29,迷子 後編
ギルドの入口で偶然出会ったルグの知り合いらしい女の子。
その女の子話が一段落し、ボスの目が今度は俺を射抜く。
「そうか。なら坊主。
お前さんの方は依頼を受けに来たんで良いんだよな?」
「はい。
このまま貸家に住もうと思っているんですが、まだ1ヶ月分の家賃すら稼げていなくて・・・」
「それなら心配するな。
お前さん宛に報酬が届いてるから、そこから半年分位差し引いておくぞ」
「報酬?
あの、俺まだ何も依頼を受けていないんですが?」
最初にギルドに来てから報酬を貰う様な事は一切していない。
素材集めも自分の為にやった事だ。
それなのに、何処から報酬が来たんだ?
「ほら、お前さん天然物のジュエルワームの糸を見つけただろ?」
「はい。あの、でも・・・・・・」
「この時期になると事前に国王様から見つけた奴への報酬がギルドに届くんだよ」
俺の言葉を遮って言ったボスが取り出したのはズッシリ重そうな袋。
中にはギッシリと穴の開いていない金貨が詰まっていた。
そこからボスは12枚金貨を取り出すと残りを俺に渡し、
「残り648万リラ。
これだけあれば一生遊んで暮らせるぞ」
と笑う。
だけど、俺は・・・
「いえ、残りは雑貨屋工房さんに渡してください」
受け取るのを断った。
スキルの『ドロップ』も魔法の『ミドリの手』や『プチヴァイラス』、『クリエイト』もあるんだ。
大通りの露店や雑貨屋工房、魔法道具屋の商品の値段とギルドの掲示板の1番安い依頼料を見比べると、毎日真面目に働けば余裕で暮らせる。
それに、王様からって事は元を辿ればこの国の税金だ。
この国どころかこの世界で産まれていない俺がラッキーで見つけた物の対価に貰っていい物では無いだろう。
この世界なら俺が居た世界に比べちょっと働けばそれで生きていくのに十分。
まだまだ体力が有り余る体があって、働ける環境に居るんだ。
税金を食い潰してこの国の『害』になる様な、そう、魔女達の様な『悪』になりたくなかった。
何より、鞄や『クリエイト』用小袋を無料で作って貰ったのに、商品の殆どを魔女達に持ってかれ未だに営業再開できない雑貨屋工房の従業員さん達に申し訳ないって気持ちでいっぱいなんだ。
この報酬で持ってかれた商品に足りるかどうか分からない。
それでも少しは足しに成ればいいんだけど・・・
「本当にいいのか?」
「はい。
今すぐに必要な料金は今、職員さんが引いて下さいました。
メリハリのある生活って大事だと思っているので、後は地道に毎日の生活費を稼いで生きますよ」
俺が本気だと言うのが伝わる様に真っ直ぐボスの目をジーと見る。
ボスは何処か呆れた様に頷くと袋を仕舞った。
「・・・・・・・・・そうか。
お前さんが良いのなら渡しておくよ」
「お願いします」
「おう。任しときな。
・・・・・・・・・さて、お前さんにはジュエルワームの報酬の代わりに、今夜の飯の稼ぎを紹介しないといけねぇな」
そう言ってボスは、スキル玉や魔法玉に似た水晶玉が付いた箱の様な物を弄りだした。
暫くするとスキル玉や魔法玉を使った時と同じ様に緑色の画面が浮かぶ。
画面には『溶岩木の採取』や『コカトリスの討伐及び卵の採取』、『英勇教神官の護衛』と細かい文字で書かれた沢山の依頼。
それをボスは殆ど瞬きせずに見ている。
画面が半透明なせいでボスに、まるで睨まれているみたいで怖い。
ボスが良い人で、今も真剣に選んでくれているのは分かっている。
けど、少し慣れてきた真剣なその表情にまた足がマナーモードになりそうだ。
「ヨシッ!これが良いだろう」
1つ1つ確認する様に、画面の下から上にゆっくり流れていく無限に有りそうな依頼を見ていたボスは、1つの依頼を指差した。
ボスが指差した事で画面いっぱいにその依頼の詳しい情報が出る。
「これはどうだ?子供でも出来る簡単な依頼だ」
「えーと、『薔薇草の採取依頼』?」
『輸出用の絵の具の原材料、薔薇草の花が足りません。
エヴィン草原地帯で赤、青、黄色、緑、オレンジ、ピンク、紫、白の薔薇草を10本ずつ採って来てください。
それ以外の色の薔薇草があれば、出来るだけ採って頂けると助かります。』
薔薇草はローズ国内なら何処にでも咲いている、俺が見つけたジュエルワームの繭がくっついていたタンポポモドキの事だ。
