62,珊瑚の図書館 2冊目
「それでクエイさん。思い出せましたか」
「・・・・・・・・・」
「おーい。クッエイー。
思い出せたか思い出せないか位言えよー」
「・・・・・・」
「あー・・・これは、ダメだな」
ある程度ジャンルを絞れた所で、クエイさんに声を掛ける。
でも、返事をしてくれない。
ザラさんが声を掛けても返事をしないし、眉間に濃いしわを寄せて腕を組みながら無言で悩む姿を見るに、ザラさんの言う通りまだ思い出せそうにないみたいだ。
「ん~・・・・・・
もしかして、これ、『8つのウォルノワ』?」
クエイさんがこの状態なら、これ以上の進展は無理か。
そう諦めていた時、ミルちゃんって言う、予想外な相手から何か知ってそうな話が出てきた。
え、ミルちゃん?
君、本当、何知ってるの?
「ウォルノワ?
食べると頭が良くなる木の実だよね?」
「うん。そうだけど、そうじゃないの。
『8つのウォルノワ』は『聖女に残された、8つのウォルノワ』って言う、神聖なお祝いの歌なの」
「祝いの歌?そんなの聞いた事ないよ?」
「えー、ステアちゃん歌わないの?
お勉強の時間に皆で歌わない?
『レーヤ様の慈しみ』とか『勇気ある者と共に』とか。
沢山歌うでしょ?」
「・・・・・・あぁ、なるほど。聖歌の事か」
ステアちゃんに歌わないと言われ、目に見えてシュンとしてしまったミルちゃん。
ステアちゃんやマシロ達に慰められてるそんなミルちゃんを暫く見ていたジェイクさんが、ポンと手を叩きそうな感じでそう言った。
そう言えばミルちゃんって元々お姉さんと一緒に英勇教関係の孤児院で暮らしていたんだよな。
メインで信仰してる勇者じゃないし、むしろ嫌われまくってたけど、一応勇者だったからだろうか?
コラル・リーフや此処の動物像に関係ありそうな聖歌も、ミルちゃんはそこで習っていたみたいだ。
「それで、ミルちゃん。
その『ウォルノワ』?って歌。
此処の動物像と関係あるんだよね?どんな歌なの?」
「えーと、ね。
誰かがお家を出ていく時に、頑張れって歌う歌で・・・
聖女様が8個のウォルノワって言う木の実を食べる歌なの。
それで、えーと・・・とりあえず、歌うね!」
そう言ってミルちゃんは、その小さな体から出したとは思えない。
一切の穢れのない澄んだ水の様な、綺麗で良く響く声で歌い始めた。
ミルちゃんの歌声は綺麗な鼻歌の様な、言葉として意味のない。
でも嫌な感じは全然しない、どこか聞き覚えのある高い音の羅列にしか聞こえなかった。
けど、視界の下の方にミルちゃんが歌っている歌の歌詞が出てきていたから、どんな歌か分からないって事はない。
それは紺之助兄さんも同じだった様で、多分この世界の歌を俺達の世界の言葉で訳すと『歌』にならないから、こんな感じになったんだろう。
『貴女を待っています。貴女を待ちます。
彼等に救いを。この世に平穏を。
彼の者に終わりを。明ける真実を。
貴女を待っています。貴女を待ちます。
眠らぬ彼の者の夢。繰り返す私達の悪夢。
打ち砕くは終焉穿つ知恵の刃を持つ貴女だけ。
救いの聖女。知恵の勇者。
貴女がこの地に降り立つ日を待っています。
深き慈愛と知恵に満ちた貴女を待っています』
ゆっくり3回繰り返す、その長いフレーズ。
歌の視点主であるこの世界に居る『私』と『彼等』は、『彼の者』に苦しめられていて、『聖女』。
歌詞からして女勇者だろう、『貴女』に何度も助けを求めながら『貴女』が『召喚』される日を待っている。
って事なんだろうな。
『彼の者』は十中八九どこかの時代のジャックター国王の事だろう。
それか1万年前の魔王。
その何処かの時代のジャックター国王か魔王の野望を打ち砕いて終わりに出来るのは、物事の本質を捉えた見方が出来る頭の良い貴女だけ。
って事か?
いや、『終焉穿つ知恵の刃』って言うのは変な言い回しだし、もしかしたらそういう名前のスキルや魔法なのかもしれない。
そんなスキルや魔法を持っている女勇者を待っている。
勿論今までの事を考えたら、ことわざとかの可能性もあるけど。
でも、『召喚』された『勇者』を待っているなら、特定のスキルや魔法の事を歌ってる可能性の方が高いよな?
