85,暗い夜明け
ルチアが、魔族に連れてかれた。
ローズ国城はブロッコリーの様な巨大キノコのせいで、見る影も無い。
壊れた城の破片に押しつぶされて、城に居たほぼ全員が何かしらの怪我をした。
兵士やメイド達が身を挺して守ったから唯一無傷だった王様も、悪化し続ける呪いとルチアを連れて行かれたショックで倒れて、目を覚まさない。
たった1夜にして、この惨状。
元気のいい太陽に照らされ晴れ晴れと青色に染まっていく空が心底憎らしく思えるほど、言葉で表すことなんか絶対出来ない位最悪な気分だ!!
まるであの青空が、ローズ国城をぶっ壊せて清々しているだろう、ネイとケット・シーの心を表してるみたいじゃないか!!
空まで魔族を応援しているみたいで、朝から気分が悪い。
「・・・そっか・・・
勇者君達の方はそんな事になっていたんだね・・・・」
「あぁ。キャラ達も大変だったな。
3人だけでも無事で、良かった」
キャラとラムを含めた何人かの兵士やメイドは、田中に化けたケット・シーに騙されて、冒険者のフリをしていた時に魔王達が使っていた屋敷に閉じ込められていた。
屋敷の中にはキャラ達と同じように騙されたらしい人達がギュウギュウ詰めに居て、屋敷ごと『幸福な牢獄』の水晶に閉じ込められかけたらしい。
キャラとラムは、魔界行きの魔法道具が狙われて嫌な予感がして飛び出したシアのお陰でギリギリ助かったけど、他の人達は・・・・・・
その上、その屋敷を水晶漬けにしたミル達にも逃げられたらしい。
「あのフェノゼリーを連れた女の子。
あの子さえ邪魔しなければ、ミルを・・・・」
「それに・・・ピコンが・・・
ピコンが『レジスタンス』に・・・・・・」
苦虫を何匹も噛み潰したような顔で呻く様に言うキャラと、ショックが抜け切らない真っ青な顔で呟くラム。
ラムが探していた最低野郎は、『レジスタンス』に入っていた。
ミルとタバコ野郎、美女の3人組みと一緒に現れた最低野郎。
最低野郎も自分の意思で『レジスタンス』に入ったて知って、ラムはどん底まで落ち込んでいる。
最低野郎が『レジスタンス』に入っている事は予想出来ていたけど、実際目にして現実を突きつけられると、ラムには耐える事ができなかったみたいだ。
その上ラムがショックに打ち震えている間に、応援で来たらしい『レジスタンス』のメンバーの魔物使いの女の子。
その女の子のせいで、ラムは殆ど最低野郎と話す事も出来なかったそうだ。
それもショックを受けている理由なのかもしれない。
「それなのに、ネイちゃんまで・・・」
「本当に、ネイちゃんがあの魔族だったのかい?
冗談だよね?」
「俺達だって、冗談だと思いたいさ。
でもアイツは、俺達とネイしか知らない事を知っていたし、炎と戦い方が暗黒騎士と同じだった。
・・・・・・信じたくない。
信じたくないけど、ネイが、暗黒騎士だったんだ!」
本当、信じたくなかった!
まさか、暗黒騎士の中身がネイだった何って・・・
シャルやシアの話だと、暗黒騎士はコアントロー・コープスリヴァイブじゃなかった。
ケット・シーが言っていた『コロナ』ってあだ名。
そこから考えて、ネイの正体はコアントロー・コープスリヴァイブの娘のコロネーション・コープスリヴァイブだと分かった。
「正確に言えば、ネイとその父親2人で、黒い騎士を演じてたんです」
「ビターズ家の時がコアントロー。
サマースノー村の時がネイ」
シャルの言葉にダンがそう付け加える。
親子で1人の『暗黒騎士』って奴を演じてたから、ミルの時とサマースノー村の時で性格も態度も違ったんだ。
本当、あの時ネイが言った通り、『この姿で会うのは始めまして』だったな。
「サーマースノー村でネイが襲ってきた時、ちゃんと近くにネイが居るか確認しておけば、こんな事には・・・」
「それは言わないでくれよ、青い勇者君。
あの時は誰も周りを確り見る余裕なんて無かったんだ。
仕方ないよ」
「だけどッ!
もっと早くネイの正体に気づいてたら、ルチアは・・・」
「いいえ、勇者様方のせいではありません!!
僕達がもっと早く目を覚ましていたら、ルチア様が連れ去られる事も無かった!!」
「違う。自分が、悪い。護衛失格・・・・・・」
俺を含めて、皆自分のせいでルチアが連れ去られたって思ってるんだ。
キャラ達に起こされて直ぐ、瓦礫をどかして埋まっていた人達を全員助けた。
でも、どんなに探してもルチアだけが見つからない。
それに、急いで城に戻ってきたキャラ達が、ルチアを連れて何処かに消えるネイ達を見てるんだ。
「恐らく、ヒヅル国で作られたワープ系の魔法道具を使って、魔界に帰ったのだと思います」
と、ネイ達が消える瞬間を見たシアは言った。
俺達が瓦礫の下敷きなって気絶している間に、ルチアは連れ去られたんだ。
もっと早く起きていたら・・・
いや、気絶なんかしなかったら、ルチアは連れてかれずにすんだ!!
