52,ロストテクノロジー 前編
周りの壁や柱と違って、作られてからまだ100年も経ってない仕掛けの壁。
壁の劣化具合は数十年位らしいけど、その壁に刻まれたアンジュ大陸文字は、数100年前まで使われていた古い文字の可能性も出てきた。
その時間のズレは、壁の中に時間結晶が混ぜ込まれているからかもしれない。
それで、時間結晶が表に見えないのは、分厚く丁寧に塗装されてるからじゃないのかな?
「念の為に聞くけど、この壁にも上の像の様に時間結晶が混ぜ込まれてたりしないんだよね?」
「ジェイクが何も言ってなかったから、多分入ってないんじゃないか?」
「でも、ジェイクでも気づかない位上手く練りこんでたら、さっきの説と矛盾しないよね?」
「まぁ、確かに・・・・・・
でも、悪魔の目を騙せるって相当だぞ?
そんな事実際にできるのか?」
「多分、今の技術じゃ無理だと思う・・・
でも、戦争のせいでなくなっちゃった昔の技術にそう言うのがあったかもしれないよ」
ユマさんと同じ位のランクの『アイテムマスター』のスキルを、ジェイクさんが持っているかどうかは分からない。
けど、ピコンさんの形見の箱の中に入っていた宝石や、蛇の像を調べていた時の事を考えると、ジェイクさんも高ランクの『アイテムマスター』のスキルを持っていて、相当魔法道具に詳しいのは間違いないだろう。
そんなジェイクさんの眼を誤魔化す事は出来るのか?
と、かなり疑問に思ってる様子のルグに対して、マシロは失われた昔の技術なら出来ると力強く言う。
「確かにこの仕掛けが何100年も前に作られていたなら、その可能性も無くはないよな。
60年前のクーデター並みの戦いなら、ここ数百年内にも何度か起きていたはずだし。
そのせいで失った沢山の技術の中に、悪魔の眼を誤魔化す技術が有ってもおかしくないな」
「沢山って・・・・・・
60年前のクーデターってそんなに激しい戦いだったの?」
「いや。そこまで激しくないぞ。
被害も最小限で済んだって聞いてるし」
「それなのに、沢山の技術が消えたの?」
「そりゃあ、戦争だからな。
戦争が起きたらまず、真っ先に技術者か道具の素材の生産場所を狙うのが基本だろう?」
どれだけ道具の素材や素材が取れる場所を抑えられるか、有能な技術者を寝返らせるか、それがダメだった時にとれだけ消せるか。
それによって戦況が大きく変わるとルグとマシロは言う。
スキルや魔法があるこの世界だと、物語の中でよく出てくる兵糧攻めとか井戸水に毒を入れるとか。
そう言うのは殆ど意味がないらしい。
まぁ、『ミドリの手』や『プチレイン』の様な魔法があれば食糧にも飲み水にも困らないだろうし、『ヒール』の様な回復魔法が使えれば薬の心配もそこまでしなくてもいいだろう。
それに『状態保持S』の様なスキルを持っていれば、毒の心配もしなくていい。
「そんな魔法やスキルを最大限生かすには、それに見合った杖や魔法道具が必要なんだよ」
「で、そんな杖や魔法道具を作れるティフィンミルやアルゴの様な技術者や、それを作る為の素材ってのが大事になってくる訳だ。
だから、そう言うのの取り合いになる」
「なるほど」
確かに人間が魔法を使うには、杖とかが必要だもんな。
その杖が戦いの中で壊れて新しく作れなくなったら、どんなに凄い魔法を覚えていても意味がない。
だから、そんな魔法を最大限に使える様にする為の杖とかを作れる鍛冶師の爺さん達の様な人達の存在が、この世界の戦いの中では大切になるんだ。
この話を聞いた後だと、『レジスタンス』の人達がゾンビにされたローズ国民を魔法の水晶の中に閉じ込めたのは、半分位その為だったんだろうな。
って思ってしまう。
ゾンビにされた凄い杖とかを作れる人達が、無理矢理魔女達の為の装備を作らされるのを阻止する為、魔法の水晶に閉じ込めた。
もう半分は、純粋にゾンビにされた人達を助けたいから。
「それで、基本的には鍛冶師さんの様な人達をあの手この手でヘッドハンティングするんだよな?」
「あぁ。でも中には短慮で横暴な奴も居てな?
