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サンプル・ヒーロー  作者: ヨモギノコ
第 2 章 コンティニュー編
312/498

82,リンゴ売りの老婆 


 霊薬製造場裏の、表の地下水道の通路で休憩中の俺達。

歌いながら現れて、唯一起きてる俺に声を掛けたのは、ゾンビになっていない不気味な老婆だった。


「リンゴは、要らんかね?」

「すみません。

折角来て頂いたのに申し訳ありませんが、今回は遠慮させて頂きます」

「どうしても、要らんのかね?」

「はい」


もう1度リンゴを買わないか聞かれ、俺の口からスルリとその言葉が出てくる。

この感覚も、もう3度目になるのか。

カシスさんや魔女達と対峙した時と同じ様に、『冷静な俺』が怯えまくる俺自身の代わりに喋ってくれる。


「今、手持ちが一切ないんです。

だから、買えません」

「そうかい・・・」


『冷静な俺』が何でお婆さんにそう言ったのか。

恐怖で頭が回らなくて最初は分からなかったけど、自分の声を聴いてる内に『大半の俺』も落ち着いてきたんだろう。

その理由が分かった。


ただ要らないと言ってもしつこく買う様催促しそうだし、下手に警戒心剥き出しな返答するのも悪手だろう。

でも、明らかに怪しい人が売ってくる物何って買いたくない。

いや、そもそも本当に今、俺、この世界のお金一切持ってなかったな。

前回稼いだお金の殆どはカバンと一緒に魔女達に奪われたし、此処に来るまでに倒したクロッグとかのお金は、『ドロップ』アイテムと一緒に全部ルグに渡してある。

だから今、俺個人が出せるお金は一切ないんだ。

だから嘘を言う訳じゃ無いし、お婆さんもそれ程違和感を持たないだろう。


それに、もしお金が無いって言ってるのに、あの手この手で絶対何が何でもリンゴを渡そうときたなら。

その場合このお婆さんが魔女達の仲間の可能性がほぼ確定する。

正気を失っているか、家族がゾンビになってボケが加速してしまった善良な一般市民だったなら、見ず知らずの奴にタダでリンゴを渡すと言う自分の利益にならない事はしないはず。

それなのに無理矢理リンゴを渡そうとしてきたなら、それはそのリンゴが普通じゃないって事。

例えばGPSの様な、リンゴを持っている人や食べた人の居場所が分かる魔法道具とか、そう言う可能性もあるだろう。

『レジスタンス』のアジトの、数多の隠し部屋含めた正確な場所や構造を知る為に送り込まれた敵。

お婆さんの姿をしていてもその可能性があるから、絶対油断出来ない。


「そうかい、そうかい。

それじゃあ、仕方ないねぇ。

今度会った時は買っておくれよ?」

「・・・その時、懐に余裕が合ったら、是非」

「頼んだよ。

『リンゴ、リンゴ。

甘いリンゴ。美味しいリンゴ。

取れたてのリンゴは要らんかね?』」


今度は買えと言うお婆さんに断言はしないけど好意的に聞こえる返答をすると、それに満足したんだろう。

お婆さんは来た時と同じ様に歌いながらゆっくり歩きだした。

リンゴを押し付けられるって事も、変な魔法を使う素振りも無かったし、本当にボケてしまったリンゴ売りのお婆さんだったのかな?

いや、でも、ローブに隠して魔法道具を使った可能性もある。

まだ油断は出来ないぞ。

そう思いながらお婆さんを見送っていたら、真後ろから微かに音がした。


「ぅん、ん・・・・・・・・・・・・

うおッ!!何だコレ!!!?

おい!起きろ、クエイ!!変な壁が出来てるぞ!!」

「おや?他にも居たのかい」


何でこのタイミングで起きるんですか、ザラさん!!

ザラさんの声聞いてお婆さん、戻ってきちゃったじゃないですか!!

どうしてくれるんですか!!?


と内心叫びつつ、どうお婆さんに気づかれずにザラさんに現状を伝えて、お婆さんを追い返すか。

その方法を捻り出す為に俺の頭はフル回転した。

まぁ、その答えが出る前にザラさんが俺が作った壁を壊す方が先だったんだけど。


「おい!サトー君!!

コレ、どう言う・・・・・・ッ!!」

「お嬢ちゃん。リンゴは要らんかね?」

「悪いな婆ちゃん。

俺様達の誰も、リンゴは買えねぇだ」

「そうかい。嬢ちゃんもお金が無いのかい」

「あぁ、そうだ。だから此処で一稼ぎしてるんだ」

「そうかい、そうかい。それは大変だねぇ」


少しふざけた雰囲気を出しながらも怒りと不満を乗せた声を出し、壁を壊して出てきたザラさん。

そのザラさんの目がお婆さんを射抜き、更に険しい物になる。

俺の時と同じ様にリンゴを買う様言うお婆さんに答える声も、何処か飄々とした口調とは裏腹に真剣さが帯びていた。


「何時からだ?」

「歌声が聞こえたのは10分位前です。

ここに来たのはほんの数分前。

ローブに隠して魔法や魔法道具を使った可能性がありますが、一応、今と同じ様にリンゴを売りつけられそうになっただけで、特に何か変な事された訳ではありません」

「こうなる前に俺様達に声かけたか?」

「はい。何度か。

全然起きてくれませんでしたが。

あ。ザラさんだけは多少反応がありました」

「・・・・・・クエイの父ちゃん達は?」

「兄さんの魔法が切れて見えないだけで近くに居るかと」

「そうか・・・・・・」


お婆さんを見たまま近くに来て、かなり小さい声でそう聞いてくるザラさん。

俺もお婆さんから目を離さず、同じ様に出来るだけ小さな声でその質問に答えた。

質問に答える度にザラさんの声が固くなっていく様な気がする。

もしかして、俺が思っている以上にヤバい状況なのか?


