86,突撃
目の前に伸びた、コンクリートっぽい石で作られた広いT字路と、その両脇に並んだコンクリートとガラスで作られた低めのビル。
ワープ系の魔法道具から出た緑色の布が消えて目の前に広がった風景は、一瞬元の世界に帰って来たのかと勘違いしそうなものだった。
ヤドカリネズミが引く馬車が何台も目の前を行き来してる事と、真後ろにある広くて深い堀をグルリッと囲う見た事ない不気味な木。
それと、遠くから俺達の様子を見ている多種多様な魔族が居なければ、たぶんマジで間違えていた。
「そこの君達。
今日は窓口の受付も、お城の見学も終わってるよ。
お城に用があるなら、明日の9時頃にまた来てくれないかな?」
モノクロの巨大な城を囲う、外堀のギリギリ近くに建ったコンクリート製の高くて分厚い塀。
所々塔や窓がある2、3階立ての細い建物って感じで、見た目は全然塀っぽくないけど。
その塀に繋がった六角柱の塔に挟まれた、木でできたデッカイ門。
その門を挟む右の塔の1階の窓から顔を出した、黒い鎧を着込んだ魔族が俺達にそう言ってくる。
「そうかよ。
だけどな、俺達には関係ないな!!
『スラッシュ』!!!」
「きゃああああああ!!!」
「うわぁああああああああああああ!!!」
「ッ!敵襲ー!!てきしゅうううううううッ!!!
こちら、第二門!!至急応援をお願いします!!」
『スラッシュ』で門を切り刻めば、周りの魔族が叫んで逃げ惑い、門番の魔族が通信鏡を使って応援を呼ぶ。
叫ぼうが、逃げようが、仲間を呼ぼうが、関係ない。
邪魔する奴は切り刻むだけだ!!
「行くぞ!!」
「はい!!」
腰を抜かして仲間を呼ぶだけの門番なんか無視して、塀の中に入る。
そのまま全力で城の中へ。
門番からの連絡を受けて武器を持って駆けつけたザコは、俺の『スラッシュ』や田中の魔法で蹴散らしていく。
「ルチアアアアアアアアア!!
どこだぁあああああああああああああ!!!」
「グ、ァアア!!」
「ッ、ゥ・・・」
「ルチアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
襲ってくる魔族を切り裂いて、ルチアを呼ぶ。
名前を呼びながら周りにある扉も全部切り壊して、部屋の中も調べるけどルチアの姿は何処にもないし、返事も返ってこない。
「クッソ!ルチアは何処に・・・」
「『ウォーター』!!」
「ッ!何しやがるんだ、たな・・・
田中じゃない!!」
響く『ウォーター』の呪文とほぼ同時に、俺に向かって放たれた鋭い水鉄砲。
最初その声と呪文から田中が『ウォーター』を打ってきたんだと思ったけど、犯人は田中じゃない。
慌てて『ウォーター』が来た広い廊下の先を見れば、そこには暗黒騎士の格好で大剣を構えたネイと、ジャラジャラと宝石っぽい石を沢山付けた杖を構えた俺達と同い年くらいのガングロ野郎。
そしてそんな2人と一緒に、もう1人の田中が居た。
「ケット・シー!!!それにお前は、ルーキュ!!」
「やぁ、シャルトリューズ。久しぶりだね。
直接会うのは3年ぶりになるのかな?」
俺を攻撃してくる、ネイと一緒に居る田中の姿をした奴なんって、1人しか居ないだろ?
もう1人の田中の正体がケット・シーだってのは直ぐ分かった。
そして俺と同じように気づいたシャルが、ケット・シーとガングロ野郎を睨みながら叫ぶ。
『ルーキュ』って事は、このガングロ野郎が『幸福な牢獄』を使ってローズ国を襲っていたチボリ国の王子なのか。
ニコニコ笑っているような細目と、ぼんやりとした雰囲気。
闇に紛れそうなほどのガングロって事を抜かせば、漫画やアニメの背景に居そうなモブ感漂う男だ。
街ですれ違ってもコイツがチボリ国の王子で、ローズ国の村や町を水晶漬けにした犯人だなんて絶対気づかない。
そんな見た目と今までにやってきた事にスッゴイギャップが生まれて、なんかサイコパスっぽく見えるんだよな。
「今日はジャック・ローズ殿と一緒じゃないのか?」
「白々しい!!ルチアを何処にやった!!!」
「何言ってるんだ?
オレもティアレ殿も、ジャック・ローズ殿と会う予定なんって入れるはずないだろ。
彼女がここに居る訳ないじゃないか」
「ふざけるな!!
