87,霊薬製造場の攻防
ただ休憩していただけなのになぁ。
何故か、リンゴ売りに扮した謎の最強お婆さんに呪われたリンゴを押し付けられてしまった。
元々俺を殺そうとしていた人達だけど、四郎さん達の方はまだいい。
今は安全な味方だから。
けど、呪いのリンゴの方は、本当に色々ダメだ。
ダメだけど、今出来る事はない。
出来るかどうか分からない、お婆さんの家族にこの呪われたリンゴを渡すってミッションの事は一旦忘れて。
予定通り、霊薬製造場を潰してクエイさんのお父さん達を助けよう。
「んじゃあ、改めてぶっ壊しますか!!」
「休憩しても、壊す方向は変わらないんですね」
トラブルは合ったものの、皆ちゃんと休めた様だ。
心身共に準備万端。
何時でも乗り込める。
まぁ、疲れが取れて深夜テンションが収まっても壁を壊して侵入する方向は変えられなかったけど。
もう、俺と紺之助兄さんが折れた方が早いと気づかされ、早々に説得は諦めた。
「よし!開いた!!」
「お、お邪魔しまーす・・・・・・」
ザラさんとルグが大きな穴を開けたのは霊薬の製造場ではなく、その手前の廊下。
穴の向かって左手側にはもう少し廊下が続いていて、ギリギリ目視出来る場所に階段が見える。
ほんの数m先の右手側には、U字をひっくり返した様な扉の類が一切ない。
多分エレベーターの部屋の仕掛けの扉位ありそうな大きな入口。
その入口の先が霊薬の製造場らしい。
そこは想像していた工場やホラーゲームの実験場の様な感じじゃなくて、何も知らなければただただ綺麗な場所だと思う様な所だった。
近い物でパッと思いつくのは、ファンタジー物の神殿。
白っぽい綺麗な石で出来た円柱形の部屋で、床にはデッカイ魔法陣が書かれている。
規則的に並んだ、細かくお洒落で綺麗な彫刻に見える魔法陣が彫られた柱同士の間には、ステンドグラスの様なグラデーションを描く赤い水晶。
その赤い水晶のボスって言えば良いのかな?
ご神体の様に1番大きな水晶が入り口向かい奥に置かれていて、その中には眠る様に穏やかに目を瞑っている様に見える。
でもただ眠っている訳じゃないとハッキリ分かる、沢山の鎖やコードに繋がれたバラバラのヤエさんが浮かんでいた。
切り裂かれた断面からは絶えず血が流れだし、下から来る濃さと色の少し違う赤い液体と混じり合って上に向かって流れていく。
その赤い液体は巨大なシャンデリアの1部に見える水晶の管を通って、シャンデリアの様な物の中心に溜まっていっていた。
このシャンデリアの真上にあの血の噴水が合って、ある程度の期間で霊薬が入れ替えられているんだろう。
シャンデリアと噴水に溜まった霊薬が入れ替わる度に、ヤエさんの笑い声が。
いや、笑い声だとずっと思っていた音が、製造場全体に不気味に響いていた。
「誰も・・・居ない?」
「様に見えるな。コン」
「分かってる。・・・・・・『エマージ』」
今の所、幾ら注意深く見回しても英勇教の信者らしき人は見当たらない。
勿論、件の怨霊とクリーチャーも。
だからこそ紺之助兄さんの魔法の出番。
戦闘準備も覚悟も出来たと言わんばかりの声音で名前を呼ぶルグに頷き返し、心を落ち着ける様な長い長い深呼吸をして紺之助兄さんは呪文を唱えた。
『あ あ あ あ” あ”ああああああ!!!
イ”あ”あああああああああああああ!!!』
『エマージ』の呪文が部屋を包み終わった瞬間。
何十、何百人もの声を重ね合わせた様な鼓膜を破りそうな程の大絶叫を響かせながら、床の魔法陣の中心に血だらけの天使が現れた。
男女か分からない華奢な体を赤いノースリーブのワンピースで包み、中性的で年齢すら分からない顔を狂気に歪めている。
手首と足首にはこの部屋に縛られている事を表す様な真っ赤な鎖。
自由になりたくて、絶えず暴れて。
その結果鎖が食い込んで痛いのか、それとも毟られ変に折られた背中の翼が傷むのか。
元々は純白だったと分かるボロボロの翼を広げぎこちなく羽ばたかせながら、天井に向かってなき叫ぶ。
目玉が零れ落ちそうな程見開かれた目からも、顎が外れてるんじゃないかと思ってしまうほど開けられた口の端からも、血なのか霊薬なのか。
どちらか分からない真っ赤な液体を垂れ流している姿は、恐ろしいと同時に悲しいとか辛いって感情を呼び起こさせる。
「ッ!!気を付けろ!!上だッ!!!」
「『スモールシールド』!