後気になるのは、『女勇者』を望んだ事。
別にそのスキルや魔法を持っているなら、男の勇者でも問題ないんじゃ・・・
って思うし、この世界の勇者は今まで男しか居なかったって聞いた。
それなのにあえて女勇者を望んだんだ。
この歌を作った人が表向きには存在しない女の勇者に『あえて』限定した理由。
そこに何か特別な理由があるはず。
例えば、歴代の『勇者』と呼ばれた人達じゃなくて、『勇者』達の前に『召喚』されたサンプル達や木場さんの同級生達を、自分達を救ってくれる『勇者』として見てるとか?
それか・・・・・・
『貴女のお役に立ちたくて、私はウォルノワを植えました。
貴女に食べて欲しくて、私はウォルノワを用意しました。
貴女の為の知恵の実。貴女の為の力の実。
貴女を思い植え育てました』
そんな事考えてる内に、繰り返すフレーズが終わったみたいだ。
『貴女』に祈りを捧げていた『私』は、歌のタイトルにもあるウォルノワって実を植えて育てたらしい。
後で『教えて!キビ君』で調べたら、ウォルノワはリンゴ位大きなクルミに似たナッツの事だと言う事が分かった。
硬い殻から出てくるシワシワの種子が、人間の脳みそっぽいから、知恵の実って呼ばれてるらしい。
それで、俺達の世界のクルミと違ってウォルノワの果肉は食べれるらしくって、その果肉には肉や大豆の様に沢山のタンパク質が含まれているから力の実と呼ばれている。
と、見た目や効能、種類によっての育ちの違い。
そう言う事が細い事までかなりの長文でギッシリ書かれていた。
他の殆どの植物の項目と違って、細かい種類までしっかり分けられて書かれていたから、多分『鑑定記録』のスキルを持っている人の中にウォルノワの研究者が居るか居た。
ルグ達に聞いてたら結構最新よりの情報らしいから、運が良ければそのウォルノワ研究者さんはまだ生きてるはず。
ローズ国民だったらゾンビになってるだろうけど。
『貴女に生きる為の知恵を。
生きる為の力を。
ネコには花の知恵を。
コトリには癒しの知恵を。
ヒツジには音の知恵を。
コウモリには法と古き知恵を。
ヘビには戦の知恵を。
ウサギには美しき知恵を。
残します。残します。
貴女の為の知恵の実。貴女の為の力の実』
サビの終わりらしいそのフレーズを歌って、最後にもう1度3回繰り返したフレーズを5回も繰り返して。
ようやくミルちゃんは歌い終わった。
確かにサビ終わりのフレーズには此処にある動物像と同じ動物が出てくるし、俺達が推理したその動物像の担当する本のジャンルとも一致する。
でも、ここまでハッキリ嫌われ者のコラル・リーフが関わってるって分かる歌を英勇教関連の孤児院で神聖な歌として歌うだろうか?
俺が想像しているよりも動物像の事が歌われていたし、その動物像がコラル・リーフの作品だって事はこの世界の殆どの人達が知っている事だ。
だから、普通なら歌わないどころか、他の資料と一緒に歴史から消してしまうはず。
そう疑問に思っていたら、唖然とした様にピコンさんが一言。
「今の歌、何時もラムが弾いていた曲だ」
と言った。
「ルディさんが、って・・・・・・
サマースノー村に結界張った時の、ですか?」
「あ、あぁ。あの曲だ。
まさか、何時も聞いてたあの曲に歌詞が有って、その上神聖な曲だったなんって・・・
全然知らなかったよ。
爺さんもそんな事言ってなかったし・・・・・・」
あぁ、だからか。
ミルちゃんが歌いだした時、どこかで聞いた事あるな、って思ったのは。
サマースノー村に居た時、何度もルディさんが弾いていたから、聞き覚えがあったんだ。
確かあの依頼の時、ルディさんとピコンさんはあの曲を、
「題名は伝わってないけど、代々ラムの一族が1番最初に覚える基礎中の基礎な曲だ」
って言ってた。
それでユマさんの話だと、塔と言うか音の結界と1番相性がいい曲、でもあるんだっけ?
他のルディさんが弾ける曲でも音の結界は作れるけど、どれかの効果が弱くなるって。
1番バランスが良くて効果があるのが、あの曲。
『聖女に残された、8つのウォルノワ』のバイオリンバージョン。




