13,サイカイ その4
「先生、早く!!貴弥が大変なんだって!!」
「だからうるせぇって言ってんだろうがッ!
おい、エド!こんな朝っぱらからどうした?
ついにあの人間くたばったか?」
「お久しぶりです、クエイさん。
あの時は大変お世話になりました。
でも、勝手に殺さないで下さい。
ちゃんと生きてます」
「・・・・・・なんだ、起きたのか」
紺之助兄さんが連れてきたのは、まさかのクエイさんだった。
欠伸を噛み締め、不機嫌さを隠そうともせずそう言い放ったクエイさんの姿に、相変わらず医者らしくないと思う。
クエイさんの事情的に仕方ないとは少し思うけど、だからって医者が人の死を望まないで下さい。
「意外としぶといな」
「俺も、そう簡単に死にたくないので」
「そーかよ。
コイツが起きた事知らせに来ただけなら、俺は帰るからな。
こっちはどっかの誰かと違って、遅くに寝たからねみぃんだよ」
「あ、はい。すみません、お騒がせしました」
「ちょ、先生!?そうじゃない!!帰んないで!!
貴弥も先生帰そうとしないで!!」
1つ大きな欠伸をして、部屋を出て行こうとするクエイさんを必死に止める紺之助兄さん。
紺之助兄さんはあぁ言ってるけど、寝不足のクエイさんを早朝から叩き起こしてまで見て貰う程、俺の体に変な所は無い。
確かに表情筋が仕事しなくなったのは問題だけど、どこか痛いとか苦しいとか、気分が凄く悪いとか。
そう言う事は全然無い訳で、俺個人としてはそこまで緊急性のある状態だとは思わないんだよな。
熱とか測ったり薬飲んだりして少し様子を見て、それでも周りから見てかなり可笑しいって言うなら、クエイさんの都合の良い時に見て貰えば良い。
そう思うんだけど、紺之助兄さんは納得してくれないかな?
「ったく・・・アイツの何処が可笑しいって?
酷い怪我してる訳でも、顔色が悪い訳でも、まともに受け答えが出来ない訳でもない。
俺から見たら、3日も寝こけてた理由が分からない位、健康そのものだ。
他にどんな異常があるって言うんだ?」
「いや・・・でも・・・
貴弥、ずっと無表情で・・・・・・」
「・・・・・・それだけか?」
「・・・・・・・・・はい・・・」
呆れた様に睨んでくるクエイさんに気圧された紺之助兄さんが弱々しくそう言う。
そんな紺之助兄さんにクエイさんは溜め息1つ。
ガリガリと頭を搔いて俺達に背を向けて、面倒くさそうに言葉を吐きながらドアノブを握る。
「それだけなら、それも膜の問題だろ。
俺は専門外だ。ジェイクが帰ってきたら聞け。
それとエド!
そいつ等、必要以上に部屋の外に出すなって言っただろう!!
大人しくこの部屋に閉じ込めてろって言われた事、もう忘れたのか!?」
「忘れた訳じゃないし、何度も言われなくても分かってるって」
「だったらこんな朝っぱらから、俺の所に異世界人1人で寄越すな。監視の意味ねぇだろ」
「漸く起きたサトウの様子が可笑しかったんだ。
アンタを呼びに飛び出すのも仕方ないだろ?」
「どこがだ・・・
はぁ・・・やっぱ、お前1人で異世界人共の監視は無理だったな。
ったく!ジェイクの奴、何処ほっつき歩いてんだ!?」
「さぁ?何時も通り、マシロの所じゃないの?」
「・・・・・・チッ!
兎に角、ジェイクが戻るまで何が何でも絶対外に出すな!!いいな!!」
「はい、はい」
紺之助兄さんとルグに不機嫌さを乗せた言葉を投げ掛けて、クエイさんは今度こそ部屋を出て行った。
そのクエイさんは幾つか気になる言葉を残している。
『膜の問題』に『エドに指示した俺達の監視』、それと『ジェイク』と『マシロ』って人。
その事を聞きたかったけど、あんな不機嫌なクエイさんを止める勇気は全く沸いてこなかった。
会話の内容的にルグに聞いても問題ないだろうし、だからクエイさん引き止めず見送ったんだけど・・・
クエイさんと同じ様にルグの正体を知らないだろう紺之助兄さんが居る前で聞いても、ルグは答えてくれるかな?
