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サンプル・ヒーロー  作者: ヨモギノコ
第 2 章 コンティニュー編
298/498

68,珊瑚の図書館 8冊目


「見つけた!!」


マグカップの温かさを使って瞑った目を癒して、どの位経っただろう?

マシロが本を捲る音以外聞こえてなかった静かな空間に、ピコンさんの切り裂く様な短い声が木霊する。

机に突っ伏したままぼやけた目で声のした方をノロノロと見れば、少し離れた机の上の本の壁の隙間から動く誰かの姿が見えた。


「ピコン君?見つけたって、レシピを?」

「あ、いや。レシピはまだ・・・

レシピそのものじゃなくて、解毒剤の事が書かれてるっぽい本を見つけただけなんだ」

「どれ?」

「これ。『塩の木の重要性について』って本」


本の壁の向こうの紺之助兄さんとピコンさんの会話を聞きつつ、体を起こしてスマホを見る。

ピコンさんが見つけた『塩の木の重要性について』って本。

いや、内容的に論文かな?

その論文の石板は最後から6番目に撮影していたみたいで、まだ『レンタル』の本棚の中に残っていた。

その論文の表紙の画像の右下端の薄い丸をタップして、まずお気に入り登録する。

その後『印刷』をタップして、『お気に入り』の本棚の中にある論文をタップ。


「貴弥ー」

「ピコンさんが言ってた本、印刷すればいいんでしょ?

1冊でいいー?」

「2冊お願い」

「分かった」


全員で1冊の本と俺のスマホの画面を覗くのは、流石に狭過ぎるからだろう。

画面に印刷用の細かい設定が現れた所で紺之助兄さんにそう頼まれた。

指示通り2冊印刷される様に設定して、画面下の『印刷』とは別の印刷のボタンを押す。

撮影し続けた時とは違ってボタンを押して動き出すまでに少し時間が掛かったから間違ったかと心配したけど、無事印刷用の魔法道具が動きだした。

最初と変わらずスルリと間を置いて出てきた2冊のハードカバーをパラパラと捲り、中身含めて無事印刷された事を確認してから近くに来ていたアルさんとクエイさんに渡す。


「書いたのは・・・・・・『タスクニフジ』かよ!

おい、アル!!

これ、1冊貰ってくからな!!!」

「はいはい。確認が終わったらな」


渡した本を見回していたクエイさんが、著作者の名前を確認して嬉しそうに叫ぶ。

ここまで嬉しさを隠さず興奮した様子のクエイさんは初めて見た。

もしかして、この論文を書いた人のファンなのかな?


「あの、その『タスクニフジ』ってどんな人なんですか?

クエイさんがここまで喜んでるから、凄い名医とか薬の研究者って事は分かるんですが・・・・・・」

「凄いのは確かみたいだけどね?

誰か個人の名前じゃなくて、何百年と続いてる植物の研究所らしいよ。

タスクニフジって」

「植物の?薬や医療じゃなくて?」

「うん。植物。

かなり研究熱心で凝り性な研究所らしくてね?

メインの研究の過程で出来上がった薬やお酒の研究も時々してるんだって。

まぁ、その副次研究も画期的で凄いらしくて、先生みたいなファンが結構いるらしいよ?」


1番詳しいだろう興奮冷めないクエイさんの代わりに、紺之助兄さんがそう教えてくれた。

その後多少冷静さを取り戻したクエイさんが意気揚々と教えてくれた話によると、タスクニフジ研究所は『植物学界の喧嘩屋』、『薬学の革命家』。

正反対の様な通り名があるその道ではかなり有名な、キール氷河にある研究所らしい。


昔からタスクニフジ研究所は、その当時の強い権力を持つ学者が提示して広まった植物学のどう考えても可笑しい通説。

それに論文を使って真正面から喧嘩を売っていた。

手洗いの効能についてとか、地動説とか。

そう言う感じの当時の学界に全く受け入れられなかった事、って言えばいいのかな?

