72,珊瑚の図書館 12冊目
「ん?あれ?誰か、来てたの?」
「え?
誰も来てなかったと思うけど・・・
キビ君、どうかしたの?」
「いや。
いつの間にか石板が増えてるから、俺達が話してる間に誰か置いて行ったのかな?って」
「あ、本当だ。誰が置いて行ったんだろう?」
ある程度『蘇生薬』の素材について話し合って一息。
元々あったステアちゃんとミルちゃんが持ってきた石板の隣にもう1枚、撮影した覚えのない石板が置いてあった。
多分、俺達が話に夢中になっている間に誰かが置いて行ったんだろうな。
「ザラさんじゃない?
女の人の声で、此処に置いておくって言ってたはずだよ?」
「え?それ、何時の話?」
「ついさっきだよ。
貴弥が『蘇生薬』のページ見せてる時。」
「本当についさっきじゃん!
気づいたなら教えてよ、兄さん!!」
「ごめん、ごめん。
声がして直ぐ振り返ったらもう居なかったし、僕も素材の事で頭がいっぱいだったからね。
気のせいだと思ってたんだよ」
困った様に笑ってそう言う紺之助兄さん。
その言葉に一瞬違和感を感じた。
それが何か分からない。
分からないけど、何でかこの違和感の正体に気づかないといけない様な気がする。
その強い思いのままウンウン唸っていると、ルグに早く増えた石板を印刷してくれと言われてしまった。
後ろ髪はかなり引かれるけど、続きを考えるのは撮影した後でいいかな?
誰かが本を調べてる間に、違和感の正体を考えよう。
「あ、また。
これ、オイラ達が読めない文字で書かれてる」
「別の国の言葉?それとも古い言葉?」
「多分、古い方」
撮影して印刷が終わった本を1枚捲り、顔を顰めてルグがそう言う。
大昔『鑑定記録』のスキルを持つ人が読んだ本がそのまま石板になってる訳だから、書かれてる文字も本当に古い本は当時使われていた文字で印刷されてしまう。
だから、場合によってはジェイクさんしか読めなかったりするんだよ。
「試しにサトウかコン、音読」
「えーと・・・
『春の三日月、宵の日頃。
カレソ色の大陸より、夕染めの使者が現れる。
チスイ花の様な男だ。
名を
「サトウ、もういい。もう充分」
その本の最初のページの1行ちょっと。
最初の最初を声に出して読んだだけでルグにストップをかけられた。
試してみたけど、予想通りダメだったみたいだ。
「やっぱ、ダメだった?」
「ダメだな。意味不明な言葉にしか翻訳されない」
俺達の『言語通訳・翻訳』が有れば読めるだろう。
と思うけど、案の定。
またもや世の中そんなに甘くない。
『言語通訳・翻訳』のスキルを持っている人がその時代、言語の壁で苦労しない事を優先した結果だろう。
この世界のどの国の言葉でも理解できるだけじゃなく、方言までカバーしてるハイスッペクスキルでも、そこまでカバーしきれなかったのか。
それともプログラミング的な意味でそうしないと、現代使われてる言葉の翻訳のルールと矛盾してしまうのか。
そこ等辺は全く分からないけど、この世界独特の言い回しや諺なんかと同じ様に、古すぎる言葉も全部直訳されてしまうんだ。
例えば『瓜二つ』って言葉が、そっくりって意味の英語の『similar』や『alike』。
瓜二つと同じ意味になる表現の『two peas in a pod』と翻訳されず。
『two melons』と翻訳される感じ。
それがルグ達には再翻訳状態で聞こえる訳だから、更に可笑しな言葉に聞こえてくる訳だ。
何1000年も前の本を調べてて初めてこの事実を知った時は、今度こそ本当に『言語通訳・翻訳』のスキルが壊れたかと、本気でルグ達に心配されたよ。
オチはただ単に直訳からの再翻訳されていただけって言う、何とも馬鹿馬鹿しい理由だった訳だけど。
あの時は本当に焦った。
ジェイクさんが戻ってきて理由が分かるまでずっと、4人と2匹でパニックになってたからなぁ。
あの時ジェイクさんが戻ってこなかったら、何時までパニックを起こしていたか・・・・・・
考えたくもない。
と言う事で、俺達の『言語通訳・翻訳』のスキルもこの本の様な古い本相手にはほぼ役に立たない訳だ。
俺達だけが書かれてる事を読めても、この世界の知識に疎い以上何が書かれてるか完璧に理解できない。
「・・・・・・ジェイクぅうううう!!!
