22,ルグの異世界講座 3時限目
戻ってきたルグが広げたのは、国とその首都が書かれただけの地図が載った分厚い本。
その本は地図帳らしく、他のページにはもっと詳しく書かれた地図も載っていた。
「ゴチャゴチャ書かれてたらサトウも分からないだろう?
だから、今日は領土地図を参考に説明するな」
「うん」
「先ず、オレ達が今居るローズ国」
そう言ってルグは地図のほぼ中心にある『カンパリ大陸』の上半分を、円を描く様になぞった。
「年間を通して比較的温暖な気候の自然に囲まれた緑豊かな国だ。
首都は『アーサーベル』。
城が建っているこの街の事だな。
隣国のチボリ国との境には高く険しい『ディスカバリー山脈』が聳え立っていて、この山脈がチボリ国との国境だ。
だからサトウは、この山脈と海に出なければ大丈夫だぞ」
「あれ?
『海に』って事はこの世界に領海って無いのか?」
「リョーカイ?」
陸地から12海里までの範囲の国の主権が及ぶ海の領土の事。
確か、他の国の船が其処を航海するにはその国の法律を守らないといけないし、許可なく勝手に入っちゃいけないんだよな。
領海の外側にある12海里位の所の海が接続水域。
何か悪い事しそうな怪しい船を取り締まったり、
「これ以上近づくな!!」
って警告出来る所。
で、陸地から200海里までは他の国も自由に航海できるけど、魚や海のエネルギーを取るには権利を持つ国の許可が居る排他的経済水域ってのが決められている。
それ以外の海が公海って言うどの国の物でもない海。
「と言う感じに俺達の世界では陸の領地の他に海の領地、それと空の領地が決まってるんだ」
「海や空に住んでいるのは人間や魔族だけじゃないんだ。
魔物や動物だって住んでいるし、その魔物や動物だって縄張りがある。
海や空はどの国でも、どんな奴の物でも無い。
世界中に居る全種族、共有の場所だ。
海や空より狭い陸地を人間や魔族の縄張りとして主張するなら兎も角、海や空まで1つの国の物にして独占するなんて可笑しいと思うぞ。
サトウの世界は変わってるな」
理解出来ない、と顔に描きながらルグはそう言った。
逆に俺はそんな顔をするルグの心境が分からない。
「そうか?
俺はそう言うのが普通の世界で産まれて育ったから決められて無い方に違和感を持つけど。
それに、海で採った魚や新しく見つけた資源の所有権はどうなるんだよ?」
「採ったり、見つけた奴個人の物。
だから、そいつが自分で独占しようが、国に譲ろうがそいつ個人の自由」
俺が知らないだけで元の世界で、領海や領空が決められ必要とされる理由がちゃんと有るのかもしれない。
でも、ルグが言う様な事なら、領海を決めない方が良いのかもな。
ニュースを見たり新聞を読むと、日本は毎年の様に領海の問題で隣の国と揉めている。
一層の事、この世界の様に領海も領空も決めない方が楽なのかも知れない。
「俺の世界の領域の決め方が良いか悪いかは置いといて。
とりあえず、この世界に領海が無い事は分かった。
それで、この国って他に何か・・・
例えば有名な物とかあるのか?」
「有名な物って言えば、ローズ国の領土の殆どを占めていて、幾つか村も存在する草原。
『エヴィン草原地帯』と、最北端にはカンパリ大陸1高い山の『ベルエール山』があるな。
後は、『ベルエール山』の周りに広がる膨大な森の『シャンディの森』」
夜で良く見え無かったけど、少しだけ行ったエヴィン草原地帯は地平線の彼方まで広がっていたのを覚えている。
雑貨屋工房の小母さんも『広大だ』って言っていたけど、国の殆どもあるとは思わなかった。
そんな草原から僅かなジュエルワームの繭を見つけた俺って本当に運が良かったんだな。
繭を見つけた事で俺の幸運が全部使い果たされていないと良いんだけど。
「それと、魔法より剣と武術が盛んで山や森に囲まれているから、有名な木こりや大工が多く存在する。
けど、何って名前か忘れたけど、ここの国王に娘が産まれた時から急に魔法を重視する様になったんだ。
それでも、剣と武術の方が盛んだけど」
「多分、姫の魔法学関係のスキルのランクが伝説だからじゃないか」
「え、何でサトウはその事知ってるんだ?」
「此処に召喚されて直ぐ、姫の助手に自慢された」
あのおっさん達が集まった部屋の光景を思い出し、俺の顔は歪んだ。
いや、魔女達の事は一旦忘れよう。
思い出したら限無く気分が悪くなる。
それに気づいたのか気づいて無いのか、ルグがポワポワと話を変えた。
「後、後ッ!
