81,真夜中の歌声
話し合いも一段落して、分解薬もある程度の量出来上がって。
更に歩く事、どの位だろう?
漸く着いた目的地は、唯の壁だった。
「『この裏が、私達の体がある霊薬を作ってる場所だ』」
「えっと。また、隠し扉がある感じですか?」
「『いいや。この壁は唯の壁だよ』」
「あの、クエイさんのお父さんか、ヤエさん?
俺達、お2人の様に壁、すり抜けられないんですが・・・」
「『うん。だから、壊しちゃ』
・・・壊しちゃって!!?本気!!?
あ。このいい笑顔、本気だ・・・」
クエイさんのお父さんとヤエさんの通訳をしていた紺之助兄さんが、通訳の途中で思わず聞き返してしまったのも仕方ない事だろう。
まさか壁まで壊せ何って言ってくるなんって・・・
クエイさんのお父さんもヤエさんも予想外にアグレッシブだなぁ。
いや、クエイさんのお父さんは、あの何気に物騒な事言うクエイさんのお父さんだけあって、そこまで違和感はない。
でも、ヤエさん。
バラバラになっていなければ大和撫子って言葉がこれ程似合う人はいないって感じの貴女が、そんなアグレッシブな事言うのはギャップが凄いって言うか・・・
10人居たら9人位の人が3度見すると思う。
地獄で生き続けて、2000年間幽霊でいたからか。
多分、色々吹っ切れてるんだろうなぁ・・・
「じゃあ、ヤルかエド。
あ、お前等はちゃんと離れてろよー」
「いやいやいや!!!
何でザラさん、そんなにやる気満々何ですか!!?
一旦、落ち着きましょう!?
件の敵とか上に居るだろう信者達に見つかったらどうするんですか!!?」
「ダイジョーブ、ダイジョーブ。
教会も水晶漬けにしてるから誰か入ってこれる訳ないし、ゴーレムも1体だけなら俺様がどうにかするって!!」
「あの。それ完全にフラグ・・・
悪いフラグだから・・・・・・」
ストップ掛ける俺と紺之助兄さんの思いとは裏腹に、豪快に笑って武器を構えるザラさん。
その態度から、完全に今のザラさんの頭には、この壁を壊す事しか無い事がアリアリと分かる。
ピコンさんとクエイさん、提案者のクエイさんのお父さんとヤエさんは素直に離れた所を見るに、ザラさんの行動を受け入れている様だ。
勿論、ザラさんに呼ばれたルグのやる気も十分。
頼むから皆、落ち着いて他の方法考えましょう?
「ほらほら。サトウもコンも、離れた、離れた!!」
「いや、あの、エド?俺達の話聞いてた?」
「聞いてたけど、多数決で壊す事に決定したから。
サトウとコンも大人しく決定に従うよーにッ!!」
「んー?いつ、そんな多数決したかなー?
僕には覚えがないなー?」
「今!オイラが!状況見て!判断した!!」
そう、とても爽やかな良い笑顔を浮かべ、俺と紺之助兄さんをピコンさんの元まで引っ張るルグ。
「危ないし、2人が邪魔しない様にちゃんと掴んでろよー」
って言ったルグの言葉にピコンさんは頷いて俺達の腕をガッシリ掴んで離さないし、ザラさんを挟んだ向かいでクエイさんが、
「何時までモタモタしてる気だ?
そいつ等は無視して、さっさと壊せ」
って野次飛ばしてるし。
俺達の味方が居ない!!
・・・はぁ。
何か皆、やけに好戦的過ぎじゃない?
何なの?
もしかして、深夜テンション?
確かに、もう直ぐ夜中の1時だ。
良い子はとっくのとうに夢の中に旅立っている時間。
たった1日で色々あって、色々進展して。
多分皆、目に見える以上に疲れてるんだろう。
ルグと紺之助兄さんとクエイさん何って、俺のせいでかなり早い時間に起こしっちゃた訳だし・・・・・・
うん。
多分皆、疲れ過ぎて眠いんだ。
一段落したら速攻寝て貰おう。
「まぁ、まぁ。2人の方が落ち着けよ。
ここまで来たら、遠回りして水晶壊して教会の方から霊薬の魔法道具のある場所に行く方が無駄だろ?」
「そう言う問題じゃ無いんだよねー、ピコン君。
後、今1番落ち着いてるのは、間違いなく僕と貴弥だよ」
「そうか?
現状、手っ取り早く霊薬製造場に入れる方法を取ろうとしてるのに、反対してる2人の方が可笑しいと思うけど?
