73,珊瑚の図書館 13冊目
「そう言えば、この研究日誌の石板持って来てくれたの、何方ですか?
話に夢中になっていて、全然気づかなくって・・・」
「どの位前の話だ?」
「気づいたのはほんの数十分前ですね」
「なら、俺は違うぞ?
最初に持ってきた後はずっと下に居たからな」
「俺様とクエイも違うぞー」
「石板持って来てたついでに『アリーラの涙』の事聞かれた後は、戻ってきてないからな」
「あれ、ザラさんも?じゃあ、一体誰が・・・」
アルさんも、クエイさんも、ザラさんも、持って来てないって言うし、ジェイクさんと、ステアちゃんと、ミルちゃんがも持って来てないのは事前に確認済み。
勿論、ずっと此処に居た俺達4人と2匹は論外だ。
そうなると『誰も研究日誌の石板を持って来てない』って事になる。
その事実に気づいて、背中を薄ら寒い物が滑った様な気がした。
「・・・最初に印刷した時の奴が漏れてたのかな?」
「それか、何か条件が揃ってゴーレムが持って来てくれたとか?」
「ハ、ハハ・・・
そ、そうだな!きっとそうに決まってるよな!」
紺之助兄さんとマシロがどうにか絞り出したその考えに、ルグが引きつった様な笑いを含めて同意する。
するけど、ルグの顔色はかなり酷いし、マシロも良いとは言えない。
分かってるんだ、此処に居る全員が。
ルグ達の考えが間違ってるって。
でも、そう言い聞かせて心を落ち着けないと、言い知れない恐怖に潰れてしまいそうなんだ。
だけど、本能が頭の中に警戒音を響かせてる。
誰が持ってきたか、その『正解』に気づかないといけないって。
そうしないと、取り返しのつかない事が起きる気がする。
「・・・・・・兄さんが聞こえた、女の人の声・・・
直ぐ振り返っても居なかった誰か・・・・・・
・・・・・・・・・居なかった?
こんな、『隠れられる場所が直ぐ近くにない場所』で?」
俺達が集まってる場所は本棚から結構距離があるし、机や椅子同士の間隔もそれなりにある。
1番近い本棚の方に向かっても、直ぐに振り返ったなら後ろ姿位は見えるはずだし、音を立てずに、俺達に気づかれず机の下に隠れるのは無理だ。
実際石板が置いてあったんだから、紺之助兄さんの言っていた事も一概に聞き間違いとは言えない。
そうなると・・・・・・
「ッ!!皆、警戒して!!
ジェイクさんはその本絶対に手放さない様にして、早くこっちにッ!!!
魔法かなんかで姿を隠した敵が居るかもしれない!」
俺達を襲った時や巨大クロッグの事件の時の、あのローズ国兵達の様に姿を隠した。
アルさん達『レジスタンス』メンバーの記憶を改ざんした誰かが、今此処に居るかもしれない!!
「ジェイクッ!!」
「わ、分かった!!」
敵が居るって言ったからだろう。
理由が分からなくてもちゃんと全員、固まって武器を構えてくれた。
最初キョトンとしていたジェイクさんも、ルグに一喝されて直ぐ。
困惑の表情を浮かべながらも、解読していた本とメモをしっかり胸に抱いて近くに来てくれた。
「どうい事だ、兄ちゃん!!?」
「兄さんが聞いてるんです!!
研究日誌の石板を持ってきた女の人の声を!
ザラさんも違って、今も姿が見えないならッ!!」
「此処の情報を狙った敵って事かよ!!クソッ!!」
辺りを警戒しつつそう聞いてくるアルさんに出来るだけ簡潔にそう言うと、周りの警戒が強くなった気がした。
俺も出来るだけ集中して辺りを見回す。
俺が普通の『幻覚』系の魔法が効かない事は、向こう側にも伝わっているんだ。
現状を考えれば奪った依頼書の情報を元に開発した、俺の目も誤魔化せる魔法や魔法道具を使ってるはず。
でも、石板を持ってこれたって事は、幽霊の様に透明になれた訳じゃ無い。
見えないだけで周りの物に干渉できる『体』があるはずなんだ。
微かにでも何か怪しい音はしないか、不自然に本や埃が動いてないか。
しっかり見極めろ。
石板を持って来たって事は、見えない誰かも『蘇生薬』の情報を狙っているはず。
他の本が狙われている可能性もあるけど、現状1番狙われているのはジェイクさんの持っている本だ。
ジェイクさんの近くは特にしっかり見極めないと。
「コン!!
