89,あくまで天使で 前編
怨霊になってしまったカラドリウス達が。
クエイさんの両親達が成仏していって、どの位経っただろう?
色々心の整理が必要なクエイさんとヤエさんはザラさんと紺之助兄さんに任せて、やる事の無い俺達3人は少しの間だけでも休めるだけ休んでおこうと床に座り込んで目を瞑っていた。
いや、クエイさんから分解薬の残りを貰ってクリーチャーを完全に消し去るとか出来る事は色々あるんだけどな?
このしんみりとした、喪に服す様な雰囲気を壊しそうで下手に動けないんだよ。
あの4人の邪魔しちゃいけない気がして、大人しく待つ事にしたんだ。
「で?ソイツは良いのかよ?」
タバコで焼かれたのとはまた違う、何時もよりほんの少しだけ掠れた、何時も通りぶっきらぼうなクエイさんの声。
その声で目を覚まして辺りを見回せば、休む前と同じ場所に紺之助兄さんも、ヤエさんも、クエイさんも、ザラさんも居た。
まだ少しグズグズ言っている様子だけど、クエイさんもヤエさんも涙は止まっている様に見える。
ヤエさんはまだ少し涙目で完全に落ち着いたとは言えないけど、クエイさんは紺之助兄さんと会話出来る位には落ち着いたみたいだ。
「良いのかって・・・・・・何がでしょう?」
「・・・親父達の・・・
他の奴等の様に逝かないのか?って聞いたんだ」
「あぁ、そう言う事ですか」
目元と鼻の先を仄かに赤く染めたクエイさんの質問に、首を傾げる紺之助兄さん。
クエイさんはその返しに少し悩む様に言い淀んで、ヤエさんは成仏しなくていいのか聞いた。
『そう言う事か』と返すように言葉を漏らす紺之助兄さんは困り顔で、中々クエイさんの質問に答えようとしない。
ヤエさんが成仏しようとしない理由って、そんなに言いにくい物なのか?
「えーと、どう、説明すればいいのかな?
うーん・・・・・・そう、だなぁあ・・・
えっと、あのですね?
ヤエさんは逝かないんじゃなくて、逝けないんです」
「逝けない?」
ヤエさんの世界特有の言葉の説明が難しかったのか、ウンウン悩んだ後紺之助兄さんはそう言った。
その言葉を聞いて眉を寄せながら短く繰り返したクエイさん。
不機嫌そうにも見える不信感を表した様なその表情のまま、クエイさんは1度辺りを見回し、もう1度口を開いた。
「逝けないって、どういう事だ?
まだ何かソイツを縛るモンが此処にあるって言うのか?」
「いいえ。そう言う訳ではなくてですね?
この世界ではどうか分かりませんが、ヤエさんの世界では亡くなった生き物は等しく、『お迎え』が来ないとあの世に行けないんです」
『環境適応』のスキルが無いからなのか。
四郎さん達もそうらしいんだけど、ヤエさんはそこ等辺のこの世界のルールも適応してないらしくて、元の世界の死者のルールに縛られているらしい。
四郎さんの様にそれが理由で幽霊になってしまった人達もいる訳で・・・・・・
兎に角元の世界のルールに従って自力の成仏は不可能って事らしい。
異世界までその『お迎え』が来るかどうか謎だけど、ヤエさんの世界では、
「身分や貧困の差、能力の有無。
その全てに関係なく、どんな悪逆非道な生き物でも、必ずその命を終わらせた時には『お迎え』は来る。
それがどんな困難な場所に居ても、『お迎え』だけは平等に来るのだ」
って言われていたらしくて、ヤエさんはその言葉を信じてるそうだ。
「それで異世界だからなのか、お迎えが遅れてる様で・・・・・・
だから、まだ逝けない」
実例のない唯そう言われているだけでも信仰心から待っているのか、それともヤエさんの世界では本当に目に見える形で『お迎え』が来るのか。
そこ等辺は唯一ヤエさんから直接説明された紺之助兄さんも分かってないから俺達も分からないけど、遅れ気味でもヤエさんは『お迎え』を待つつもりらしい。
まぁ、最悪俺達の世界に来て貰って、お世話になっているお坊さんにお経を上げて貰って成仏して貰えば良いよな。
俺達の世界のお経に本当に幽霊を成仏させる力があるかどうか謎だけど。
気休めと言うか、思い込みの力を利用したらワンチャンあるかな、って。
本当に来るかどうか怪しい『お迎え』を待つよりは、多分こっちの方が成仏できる可能性は高いと思うし。
そりゃあ、その方法を取ったら、ヤエさんの気持ちを踏みにじる事になるのは分かってるよ?
でも、生前の体を完全に失った今。
ヤエさんも俺を殺そうとしていた頃の四郎さん達みたいに、自分を失った悪霊になってしまうかもしれないんだ。
その辛い危険性があるのに、好きなだけ此処に居てくれとは言えなかった。
だから、ある程度待ったら別の方法で成仏して貰った方が良いと思ったんだ。
「それで、そのお迎えが来るまでの間。
ヤエさんが海月茸がある場所に案内してくれるそうです」
「マジで!?」
目を見開いてバッとヤエさんを見るザラさんに、ヤエさんはビックとしながらもコクリと頷いた。
亀の甲より年の劫って言うのかな?
2000年間も此処で幽霊していたから、ヤエさんは地下水道の事なら何でも知ってるらしい。
生きてる間ずっと閉じ込められてたからか。
反動の様に幽霊になってからのヤエさんは相当の散歩好きで、自由に出歩ける地下水道内ならメテリス達が改造しても、何が何処にあるか全部把握出来るそうだ。
だから、海月茸のある場所も案内出来ると。
いや、それにしても『蘇生薬』の研究日誌を見つけてくれただけじゃなく、素材の1つの場所まで案内してくれる何って・・・・・・
ありがたい以上に申し訳なくなってくる。
ヤエさんは自分達を開放してくれて、自分の葬儀モドキをしてくれたお礼に。
って思ってるらしいけど、俺達がやった事とお礼のつり合いが合ってない気がする。
俺達の方が貰い過ぎなんじゃないか?
「それだけヤエさんが感謝してるって事だよ」
「いや、それでも・・・・・・
あの、本当、何って言って良いのか・・・・・・
本当に、ありがとうございます」
結局良い言葉が思いつがず、お礼の言葉と共に思いっ切り頭を下げた。
そんな俺の勢いにつられたのか、ヤエさんも頭を下げてくれる。
そのままルグ達に止められるまでお辞儀合戦をしていた俺達。
少し呆れられたけど、ちゃんと感謝の気持ちは伝えるべきだろう?
「そうと決まったら、急いでいこうぜ!!」
「その前に、コイツとこの部屋。
念の為に完全に消し去るぞ」
興奮気味に製造場を出て行こうとするルグを手で制し、クエイさんはクリーチャーの方に向かいながらそう言った。
霊薬製造用の魔法道具は完全に消し去れたし、要のヤエさんの遺体ももう存在しない。
でももし、誰かがヤエさんと同じ能力を持った人を『召喚』したら?
そうじゃなくても、人体実験の結果生まれたヤエさんの子供の子孫がまだこの世界に残ってる可能性もあるんだ。
そう言う人達を使って、霊薬を復活させ様とする人が出てくるかもしれない。
その時、この部屋やクリーチャーが残ってたら、間違いなく利用される。
魔法を使って情報を取り出して、霊薬製造用の魔法道具を復活させるかもしれないんだ。
念には念を入れて徹底的に壊さないと。
それが分かってるからこそ、クエイさんは残りの分解薬片手にクリーチャーの元に向かったんだよな。




