2,魔女
「マジで・・・・・・
マジでそんだけの理由で俺は呼ばれたんですか!?」
「それ以外に何があるんですか?」
突然召喚された異世界。
俺がこの世界に召喚された理由は、まさかのどの異世界から勇者を召喚するか決める為のサンプルとしてだった。
「えっと、ちょっと良いですか?
俺が住んでた世界じゃ魔法って存在しないんですよね。
けど、フィクション、本とか創作物の題材に良く使われるんです。
そういう物だと異世界からの召喚ってとんでもなく大変だと言われてて・・・・」
「えぇ、この世界でも異世界からの『召喚』はとても大変です。
上級魔法使い10人が集まってやっと発動できる大掛かりな儀式魔法ですからね」
「その大変な魔法でサンプルなんて呼んでいて良いんですか?
直ぐ勇者を呼べば無駄がないと思いますけど?」
「確かにそうですね。
私達も最初は直ぐに勇者様を異世界から呼んでいました」
そこまで言った女子演劇部員改め、魔女は少し言いにくそうに口を噤んだ。
だが、一呼吸置くと覚悟を決めた様に言葉を続ける。
「しかし、1番目の勇者様はこの世界に着て直ぐ喉を掻き毟りもがき苦しみながら亡くなられ、
2番目の勇者様は大型の魔物に踏み潰された様な姿で亡くなられました。
3番目の勇者様は私達人間の敵、醜い魔族で我々を見るや否や襲い掛かってきて仕方なく・・・・・・」
魔女は今まで召喚した勇者達を思い出しているのか、悔しくて堪らないと言った表情でそう言った。
「その後も呼ぶ勇者様方全員が呼ばれて直ぐ亡くなられるか、私達と相反する存在でした。
そこで私達は手間がかかると言え、先ずその世界で勇者様と同じ種族、同じ国籍、同じ性別、同じ年齢で勇者様の近くに住む者をサンプルに呼ぶ事にしたのです」
「それが、俺ですか。
因みに聞きますがこの魔法陣の中は俺が居た世界と同じ状態なんですか?」
「なぜそんな事する必要があるんですか?」
「ですよねー」
何言ってんだこいつ?と言いたげなローブ集団。
サンプルと言われた時点で薄々解っていたが、これで確信した。
こいつ等は、俺を同じ人間だと思っていない。
いや、俺より前に召喚された被害者達も同じ扱いだったんだろう。
召喚されて直ぐ俺が死んでもこいつ等はどうでもいいんだ。
この世界はダメだと割り切り、また別の異世界から人間を召喚すればいいんだから。
今まで召喚された人達が直ぐに死んだのは重力や空気を構成する気体の割合の違い。
環境の違いによるものだろう。
何も解らず急に連れて来られて、此処が何処だか理解する前に死んでしまった者達。
足元のこの赤黒い床はそういう素材じゃなく、フード集団によって殺された被害者の血や内臓物が染み込んだ物だ。
そう思うと何も入っていないはずの胃の中の物が逆流しそうになり、恐怖で体が震える。
目の前に居るこいつ等は正義面して人を平然と殺し反省もしない、誘拐殺人鬼集団だ。
慌てず、
落ち着いて、
冷静に、
慎重に、
慎重に行動しないと。
じゃないと、今度は俺がこの床の仲間入りをする事になる。
大丈夫。
上手くいけば無事帰れるんだ。
「それで俺はサンプルとして何を話せばいいんですか?」
「あら、意外と聞き訳がいいのね。
もっと抵抗するかと思いました」
「ここで反抗するより素直に従った方が安全ですから。
気分を害して何も解らない異世界に1人放置されたら困ります。
それに、魔法も戦う技術もない俺がこの人数を相手にしても勝てません。
貴女方に従えば無事元の世界に帰してくれるでしょ、魔女さん」
「魔女?私の事ですか?」
なぜか俺が彼女を“魔女”と言うと、魔女が不機嫌そうに聞き返し、芋虫を持ってきたローブ人間が掴み掛って来た。
それに合わせ他のローブ集団からもブーイングが起きる。
「ルチア様に何って事を言うだ!
このローズ国の姫、ルチアナ・ジャック・ローズ様に向かって魔女だと!!
直ぐにその首圧し折ってやるっ!」
「何か変な事、言いました?
この世界ではどうか知りませんが、俺が居た世界では魔法を使える女性を魔女と言うんですよ。
俺は異世界人です。
この世界の常識なんて教えて貰わなければ解りません。
それなのにこの世界のルールを押し付けられても反応出来ませんし、同じ事は出来ませんよ」
「・・・・・・・・・確かにそうですね。
シャル、手を離しなさい。
この事は不問にします。皆も落ち着きなさい」
「ふん、命拾いにしたな」
そう言ってシャルと呼ばれたローブ人間は俺を放した。
あーぁ、死ぬかと思った。
でも、『この世界の常識を知らない』と言えば向こうが言う気のなかったこの世界の情報を引き出せるし、何より今回は殺されない自信があった。
話を聞く限り、俺はこの世界の人間とほぼ同じ種族で異世界からの召喚で初めて直ぐに死ななかった世界の人間。
その上、異世界召喚は気軽に出来る魔法じゃないみたいだ。
そんな最有力勇者候補が居る世界の貴重なサンプルに何も聞けずに死んで貰っては困るはず。
俺から情報を絞れるだけ絞るまで迂闊に殺せない。
つまりその間、俺の命の安全は保障されている訳だ。
予想通り、魔女は無礼を働いた俺を助けた。
それは俺に死なれては困る事がまだあるからだ。
まぁ、同じ事をやったら今度こそ拷問されるか必要な情報が入ったら殺されるだろうな。
「良いですか、この世界で魔女は男女問わず罪を犯した魔法使いの事を指します。
だから何も罪を犯していない魔法使いに言うのは失礼な事なんです」
なら、この女は間違いなく魔女だ。
誘拐と殺人、死体遺棄と言う罪を犯している。
「それは失礼しました。以後気をつけます。
えーと、ローズ姫様とお呼びしても?」
「えぇ」
「お隣に居る方は、シャルさんでしたか?」
そう言って魔女の隣を見ると不機嫌そうにローブ人間が叫んだ。
「ルチア様の助手のココモ・シャルトリューズだ。
気安く呼ぶな!
僕をシャルと呼んでいいのはルチア様だけだ!」
「そうですか。
これまた失礼しました、シャルトリューズさん。
俺は佐藤って言います。
短い間ですがよろしくお願いします」
よろしくする気はさらさら無いけど、笑顔で勢い良くお辞儀をしながら仲良くしようとするフリをする。
笑顔は引き攣ってるし、体も震えているのは大目に見て欲しい。
魔女も助手も周りのローブ集団も別段気にした様子は無く、興味がなさそうに見ているだけだ。
サンプルに呼んだ人間の名前なんてどうでもいいのだろう。
「それでは、サトウ。
場所を移すので私達に着いて来なさい」
「・・・・・・・・・解りました」
てっきりここで尋問され、用が終われば返させると思っていたから反応が遅れた。
話すだけじゃなく、試しに何か倒して来いとでも言われるんだろうか?
魔女を先頭に俺を取り囲む様にローブ集団が隣を歩く。
真後ろには殺気立った助手がぴったり付いて来た。
こんな事しなくても俺は逃げないし、ここの奴に手を出す気もないんだがな。