自分達の味方にならないからって、一族全員皆殺しにしたり、素材が取れる場所を全部燃やしちまう奴も居たんだよ」
「その結果、消えちゃった技術とかが沢山あるんだよ。
ピコンさんの村の魔法道具の塔とか、森塩とか」
「サマースノー村の塔の事は分かるけど、森塩も?」
情報伝達が遅れがちな小さな村の住民であるサマースノー村の人達だけじゃ無く、王族の1人として一般人よりも色々学んでるはずのルグもユマさんも生き物によって聞こえる音の域が違う事とか、あの塔の正体やルディさんのバイオリンの真の能力の事とか。
その辺の事、全く知らないみたいだった。
特にユマさんは大好きな魔法道具が関わってるんだから、知ってても可笑しくないはず。
それなのに知らないって事は、その辺の音関係の事はこの世界では一般的な知識じゃないって事だよな。
でも、あの音の結界を張れる塔とバイオリンが作られていたって事は、少なくともその2つを作った人は音の域の事や、ヒツジやオオカミが好んだり嫌う音についてほぼ完璧に知っていたはずだ。
それがユマさん達にも伝わってないのは、俺達の世界と違ってその辺の知識や技術が一子相伝とかで独占されてるからか。
それこそ何かの理由でその技術が今の世の中から消えてしまっているから。
って事になるじゃないか?
だから、あのサマースノー村の塔がロストテクノロジーだって言われ事には納得できた。
でも森塩の方までそうだって言われたのには納得できない。
あれは俺達が『教えて!キビ君』で調べて、オレンジ歩キノコが塩の代わりになるって依頼書に記録されたから出来た物だろう?
それなのに、あれもロストテクノロジー?
一体どういう事なんだ?
「うん、そうだよ。
今と名前は違うけど、2000年位前にも森塩は売られていたんだ。
その証拠に、その時代位からあるそれなりに有名なローズ国の昔話に、『塩小僧』ってのがあるんだよ」
「『塩小僧』?森塩を売る男の子話?」
「ううん。
簡単に言うと、ある貧乏な商人の男が森塩を売って大金持ちになる話」
ある日とっても貧乏な商人が、キノコを売ろうと深い森に入った。
でも売れるキノコが中々見つからず、後のない商人は普段なら絶対行かない様な森の奥へドンドン行ってしまう。
そこで出会ったのは、ヒヅル国人っぽい全裸の子供の様な不気味な魔物。
「商人はその魔物に追い掛け回されるんだけど、頑張って倒すんだよ。
それで、倒した魔物が塩に変わってそれを売った商人は大金持ちの大商人になったって話」
「あぁ、なるほど。
その話に出てくる魔物がオレンジ歩キノコって事か」
「うん、そうだよ。
オレンジ歩キノコって、子供位の大きさだしキビ君達やヒヅル国の人達の肌の様な色してるでしょ?
それで塩になる。
それでこの『塩小僧』の物語にはモデルになった、戦争のせいで滅ぼされてしまった商人一族がいてね?
一族で秘密にしていた不思議な塩を売って1代で大商人の仲間入りしたんだ」
まず、ローズ国には岩塩が取れる場所がない。
それに土地の形の関係で、海辺に生えるマングローブの様な植物から作る、この世界の塩を作る事も出来ないそうだ。
だから、ローズ国で塩を手に入れるには、チボリ国から輸出して貰うか、『ミドリの手』様な魔法を使える人を独自に雇う必要があるらしいんだけど。
そう言うのは大体、昔から変わらず何代も続く様な大商人一族が独占していて、2000年前に森塩を売っていたと思われる弱小商人には手が出せる商品じゃなかったらしい。
それなのに当時の大商人一族でも気づかない独自のルートで塩を手に入れてのし上がった。
それも持ってる土地が海とは一切関係ない、今のオノルの森の1部に当たる場所しかないにも関わらずに、だ。
そう言う色んな事から考えて、その商人が2000年前に売っていた塩は森塩の可能性が非常に高い。
って話になると、マシロは紺之助兄さんの『図鑑』の情報を見たジェイクさんの考察を教えてくれた。
「だからキビ君のスマホにも、『市場に中々出回らない高級品』、みたいな事が書かれてたんだよ」
「えっ!あれって、昔実際にあった事だったの!?
てっきり将来的にそうなる決定事項な情報だと思ってた・・・」
「違う違う。
運命的な情報も未来の情報も、サトウの『教えて!キビ君』にもコンの『図鑑』にも書かれてないって。
むしろ、サトウ達のスマホで調べられる情報は、基本古すぎるんだって」
「古過ぎる?」
「そうらしいよ?
そのお陰でロストテクノロジーとかについては、今この世界に残ってる資料の中で1番詳しく乗ってるみたいだけどね。
・・・・・・って、そう言えば貴弥には言ってなかったね、あの事」
あの事?
この流れ的に多分『教えて!キビ君』に関する事なんだろうけど、一体何の事だろう?
ルグもその『あの事』について知ってるみたいだし、俺が寝ている間にジェイクさんが俺のスマホを調べ直して何か分かったのかな?