他に良い方法があるなら別だけどさ」
「いや、無いけど・・・・・・
でも、それとこれは別問題な気が・・・・・・
ふぁあ・・・」
「あー、うん。
エド、ザラさん!!やっぱ壊すのストップ!!
兄さん達が限界だから、一旦やめて!!!」
ピコンさんと話しながらも大きな欠伸をして、目をショボショボさせだした紺之助兄さん。
その紺之助兄さんの欠伸につられ、ピコンさんも欠伸をしだす。
昨日起きた事と今の時間から、皆眠いんだろうと言うのは分かっていたけど、予想より早く紺之助兄さんの限界が来てしまった様だ。
紺之助兄さんよりは多少ましだけど、ピコンさんも限界が近いんだろう。
眠そうなのを隠せていない。
ルグやクエイさん、ザラさんはまだ、上辺上大丈夫そうだけど、実際はどうだか。
このままの、眠気からの不注意や隙が出来るって分かってる状態でクリーチャーと戦ったり、霊薬の魔法道具に近づいたりするのはどう考えても危険だ。
だから、ルグとザラさんを改めて止めたんだ。
「限界って、何が?」
「眠気」
「・・・・・・あぁ。
確かに、これ以上起きてるのは無理みたいだな」
「エド達も限界でしょ?」
「そんな事・・・ふ、ぁあ・・・・・・あッ!」
「ほら、言わんこっちゃない。
注意力散漫で件の敵とちゃんと戦えるの?
最悪、クエイさんが霊薬の素材にされるかもしれないんだよ?」
そんな事ないと言おうとしたルグからも欠伸が出る。
それを見て俺は畳みかける様に一旦休憩する事を提案した。
「1時間でも良いからちゃんと目と脳を休ませて、万全の準備を整えて。
それから挑まないと勝てるものも勝てないし、出来る事も出来ない。
この先1番危険なクエイさんの安全を守る為にも、休憩は必要だ」
と強く言えば、長年の幽霊生活で感覚がマヒしていたクエイさんのお父さんも、生きてる息子の限界に気づいて味方に付いてくれた様で、ルグとザラさんを壊そうとしていた壁から離してくれた。
そのお陰か深夜テンションも落ち着いてきた様で、一気に眠気が来たんだろう。
誰から始まったか分からない伝染する欠伸と共に、特に反対意見が出ないまま休憩する事が決まった。
「皆、寝るの早いなー。
それだけ疲れていたって事か」
『クリエイト』で大量のレジャーシートと座布団、タオルケットを出して、ある程度寝やすい環境を整えて寝っ転がって数秒。
気絶する様な速さで俺以外の全員から寝息が聞こえてきた。
それだけ皆、限界だったて事だよな。
クエイさんのお父さんとヤエさんが見張りをしてくれるって事だし、俺も寝ようと思った。
でも、眠れない。
ペールと昼寝した事が原因か、それともずっと眠っていた障害か。
皆の様に直ぐには夢の世界に旅立てそうにない。
瞑って訪れた暗闇のお陰で目は休めるけど、脳が中々休もうとしてくれないんだ。
「う~ん・・・ん~・・・んん~・・・・・・
・・・・・・はぁ。やっぱ眠れない」
3、40分目を瞑ってゴロゴロしてたけど、全然眠れない。
目は十分休めただろうし、諦めて起きてヤエさん達と一緒に辺りを警戒したり、スマホを確認したりして皆が起きるのを待つ。
「廊下のアレ。やっぱり気のせいだったのかな?」
廊下で塩を作り出そうとした時に見た、謎の黒てるてる坊主。
何時も通り電源を入れて直ぐ『教えて!キビ君』が起動したし、やっぱりアレは気のせいだったんだろう。
そう少しホッとしつつ、『ゲート』ボタンを押す。
ナト達はまだウルメールの街から動いてないし、グロッグもメテリスもダーネアも来そうにない。
警戒しつつもスマホに残った本や論文を読んで待つ事、数十分。
何処からか不気味な低さのある女性の歌声が木霊してきた。
『リンゴ、リンゴ。
甘いリンゴ。美味しいリンゴ。
取れたてのリンゴは要らんかね?
リンゴ、リンゴ。
赤いリンゴ。黄色いリンゴ。
色とりどりのリンゴは要らんかね?
リンゴ、リンゴ。
甘い赤リンゴ。サッパリ黄リンゴ。
不思議な不思議な4色林檎は要らんかね?』
そう字幕が繰り返される、頭に残る様な不思議な音の歌。
その歌が、何かを引きづる様な音共に木霊しながら近づいてくる。
「エド!エド、起きて!!
兄さん!ピコンさん!!
クエイさん!!!ザラさん!!!
