44,カラクリ箱と2つの鍵 4箱目
「ピコン君?ピコン君ってば!」
「・・・・・・」
「おーい、ピコン君。本当に聞こえてないのー?」
「・・・・・・・・・僕、は・・・」
何度も紺之助兄さんがピコンさんを呼ぶ。
でも、手紙に集中するピコンさんは全く返事をしてくれない。
それでも諦めず何度も、何度も名前を呼べば、漸くピコンさんが口を開いた。
でもそれは紺之助兄さんへの返事じゃなくて、手紙を読んで溢れてきた感情が口からポロリと零れただけの様だ。
「ピコン君?」
「僕は・・・僕はッ!!僕は、ただの羊飼いだッ!!
それ以外の何でもないんだ!!!
だから・・・・・・
だから、違う・・・違うんだ・・・・・・
これは・・・こんな事、ありえない。
あってたまるかッ!!!」
「ねぇ!!ピコン君ってばッ!!!」
「ッ!!コ・・・オン君?」
叫んだせいで上がった息を整えないまま、ノロノロと顔を上げて。
漸くピコンさんの目が紺之助兄さんを見た。
「えっと・・・なんで、コオン君が・・・・・・」
「さっきから何度も呼んでたでしょ?
考え込んでる貴弥みたいに、本当に気づいてなかったの?」
「・・・・・・ごめん」
「気づいてなかったなら、それはそれでいいけど・・・」
「本当に、大丈夫ですか?
その紙に何が書かれてたか分かりませんが、コレ飲んで落ち着いてください?」
「・・・ありがとう、サトウ君」
作業の手を止めてルグとペールと一緒に俺達が取って来た水を一気に飲み、一息。
もう1杯水を取ってくる頃には、ピコンさんも完全に落ち着いたみたいだ。
それにしても、さっきのピコンさん。
まるで、サマースノー村でルディさんのお父さんと言い合いしていた時と同じ位。
いや、それ以上に興奮してる様だった。
それってつまり、あの時以上にピコンさんの心を掻き乱す事が手紙に書かれてたって事だよな。
『ただの羊飼いだ』とか、『ありえない』とか。
本当、あの手紙には何が書いてあったんだろう?
「あの、ピコンさん?
差支えがなければ、その手紙?
に、何が書かれてたか聞いてもいいでしょうか?」
「・・・・・・今ジェイクさん達の班が解こうとしてる部屋。
この手紙の内容を信じるなら、あの部屋の先にゾンビ毒の解毒剤のレシピがある」
ピコンさんの様子から、手紙を読ませてくれとはとても言えなかった。
だからピコンさんが嫌じゃなければ、手紙の内容を吐き出して欲しいと頼んだんだ。
誰にも言わずに自分の中に閉じ込めたい事もあるだろうけど、1人で抱え込むより誰かに聞いて貰う方が楽な場合もあるし。
ピコンさんが楽だと思う方を選んで欲しかったんだ。
その結果、俺達にとって嬉しい事を教えて貰えた。
「ッ!本当ですか!?」
「あぁ。
手紙には、あの部屋の先にコラル・リーフが作った魔法道具があって、その中に解毒剤のレシピが隠されてる。
って書いてあるんだ」
「解毒剤そのものじゃなくて、そのレシピの方があるのか・・・」
「それと、中に入っていた宝石。
これもコラル・リーフが作った、表の方の地下水道の何処かにある解毒剤の素材の1つを隠した扉の鍵らしい」
「扉?
アジト側じゃなくて、表の方にですか?
表の方に扉何って無かったと思いますけど・・・・」
遠い未来、こうなる事を見越して解毒剤の素材を守る為にこのディアプリズムの持ち主達は目を差し出したのか、それとも盗まれた物をコラル・リーフが再利用したのか。
それは分からないけど、手紙の内容を信じるなら、表の方の地下の何処かに解毒剤の素材の1つが隠されてる。
って事になるんだよな。
でも覚えてる限り、表の地下水道には扉何って無かったと思う。
確かに、メテリス達に大改造されて元の形が分からなくなってるけど、地下水道自体元々人工的に作られた物だ。
扉があっても不思議じゃないかもしれないけど、1番ありそうな見た目してたあの伝説のビックダーネアの巣にも無かったんだぞ?
他にそれっぽい物、無かった様に思うんだけどなぁ?
「確かに、表の地下水道に扉がある何って話、全く聞いた事ないな」
「それに、あのコラル・リーフが関わってるんだろ?
それなら、なお更信じられないね」
「え?何でですか?」
「コラル・リーフは7代目の勇者だったんだけど、当時の人間を裏切ったスッゴク悪い勇者だったんだよ。
そう伝わってる。
だから皆、コラル・リーフの事、信じられないんだ」
「えっと・・・・・・
そのコラル・リーフって方は、俺達からしても『悪い人』なんですか?」
7代目勇者は本当に悪人か?
少し考えて出てきたその疑問を口に出すと、周りの人達全員に、
「はぁ?」
と、言いたげな顔をされた。
言いたげと言うか、実際に何人かには言われたし、その中にはこの世界の住人じゃない紺之助兄さんまでいるし。
そんなに俺、変な事聞いたか?