『プチアースウェーブ』!!『フライ』!!」
「おりゃああああ!!!」
天使の様な姿をした怨霊の悲鳴に耳を塞ぎつつ、辺りを見回していたルグがハッとした様にシャンデリアの方を見てそう叫ぶ。
その鋭い言葉につられシャンデリアの方を見ると、今にも獲物に襲い掛かりそうな態勢のクリーチャーがそこに居た。
シャンデリアの上で低い体勢で鎌を構え、長い舌をダランと垂らして。
目が合った瞬間、飛び降りる様に襲い掛かって来た。
咄嗟に『スモールシールド』を何十重にも張って、落ちてくるクリーチャーの体と振り上げられた鎌の威力を殺し、『スモールシールド』を壊されている間に『プチアースウェーブ』と『ミドリの手』で壁を作る。
完全に威力が落ちていたお陰で、その壁に鎌が刺さるだけで済んだ。
そのまま『ミドリの手』で壁の植物を操って鎌を絡める様に固定して、クリーチャーに『フライ』を掛ける。
『フライ』のお陰で軽くなったクリーチャーの体は、気合を入れたルグの渾身の蹴りでステンドグラスの様な赤い水晶の1つを壊す勢いで吹っ飛んでいった。
まぁ、予想以上に赤い水晶が硬かったみたいで、傷1つ着けれなかったけど。
物理的に壊すのは無理って事か。
「ピコンさん!ザラさん!!」
「分かってる!!」
「こっちの事は良いから、お前達は作戦通りにッ!」
「はいっ!!!お願いします!!兄さん、行くよ!」
「分かった!」
「『フライ』!」
初っ端から作戦通りにいかなかったけど、この位なら修正可能だったんだろう。
俺とルグでクリーチャーの相手をしている間に、『クリエイト』の様な魔法の魔法陣を書き終えたピコンさん。
その魔法陣から鋭い棘が現れ、間一髪立ち上がって避けたクリーチャーの脇腹を掠める。
そのままピコンさんに向かってクリーチャーが突撃してくるけど、大丈夫。
何せ、すぐさまザラさんが鎖につながれた鉄球をぶん投げて邪魔したから。
ただ重さも威力もあるルグ達の攻撃を受けても、クリーチャーには大したダメージじゃない様だ。
想像以上にこのクリーチャー、強いぞ。
そう思って大した役に立たなくても、ピコンさんとザラさんに加勢しようと声を掛けたけど、止められた。
事前の作戦通り、クリーチャーの相手は2人がしてくれる様だ。
なら、俺達も作戦通り動かないと。
そう思い直し、事前に『ミドリの手』で出した木の板に『フライ』を掛け、紺之助兄さんと共に飛び立つ。
高さは俺の腰位で、速度はクリーチャーが簡単に追いつけないだろうギリギリのゆっくり目。
そんな感じで適当に霊薬製造場の中を飛び回る。
「兄さん、もう少しゆっくりの方が良い?
後、距離は?」
「大丈夫だから、前ちゃんと見て。
貴弥は操作に集中して」
「分かった」
木の板の操作に気を付けつつチラチラ軽く振り返って、真後ろに居る紺之助兄さんを見る。
ハッキリとじゃないけど、視界の端でとらえた紺之助兄さんは少し腰を落とす様に構えていた。
その手には変わった団扇の様な片面ずつ赤と黒に塗ったラケットとオレンジ色のピンポン玉。
紺之助兄さんが『クリエイト』を使って作り出した、卓球のラケットと玉だ。
「来た!!貴弥!一旦速度と高度上げて!!」
「分かった!しっかり掴まってて!!」
集中するよう注意されたから、玉が放たれた瞬間は分からない。
でも正面を向いてしばらくして、後ろの方で何か硬い物同士がぶつかる様な音が2回響いたから、多分無事玉が赤い水晶のどれかに当たったんだろう。
流石元卓球部エース。
相変わらず命中率良いね。
「動くし、台もないし。思った通り当てられないね。
やっぱり、やりずらい」
って言ってるけど、赤い水晶に当てられただけ十分。
実際作戦通り紺之助兄さんが赤い水晶、霊薬製造用の魔法道具の1部を攻撃したのに気づいてクリーチャーが俺達の方に来ようとしてたし。
勿論、それはピコンさんとザラさんに邪魔されたけど。
「エド君に標的を変えた!貴弥!次!!」
「了解!!」
クエイさん達の予想通り、クリーチャーは自分を攻撃するピコンさんとザラさんじゃなく、霊薬製造用の魔法道具を攻撃する紺之助兄さんとルグを排除する方を優先した。
自分の体や命じゃなくて、霊薬を優先させる何って・・・
見た目も動きも生き物そのものなのに、本当に機械なんだな。
だからこそ俺達囮役の意味があるんだけど。
壊すどころか傷つける事すら出来なくても、紺之助兄さんとルグで交互に攻撃する事で常にクリーチャーの意識を俺達に向けつつ、定期的に優先順位を変える。
その優先順位が変わる瞬間の僅かな隙が、ピコンさん達が攻撃する最大のチャンス!
一瞬止まるタイミングでガンガン攻撃していく。
これでクリーチャーの意識が大本命に向く事は絶対無い!
この方法でクエイさんが魔法道具を壊しきるまでの時間を稼ぐぞ!!