長い時間をかけて一切妥協せず続けた信憑性の高い研究結果を元に色々論文を学会に叩きつけては、根気がイマイチな権力のある学者達に鼻で笑われ破り捨てられてきた。


時には怒られ、


時には馬鹿にされ、


時には呆れられ、


他の学者達に嫌われ。


それでも諦めず論文を出し続けては破り捨てられ、最初から『無かった事』にされ続けた。


「それが変わったのはつい最近。

通信鏡や製本用の魔法道具が一般的に普及しだしてからだ」

「あぁ、なるほど。

自分達の論文を自費出版しだしたんですね」

「まぁ、ある意味な。

自分達の金で本を出したのはタスクニフジ研究所じゃない。

別の研究所だ。

キール氷河に来ていたどっかの国の研究員が、消されてきた論文を読んで売ってくれと頼み込んだんだよ」


数年前、噂を元にタスクニフジ研究所で育ててる薬草を貰いに来た医学系の研究者が、学界に消されたある論文を読んで衝撃を受けた。

それは医学界に革命をもたらす様な内容で、その人はタスクニフジ研究所に頼み込んで論文と続きの研究をする権利を買い取ったらしい。

何十年も前にその論文を研究していた人が亡くなっていて、もうその論文の研究をしていなかったのか。

タスクニフジ研究所も比較的快く譲ってくれたらしい。

で、その研究者が買った論文を元に出した本が有名になって、芋づる式にタスクニフジ研究所も有名になった。


「植物学界の嫌われ者なのも変わらないからなぁ。

医学界の重鎮の依頼で論文を本にしても直ぐ植物学界の奴等に回収、破棄されるから中々手に入らないんだよ。

それに、ほとんどの論文は世間から消されたままだ。

だから、こう言う時でもないとタスクニフジの論文なんって手に入れられないんだよ」

「なるほど。

因みに聞きますが、その論文は既に本になってる物ですか?」

「なってない。

手に入れられなくてもタスクニフジの本は全部チェックしてるが、この論文が本になったって話は聞いた事が無い」

「て事は、やっぱり、タスクニフジ研究所に勤めている。

もしくは務めていた方の中に、『鑑定記録』のスキルを持っている人がいるって事ですね」


興奮していたのが恥ずかしくなったのか。

少し拗ねた様に言い訳じみた事を言うクエイさん。

好きな作家さんを自慢して、作品を布教したいその心は良く分かる。

でも、俺がクエイさんの話を聞いて興味が出たのは論文自体じゃない。


『本にされてない論文も此処(ウォルノワ・レコード)にあると言う事』だ。


石板が作られるルール的に、タスクニフジ研究所職員の中に『鑑定記録』のスキルを持っている人が居たのは間違いない。

その人が今も生きてる人なのか、もう亡くなってしまった人なのか。

それは分からないけど、研究所の名前を聞いた時から。

と言うか、基礎魔法の魔法陣代わりに著者名の隣に押された判子の文字を見た時から、『鑑定記録』を持っている人は絶対居るだろうと思ってたんだ。


「やっぱりって、タスクニフジ研究所がサトウ達の家と関係あるからか?」

「え?いや、俺達とは関係ないと思うよ?」

「でも、その本の研究所の名前の隣のグチャグチャしたサイン。

これ、タナカを探すチラシに書かれてたサトウ達の苗字と同じ文字だろう?」

「うん、まぁ、その通りだし、タスクニフジって名前も俺達の苗字とほぼ同じ意味だと思うよ。

読み方は違うけど、字は同じ」


ナトを探すチラシの下に書かれていた、ナトの家と俺の家の電話番号。

それを思い出す様に軽く首をひねりながらルグがそう聞いてきた。

確かにルグの言う通り、タスクニフジ研究所って横に書かれた右隣には、俺達の苗字。

『佐藤』の文字が縦向き彫られた判子が押されていた。

研究所の『タスクニフジ』って言うのも『(たすく) に (ふじ)』って事なんだろう。

同世界の人間にはこれ程分かりやすいサインはないよな。


「でも、俺達の家族や親戚とは多分関係ない」

「何でですか?

この世界にはない異世界のコオンさん達の家の苗字が使われてるなら、コオンさん達の親戚の人がタスクニフジ研究所を作ったって事なんじゃないんですか?」

「それはないよ。

あのね、ステアちゃん。

実は僕達の『佐藤』って苗字は、僕達が暮らす国で1番多い苗字なんだ。

だからその分、『佐藤』って苗字の人が『召喚』される率も高いんだよ」

「確かに俺達の世界の人。

正確に言えば木場さんの同級生がこの研究所に関わってる可能性はあるよ?

でも、あの事件で俺達の家族や親戚が被害に合った。

あー、この世界『召喚』されたって話は聞いた事が無いんだ。

父さん達はある意味関わってるけど」


父さんと叔父さんは木場さん達と一緒に俺達の世界に来ちゃった5000年位前のこの世界の人達を見てるし、戻って来た木場さん達の保護にも多少関わってるから、100%無関係って訳じゃ無いけどな?

でも、父さんも、交流のある佐藤姓の父さんの方の親戚も、俺達と血縁関係がある人の誰も25年前この世界に来てはいないんだ。

そういう意味で『俺達の家族や親戚は関係ない』って言ったんだけど、俺の説明不足で逆にルグやステアちゃん達を混乱させちゃったな。


「あぁ、そう言う。

じゃあ、5000年前に『召喚』されたサトウ君達とは血縁関係のないサトウ君達の世界の同姓の誰かか、どこかの時代のサトウ君達の世界と似た世界から『召喚』されたサンプルの誰か。

その何方かの、何か理由が合って残った人の子孫が、タスクニフジ研究所を作ったって事なんだね?」

「えぇ、多分。それか・・・・・・

いや。多分そうなんでしょうね」


確かにジェイクさんの言う通り、その2パターンの子孫がタスクニフジ研究所を作った可能性が高い。

それでも一瞬、モヤリと纏わりつく様に浮かんだ最悪な妄想。

それを打ち払う様に俺は軽く頭を振って、多分そうなのだろうと言った。


「何だよ、サトウ。言いかけてやめるなよ。

気になるじゃんか」

「・・・・・・本当に、大した事ないよ?

考えてみたけど、他の可能性が浮かばなかった。

ってだけだから・・・・・・」

「本当にぃ?」

「・・・うん」

「本当の本当に?

何か、キビ君隠し事してる雰囲気あるよ?」

「マシロまで・・・・・・本当に何でもないよ」

「なら、いいや。何か気づいたらちゃんと言えよ?」


ルグもマシロも鋭いなぁ。

表情が変わらないなら誤魔化せると思ってたけど、逆に怪しまれちゃったか。

でも、あれは唯の妄想なんだ。

今絶対必要な情報ですらない、一切の証拠も確信もない。

言ったら言ったで周りを混乱させるだけの妄想。

まだ残ってる疲れと、色々な不安で変な方向に思考がいったっ結果の唯の妄想なんだ。

そうに、決まってる。

だから、


「本当に?」


何って聞くなよ、俺。


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