本来ならジュエルワームの繭が付いていた所に、薔薇みたいな花が3~7個の集まりで咲くらしい。
同じ薔薇草でも咲く花の色によって、茎の太さや葉の色、花びらの数が少しづつ違ってくる。
俺が見つけた繭付き薔薇草は白か青の花が咲く種類だそうだ。
この薔薇草は布や糸の着色料や食紅、その製造技術を元にして作られる絵の具の原材料になるらしい。
薔薇草を使うと自然で落ち着いた、けど鮮やかな色が出る着色料や絵の具になる事から、国内ではなく『絵や音楽の芸術が盛んで、年に何度も祭りが開かれる賑やかで華やかな』マリブサーフ列島国で約90%の商品を消費している。
マリブサーフ列島国では絵画や祭りで使う衣装に留まらず、お土産にまで使われているそうだ。
つまり、この国最大級の輸出品である。
この絵の具や着色料がもし、万が一、期限に間に合わなければ。
最悪ローズ国とマリブサーフ列島国の友好な関係に亀裂が入る!!
かもしれない。
製造技術は兎も角、花自体はこの国の何処にでも咲く植物だ。
女の子が書いたんだろうか?
丸く柔らかい手書きの文字で書かれた依頼の内容は、確かにボスの言う通り子供でも出来る依頼。
態々ギルドに依頼しなくても済む、冒険者がやる様な依頼じゃ無いだろう。
けど、ボスは俺がこの依頼を断らないと分かって見せたんだ。
この依頼をしたのは、
「雑貨屋工房からの依頼だ。無論、やるだろ?」
「はい!!」
雑貨屋工房の依頼を断る訳ないだろ?
それが分かっているボスは喉の奥を鳴らす様に笑って、いつの間にか印刷した雑貨屋工房の依頼書とペンを渡してきた。
「なら先ずは、この依頼書の一番下に住民登録した時に書いた魔法陣を書け」
「分かりました」
俺はペンと依頼書を受け取るとボスが指差した所に『ミドリの手』の魔方陣を書いた。
その途端、俺は何もしていないのに魔法陣が光り、依頼書が筒状に丸まって『ミドリの手』の魔方陣から変化した黄緑色のリボンが勝手に結ばれる。
「今のは・・・」
「何年か前まで、依頼を成功させた奴から依頼品だけを奪って報酬を横取りする奴等が居たんだよ。
その防止にこの依頼書が出来た。
この依頼書が持つ魔法によって、ギルドにしか常備していない特殊な魔法道具をここにサインした奴が使わないと、この依頼書は開けれない。
例え坊主以外が依頼書を奪っても依頼を成功させた事にはならなくなったんだ」
なるほど。
確かに、
「この依頼を成功させました!」
と言って依頼書と依頼品を持ってきても、依頼書を開けれなければそいつはその依頼の報酬を横取りしようとした奴だと分かる訳だ。
本当に苦労した冒険者の努力が無駄になる事は無い。
「それと、サインした瞬間から依頼書を開けるまでの依頼を受けた冒険者の行動はこの依頼書に記録される。
つまり・・・言いたい事は分かるな?」
「はい。大丈夫です。理解しました」
つまりは、依頼を受けた冒険者が悪い事やズルをしたら直ぐに分かるって事だ。
たった1週間の間にこう思うのは何回目になるんだろうな?
何度も何度も繰り返し思い直すけど、俺の常識はこの世界では通用しないんだ。
この世界のルールを破らない様、尚更気をつけなきゃな。
「依頼品と共に依頼書を持って来て、このカウンターに居る職員の前で紐を切れば依頼完了だ。
他の採取依頼も同じ様にしてくれれば良い。
討伐以来も、討伐した魔物の一部を依頼書と共に出してくれ。
護衛依頼は依頼完了後、依頼人からギルドに報酬が来る。
依頼書と交換で報酬を渡すからな。
次に依頼を受ける時はそこの掲示板を見るか、このカウンターに居る職員に聞いてくれりゃ良い。
何か分からない事はないか?」
「そうですね・・・・・・2つほど良いですか?」
「おう」
「まず、今依頼を受けたのは俺1人ですが、この後俺が別の冒険者や知り合いに協力して貰った場合。
報酬の受け取りはどうなるんですか?」
もし、ルグやスズメに手伝って貰った場合、俺1人の依頼成功じゃない。
協力し合ったパーティーの成功だ。
それに、これから出会う冒険者を手伝う事だってあるはず。
でも、サインした奴以外依頼書を開けれないって事は、サインした奴が独り占め出来るって事でもあるんだ。
その対策はしてあるのかどうか気になった。
「この依頼書に依頼を受けた冒険者の行動が記録されるって言ったろ?
