9,コンティニューしました
神社に植わった数え切れない程の木々に木霊して、何処から悲鳴が上がったのか分からない。
でも何となく俺は、ただの勘だけどこの悲鳴は神社の林の中の。
あの25年前木場さん達が見つかった、『悪い鬼』が封じ込められているって話のある神木の祠の方からしたと思ったんだ。
「もしかして、おにぃちゃん?おにぃちゃん!!」
「あ、待って!!行っちゃダメだ!!」
妹ちゃんもあの祠の方から声がしたと思ったのか。
驚いて動けない俺達の中で1番最初に動ける様になった妹ちゃんが、林の中に向かって走っていく。
そんな妹ちゃんを次に動けるようになった大助兄さんが、何とか捕まえようと追いかけて行った。
そんな大助兄さんの姿を見て、弾かれた様に後を追いかけだした俺と紺之助兄さん。
後ろで木場さんや上条刑事が何か言ってるけど、よく聞こえない。
今は兎に角、2人を連れ戻さなきゃ。
じゃ無いと、取り返しのつかない事が起きる。
そう何となく感じていたんだ。
「ッ!何だあれは!!?」
「おにぃちゃん!?・・・違う!!誰!!?」
「大助!!何が・・・・・・」
大助兄さんと妹ちゃんの叫びを聞いて、神木の祠が見える場所で立ち止まった俺を抜かして紺之助兄さんが2人の側に行く。
あぁ、やっぱり。
やっぱり、あの世界は夢じゃなかったんだな。
神木に後ろ半分位埋まった祠の半歩手前の地面に青白く浮かび上がった。
この場所には場違い過ぎる程場違いな、嫌に見覚えある魔方陣。
それは、ローズ国城の地下にあった『召還』の魔方陣と全く同じモノで、その魔方陣の光に応える様に祠の中が鼓動す様に歪み続けている。
その歪みの中心から3人の、見覚えのある人間が悲鳴を上げながら出てきた。
忘れる訳が無い。
忘れられる、はずが無いんだ。
穴から出てきたのは、魔女と助手。
それと、黒く濁った紫色の目に変わってしまった。
傷と血だらけのボロボロのゾンビにされてしまったルディさん。
あぁ、喉が痛い。
「うわあああああああああああああああああ!!!」
そんな3人から少し遅れて出てきた、ルディさんよりも酷い状態の高橋。
その高橋の腕が出てきた時には、俺は喉の痛みと気持ち悪さから立っていられなくなっていた。
痛い、気持ち悪い、寒い。
直ぐ目の前にある地面に向かって、胃の中の物を全部吐き出して、唾も胃酸も吐けるだけ吐いても、吐き気が全く収まらない。
逆に吐けば吐く程気持ち悪さと、寒気が酷くなって。
喉に鋭い痛みが走る。
何で魔女達がここに居るんだ?
何しに来た?
ナトはどうした?
ユマさんはどうなった?
分からない。
分からない分からない分からない分からないッ!
分からないけど、怖い、寒い、痛い。いやだいやだいやだ!!痛いのは嫌だ!!怖いのだって嫌だ!頼むからどっか行ってくれ!!ナトと高橋返して、ルディさん戻して消えてくれ!!!怖い怖い怖い怖い怖い怖い痛い怖い怖い喉が裂ける怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い痛い息出来ない怖い怖い怖い痛い痛い怖い痛い怖い怖い怖い怖い怖い
「貴弥!!!」
にい、さん・・・?
こんの、すけ兄さん・・・の声が直ぐ近くで聞こえる。
鼓膜が破けそうな大声で、何度も俺の名前を呼んでいる。
「貴弥!!貴弥、確りしろッ!!!