「えーと・・・エド?
幾つか、また聞きたいんだけど・・・・・・」
「あぁ、うん。大丈夫。
監視ってどう言う事だーとか、ジェイクやマシロって誰だーとか。
そう言う事だろ?」
「うん。後、膜の問題?って言うのも気になるな」
「あー・・・それもかぁ・・・
だと、えーと。どれから話そう?」
ルグは少しの間悩んでから口を開いた。
でも、考えながら話してるみたいで、視線があっちこっち泳いでる。
「えーと、まず。
ジェイクはオイラ達と同室の奴なんだ」
「・・・ここ、4人で使ってたんだな。
そのジェイクさんって人、あんまりこの部屋に帰ってこないの?」
「あー、うん。基本帰ってこないな。
大体何時もマシロの部屋に居る」
落ち着いて見回して分かった事だけど。
この部屋にはベッドやイスが4つずつある。
だから、この部屋が元々4人部屋だって事は分かっていた。
でも掛け布団の乱れ具合から、この部屋は3人で使ってるって思ってたんだ。
俺が使っていたベッドを抜かして、誰かが使っていたって分かる状態のベッドは2つだけ。
最後の1つはチェックインして直ぐのホテルのベッドの様に綺麗に整えられていて、暫くの間誰も使っていない様に見えた。
それに、大き目のクローゼットに本棚、そこまで大きくない机が1つ。
この部屋にあるそれ等の家具をざっと見ても、もう1人誰かが使っている様には見えなかった。
机の上には俺が元の世界から持ってきたホワイトボードとホイッスル、本、ポケットに入れておいた筈のボールペンが刺さったメモ帳の他に、鉢植えに植わったこの世界の時計と使われた跡の残るコップが2つ。
イスも2つだけしか動かされた後が無い。
つまりパッと見、この世界に戻ってきてから今までずっと気絶していた俺を抜かして、ルグと紺之助兄さん以外この部屋を使ってる人が居る様にはどうしても見えないんだ。
「ジェイクさんは僕達の監視役の1人でもあるんだけどね・・・
マシロちゃんって言う、この『レジスタンス』って組織に入ってる貴弥やエド君と同じ位の年の女の子が居てね?」
「『レジスタンス』?・・・って、確か・・・・・・
鍛冶師さんのご両親が協力してた・・・・・・」
イチゴ狩りの時、雑貨屋工房の技術が凄過ぎるって話になって、翌日聞きに行ったんだ。
その時雑貨屋工房の鍛冶師の爺さんが話してくれた中に出てきた組織の名前も『レジスタンス』だったはず。
ルグも『組織自体は60年位前からある』って言ってたし、鍛冶師の爺さんの両親がその組織に協力してたのも大体60年前。
だから、鍛冶師の爺さんの両親が協力していた『レジスタンス』と、今ここに居る『レジスタンス』は同じ組織なんだと思う。
でも、鍛冶師の爺さんの両親が協力していた『レジスタンス』は60年前に消えてしまったはずだよな?
そうあの時の鍛冶師の爺さんは言ってたけど、実はヒッソリ生き残ってたのか?
「その『レジスタンス』で合ってるぜ」
「鍛冶師さんは当時のローズ国王達に消されてもう存在しないって言ってたけど、残ってたんだな」
「まぁな。
今の王家やそいつ等が行う政治のやり方に不満がある奴が居る限り、『レジスタンス』は不滅。
って、今の『レジスタンス』のボスが言ってたぜ」
『レジスタンス』が生き残っていた事に少しだけ驚いていると、ルグがそう補足してくれた。
やっぱり60年前から変わらず、ローズ国王家の人間に不満を抱く人間は大勢居たんだな。
いや、今の方が60年前よりも多く居るだろう。
それに、『レジスタンス』の初代ボス達は遠くない未来。
このローズ国に現ローズ国王家のせいで、最悪な不幸が訪れる事を予知してたんだ。
本当にローズ国の事を思っていたから、『レジスタンス』を必死に残したんだろ。
60年前、おっさんの父親である先代ローズ国王が王位を継承しようとしていた時期。
ローズ国では大規模なクーデターが起きた。
先代ローズ国王は先々代ローズ国王やおっさんと違って、ある1つの欠点を抜かせば頭も良く、真面目で純粋な国民思いの理想的な王様だったそうだ。
ただ、その唯一にして最大最悪の欠点。
『英勇教の狂信者』と言う問題から王位継承権の低い弟達や、そもそも継承権すらない姉や妹を中心にクーデターを起こされた。
確かに先代ローズ国王は基本『理想の良い王様』だったんだろう。
でも、それ以上に勇者の存在や言葉を一切疑わない、疑う事ができない。
『勇者の幽霊や勇者の代弁者を名乗る詐欺師』に簡単に騙される人でもあったんだ。
『勇者』が関わってくると途端にポンコツになるって言えばいいのかな?
