74,紅白幽霊と罠 前編
ずっと探していたゾンビ毒の解毒剤。
『蘇生薬』のレシピが分かりそうだったのに、何でこうなるかなぁ。
見えない敵が侵入してきたかもしれないってなって、紺之助兄さんの『エマージ』って魔法で姿が見える様になって、アルさん達が追いかけて行って。
で、念の為に印刷した本を回収していた俺達は、案の定アルさん達を見失った。
「あいつ等、何処まで行ったんだ?」
「ペール、匂いで分からない?」
「グルル・・・ガゥ!」
「そっちに居るんだね?」
動物像の部屋も、エレベーターが落ちた部屋も通り過ぎて、同じ階の廊下まで戻って来た。
ここまではほぼ一本道だったけど、この廊下も結構複雑で広いし、部屋数も多い。
姿形も居た痕跡もなく、声や音すら聞こえないこの状態から見つけるのは至難の業だろう。
唯一のヒントは鋭いルグの耳とペールの鼻だけ。
ルグの正体はバレる訳にはいかないから、頼れるのはペールだけだろう。
そのペールは暫くの間鼻をクシュクシュと揺らした後、左側。
アジトに戻る方とは逆の廊下の方を見て一声吠えた。
そっちに居るのか聞くとペールは、頷く様に元気よく吠えて俺の腕を引こうとする。
間違いなく、こっちの方からアルさん達の匂いがするんだな。
「ペール、マシロとサトウ背負えるか?」
「ガウゥ!!」
「よし!案内頼む!!」
「え?ちょ!俺も走れっ!!」
「お前ら2人共、俺とペールより足遅い!!
時間が惜しいんだから、大人しく運ばれてろよ?」
ルグにそう指示され、ペールは俺とマシロをヒョイと放り投げる様に背中に乗せ、四つ足を使いそれなりのスピードで走り出した。
落ちない様にペールの肩にしがみ付くのがやっとな位早い。
その後を難なくルグがついて行く。
自力で走るって言おうとしたけど、確かにこのスピードについて行くのは無理だな。
直ぐに置いてかれる。
「ルルゥアァアアアアアアアアア!!!!」
「きゃぁあああああああああああ!!!!!」
「この声ぇえええええ!?」
突然廊下の先から響いた痛々しい獣の咆哮と、切り裂く様な甲高い女の子の悲鳴。
「この声は、ピックとステアちゃん?
何があったの!?」
と叫ぶ前に、ペールのスピードが更に上がった。
全力で自転車を漕ぎながら坂道を下った時の様に、耳元でビュービュー風が鳴る。
このスピードはかなり怖いし、俺の後ろで振り落とされない様に俺にしがみ付くマシロの力が意外に強くて、正直言って吐きそうだ。
女の子に抱き付かれるって言うドキドキイベントが発生してるはずなのに、別のドキドキで心臓が止まりそうだし、なんなら『環境適応S』のスキルが無かったら気絶してた。
「ガァアアアアアアアアアアウッ!!!!」
「イッ!!」
「ッ!!ペ、ペール!!」
「キュルル・・・」
ペールが思いっ切り叫びながら急停止した衝撃でついに振り落とされた所で、ステアちゃんとピックの弱々しい泣きそうな声が微かに聞こえてきた。
ペールの背中から落ちた衝撃と、振り回す様に運ばれた余韻で周りがよく見えない。
ユワングワンする視界を涙がぼやかして、フラフラしたダンスを踊ってしまいそうで歩くどころか立つ事すら無理。
その上目を開いて入ってくる情報全部がグチャグチャの気持ち悪い絵の様に思えて、マシロの腕から解放されたのにまた吐きそうになる。
「ウッ・・・・・・
だ、大丈夫ですか!?何があったんですか!?」
「いや、兄ちゃん達の方が大丈夫かよ?」
「も、もう少ししたら落ち着くから大丈夫・・・」
落ち着くまできつく目をつぶって蹲りつつも何とか声を掛けると、呆れた様なアルさんの声が返って来た。
そのアルさんの声に答えたマシロも俺と同じ状態なんだろうか?
えずく様なしゃがれ気味な声が直ぐ後ろから聞こえた。
地面に手を着いた状態で何度も深呼吸して、その倍以上瞬きを繰り返して。
漸く視界が元に戻った所で改めて周りを見回す。
「・・・・・・・・・何、この状況・・・・・・」
入って来た情報はかなり可笑しな物だった。
右側の壁にはアルさん、ジェイクさん、ミルちゃん。
左の壁にはクエイさん、ザラさん、ステアちゃんを抱えたピック。
そして、ステアちゃんとピックを助けようと思って逆に、アルさん達の仲間になったペールが、それぞれエジプトの壁画の様に変なポーズで壁に張り付いていた。
好きでそんな事していないのは一目瞭然だし、抜けだそうと藻掻けば藻掻くほど壁に貼り付けになる様子は、まさに粘着系の罠に掛かったネズミ。
だから、間違いなくアルさん達は何らかの罠に掛かっているのは分かるんだけど、問題は唯一無事だった紺之助兄さんだ。
「にい、さん?
その人達、何?何処、行こうとしてるの?」
アルさん達が掛かった罠の先。
そこには紺之助兄さんの眼鏡がポツンと落ちていて、その更に先で本体の紺之助兄さんがフラフラ歩いていた。
・・・・・・明らかに生きた生き物じゃない女の人と、真っ赤な鳥に手を引かれて。
嬉しそうで不気味な笑い声を響かせ続ける女の人の声は、小鳥の像の部屋で聞いたのと全く同じ。
見た目は俺と同い年か少し上位で、死に装束の様な汚れ1つ無い薄い着物を着ている。
目を引くのは夜闇に紛れた柳か枝垂桜の様な緑の黒髪と、そのコントラストから遠目からでも分かる病的に白い肌。
そのモノクロの体に色を添える様なランランと輝く。
ピコンさんの形見の箱に入っていたディアプリズムと同じ物に思える、綺麗で美しい青い目。
物凄い力で千切れた様に首と手足が分裂してフワフワ浮いていなければ、コロナさん以上の美少女として同姓でも見惚れていただろう。
和ホラーのラスボスみたいな見た目と雰囲気じゃ無ければ俺も見惚れられていられた!!
その隣に居るのが色違いカラドリウス。
ポタポタ地面に残らない、命の危機を感じさせる様な赤い液体を全身から被った。
いや、乾き切っていない真っ赤なペンキか絵の具を固めて作った様な。
もっと直感的に言うと、マーヤちゃんと初めて出会った時見たあの霊薬の噴水がカラドリウスの形に固まって、その液体の隙間から霊薬にならずに済んだ爛れ崩れ落ちた皮膚や内臓を晒している様に思える。
女の人同じホラーゲーム出身者の様な姿。
苦痛と恨み辛みで濁り切った目と、辛うじて形を残したネックレスの様な魔元素を取り込む器官は、クエイさんの様な綺麗なオレンジ色じゃなくて。
色んな絵の具を滅茶苦茶に混ぜて作った黒色に汚染された様な、汚いオレンジっぽい赤色に変わっていた。
2人共どっからどう見ても『怨』とか『悪』が付く幽霊さんです。
ありがとうございませんでした。
速やかに紺之助兄さんから手を放して成仏してください!!!