ちゃんと息を吸え!!」
「ゲホッ!ゲホッゲホッ、ゴァ、ガ、ゲホッ!!」
「貴弥!!」
紺之助兄さんに背中を摩られながら、胃や喉に張り付いた何かを吐く様に何度も咳き込む。
あぁ、口ん中が気持ち悪い。
変な味がする。
「ヒュー・・・ヒュー・・・」
「そうだ。ゆっくり、ゆっくり、息を吸え。
大丈夫、大丈夫だから。
お兄ちゃんが付いてるからから、大丈夫」
「・・・ヒュー・・・ッ、ゲホッ・・・・・・」
紺之助兄さんに声をかけられ続けて、消えていた音が戻ってくる。
どの位、俺は此処で蹲っていたのか。
やけに重たい頭を何とか動かして辺りを見回ば、此処に来た時より少し光が弱くなった様な魔方陣の上。
そこに高橋達が居る事が分かった。
その4人の後ろにある祠の中がドクドク歪んでいる事は変わらない。
でも、そんな4人と対峙する様に、何時の間に追いついたのか木場さんや高橋のお父さん、上条刑事が向き合っていた。
そんな3人に守られる様に、1歩下がって暴れる妹ちゃんを抱かかえる様に全身で抑える大助兄さん。
その全員が高橋達を。
いや、高橋に守られているらしい魔女達を険しい表情で見て何か叫んでいた。
全員『日本語』で叫んでいる事は分かるし、吐いていた時の様に音が消えた訳じゃない。
でも、大助兄さん達の言葉が上手く理解できないんだ。
「ッ!!」
「貴弥、見なくて良い。
あいつ等が、お前達を襲った犯人なんだろ。
怖くて当然だよ。
大丈夫。後は刑事さん達がどうにかしてくれる。
だから、貴弥。お前は、見るな」
魔女達を見て、俺の体が跳ね上がる。
そのまま自分の意思とは関係なく、歯が煩く鳴る程体が震えだした。
酷くなる喉の痛みと一緒に、どうしようも無い恐怖が湧き上がってくる。
そんな俺を見て紺之助兄さんが、自分の体を使って魔女達を見えないようにしてくれた。
あぁ、やっぱりか。
あの世界に居た間は、スキルで精神的にもあの世界で生きられる様になってたんだな。
あの世界で魔女達に会っても、1度もこんな、動けなくなる程の恐怖は感じなかった。
それが今はどうだ?
怖くて怖くて、立ち上がるどころか吐くか咳き込む以外何も出来ないじゃないか。
「勇者様!お願いです!!
早く戻りましょう!!
このままでは帰れなくなってしまいますッ!!!」
「ダメ!!おにぃちゃん、行っちゃダメ!!!
行かないでッ!!」
「蓮也!!そっちに行くんじゃない!!
戻ってくるんだ!!」
紺之助兄さんのお陰で、少しずつだけど冷静な部分が増えてきた。
それでもまだ、自分の体を思うように動かす事は無理で。
かなり長い間何度も何度も紺之助兄さんに声をかけられて、漸く高橋達が何を言っているのか理解できるようになった。
どうも魔女達は、高橋をもう1度あの世界に連れて行こうとしているらしい。
それを高橋のお父さんや妹ちゃんが必死に止めているみたいだ。
「ユヅ・・・親父・・・でも、俺は・・・・・・」
あの世界で何をしていたのか。
魔女に『勇者』って呼ばれてるから、ろくでもない事をやらされていたって事だけは分かる。
でも、そう思っていないらしい、記憶の中の夏休み前の姿から大きくかけ離れた。
微かにしかその姿を捉えられて無い俺からしても違和感だらけな見た目になってしまった高橋は、家族と魔女達。
どちらの手を取るか悩んでいる様だった。
「蓮也!お願いだ!!こっちに来てくれ!!」
「おにぃちゃん!帰ろう!?一緒に帰ろうよ!!」
「行かないで、勇者様!!
お願いですから、私達を見捨てないで・・・
勇者様が居なければ、私達は・・・」
「嘘だ!騙されるな、蓮也君!!
そいつ等は君を利用してるだけなんだ!!
勇者だ何って呼んでいるが、そいつ等は君をッ!
君達を『夜空の実』を集める為の道具としか思っていない!!!
戻ってくるんだ!!!」
「蓮也!
このままじゃ、お前まで僕達の様になってしまう!!
お前はまだ間に合う!間に合うんだッ!!!
だから、早く!!早くこっちにっ!!」
木場さんも加わって、更に高橋の説得を試みているようだ。
声だけだから分からないけど、上条刑事や近くに居るはずの警察は、魔女達の直ぐ側に高橋が居て強引な手段をとれずにいるのかもしれない。
あの世界の人間である魔女達なら、危険な魔法が使えるし、武器だって間違いなく持っているはずだ。
それを知らない警察でも、あの教室に捨てられていた死体の様子から、魔女達が危険な奴等だと言う事は気づいているはず。
だから、高橋の安全を考えた警察は迂闊に手が出せなくて。
結果、木場さんや高橋の家族が何とか高橋を説得しようとしてるんだ。
「蓮也!」
「おにぃちゃん!!!」
「・・・・・・ダメですよ、勇者様。
まだ、やるべき事があるでしょう?
さぁ、私達と戻りましょう」
高橋の名前を強く呼ぶ高橋のお父さんや妹ちゃんの声を掻き消す様に、静かな魔女の声が響く。
その声は叫んでいない事以外、さっきまでと何も変わらないはずなのに、なぜか凄く気持ち悪くて。
背中を何か嫌な物が滑るのと同時に、さっきまでと同じかそれ以上の気持ち悪さが込み上げて来た。
何か分からないけど、悪い方に何かが違う。
静かに高橋に掛ける魔女の声は、そう本能的に思わせるような声音をしていた。
「・・・あぁ、そうだな。戻らないと・・・」
「ッ!」
それに答える高橋の声は、黒く染まったその目と同じ様に何処までもウツロで。
まるで機械が言わされている様な、人間らしい色が全く無かった。
だからこそ、嫌でも分かってしまう。
魔女が何か魔法を使って高橋を操ったって。
高橋を操って連れて行こうとしてるって。
もしかしたら、大助兄さんや木場さん達も魔女に操られて動けないのかもしれない。
このままじゃ、やっと帰って来た高橋がまた連れてかれてしまう!!