名産品はこのミルクにも入っているシロミツバチのハナミツと4色林檎!!
肉料理も有名なんだぜ!」
シロミツバチは白くフワフワした綿毛の様な体に、2対の透明で薄い羽が生えた20cm位の蜜蜂。
エヴィン草原地帯、特に薔薇草って言う花が群生した場所に生息しているらしい。
晴れた日に遠くから草原を見ると綿毛が漂っている様に見えるのがシロミツバチだ。
体の半分以上が通気性と保温性の高い毛で覆われていて、針が無い代わりに巣に近づいた敵を集団で取り付いて火傷する程の熱で撃退する。
毛のお陰で仲間が熱死する事は無いらしい。
因みに、オーガンが無いから動物の括りになる。
4色林檎はその名の通り、角度を変えると光の加減で赤、青、黄色、緑の4色に輝く林檎。
「つまり、それで何か作れと?」
「うんッ!!期待してるから!!」
ルグは鼻歌でも歌いそうな程ニコニコしている。
そこまで期待されても俺のレパートリーは少ないんだよ。
4色林檎ってのが実物を見ていないからどんな物か分からないけど、林檎だったらアップルパイとか焼き林檎とか?
後は細く切ってサラダにして蜂蜜レモンのドレッシングを掛けたり、薄く切ってポテトサラダに入れたり。
ハチミツはクッキーに混ぜたり、肉を柔らかくするのに使ったり、パンやホットケーキに掛ける位しか思いつかないぞ。
後、肉料理。
生姜焼き、ハンバーグ、すき焼き、野菜炒め、ビーフシチュー。
サッパリしたのだったら、バンバンジーや冷しゃぶサラダも良いな。
・・・・・・・・・よし、明日の夜は食料庫にあった肉の塊で何か作ろう。
俺の体力と気力が残ってたら!
「期待通りに出来るか分からないけど、明日の夜は頑張って作るから」
「楽しみにしてるなー。
と、いけないいけない。話がそれた。
次にチボリ国。
ローズ国の同盟国で砂漠に囲まれた美しいオアシスの国だ。
塩やミズサボテンをこの国に輸出している所だな。
領地内にはディスカバリー山脈から流れる世界最大最長の川、『グルーム川』が流れてる。
昔は沢山の大都市があったんだけど、今は首都『リリーチェ』のオアシス周辺とグルーム川の周辺に小さな村があるだけなんだ」
大昔の都市は現在、遺跡として観光スッポットや魔法学の重要文化財になっている物もある。
殆どが砂漠に埋もれているけど、毎年無謀な冒険者が未知の遺跡に入り、命を落としているらしい。
それでも毎年数多くの冒険者が入るのは、夢か現実か。
もしくは、誰かに強制されたか。
俺はこの国の領土から出るなって言われてるし、チボリ国の砂漠遺跡に放り込まれる事は無い・・・・・・
よな?
「国全体、中々雨が降らなくて、偶に振る雨は首都付近に僅かに降るだけ。
それと、1日の温度差が激しいんだ」
ルグの話だと、日中の気温が40℃を超え50℃になる事もあるらしい。
けど、夜中は急激に寒くなるそうだ。
そんな、住みにくい国だけど魔法や採掘業が盛んで、領地内で採掘された金属を使った鍛冶で国を支えている。
有名な鍛冶師が多い、この世界の2大鍛冶大国の1つらしい。
「もう1つの鍛冶大国は後で説明するけど、オレの故郷の国の隣の隣の国。
それでオレの故郷の国程じゃないけど学校が存在して、特に魔法学専門の学校からは有名な魔法使いが数多く卒業してるんだ。
だから、人間が住む他の国からの留学生が年間何百人と来ているんだって」
ルグの故郷の学校は俺達の世界の義務教育に近いもので、どんな身分でも貧乏でも必ず学校に行ける。
けど、チボリ国の学校は貴族や天才レベルの才能がある者しか通えない。
学校の数もチボリ国より、ルグの故郷の方が圧倒的に多いそうだ。
「名産品はチボリ国にしか居ないミルクラクダを使った乳製品、砂漠鳥の卵、ミズサボテンや生でも食べれるミズサボテンの実を使った料理。
小麦や米粉を使った料理が主食だな」
ミルクラクダは2つの瘤に、脂肪と飲んだ水を混ぜてミルクに変えて溜めとく事が出来る白黒のラクダだ。
『脂肪と水を混ぜ』ってのは予測で、本当にそうやって出来てるのかは現在研究中らしい。
ミルクが溜められるのはメスのみでオスは脂肪を溜めている。
オスは大人しいがミルクが出る様になったメスは子供を守る為か、気性が荒くなって乗用には向かなくなるそうだ。
だから、メスのミルクラクダは搾乳用に飼育されるか、荷物を括り付けて連れて行くのみ。
領地の殆どが砂漠のチボリ国の移動には酷暑や乾燥に対する免疫が高くて、長期間水を飲まなくても砂漠を渡れるミルクラクダが欠かせない。
その分水が飲める時は1度に100ℓ以上もの大量の水を飲む。
そこら辺は俺が知っているラクダと同じだな。
「それと、杖を銜えたミルクラクダがチボリ国のシンボルになっているんだ」
「そっか。
チボリ国はそれほど、ミルクラクダを大事にしてるって事だよな」
そして、砂漠鳥。
ミズサボテンに巣を作る飛べない小さな鳥。
ロックバードよりも小さいらしい。
飛べない分、脚力に優れ、危険が迫ると平均時速70kmの速さでちょこまかと走り回る。
最高時速が130kmを超える個体もいるらしい。
チーターよりも早いって言えば分かり易いかな?