依頼書を見れば、個人で成功したかパーティーで成功した直ぐに分かる。
依頼の報酬はギルドの方で均等に人数分、分割して渡すから誰か1人が独占する事は出来ないぞ。
パーティーの仲間が遠くに居る場合はギルドから送る。
ただ、そいつの居場所があの世じゃどうしようもないがな」
「あの、もし討伐依頼などでパーティーの仲間の方が亡くなられた場合、その方の分の報酬はどうなるんですか?」
「受け取れる優先順位は親や伴侶、自分の子供等、身近な家族。
次が従兄弟や親の兄弟の近い親戚。
その次にパーティーの他の仲間の依頼料に上乗せされる。
だが、1番は受け取るはずだった奴の遺言が優先されるな」
念の為に聞いておいて良かった。
パーティー内で身寄りのない、この世界でパーティーの仲間以外親しい者が居ない死者が出た場合。
そいつの報酬はパーティーの仲間に上乗せさせられる。
もし、それを狙ってあえて自分以外身寄りのない者達だけでパーティーを組んだら?
そして事故に思われる様にそいつ等を殺せたら?
難しいがその分報酬が良い依頼でも比較的簡単に攻略出来て、報酬を独り占め出来る。
この考えはどっかの推理物で使われそうな、現実に起きそうに無い被害妄想だ。
だけど、この世界に血縁者の居ない俺はそう言う計画の恰好の的。
最悪を予想して用心して損は無いと思うんだ。
「なるほど、よく分かりました。
それでもう1つ質問なんですが、もし依頼中に掲示板で見た他の依頼の依頼品や討伐対象を見つけて倒した場合、その依頼品は如何すれば良いでしょうか?
もし、その依頼品が珍しい物でその時採らなければ2度と採れない様な物だった場合もあると思うんですが・・・」
「その依頼がまだ誰も受けていない場合は採って来た後に普段通り依頼書にサインして報酬と交換するぞ。
他の奴が依頼を受けていた場合は、その品を買い取ってくれる店に売ってくれ」
「分かりました。後は・・・・・・・・・
今の所大丈夫です」
後で分からない事が出てきたら、その時聞こう。
とんでもなく簡単な始めての依頼の依頼書を鞄に入れ、俺と待っていてくれたらしい女の子はボスに礼を言ってギルドを出た。
「「あの、良いですか?」」
ギルドを出て直ぐ俺と女の子は同時に声を掛け合った。
少しの沈黙の後、先に声を掛けたのは俺の方。
「え~と、先にどうぞ」
「あ、はい。じゃあ、お先に。
あの、もし、間違ってたら、ごめんなさい。
今、貴方が住んでいるお家にルグと言う子が居ませんか?」
あぁ、やっぱりこの子はルグの知り合いなのか。
「えぇ、大丈夫。ちゃんと、一緒に住んでますよ。
一旦、家に帰ろうと思っていたので
「ご一緒しても良いですか!!?」
・・・そのつもりで声を掛けたんですから、勿論ですよ」
必死に言う女の子に一瞬気圧されたけど、俺は笑顔でそう頷いた。
ギルドを離れてから無言で進む俺達。
こういう時、年下の子と何を話したら良いかサッパリ分からない。
だけど、大通りの終わり付近で女の子が沈黙を破った。
「あの・・・・・・本当に良かったんですか?」
「何がでしょう?」
「ジュエルワームの報酬。
あんなにあっさり他人に渡して、貴方は本当に後悔は無いんですか?」
その事か。
女の子は何処か怒りを秘めた目で俺を見つめてくる。
女の子が俺の何に対して怒ってるのか分からない。
それでも、俺はあの行為に後悔して無いから頷いた。
「貴方は・・・・・・貴方は何時もあんな事を?」
「まっさかー!!
