87,救出
「きゃあ!!」
「ッ!シア!!!?何があった!?」
時々襲ってくる魔族をまた倒しまくりながら、どの位駆け回っただろう。
ふいに俺達の1番後ろを走っていたシアが悲鳴を上げた。
慌てて振り返れば、いつの間に現れたのか。
細かく金属の棒が並んだ格子が、俺達3人とシアを分けていた。
「シア!少し離れてろ!!直ぐ壊すから!!!」
「いいえ!私の事はいいです!!
それよりもルチアナ様をッ!!!」
「でも、シアちゃんが!!」
「必ず他の道を使って合流します!!
だから、今はッ!!」
「~~~ッ!!行きますよ、勇者様!!!ラム!!」
自分の事はいいから、ルチアを探しに行け。
そう必死に言うシアの気持ち受け取って、踏ん切りが付かない俺とラムの手を強く掴んでシャルが走り出す。
「シア!!絶対、無茶だけはするな!!
絶対に迎えに行くから!!」
シャルに引っ張られながら振り返って、シアにそう叫ぶ。
ドンドン小さくなる、格子越しに手を振るシアの姿。
そのシアの姿に不安が募るけど、シアの覚悟も、田中達の覚悟も無駄にする訳には行かない。
皆に託されたんだ。
絶対、絶対、ルチアを見つけないと。
「ルチア!!」
またしばらく3人で駆け回って、俺達の邪魔しようと降りてきた格子は全部壊して。
それでようやくルチアを見つけた。
見つけた場所は、ルチア以外誰も居ない汚くて冷たい地下牢の一室。
そこでルチアは頭から血を流して、土や砂とルチアの血で汚れたボロボロのパジャマ姿のままぐったり倒れて居た。
「大丈夫ですか、ルチア様!!?」
「ラム!!回復の曲頼む!!」
「は、はい!!」
「ルチア様ッ!!!!」
何時も以上に白い肌とまだ止まっていない血に、一瞬ルチアが死んでいるのかと思った。
けど胸や肩の辺りが微かに動いてるし、ルチアの顔の近くの砂が少し吹き飛ばされたし。
傷だらけで凄く弱ってるけど、ちゃんとルチアが生きている事が分かった。
それにホッと胸をなでおろし、酷すぎるルチアの姿に真っ青な顔で放心していたラムに傷を治す曲を弾くよう頼む。
俺に声をかけられてはじかれた様に急いでヴァイオリンを構えるラム。
ボロボロ過ぎるルチアにショックを受けた心を落ち着かせるように長い一呼吸を置いて、心地いいヴァイオリンの音が地下室に響きだした。
心だけじゃなく体も癒すその曲がルチアの体を包み込み、少しずつだけどルチアの体から流れている血が止まっていくのが分かった。
「ルチア!!起きろ!!頼む、起きてくれ!!!
ルチア!!!!」
「・・・ん・・・・・・
ゆ、う・・・者、様?シャル・・・?」
「よか・・・良かった・・・・・
ルチア様・・・・・・ちゃんと起きて・・・
良かった・・・」
「・・・シャル?」
「・・・・・・はい”。
申し訳ありません、ルチア様。
僕が不甲斐無いばかりに、ルチア様を・・・・・・」
ラムのヴァイオリンをBGMに何度か名前を呼んで、ようやくルチアが起きた。
倒れたまま少しだけ顔を上げて、俺とシャルの名前を小さな声で呼ぶ。
その声を聞いて色々耐え切れなくなったシャルが、ついに泣き出してしまった。
不思議そうに自分の名前を呼びながらノロノロと体を起こすルチアに、涙でグチャグチャになった顔と声で何とか頷き返すシャル。
そんなシャルの姿にルチアが心底驚いた様な顔をする。
「こ、ここは・・・・・・一体・・・
あの魔族は・・・城はッ!