聞こえるかぁあああ!!?
ちょっと来てぇええええええ!!!」
「なぁあああにぃいいいい!!?」
「印刷した本、読めないいいいいいい!!!」
「分かったぁあああああ!!
ちょっと待っててぇええええ!!」
俺達のスキルが役に立たない類の本だと分かって、一拍。
ルグが地下への階段がある方に向かってそう叫んだ。
意外と近くに居たんだろう。
ハッキリ聞こえる声でジェイクさんが返事をして数秒。
速足でジェイクさんが帰って来た。
「お待たせ。それでどの本が読めないの?」
「これ」
「えっと・・・・・・これは・・・
ジャックター国の言葉だね。
8600年位前まで使われていた。
1番古い、ジャックター国の言葉」
「辞書は必要ですか?」
「ううん。大丈夫だよ、コン君。
ボクが専攻してる時代の言葉だから、この位なら辞書が無くても読めるよ」
そう言って古語辞典の山を抱えた紺之助兄さんに笑いかけ、生き生きと解読を始めるジェイクさん。
今回は古典辞典を使わなくても大丈夫らしい。
それだけこの時代の事は詳しいって事なんだろうな。
その時には既に、俺達の翻訳が役立たない本がある事が分かっていたし、ジェイクさんでも覚えてない古語がある事も分かっていたからな。
『巡々史』を印刷した時ついでに、ぶら下がった蝙蝠の像の部屋にあった古語辞典の類もある程度印刷してきた。
どの国のどの時代の言葉か、と言う事すら全く分からない俺達じゃ辞書が在っても解読できないんだけどな。
完全にジェイクさんのサポート用だ。
それなのに、全く使われなかった。
「これは・・・・・・エド君。
君がこの中で1番足が速いだろうから、クエイ君・・・いや。
此処に居ない皆を呼んできてくれるかな?」
「分かったけど、何が分かったんだ?」
「『蘇生薬』のレシピが見つかった。かもしれない」
「本当ですか!!?」
「急いで呼んでくる!!!!
クぅうううエぇええええイぃいいいいいい!!!」
ジェイクさんが本を開いて5分も経ってないだろう。
最初のページを読んだだけでジェイクさんの口から出たのは、
『蘇生薬』のレシピが見つかったかもしれない。
と言う、嬉しくも衝撃的な言葉だった。
まさか、こんなに早く見つかってくれるとは・・・
今日中の発見を諦めていたから少し信じられない。
嬉しさと驚きと少しの疑念から本当かと俺が叫んでる間に、ドップラー効果の様なクエイさんの名前を残して既にルグが消えていた。
「うん、多分。
この本、リーンが書いた『蘇生薬』の研究日誌なんだ。
まだ最初しか読んでないから、この一冊で完結してるのか、まだ何冊かあるのか。
それは分からないけど・・・・・・」
まさか、『蘇生薬』製作者の研究日誌なんって言うピンポイントな物だったとは・・・・・・
誰か分からないけど、見つけてくれた人。
本当にありがとう!!!
「えっと、えっと。
じゃあ、日誌の続き、探しに行った方が・・・」
「まだ大丈夫だよ。
軽く読んで続きがあるようなら、お願いできるかな?」
「分かりました。あっ。メモ用紙要ります?」
「お願い」
あるかもしれない研究日誌を探しに行くのは少し待って欲しいとジェイクさんに言われ、大人しく解読が終わるのを待つ事にする。
そうやって暫くの間、ジェイクさんが日誌を解読する姿をソワソワ、ウロウロしながら静かに眺めていると、ルグに連れられてアルさん達が帰って来た。
「ジェイク!レシピが見つかって!?」
「アルさん、ジェイク集中してるから静かに」
「あ。す、すまん・・・
それで、今どういう状況だ?」
「リーンの、『蘇生薬』の研究日誌が見つかって、その解読待ちです。
この本に完成したレシピが書かれてるかどうかも、まだ分かりません」
「そうか・・・・・・」
興奮のあまりジェイクさんの集中を乱す様な大声を出してマシロに注意されるアルさん。
その後解読待ちな事を伝えれば、少し落ち着いた様に見える。