なとか、何とかしないとッ!!!
「わりぃな、ユヅ、親父。
俺、まだあの世界でやらないといけない事あるんだ。
それが終わったら、必ず帰ってくるから。
だから、もう少しだけ
ピィイイイイイイイイイイイイッ!!!!!!!!
うわッ!!うるさっ!!なんなだよ一体!!!?」
「ッ!蓮也から離れろッ!!!」
ダメだ!
もう、高橋が連れてかれてしまう!!
このままじゃ間に合わない!!
そう感じた俺は、上手く動かない腕を何とか動かして、震える口にどうにか無理矢理押し込んで。
壊れる位思いっきりホイッスルを吹いた。
林に木霊する、甲高い笛の音。
その音に驚いて、魔女の魔法が緩んでくれたみたいだ。
耳を塞ごうとずれた紺之助兄さんの体の隙間から、大助兄さんや木場さん、高橋のお父さんが高橋を連れ戻そうと走り寄っている姿が見えた。
その先には耳を塞ぐ高橋と、動けない高橋をかなり歪みが小さくなった祠に引きずり込もうとする魔女と助手の姿。
その魔女と助手と目が合った。
親の敵を見つけた様な、同じ人間とは到底思えない恐ろしい顔と目。
その鋭い眼力だけで心臓が止まりそうだ。
それでも、俺はホイッスルを吹くのをやめなかった。
直ぐ近くに居る紺之助兄さんには心底申し訳ないって思うし、魔女と助手が怖過ぎてまた体が固まりそうでもある。
でも、このホイッスルの音で少しでも魔女達の邪魔が出来て、他の刑事さん達が此処に来やすくなるなら。
そう言うモノ全部押し込んででも、ずっと吹き続けてやる!
「紺之助!!貴弥!!!」
「ッ!!?」
そう思っていったのに、急に見えない何かに押しつぶされてホイッスルを吹く事どころか、体を動かす事も出来なくなってしまった。
この感覚は、魔女達にこの世界に帰された時の感覚に似ている。
この潰れそうな重さと、何とか見えた俺と紺之助兄さんの周りの地面に現れて輝く魔方陣。
それだけで俺達の足元に浮かんだ魔方陣が、高橋達の足元に浮かぶ『召還』の魔方陣と同じものだと言う事が分かってしまった。
多分あの世界に居る誰かが、高橋達を連れ戻そうとして間違えたんだろう。
そう思って紺之助兄さんと一緒に魔方陣から抜け出そうと試みるけど、魔方陣に吸い込もうとする力の方が強くて全然抜け出せそうにない。
「イ・・・ッ・・・だ、だい、すけ・・・・・・」
「紺之助!!待ってろ!!今助けるから!!」
「僕・・・より・・・キ、ビをッ!!」
「馬鹿ッ!!!絶対2人共助けるから!!!
だから、そんな事言うな!!諦めるな!!」
「だ・・・い・・・・・・・・・ごめん・・・ね」
「あ・・・」
大助兄さんが紺之助兄さんを引っ張ろうとしている。
でも、俺達を飲み込む魔方陣の力の方が大助兄さんの何十、何百倍も強くて。
紺之助兄さんごと大助兄さんを飲み込もうとしていた。
そんな大助兄さんを助けようとしたんだろう。
紺之助兄さんが大助兄さんを一瞬自分の方に引っ張り、バランスを崩した大助兄さんを思いっきり突き飛ばした。
魔方陣から少しだけ離れた場所に尻餅を着く大助兄さん。
その姿を最後に、大助兄さんの姿が消えた。
いや、消えのは俺達の方か。
体が何処かに。
あの世界に運ばれていく。
俺は、またあの世界に行くのか?
ルグやユマさん、ナトが居るあの世界に・・・
皆、無事だよな?
ナトも、ルグも、ユマさんも。
皆、生きてるよな?
約束したんだ。
もう、夢だなんって思わないから。
だから、あの約束を果たさせてくれ!!
だから、だから!
頼むから、それまで。
いや、その後も、絶対無事で居てくれ、ルグ、ユマさん!!
ナトも絶対、無事に生きててくれよ!
何処に居るか分からないけど、何時もみたいに俺が絶対見つけて迎えに行くから!!
だからそれまでッ!!!
それまで、待っててくれ!!!ナトッ!!!
 




