3,コンティニューしますか? Ver.3
今の俺は、あの事件の後遺症で声が出ない。
俺が悲鳴を上げて直ぐに誰か来ないようにする為か、犯人に執拗に喉を蹴られた。
そのせいで整形手術でもしないと消えない酷い傷が、喉についている。
2週間経った今も、何針か縫った頭の傷と同じく包帯やガーゼが手放せないし、直視したくない位見た目もかなりえぐい。
でも酷いのは表面だけで、声帯とかは無事だったんだ。
それなのに完全にしゃべれなくなったのは精神的な問題。
何度も喉を蹴られたせいで俺自身が声が出ないと強く思い込んでいるのか、忘れてしまったけど少しでも声を出したら即殺される様な目に合ったのか。
そう言う襲われたショックが原因で、声帯は無事なのに声が出ないらしい。
カウンセリングやリハビリもしてるから、無意識の部分まで染み込んだ恐怖が消えてきたら治るだろうけど。
「今日は何時もより眠れたみたいだな」
そう言われた俺は、少しホッとした表情のやつれた父さんを安心させるように頷いた。
父さん達に見せていたホワイドボードをひっくり返して、文字を消す。
次に書こうとした、
『ナトは?』
の文字を消して、別の質問を書く。
ドア越しに聞いていたから、今日もダメだった事は分かっている。
それでも聞きたくて仕方ないナトの行方。
必死に探してくれてる父さん達に、それをもう1度聞くのは酷過ぎるだろ。
『母さんたちは?』
「叔母さんと寝てる。
2人も遅くまで起きてたみたい。
6時ちょっと過ぎ位に寝たばかりだから、起こしちゃダメだぞ」
『OK
おじさんもいっしょ?』
「あぁ。
さっきまで父さんと一緒に警察の人と話してたけど、叔母さんのそばに居たいって」
心配そうにチラリと母さん達が居る部屋がある方を見てから、紺之助兄さんが答えてくれた。
起こすなって言葉に頷き、次の質問を書く。
兄さん達の話だと全員家に居るみたいだ。
空港関係の仕事について中々長い間家に居られない母さんは、今回の事件の知らせを受けて一昨日から有給使って家に居てくれてる。
母さんが長く家に居てくれるのは嬉しいけど、その理由が俺達の事件のせいだから素直に喜べない。
叔父さんと叔母さんもあの事件の数日後からウチに居て貰っている。
2人とも、まともに生活できない位、精神的に追い込まれてるんだ。
特に叔母さんの方が酷くて、あそこまでやつれて弱々しい叔母さんの姿は始めて見た。
ずっと泣いてるし、俺と同じでちゃんと眠れてないみたいだし、ご飯も殆ど食べれてない。
まだマシってだけで叔父さんもほぼ同じ様な状態で、2人だけにしておけないしサポートもしやすいからと、俺が入院している間にウチに来て貰った。
「貴弥は風呂か?」
「糸抜いてそんなに経ってないんだから、直ぐに出るんだぞ。
あと、傷はできるだけ触らない事」
「あぁ、そうだった、貴弥。
母さん達が起きたら皆で隣の神社にお参りに行くから。
外に出られる服に着替えておけよ」
父さん達の言葉に1つ1つ頷き返し、俺は風呂に向かった。
神社って昨日言ってたアレか。
お正月に毎年行ってる道路を挟んだ隣に在る三八野神社。
少し広い林に囲まれ、幾つかのベンチと子供用のブランコや滑り台しかない小さな公園が林に隣接する。
小さいけど地元じゃ少し有名な神社だ。
俺達が生まれる前に起きた大事件の被害者を見つけてくれた神様が居る神社だって。
主神も、幾つかの有名な神社からお迎えした何柱かの配神も、行方不明の人を見つける逸話なんって無いはずなんだけどな。
主神は勇気や戦いが関係ある話の神様だし、配神も五穀豊穣とか勉学とかそう言うありきたりな神様達だったはず。
むしろこの神社の林には、祭られてる神様達の力で封じられた人をさらう『悪い鬼』が居るって話が残ってるんだ。
その事件の被害者が見つかった場所も、その『悪い鬼』が封じられているって言う祠があるご神木の側だったはずだし。
「もしかしたら神様達じゃなくて、林の祠に封印された『悪い鬼』が心を入れ替えて、助けてくれているのかも。
だから、毎年お参りしてるナトも連れ戻してくれるはず」
そう言って弱々しく小さな笑みを無理矢理浮かべた、父さん達の姿が頭を過る。
何時もなら信じないだろう迷信を信じて縋りたくなる程、あの時の父さん達は追い込まれていたんだ。
先祖代々三八野神社でお参りしていたから、特に神様を信じていないのに伝統行事として毎年お参りしていただけ。
それなのに、今更神様なんか信じて縋っても意味なんかあるんだろうか?
そもそも、本当に神様が存在するならナト達も、まだ見つかってない昔の事件の被害者も、とっくのとうに見つかってるはずだ。
そう思うけど、それで叔父さんと叔母さんの気休めになって元気なってくれるなら、三八野神社だけじゃなく、街中の神社やお寺全部にお参りしに行ってもいい。
今年も変わらず、俺が学校で見つかった翌日あたりに三八野神社にお参りに来てたあの大事件の被害者遺族の方達を思い出して、父さんはそう思ったんだ。
25年もの長い間、遺族の方達が毎年お参りしていても、残りの被害者達は全然帰ってこない。
それでも諦めずお参りしに来るのは、自分達の心を守る為なんだと思う。
お参りをし終わった後の遺族の方達は皆、お参りする前より少し明るくなってる気がするんだ。
遺族の方達は、
「神様に頼んだから大丈夫」
って安心とか、心の支えが欲しいんだと思う。
そうでもしないと、25年経っても癒えない傷に殺されてしまうから。
だから、遺族の方達と同じ思いを抱えているだろう叔父さん達にも、少しだけでいいからナト達が見つかるまでのどうしようも無い。
暗くて辛い現実を生き抜く為の、何か希望になる。
絶望し尽きない為の、安心できるナニカを見つけたかった。
それが迷信でもいいと、その時の父さんは思ったんだ。
警察に協力したり探偵とかの調査機関を雇ったりする、って言う現実的な手段じゃなく。
神社にお参りに行く、何って言う手段を選んで受け入れてしまったのは、それだけ俺達の心も磨り減っているって事なんだろうな。
「貴弥、大丈夫か?」
「ッ!」
扉越しに大助兄さんに声を掛けられ、慌てて給湯器の時計を見る。
気づかない内に、シャワーを浴びたまま考え込んでいたみたいだ。
入った時から数十分も時間が進んでいる。
「無事なら、2回ノックしてくれ」
コン、コン
「大丈夫そうだな。
なんともないなら、そろそろ出ろよ」
そう言う大助兄さんに、出ない声の代わりに扉を1つ軽く叩いて返事をする。
これ以上兄さん達を心配させちゃいけないな。
さっさと体洗って、早く出ないと。