兎に角、
「自分は勇者だ」
「勇者の言葉を伝える者だ」
って言う人達の言葉を何の疑いも無く片っ端から信じる様な人で、どう考えても『可笑しい』、『国や国民の為にならない』事でもホイホイ信じていたらしい。
その結果、ゾンビ毒を作り上げ村1つゾンビにするとか、先々代ローズ国王の悪い所を更に煮詰めた、どう見ても一国の王の器じゃないおっさんをローズ国の王様にするとか。
そう言うヤバイ事をやってしまった訳だ。
確かにそんな危うさがある王様だったから、先代ローズ国王の側にはそう言う詐欺師を最初から疑う、疑い深い人も居たらしいけど。
けど、そう言う『信用できる疑い深い人』に限って、重い病気になったり魔物に襲われたり。
そう言う理由で皆若くして亡くなっている。
まぁ、このローズ国の現状やユマさん達の事考えると、本当に病気や事故で死んだか怪しいんだけど。
寧ろ、本当に病死や事故死だったら、逆に心底驚くぞ、俺は。
で、
「そんな勇者関係の疑心が外付けタイプの人間が王様になって、本当にローズ国は大丈夫なのか?」
っと思った腹違いの兄弟が60年前に居た訳だ。
その人、第7王女は同じ様な思いの人達をコッソリ集め、『レジスタンス』を結成し、裏から支援していたらしい。
それに王家専属鍛冶師と専属の仕立て屋だった鍛冶師の爺さんの両親も、表立って参加していた訳じゃないけど第7王女と一緒に裏から協力していた。
その時お腹の中に居た鍛冶師の爺さんの未来を思って、鍛冶師の爺さんの両親は『レジスタンス』に協力してたと、あの時の鍛冶師の爺さんは言ってたっけ。
確かに当時の『レジスタンス』の作戦が成功していたら、おっさんが治める今のローズ国よりは良い国になっていただろう。
でも現状から分かる通り、60年前の『レジスタンス』の作戦は失敗した。
いや、失敗した原因は『レジスタンス』の人達のせいじゃなくて、他の異母兄弟達のせいだったらしいんだけど。
基本、長男しかローズ国の王様になれないって言うのに、プライドがとんでもなく高い第2王子がキレて、先代ローズ国王を暗殺。
その失敗した第2王子の暗殺計画を機に他の不満を抱えてた異母兄弟達も暴れだして、準備が不十分なまま『レジスタンス』も作戦を決行するしかない状態になってしまった。
それで作戦が失敗して、『レジスタンス』に協力していた第7王女は処刑され、鍛冶師の爺さんの両親も王家専属の地位から追い出されたらしい。
今までの功績と、当時鍛冶師の爺さんのお父さんしか出来ないし、知ってる人も居ない。
そんなもの凄い技術を惜しまれた事から、命だけは助けられた。
けど、鍛冶師の爺さんの一族はどんなに技術が凄くても子々孫々王家専属の職につけなくなったし、アーサーベルから出る事も出来なくなってしまったそうだ。
その技術は消し去るには勿体無いし、他の国に渡したく無いから自分達の目の届く所に置いておきたいけど、その技術を受け継ぐ一族は一切信用出来ないから直ぐ側には置いておきたくない。
そう言う当時の王族の思惑もあって、色々あった結果生まれたのが雑貨屋工房だと鍛冶師の爺さんが言ってたな。
だから、雑貨屋工房の人達は凄い技術を持っているのに王家専属じゃないそうだ。