起きてくださいッ!!!!」
「ぅんん・・・・・・」
「ザラさん!!!
変な歌声が聞こえるんです!!!
起きて、起きてください!!!」
何処だ?何処から来る?
とキョロキョロ辺りを警戒しつつ、皆を起こそうとする。
でも、相当眠りが深かったんだろう。
幾ら大声で声を掛けても、壁に体がぶつかる勢いで揺すっても、誰も全く起きる気配すらない。
唯一反応したザラさんも小さく呻いて寝返りを何回かするだけで、その目が開く事は無かった。
クエイさんのお父さんとヤエさんもいつの間にか居なくなってるし・・・
いや、紺之助兄さんの魔法の効果が切れて見えなくなってるだけか。
多分俺の目に映ってないだけで近くに居るはず。
そう思っても紺之助兄さんが起きるまで、2人が本当に近くに居るかどうか確認のしようがないんだよな。
本当どうしよう・・・・・・
「と、取り敢えず、『スモールシールド』、『プチアースウェーブ』」
アルさん達が見逃したゾンビや、ゾンビ化をま逃れたもののこの現状に正気を失ってしまった人の可能性もあるけど、この歌声の主が敵の可能性もある。
いや、十中八九、今度こそ本当に敵だろうけど。
クエイさんのお父さん達って言う例があるから、断言出来ない。
でも念の為に『ミドリの手』で出した蔓蜜柑の蔓と『プチアースウェーブ』を使て通路の壁に出来るだけ似せた壁を作り出し、未だに起きない紺之助兄さん達を隠してその壁に背を預けた自分の前に『スモールシールド』を何十にも掛ける。
恐怖で歯がガチガチ鳴ってる俺1人じゃ、まともに戦えもしないだろうけど、それでもせめて誰かが起きるまでの時間稼ぎはしないと。
そう思ってのこの布陣。
ルグ並みの実力者に襲われたらひとたまりも無いだろうけど、これが俺が今出来る精一杯なんだ。
『リンゴ、リンゴ。
甘いリンゴ。美味しいリンゴ。
取れたてのリンゴは要らんかね?』
そう字幕が出て、カツ、コツ、と硬い物同士がぶつかる音と一緒に、木霊する音の中にしわがれた女性の肉声が混じり始める。
不審者がかなり近くまで来てる事が分かって、更に自分の息が上がった。
『リンゴ、リンゴ。
赤いリンゴ。黄色いリンゴ。
色とりどりのリンゴは要らんかね?』
そう字幕が出る頃には、水路を挟んだ向かいの通路の奥で動く真黒な塊の様な、この歌を歌ってる人物の姿が見え始めた。
生唾を飲む音がやけに大きく聞こえるし、体中から嫌な汗が流れ続けている。
『リンゴ、リンゴ。
甘い赤リンゴ。サッパリ黄リンゴ。
不思議な不思議な4色林檎は要らんかね?』
その最後の歌詞の字幕が出る頃ハッキリ見えたその不審者は、薄っすら水色に染まった白っぽい清潔そうなローブの裾を引きずった老婆だった。
暗くて遠くても俺の目を引っ張る。
その毒々しいほど鮮やかで美味しそうだと分かる、大きくて新鮮そうな色とりどりのリンゴ。
そのリンゴが入った大きな大きな籠を背負った背はかなり曲がっていて、元々小柄だった体を更に小さく見せている。
深々と被ったフードから零れ落ちた長い白髪の隙間から見える顔と、木製の杖を握るローブからはみ出た様な手はシワシワで、そのお婆さんが相当高齢だって事を表していた。
そのお婆さんの姿を認識してまず思ったのは、
「白雪姫の女王様が化けたお婆さんみたいだ」
って事。
不気味な所は一緒だけど、あの有名なアニメ映画の老婆の様にスッゴク醜いって訳じゃなくて、どちらかと言うと老いても愛らしいって印象を与える様な顔立ちをしてる。
見た目だけで言えば、老人ホームやゲートボール場のアイドルになってそうだなと思った。
けど、こんな時間にこんな場所で歌いながらリンゴを売っているから不気味に思うんだ。
「『リンゴ、リンゴ』
・・・そこのお兄さん。リンゴは要らんかね?」
「ッ!!」
歌いながらゆっくりと、少々予想外な人物に困惑してる俺の前まで来たお婆さん。
そのまま今まで通り歌いながら去っていくと思っていたのに、そのお婆さんはピタリと俺の前で立ち止まる。
そのまま俺の方に体ごと振り返ったお婆さんの目は、俺のトラウマを刺激しそうなピンク色をしていた。