流石に全員にそんな態度されたら、かなり不安になるんだけど・・・・・・
もう一度聞こう。
俺、そんなに変な事聞いたか?
「サトー君、マシロちゃんの話ちゃんと聞いてた?
『当時の人間を裏切った悪い奴』だって言っただろう?」
「はい。ちゃんと聞いていましたよ。
だから、疑問なんです。
俺、この世界の事詳しくないので、3000年前の人間の国が今と同じ価値観や文化や思想。
この時代と同じものを『良いもの』や『正しいもの』だと言っていたか、全く分からないんです」
7代目って事は、コラル・リーフは3000年に『召喚』された人って事だ。
3000年もの昔なら、現代とはかなり違った文化や価値観があったと思う。
実際100年位前の日本では、戦争だからって言って国の偉い人に自殺教唆されて万歳言いながら死んでった人がいる位なんだ。
それが良い事だって教え込まれて、死にたくないって当然の事言って逃げたら『悪い奴』って家族を含めた周りの人に罵られて。
そんな俺達現代人からしたら、完全に国民全員狂ってるとしか言えない様な時代があったんだ。
たった100年ぽっちでもこんなに違うんだぞ?
3000年もの大昔なら、もっと違う可能性があるじゃないか。
「と言う事で、ジェイクさん。
軽くでいいので前提となる3000年前の事教えて頂けませんか?
せめて、今の時代と殆ど同じなのか、大分違うのか。
それだけで構いませんので」
「・・・・・・大分・・・違う、ね。
専門にしてる時代じゃないから、ボクもそこまで詳しい訳じゃないけど、2、3000年前辺りの時代は、貧困の差も身分の差もかなり酷くて、人の命すら使い捨て同然だったと言われてるんだ」
思い出そうとしてるのか、悩む様に途切れ途切れ大分違うと言うジェイクさん。
人の命が使い捨て同然って・・・・・・
かなり酷い時代だったんじゃないのか?
その後もう少し詳しく話してくれたジェイクさんの話だと、3000年前ならまだ殆どの国に奴隷制度もあったし、身分によっては現代なら誰もが持っている基本的な人権すらなかった。
そんな、話を聞いた俺からしたら地獄同然の時代だったらしい。
「そんなに今と色々違うのに、現代でもコラル・リーフは『悪い人』なんですか?
そんな酷い事を平然と出来る人間を裏切って、当時の人間が悪人だと言う様な事した人なら、逆に俺は『悪い人』じゃなく『良い人』だと思うんですが?」
「それは・・・・・・ごめん。分からないんだ。
当時の文化や思想と比較して、現代から見た歴史に名を残す偉人や犯罪者達が、実際どんな人物だったのか。
そう言う研究は、宗教的な理由で殆どされてないんだ」
勇者の仲間や協力者だったり、逆に勇者が捕まえたり倒したり。
大半の歴史に名を残す偉人や犯罪者は、歴代勇者とも深く関わってるそうだ。
だから、そう言う研究してると、勇者の行動を否定する異常者として学界を追い出されてしまうらしい。
そうなったら研究者達も大変困るから、そう言う比較とかの研究は進んでないそうだ。
その為、たった1年で裏付け調査が終わった勇者ダイス達関連の事も、今まで全くその事実に触れられなかった。
それが俺達が勇者ダイスの日記を見付けて、魔女達が色々やらかして。
漸く禁忌の箱を開ける覚悟がどの国も出来た、と言う事だろう。
実際裏付け調査をするかどうかの国際会議も、かなり荒れたらしいし。
ただまぁ、そういう事がなくても、学界を追い出されても研究したい人はその前から研究してるだろうけど。
ただし、俺達がコカトリスを倒す前までのエスペラント研究所の様に表に全く出れないから、ジェイクさんも全っくと言って良い殆どそう言う研究者や研究所を知らないらしい。
「だから、コラル・リーフが実際、サトウ君の言う様な『良い人』だったのか。
それとも、現代人からしたら酷いと思う事を普通の事だと思っていた当時の人間達が『悪い人』だという様な極悪人だったのか。
それは本当に分からないんだ」
「そう、ですか・・・・・・
なら、コラル・リーフが俺達の味方になってくれる可能性も0じゃ無いですよね?
そんな酷い当時の人達が言ってたからって理由だけで、コラル・リーフを信じないって言うのはちょっと・・・」
いや、今までの流れからして俺は信じて良いと思うんだけどな?
5、6000年前に『召喚』されあんな事になった木場さん達も、最初悪い奴だと思ってたのにあんな終わりを迎えた勇者ダイス兄弟も。
『良い勇者』と美談が伝わっているのに、実際本人達はろくな目に遭っていなかった。
正直言ってもう俺は、この世界に今も伝わる勇者の人物像を鵜呑み何って出来ないんだ。
だから、『悪い勇者』と言われるコラル・リーフが『正真正銘の悪人』とはとても思えない。
実際の木場さん達の流れを考えると、俺達の助けになってくれる『良い人』の様な気がするんだ。