お前、見えないモノを見える様にする魔法、使えたよな!?
今直ぐ使え!!」
「ッ!わ、分かった!『エマージ』!!」
正面の警戒を怠らず、紺之助兄さんの方を見ないままルグがそう怒鳴る様に叫ぶ。
突然怒鳴られた様に思って驚いたのか、それとも紺之助兄さんがまだ自分の魔法を把握仕切れてないからなのか。
戸惑う様に数拍置いてから紺之助兄さんは呪文を唱える。
その瞬間、紺之助兄さんを中心に波紋が広がる様に、空気が紺色の波を作った様に見えた。
『エマージ』って魔法の効果か、木霊する程響いた紺之助兄さんの叫びに合わせて広がる、紫交じりの紺色の波紋。
その波紋が入口の所まで届いた所で、外に出ようとする誰かの後ろ姿が微かに見えた。
「居たッ!!」
「仲間に情報が渡る前に捕まえるぞ!!!
逃がすなッ!!」
「あっ!!待ってください!!!」
それ程速くない間隔でペタペタと響く足音と、鳥の羽音、それと楽しそうにフフフと笑う声。
足音の感じからして、俺達に見つかったにしては焦って走ってる様子が無い。
それにあの楽しそうな、可笑しそうな笑い声だ。
まるで、作戦が上手くいって思わず笑っている様な声。
そもそも、石板を置いておく時に声を出さなかったら紺之助兄さんに気づかれなかったはず。
何か合って思わず声が出たなら兎も角、態と声をかけていたなら・・・
いや、紺之助兄さんは『女の人の声で、此処に置いておくって言ってたはずだよ』って言っていた。
つまり、俺達に気づかれる事も、紺之助兄さんが『エマージ』を使う事も作戦の内だったって事。
なら、逃げって行った誰かを追いかけるのはダメだ!
これは、罠。
印刷した本を置いたまま俺達が、この部屋を出て行くのを期待した罠なんだ!!
この部屋の中にまだ見えない敵がいる!!!
そう思って、
「待って!!」
って言ったけど、間に合わなかった。
もう、残ってるのは動かない俺の近くに居るペールと、俺が残ってる事に気づいて入口で待っていてくれてるルグとマシロだけ。
「キビ君!!?何やってるの!?」
「早く追いかけないと逃げられちまうだろう!!?」
「待って!まだ、ダメ!
追いかける事自体が罠で、中にまだ見えない敵がいるかもしれない!!
あっちに情報が渡らない様に、本を回収しないと!」
「ッ!!
他に誰も居ない、な・・・
『エマージ』の効果はまだ続いてるはずだから、この階には居ないのか?
それとも、何時ものサトウの考え過ぎ?」
机の上にバラバラに積んである本を集めつつ、急かすルグとマシロにそう伝える。
それを聞いて入口から動かないまま、鋭い目つきで部屋の中を見回すルグ。
ルグの言う通りなら、俺が考えていた様な敵はこの部屋に居ないって事だよな?
そもそも石板を持ってきたのが、魔法や魔法道具で隠れた魔女達側の敵って考え自体間違っていた?
いや、まだ、敵じゃないと妄信する事なんって出来ない。
他の階に隠れてる可能性もあるし、何処かに誘い込む事が目的だった可能性もある。
何処かに俺達を誘い込むのが目的だったら、素直に追いかけて行ったアルさん達が危ない。
だからって、本をこのまま置いていくのも危険な訳で、それが分かっているからルグも急いでカバンに詰めようと言ったんだ。
「いや、兎に角!マシロ!!
急いでカバンに本詰めるぞッ!!
サトウとペールはそのまま本を集めて!!」
「う、うん!!」
「分かった!!!」
超特急でルグとマシロのカバンに印刷した本を詰め込んで、隠れてるかもしれない敵に情報が渡らないか、忘れ物と安全を確認して。
漸く俺達も逃げて行った敵を追いかけて行った。