硬く分厚く丈夫な足と体に見合わない飛躍力で鋭く硬いミズサボテンの棘を上り、天辺の蕾の様な部分に巣を作る。
メスは地味な茶色い体だけど、オスは透明感のある水色をしているらしい。
よくテレビの動物番組に取り上げられる鳥の様に体色が奇麗な程メスにモテるそうだ。
「オスの体の色と足の速さから別名、『砂漠の流青』!!
でも、普段はとても遅い。
と言うか、町の近くに住んでいる砂漠鳥は人間に慣れ過ぎてて、滅多な事では走る事がないんだ。
寧ろ、餌を貰う為に近づいてくる。
今では油断した観光客から食料を盗む奴も出ている位だ。
前、幼馴染達と見に行ったら、幼馴染の1人が砂漠鳥に囲まれて買ったばかりの昼飯盗られてた」
「うわぁ。
何かもう、神社や公園に居る鳩か烏じゃん・・・」
パンとか豆とか撒いてると鳥が寄って来るアレ。
小さい子供とか油断してると袋ごと持って行かれるんだよな。
そんな鳩か烏みたいな砂漠鳥の卵は名産品として養殖される程美味い。
ルグが手で現した大きさからして鶉の卵位の大きさしかないんだろう。
後、シロミツバチと同じくオーガンがないから、ミルクラクダも砂漠鳥も動物だ。
そして、チボリ国の名産品で唯一植物のミズサボテン。
名前の通り、中に水の詰まっている透明な巨大サボテンだ。
天頂に砂漠鳥に巣を造られる事もある、花の蕾の様な形の雨受け皿らしき物があって、そこと根から水を吸収し溜め込んでいる。
純度の高く新鮮な水が入っていて、それを目当てにしているのか。
それとも、透明で見えないとても硬い棘を持っている事で誰も近づかない事からか、砂漠鳥はミズサボテンに巣を作るそうだ。
年に二回付けるシャボン玉の様な実と、中の水と外皮の間の部分が食べれる。
特に水と皮の間の部分は、時間をかけじっくり火を通すと甘みが増してお菓子みたいになるらしく、国王からも観光客からも大人気。
食料庫にもある樽の中身の水は、雨が中々降らないチボリ国の貴重な飲み水だ。
「砂漠鳥の卵がどんなのか分からないけど、露天で見たミルクラクダのミルクが高かったのは隣国からの輸入品だからなんだな」
「そうそう。
ミズサボテンは数も多くて、チボリ国の物よりも劣るけど魔法を使えばローズ国でも育てられるから一般家庭でも買える。
けど、ミルクラクダや砂漠鳥はチボリ国でしか生きられないんだ」
正確に言うと、環境とかの理由で他の国では育てられないそうだ。
だけど、魔法や魔法道具の研究が進めばその動物に合った環境が人工的に作り出せるかもしれない。
俺が居た世界の動物園や水族館も夢じゃないだろう。
それと、この屋敷の食料庫にもミルクラクダのミルクや砂漠鳥の卵が保管されていたらしい。
けど、ルグとスズメで全部消費したそうだ。
今倉庫に残っている牛乳みたいな液体もミルクラクダのミルクの一種だけど、量がそんなに取れないと言うだけで珍味扱いされている。
売っても喜ばれない、美味しくない物らしい。
因みにそのミルクは、乳が出せるようになって直ぐの若いミルクラクダか、年老いて殆ど乳の出せないミルクラクダから取れるそうだ。
後で飲んでみて料理に使えそうだったら残して、無理そうだったら売ってしまおう。
「次は此処。マリブサーフ列島国」
ルグが指差したのはローズ国とチボリ国が在るカンパリ大陸の東にある、幾つの小島が集まったあたりだ。