シア達がお前等に連れ去られるルチアの姿を見てるんだ!!
今更そんな見え透いた嘘つくんじゃねぇよ!!」
本気で分からないといった表情で、息をするように嘘をつくガングロ野郎。
マジでガングロ野郎はサイコパスなんじゃないのか?
「どう言う事だ、ネイ?」
「さぁ?
瓦礫の下敷きになってローズ国王女が死んだ事を受け入れられなくて、変な妄想でもしてるんじゃないの?」
「あぁ、なるほど」
「そんな訳あるかッ!!!」
1歩斜め後ろに居るネイに不思議そうな顔でそう尋ねるガングロ野郎。
そんなガングロ野郎に向かってネイは、なんでもない事の様にルチアが死んだ何って言いやがった。
ふざけんな!!
現実逃避する俺達の妄想?
そんな事あるもんか!!
ルチアは絶対にここに連れてこられたんだ!!!
「・・・・・・『チェンジ』」
「ッ!」
ケット・シーは俺達の意識がネイとガングロ野郎に向いているうちに、俺達を襲うとしたんだろう。
でも何か田中の魔法を使おうとして言い間違えたらしい。
昨日、ケット・シーは田中の魔法を使って舌を噛みそうだって言ったんだ。
たぶん俺達の使う魔法の呪文は、この世界の言葉的に言いにくい発音なんだろう。
それで間違った発音が偶然、『チェンジ』って言葉に翻訳されたんだな。
俺が振り返った時からケット・シーは睨むようにシアを見ていたし、ケット・シーの1番近くに居たのもシアだ。
ケット・シーは最初から回復役のシアを狙っていたんだろう。
今回はケット・シーがちゃんと呪文を唱えられなかったから何とかなったけど、もし成功していたらシアが危なかった。
それが分かってシアの肩がビクリと跳ねる。
「いや、違うな。
ならあの時のコロナと、『アサイラム』!」
「私、と?・・・・・・・・・あぁ、ミルちゃんを」
俺達が使える魔法の呪文全部、ちゃんと発音できて居ないみたいで、ブツブツ呟き続けるケット・シー。
俺の魔法か、今までにケット・シーが使わなかった田中の魔法、『キュア』、『リフレッシュ』、『ワープ』、それと雲を作り出す魔法の『クラウド』。
それのどれかを使おうとしていたみたいだけど、また失敗したみたいだ。
だからケット・シーが失敗し続けてる間に俺は、一気にケット・シーの目の前に行って剣を振り下ろした。
でも、俺の剣はケット・シーが咄嗟に張った『アサイラム』に止められ、態勢を整える前に会話の合間にネイが横から炎の刃を放って来る。
「ッ!」
「『アサイラム』!!『ウィンド』!!!」
「『キャンセル』、『アサイラム』!」
体を捻るようにしゃがんで炎の刃を交わすけど、勢いあまって尻餅つくように転がる俺。
そんな直ぐに起き上がれない俺に向かってガングロ野郎が杖を振るって、氷か水晶で出来た透明な手裏剣みたいな塊を作り出して放ってくる。
俺がガードも回避も出来ないと分かって、田中が『アサイラム』を俺の前に張り『ウィンド』を使って俺を自分の側まで連れ戻した。
ネイもケット・シーもガングロ野郎も、田中の邪魔をしようと攻撃してくるけど、キャラとダンがそれぞれの武器を使って阻止する。
「サンキュー。助かった」
「この位気にするな。そより、高橋。
こいつ等はどうにか足止めするから、お前達はルチアを探しに行け」
「と言う事で、君達の相手はボク達3人だ!!」
「勇者様達の邪魔、させない!!」
そう俺達に声をかけつつ、いくつもの魔法を操る田中。
そんな田中に続いて、ネイ達の相手しながらその覚悟を表すようにキャラとダンも声を出す。
「ッ!分かった!!
直ぐルチア見つけて戻ってくる!
それまで絶対に負けるなよ!!」
「あぁ、任せろ」
「このっ!!待って!!!」
言いたい事は色々あったけど全部飲み込んで、ラムとシアとシャルを連れて俺は直ぐ近くの横道を駆け出した。
後ろで俺達を止めようとするネイの叫び声と、お互いの攻撃がぶつかり合う音が聞こえる。
何時までも聞こえてきそうなその激しい戦闘音に戻りたくなるけど、グッと我慢してルチアの名前を呼びながら駆け抜ける。




