが、『キビ君』のモデルの人達に何か重要な事を話している様子が描かれているんだろう。
やっぱり像の方は、組織の重要な幹部会議の様子説が濃厚かな?
それで、その報告者が誰なのか。
それは2つの仕掛けを解くまで多分、分からない。
いや、仕掛けを解いても分からないかもしれないけど。
この円の彫刻が有名な人の基礎魔法の魔法陣とかだったら、多分ジェイクさんに聞けば分かると思う。
「それなら、まず宝石の仕掛けだな。
この宝石、どうすればいい?」
「あぁ。それはですね・・・・・ッ!!?」
「何!?この音!!?」
まずはこの扉を開く為の第1の鍵。
宝石の仕掛けを解こうと、そう聞いてくるピコンさん。
答えはまだ分からないけど、解き方は分かってる。
その事を伝えようとした瞬間。
何処からか杖を突く音共に鈴の音が微かに響いてきた。
「まさか、件の婆さんか!?」
「いいえ!!
リンゴ売りのお婆さんなら、布を引きずる音と歌声もセットのハズ!
それに俺達があった時は鈴の音はしませんでした!!
でもッ!!」
「あの婆さんの同類の可能性はあるって事か!!
全員、警戒を怠るなッ!!!!」
聞こえる音からリンゴ売りのお婆さんじゃないのは分かる。
でも、リンゴ売りのお婆さんの様な危険人物の可能性は十分にあり得るだ。
クエイさんの鋭い指示に弾かれる様に、紺之助兄さんとヤエさん以外、全員が何時でも攻撃出来る様に体制を整える。
「兄さん!ヤエさん!!何やってるの!?
早く、下がってッ!!!」
「・・・・・・大丈夫だよ、貴弥。
この音の主は、敵じゃない。
ヤエさんの『迎え』が来た音なんだ」
「え?ヤエさんの?本当に?」
「うん」
仕掛け扉の近くで警戒する俺達の前。
俺達から少し離れて、俺達が来た道の方をジッと見つめる紺之助兄さんとヤエさん。
敵かもしれない存在が近づいてきて危険だから自分達の後ろに隠れる様言う俺に、紺之助兄さんは道の奥を見たままそう言った。
敵じゃ無く、ヤエさんの『お迎え』?
本当にそうなのか?
何を根拠にそう思っているのか分からないけど、紺之助兄さんとヤエさんはそう信じているみたいだ。
けど、俺はリンゴ売りのお婆さんの事もあるし、その言葉を素直に信じる事は出来なかった。
だから、警戒を解かず、紺之助兄さん達と同じ様に来た道の奥を睨みつける。




