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サンプル・ヒーロー  作者: ヨモギノコ
第 2 章 コンティニュー編
318/498

88,天使の終わり


「兄さん、クエイさんの方は?」

「・・・・・・大丈夫。

他に敵が居て襲われてるとかは無いよ。

多分、もうすぐで・・・来た!!!」


『来た』と言う紺之助兄さんの言葉とほぼ同時。

パリーン、パリーン、と張られた薄い氷を割る様な小気味いい音を出しながら、周りの赤い水晶と頭上の管が崩れていく。

無事クエイさんが、霊薬製造用の魔法道具の中に分解薬を行き渡らせられたんだ。


「クエイッ!!!」

「叫ばなくても分かってるッ!!!」


壊れた管はドンドン小さくなっていき、光に反射してキラキラ輝く粉雪の様に降り注ぐ。

けど、俺達の体にも地面にも積もる事なく解ける様に消えていった。

その輝く粉雪に混じる様に長針を構えたクエイさんが、自分の名前を叫ぶザラさんに悪態を吐きながら落ちてきていて。

その視線の先にはピコンさんが出したであろう棘と、ザラさんのモーニングスターの鎖に囚われて胸を張る様に固定されたクリーチャー。


「これで、終わりだ!!!」


瞬きする様な一瞬。

スローモーションの様に気合を入れたクエイさんが長針を放つのが見えて、クエイさんが魔族の姿でフンワリ降り立った時には長針はクリーチャーの胸の中心に深々と突き刺さっていた。