「流石にこの状態でクエイが起きないのは異常だ。

歌声が聞こえた時点で何か、相手を眠らせる様な魔法を使われてたかもな」

「ッ!魔法道具の力ですか?それとも・・・」

「分からねぇ。けど、あの婆さんは危険だ。

婆さんの相手は俺様がする。

サトー君はクエイ達守っててくれや」

「分かりました」


魔法道具の力か、『クラング』って歌の魔法を使ったのか。

それかお婆さんが唯の人間じゃなくて、ウンディーネやウンディーネとの特殊なハーフって可能性もある。

『女性』でるザラさんだけは起きれて、他『男全員』が眠ったまま起きないと考えると、ウンディーネの可能性は十分あるだろう。

まぁ、『男』である俺が起きている時点でウンディーネやそのハーフって可能性はじゃ0ないだけでかなり低いけど。

本当にただ熟睡してるだけとか、最初から起きていたから無事だったとか、花なり病や『サトウ キビ』って名前の影響で、とか。

色々可能性はあるけど、ほぼ同じ条件の紺之助兄さんも寝こけてるんだ。


幽霊2人を抜いてザラさんだけ無事って言うなら、『歌』と結び付けてウンディーネ説も濃厚になっていただろう。

でも、俺が起きてるから可能性は低い。


だからって完全否定も出来ないんだよな。

魔女はウンディーネとの特殊なハーフの可能性があるんだ。

お婆さんがそんな魔女の同類って可能性を否定出来る素材が無い。

それをザラさんは俺にした質問で気づいた様で、ルグ達を起こさず守れと言ってきた。


「なぁ、婆ちゃん。

何でアンタ、こんな所に1人で居るんだ?」

「旦那とね、娘が何処かに行ってしまったんだ。

だから、リンゴを売りながら2人を探してるんだよ」

「こんな所まで?」

「あぁ、そうだよ。

久々に街に戻ってきたら、街がかなり変わっていてね。

旦那や娘どころか、誰も居なかったんだ。

沢山沢山街を探してね。

でもだーれも居なかったから、此処に来たんだよ」

「へぇ・・・

婆ちゃんは今この国で何が起きてるのか、知らないのか?」

「何が起きたと言うんだい?

あの地獄は終わっただろう?

終わったから帰って来たのさ。

アレは酷く辛く寂しい戦いだったよ。

私はねぇ。

旦那と娘と一緒に暮らす為に、頑張って耐えてたんだよ?

戦ったんだよ?

寂しくて、辛くて、痛くて。

それでも旦那と娘と暮らす為ならとずーと、ずーと、耐えていたんだよ」


シッカリ俺達と会話出来る様に思えるけど、何かが可笑しい。

偶然不信感を刺激する要素が重なっただけで、やっぱりこのお婆さんはボケてるだけなのか?

お婆さんの言葉を聞くに、彼女の中では60年前のクーデターや規模の小さい戦争が起きた時代で止まってしまってるのかもしれない。

ローズ国民が一斉にゾンビにされた事を忘れてるのか、認識出来てないのか。

それは分からないけど、多分お婆さんの中の『今』は、昔起きた戦いが終わった所なのだろう。


避難していた所だと思っている場所から此処まで徘徊してきて、今本当はどういう状況なのか全く分からない。

それこそゾンビなっているかどうか以前に、生きているかどうかも分からない家族を探してる。


そういう事かもしれないけど、ザラさんがどう判断するか。

ザラさんの警戒は全然解けてない様に見えるし、妄想の様な考えで同情するべきじゃないよな。


「お嬢ちゃん達は旦那と娘を見てないかい?」

「さぁ?分からないなぁ?

婆ちゃんの家族がどんな奴等かも分からないし、自分の母親や妻を探してるって奴にも会った事ないな。

俺様達含めて多分、此処に居る奴等全員知らないと思うぞ?」

「そうかい・・・・・・なら、私はもう行くよ」

「あぁ。気をつけろよ、婆ちゃん」

「それじゃあ、頼んだよ、お兄さん。

『リンゴ、リンゴ。

赤いリンゴ。黄色いリンゴ。

色とりどりのリンゴは要らんかね?


リンゴ、リンゴ。

甘い赤リンゴ。サッパリ黄リンゴ。

不思議な不思議な4色林檎は要らんかね?』」


念を押す様に俺に向かってもう1度次は買う様言って、今度こそ本当に歌いながら去っていたお婆さん。

道なりに進んで少し遠くの角を曲がって、木霊する足音も歌声も聞こえなくなって。

お婆さんが近くに居る痕跡が一切感じられなくなって、漸くザラさんの警戒が緩んだ。


「サトー君。急いでクエイ達起こしてくれ。

一切容赦しなくていいから」

「はい、分かりました」


自分と俺の体で隠す様に握っていた武器を握り直し、開けた壁の穴の前で辺りを見回しながらそう言うザラさん。

緩んだと言ってもまだまだ警戒を解いた訳じゃ無い。

歌声が聞こえなくなったからと言って、本当にお婆さんが居なくなったかどうかは分からないんだ。

曲がり角の暗がりに隠れて俺達の様子を伺ってるかもしれない。

だからこそザラさんは、壁の出入口で辺りを警戒してるんだ。

まぁ、お婆さんだけじゃなく、元々此処に居るダーネアとかの危険な魔物を警戒してるってのもあるんだろうけど。


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