お父様はッ!!?お母様は無事なのですか!!!?」
「ここは、魔界の・・・魔王の居城です・・・
国王陛下は無事です・・・怪我はしていません」
ローズ国城が壊されてから今までずっと気絶していたのか。
ルチアは自分が今何処にいてどんな状態なのか、ちゃんと分かってないみたいだ。
シャルの泣き顔を見てやっと頭が回りだしたらしいルチアが、ハッと不安そうに辺りをキョロキョロ見回してそう聞いてきた。
そのルチアの質問に涙を両手で拭きながら、シャルが途切れ途切れ答えていく。
「そう、ですか・・・・・・
お父様は無事なのですね・・・・・」
「兎に角、この格子壊すから。
まだ辛いと思うけど、少し離れてくれ」
「・・・・・・ッ・・・はい・・・」
王様が無事だと聞いて、一瞬ホッとした顔するルチア。
でもその顔は直ぐに暗い表情に変わってしまった。
きっとシャルの言い方から、城や自分の母親を含めた王様以外の城に居た奴が無事じゃない事に気づいちまったんだろうな。
大臣の話だと、王妃様は比較的軽症で王様と一緒に直ぐ安全な場所に運ばれたらしいけど、俺達が瓦礫の下から見つけた訳じゃないから良く分からないんだよな。
元々体が弱くて王様やルチアと一緒に飯も食えないって話しだし、部屋からもあんまり出てこない。
それにルチアの話だとルチアを生んで少しした後に掛かった病気の後遺症でじゃべれないらしくて。
たまに庭でルチアと一緒に居る所を見かけるけど、王妃様はただ健気に話しかけるルチアをニコニコ笑って見てるだけだった。
そんな母親が軽くても怪我したとか、自分の両親を守る為に小さい頃から世話になってる兵士達が沢山怪我をしたとか。
シャルが今の状況でルチアに言える訳がない。
だから俺も詳しい事は言わず、ただ牢屋を壊すと言ったんだ。
「『エンチャント』、『スラッシュ』、
『ファイア』!!」
「うりゃああああ!!!」
ルチアの杖が奪われてるせいで、『クラング』で強化できないから仕方ないけど。
炎を纏った『スラッシュ』を何回か放っても、廊下で降りてきた格子よりも太くて硬い金属の棒で出来た格子は、廊下の格子のように簡単には壊せなかった。
何とか人1人が通れる位切り込みを入れるのがやっとで、最後はシャルの渾身の蹴りで格子を吹き飛ばす。
「ケホッ、ケホッ」
「大丈夫ですか、ルチア様!?お怪我は!!?」
「えぇ、大丈夫です」
スッゴイ音と共に飛んでいった格子の1部が巻き上げた、砂や埃が喉の奥に入ったんだろうな。
小さく咽るルチアの下にシャルが急いで駆け寄り、支えるように抱き起こす。
「なら、良かった。
ほら。棒の先、尖ってるから気をつけろよ?」
「はい。ありがとうございます、勇者様」
シャルに助けられながら立ち上がったルチアに、穴の開いた格子越しに手を差し出す。
ルチアが壊れた格子の棒で怪我しないように気をつけながら引っ張って、ちゃんと怪我が治った軽くチェック。
うん、大丈夫だ。
服とか流れた血の跡でボロボロに見えるけど、ラムのお陰でちゃんと傷がふさがってる。
「ルチア様、こちらを」
「ありがとう、シャル」
「ラムもありがとう。もう大丈夫だ」
大臣が用意してくれた服と杖をシャルから受け取るルチア。
その様子を見ながら、ラムにもう回復の曲を弾かなくて良い事を伝えた。
「・・・本当ですか?」
「あぁ。ラムのお陰だ。本当に、ありがとう」
「ッ!よ、よかった~。良かったよ~」
それを聞いてラムは安心したようにへたり込んでしまった。
何度も良かったと呟きながら少し泣いてしまったラムを、労いつつ慰める。
「あっ、ルチアナ様!私、着替え手伝いますね!!
それと、レンヤ様が見れない場所に怪我が残ってないか調べます!」
「えぇ、お願いしますね、ラムちゃん」
「はい!
なので、レンヤ様とシャルトリューズさんは入り口の方、向いていてください!!
絶対、こっち見ちゃダメですからね!!
私達がいいって言うまで絶対ダメですからね!!」
「そんなに念を押さなくても分かってるって」
慌てて立ち上がってそう声をかけるラム。
ラムはルチアを連れて、俺とシャルに何度もこっち見るなって言って少し離れていった。
そこまで言わなくても覗いたりしないって。
・・・・・・まぁ、ルチアの着替えが気にならないって訳じゃないけど。
正直言えば、物凄く気になるけど、だからって覗きはいけないよな。
絶対振り向くなよ、俺。
落ち着け、我慢しろ、心を無にするんだ!
「お待たせしました」
「意外と早かったな」
「魔王の居城の中ですから、急いで着替えました」
水が流れる音と、布がすれる音。
それと内容までは分からない位微かな2人の話し声を聞きながら数分待って、ルチアが声をかけてきた。
ラムのヴァイオリンの音が聞こえなかったから、俺が見ちゃいけない場所に怪我が残ってるって事も無かったと思っていいんだろうな。
そう思いつつ振り返れば、髪が少し湿ったままだけど綺麗に血を洗い流して新品の装備に着替えたルチアの姿。
服装が変わったからか、顔色も少しよくなった様に見える。
「話は、ラムちゃんから大体聞きました。
ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「ルチアは悪くないって。
悪いのはネイ達と、そのボスの魔王なんだから。
だから、気にするなって。な?」
「・・・はい。ありがとうございます。
では、急いで青い勇者方と合流しましょう」
「あぁ、そうだな。こっちだ!」
少し顔をしかめ、そう言ってくるルチア。
そんなルチアを手短に励まして、もと来た道を急いで戻る。
 