「ナイス!クエイ!!」

「はいはい」

「ちょッ!避けるなよ!!」

「ふざけてないで、お前等はそのゴーレム見とけよ」


まるで壊れた玩具の様にドサッと崩れ落ちたクリーチャー。

それを見て無事この攻防を終わらせられたと分かったんだろう。

嬉しそうに抱き付きに来たザラさんをヒラリと避けるクエイさん。

その視線の先にはなき止んだ天使とその奥のヤエさんの遺体があった。

クリーチャーを倒して、霊薬も魔法道具も完全に消し去って。

もう、彼等、彼女等を縛るものは何も無いのに、まだ天使の姿をした怨霊の集合体はそこに居る。


「・・・・・・先生、お願いします。

彼等に。

お母さんに、声、掛けてあげてください。

本当の意味で声が届くのは、幽霊が見える僕じゃなくて、同族の先生だけだから・・・・・・」

「そうか。必要だったら使え」

「ありがとうございます。

貴弥。

花束とお線香とこし餡のお饅頭と死装束。

用意していて貰える?」

「え、あ、うん。分かった」


近くに来て1度クエイさんに頭を下げた後、真っすぐ天使の方を。

いや、その先のヤエさんの遺体を見たままそう静かに言う紺之助兄さん。

それで紺之助兄さんが何をしたいのか分かったんだろう。

紺之助兄さんの頼み通り天使の所に向かいながらクエイさんは紺之助兄さんに分解薬の余りの1部を渡してきた。

その2つの小瓶をしっかり握りしめ、ヤエさんの遺体の元に向かう紺之助兄さん。

その後をルグに杖を借りつつ俺も追う。


「ヤエさん」

「・・・・・・・・・」

「そう。本当に、もう良いんだね?」

「・・・・・・・・・」

「分かった・・・」

「兄さん、これ・・・」

「ありがとう、貴弥」


ゆっくりと分解が始まった自分の遺体を、色々押し殺した様な無表情で見下ろすヤエさん。

そんなヤエさんに紺之助兄さんは優しい声音で声を掛けた。

ヤエさんの言葉は相変わらず分からないけど、紺之助兄さんの言葉からヤエさんが自分の遺体を完全に消し去る覚悟が出来た事は分かる。

だから紺之助兄さんから言われていた物を渡したんだ。


数珠、

経帷子、

笠、

杖、

白足袋と草履、

六文銭が入った頭陀袋、

三角頭巾に手甲と脚絆。


お爺ちゃんとお婆ちゃんのお葬式を思い出しながら、どうにか『クリエイト』で作り出せた死装束11点セット。

サイズも見た目もグチャグチャでお世辞にも綺麗とは言えないそれを、紺之助兄さんは綺麗に整えたヤエさんの遺体にかけていく。


その側にはヤエさんの好物だったんだろう、こし餡のお饅頭。

味までヤエさんの好みに出来たか分からないけど、ヤエさんが飽きたって言う位には沢山『ミドリの手』で出した。


花束は白い菊を中心に、

竜胆、

カキツバタ、

ヨモギ、

ケシ、

ポピー、

カザニア、

シオン、

アキメネス、

イカリソウ、

ユーカリ、

ノカンゾウ、

ネコヤナギ、

ハツユキソウ、

サクララン、

アロエ、

スイカズラ。


苦しかった今世を綺麗サッパリ忘れてあの世に旅立って、来世は幸せで健やかな人生を送って貰えます様に。

そんな思いを表すに相応しいだろう花言葉がある花達に、慰霊や葬儀、天国、冥福を祈る、亡き友をしのぶ。

そんな花言葉があるイチョウやオモト、オオデマリ、ツルボ、百日草も加えて、かなり大きく派手な花束になった。

お葬式で使わない花や葉っぱも入ってるし、もっと減らせって話だけど、これでもかなり厳選したんだ。

知ってる花言葉から悩みに悩んで21種類。

葬儀のマナーに反してるかもしれないけど、紺之助兄さんもヤエさんも不満は無さそうだし、多分良いだろう。


「ヤエさんの故郷の葬儀の方法は分からないし、お経も唱えられないし、本人の幽霊も目の前にいる。

けど、せめて形だけでもそれっぽくしたかったんだ。

嫌だった?」

「・・・・・・」

「それなら、良かった」


首を軽く横に回し、穏やかに微笑むヤエさん。

その表情にホッと息を吐きながら紺之助兄さんは、火をつけたお線香を供えヤエさんの遺体に手を合わせた。

それを見て俺も慌てて手を合わせてヤエさん達の冥福を祈る。


「・・・・・・薬、掛けるね」


タップリ祈りを捧げ、紺之助兄さんは2つの小瓶の中身を混ぜる様に満遍なくヤエさんの遺体に掛けた。

ヤエさんの体が2度と利用されない様に、ほんの少しの欠片すら残らない様に、丹念に、丹念に。

そして霊薬製造用の魔法道具と同じ様に、薬が掛かった所から広がる様にヤエさんの体は消えていく。

ヤエさんの体が完全に消えたその場にはシミ1つ無く、ヤエさんがそこに居た証拠は何1つ残らなかった。


『ありがとう』


幻聴だろうか。

聞いた事ない、少し泣きそうな低めの女の子の感謝の声が聞こえた気がした。

声のした方を見れば、首も手も足もちゃんと繋がった、綺麗な姿に戻ったヤエさん。

肩の荷が下りた様なホッとした表情にも、悲しい気持ちを思いっ切り出して泣きたいのを我慢してる様にも見える。

グチャグチャで、不細工で、それでも綺麗だと思える笑顔。

綺麗な姿に戻ったからだけじゃなく、その表情から漸くヤエさんが年相応の女の子に見えた。