この世界だから出来た事です。
元々住んでいた世界だったら、両手を挙げて直ぐにでも貰ってましたよ。
それに、雑貨屋工房さんには多大な恩が有ります。
あの店の職員さんが居なければ俺は俺を『殺し』ていた。
今の俺は居なくなっていた」
見た目じゃなく、中身が壊れて、跡形も無く塵になって。
俺は『ナニ』に、『誰』になっていたんだろうか?
けど、これだけは解る。
もし、元の世界に戻れても、ナトも父さんも母さんも2人の兄貴も叔母さんも、誰も俺を『佐藤貴弥』だと認識出来なかっただろう。
いや、もう2度と元の世界にも戻れなかったし、ルグとスズメにも出会えなかったと思う。
魔女達と同じになるだけじゃない。
あの時、小母さんと爺さんが止めてくれなかったら、俺は『佐藤貴弥』では無くなっていた。
「・・・・・・・・・なら貴方は、恩を感じた相手になら自分の全てを渡せるのですか?
恩を感じたら自分の幸せを捨ててでも相手に尽くすんですか?」
「流石にそこまでは出来ませんよ。
俺は聖人君子じゃありません。
俺の全てを賭けれませんし、自分が1番大切です。
沢山の人のお陰でここにある命を粗末にしたくない。
でも、恩を仇で返す事はしたくありませんから、自分を粗末にしない範囲で恩を返しますよ。
まぁでも、相手が俺に恩を売ったと思っていても、俺がその行為に恩を感じなければ仇で返しますけどね」
自ら自分の体や命を傷つけ殺す事が、1番今まで俺を生かしてくれていた人達の恩への仇で裏切りだ。
そう思っていられる内は大丈夫。
この事を思い出せ無いほど生きる事に絶望した時、人は自ら命を絶つんだと思う。
まだこの事を思い出せる。
この事を信じられる俺は、まだこの世界に、今の状態に絶望していないんだ。
まだまだ、やれる。
生きられる。
「だから、直ぐには無理だけど、確り働いてコツコツ貯めれば何時かは貯まる値の報酬を渡しました。
直ぐに豪遊は出来ませんし、今の生活じゃ娯楽にそんなに回せませんけど、それで良いと思ってます。
それに、ラッキーで渡された報酬よりも、アルバイトでも株でも専業主婦でも、ちゃんと働いて得た報酬はその値段よりも価値がありますから」
ナトの家で働いて始めて貰った小遣いは少なかったけど、ズッシリ重くて何か感動した。
小遣いの割りに仕事は大変できつかったけど、お金を出してまで自分の頑張りを評価して、必要としてくれた。
それが嬉しくて、悪くないって思える。
苦労して、悩んで、試して、挑んで、時には失敗して、挫折して、その仕事が嫌になっても、給料を貰うその瞬間は、
「こんなに嬉しい事は無い!!」
って思える瞬間だ。
コレばかりはラッキーで貰った報酬では味わえない、日々のスパイスって奴なんだと思う。
その中で見つけた好きな仕事で食っていければ、幸せなんだろうな~。
まぁ、世の中そんなに甘くないけど。
けど、だからこそ俺は、ラッキーで大金が入ってもそのスパイスを味わいたくて今まで通り働くと思う。
「・・・・・・そう・・・・・・ですか」
それだけ言うと、女の子は黙ってしまった。
それからまた、屋敷に戻るまで俺と女の子は特に会話もせず黙々と進んだ。
確かに気まずかったけど、何か考え込む様な顔で殆ど走る様なスピードで歩く。
焦り過ぎて時々転びそうになっても、スピードを落とさない女の子に声を掛けれなかったんだ。
そうして漸く着いた屋敷の扉を開けた瞬間、
「うわぁッ!!」
弾丸の様に飛び出したナニカに俺はぶつかった。
ぶつかった衝撃で尻餅をついた俺の腹の上で暴れるソレは、
「ルグ君!!」
案の定ルグだった。
「イテッ。如何したんだ、ルグ?」
「サトウ、おかえり!!
ちょっとオレ急いでるから詳しい事はまた後で、
って居たぁああああああああああああああ!!
ユマ居たぁあああああああああッ!!!」
ほっとした様な嬉しそうな声でルグの名前を呼んだ女の子に気づいたルグの驚きと歓喜に満ちた絶叫が辺りに響いた。