そんなヤエさんに困った様に間を置いてから、紺之助兄さんは小さい頃俺がされたのと同じ様に。

いや、記憶の中のそれ以上に優しく、それでいて悲しく辛そうな色を滲ませながらヤエさんの目を見つめ、慰め労う様に頭をなでた。


「・・・・・・・・・」

「うん・・・うん・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「うん・・・・・・大丈夫。

ヤエさんはちゃんと頑張ったよ。

誰も文句何か言う訳ない。

言わせないから。

だから、だから、大丈夫。大丈夫だよ」

「・・・・・・・・・」

「お疲れ様、ヤエさん」


紺之助兄さんと話していく度に顔をドンドン崩していったヤエさん。

紺之助兄さんがフワリと優しく微笑みながら『お疲れ様』って言った数秒後には、口を大きく開けて、大粒の涙を激しい雨の様に流して。

壊れたダムの水の様に溢れ出す感情の赴くまま、紺之助兄さん以外には聞こえない声で泣き出した。

そんなヤエさんを軽く抱きしめて、子供を慰める様に背中かを優しく叩く様になでる紺之助兄さん。

俺には聞こえないけど、ヤエさんは泣きながらも何か言ってるんだろう。

紺之助兄さんは何度も何度も頷いていた。


「・・・・・・分かっただろう。

もう、霊薬が出来る事はねぇんだ。

全部、俺等でぶっ壊した」

「・・・・・・」

「納得できねぇけど、お前等のお陰で残ったカラドリウス達が生き残れたのは事実だ。

だから、俺がここに居るんだろうが」

「・・・・・・」

「お前等が守りたかったモンはちゃんと守られた。

子孫の俺達も上手くやってる。

心配する事なんざ何もねぇだろう?」

「・・・・・・」

「なぁ。

今、この場にお前等を縛るモンが何処にある?

よく見ろ。何にも無いだろうが。

分かったら、お前らもサッサといくべき所にいきやがれ」


静かな天使の側で紺之助兄さんとヤエさんのやり取りを見ていたクエイさん。

そのクエイさんは無言で取り出した何時もの煙草を咥えてると、天使の返答を待つ様に間を置きながら紫煙と共にそう言葉を吐いた。

その言葉が届いたんだろうか。

ずっと俯いて動かなかった天使が、ノロノロとクエイさんの方を向く。

此処からじゃ表情はハッキリ分からないけど、天使はそのまま無言で煙草を吸うクエイさんを見ていた。


「あ・・・」


変化があったのは何時もよりゆっくり気味に吸っていたクエイさんのタバコが1本終わる頃。

バサリと1度翼を羽ばたかせ、天使の姿が幾つも波紋を打った様にブレた。

その波紋の中心から、炎の様に揺らめくカラドリウス達が飛び出していく。

その光景に思わず小さな音が自分の口から零れた。


「・・・・・・まだ、居たのか」


1人、1人、飛びだって行くカラドリウス達の方向は上である事以外バラバラで。

きっと、クエイさんが言った、それぞれの『いくべき所』に向かっているんだろう。

そうやって何十、何百にも思える、数え切れない程のカラドリウス達が飛び立って行って、最後に残ったのはクエイさんに良く似た女性唯1人。


間違いなく、クエイさんのお母さんだろう。


そのクエイさんのお母さんを支える様に、極々普通の人間の姿になったクエイさんのお父さんが側による。

『まだ居たのか』と言うクエイさんを見つめるクエイさんのお父さんもお母さんも、ちゃんと近い血縁者だと分かる人間の姿をしてるけど、親子と言うより、兄弟って言う方が近い。

それだけ亡くなってから。

クエイさんと別れてから、時間が経ってしまったって事なんだよな・・・・・・


「・・・・・・・・・ん」


何かクエイさんに言いたい事があったんだろう。

紺之助兄さんの方を向いて口を開いたクエイさんのお父さん。

でも、その言葉は多分、紺之助兄さんにも届く事はなかっただろう。

だって直ぐにクエイさんが、その口に火を着けた新しい煙草を差し込んだんだから。

その行動に驚いた様にクエイさんを見るクエイさんのお父さんとお母さん。

本人が隠そうとしている事と、角度と距離の問題で、案の定クエイさんの表情は見えない。

でも、そんなクエイさんを見た両親は、紺之助兄さんに通訳をして貰うのを諦めた様だ。

俺でも分かる位、子供の可愛らしい悪戯に気づいた様な、そんな仕方ないと言いたげな表情をハッキリ浮かべ、クエイさんが咥えさせた煙草を一気に吸う。

そして大きな煙の輪を作り出すと、


「どうだ?凄いだろう?」


と言いたげな笑みを浮かべ、2人してカラドリウスの姿に戻り、病気にする方じゃない、クエイさんが趣味で吸っている方の煙草の香りと一緒に寄り添う様に飛び立って行った。

その姿を静かに、静かに、何時までも見つめるクエイさん。

そのクエイさんにそっとザラさんが近づいた。


「泣くなら、エンリョーせずに思いっ切り泣けばいいじゃん」

「泣いてねぇよ・・・」


少し柔らかめに聞こえるいつもの調子で、クエイさんと同じ様にクエイさんの両親が飛びだった方を見たままそう言うザラさん。

クエイさんは泣いてないって言ってるけど、その声は少し濡れて掠れていた。


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