そう悔やむ思いが溢れて来るけど、そんな時間は無い。
「俺達は何時まで経っても、時間を戻してやり直す魔法を作れないんだ。
だから、何時までもウジウジ起きた事を後悔する時間なんか無いんだ」
傷も疲労もある程度治った。
だから、後悔しながら休憩する時間は終わり。
今、俺達がやる事はただ1つ。
「起きた事を悔やむ時間は終わりだ。
ルチアを助けに行くぞ」
「勇者様・・・・・・」
「そう、だね。勇者君の言う通りだ。
シアちゃん、魔界に行く為の魔法道具は無事なんだよね」
「はい、ここに。
チボリ国に行く為の魔法道具は襲ってきた『レジスタンス』の者に全て壊されてしまいましたが、魔界に行く為の魔法道具だけは無事です!」
そう言ってシアが、教会で会う時も『水のオーブ』を取りに行く時も持っていなかった、小さなショルダーバックから取り出したのは、手の平にちょうど乗る位の布の塊。
何重にも丁寧に巻いたその布を剥がして出てきたのは、たった1個だけの緑色のビー玉だった。
ビー玉の中には薄っすら、悪魔やコウモリぽいデッカイ翼と王冠みたいな上の方がトゲトゲした奴が合わさったマークが刻まれている。
「これが・・・・・・思ってたより、小さいな」
「ですが、ここに居る7人全員を魔界に送る力は確かにあります」
俺達を安心させようと、そう言って微笑むシア。
見た目の割りに意外と力があるんだな。
でも、使えるのは片道1回限り。
それに『レジスタンス』の奴等のせいで、これ1個しか魔界行きの魔法道具は残っていない。
失敗は絶対許されないんだ!
「よしっ!皆準備はいいな!?」
「いや、何処が!?全然行ける状態じゃないだろ!!
特に高橋!
お前、今自分がどんな格好してるか分かってるのか!?
鎧すら着てない、ボロボロのパジャマ姿で何処行く気だ!!?」
「・・・あっ」
「勇者君、焦りすぎだよー」
復活した田中にそうツッコミを入れられ、俺は自分の姿を見回した。
そうだった。
今日に備えて寝ようとしていた所にネイが襲って来て、その時着ていたパジャマ姿のまま生き返って、反射的にグローブ着けながらリュックとスマホだけ掴んで急いでネイを追いかけて。
予想外過ぎる出来事の連続に驚きすぎて、着替えるのをすっかり忘れていた。
その上パジャマはネイ達との戦闘でかなりボロボロになっていて、全くって言っていいほど殆ど服の役割を果たしてない。
ルチアがさらわれて焦っていからって、俺、こんな姿で魔界に行こうとしてたのかぁ。
完全に自殺志願者じゃん。
「って!鎧、瓦礫の下じゃん!!」
「俺のマントもな」
「ボクとラムちゃん、ダン君以外、全滅って事かな?
こんな状況だから、買い直すのも無理じゃない?」
そうキャラは軽い感じで言うけど、サラッと言える状況じゃないからな!
不幸中の幸いって言っていいのか、城に住んでいなかったシアと、ケット・シーにだまされ外に連れ出されたキャラとラム。
それと夜警当番だったダンは、今持っている中で1番良い装備を着ている。
でも俺と田中、シャルの装備は瓦礫の下。
俺達3人とルチアは今日の為に早めに寝ようと着替えていて、ネイ達の襲撃で着替える暇もなく集まったから、田中もスマホとショルダーバックしか持ってないし、シャルなんって何も持ってきてすらいないんだ。
ルチアだって薄いパジャマ姿で、あとは杖を持っていただけだったはず。
殆どのアーサーベルに住んでいた人達は、ミル達が何箇所かに分けて『幸福な牢獄』の水晶の中に閉じ込めちまったから、キャラの言う通り買うことも出来ない。
マジで、この姿でもルチアを助けに行くか?
「あー!!居たぁ!!勇者様ぁ!皆さーん!!」
「キティ?久しぶりだな。どうしたんだ?」
どこか間延びした声で名前を呼ばれ、声がした方を見るとなぜかキティが居た。
キティは片手で持つには大変そうな大き目の木箱を抱え、大きく手を振って俺達の所に駆け寄って来る。
ギルドでしか会わないキティが、何でここに?
いや、ローズ国城がこんな事になったら、気になって仕方ないのは分かる。
分かるけど、俺達以外ここにこれない様に比較的無事だった兵士達が、無事な住人達を追い返してるはずだ。
城は瓦礫だらけで危険だし、本当に申し訳ないけど今の俺達には無事だった人達の相手ができる余裕は無い。
だから、追い返してもらっていたんだけど、なんでキティはこれたんだ?
「はい、勇者様!お久しぶりですぅ!!
最近、ギルドの方に来て下さらないから、寂しかったですよぉ」
「あー、わりぃな。俺達も忙しくってさ」
「えー・・・
じゃあ、色々終わったら、たまには遊びに来てくださいね?
あっ。そうでしたぁ!
大臣さんから、お届けものです!!はい、どーぞー」
「えっと・・・ありがとうな、キティ」
そう言ってキティは抱えていた木箱を渡してくる。
入っていたのは、鎧やマントなんかの人数分の装備だ。
それもアガサさんから貰った、瓦礫に埋もれた装備よりも良い奴。
その下には、薬や包帯も沢山入っている。
「これ・・・・・・」
「鎧とか、武器とか。
瓦礫の下敷きになって勇者様達、困ってるだろうからって、大臣さんが頑張って集めたんですよぉ」
「そうなのか。
大臣には後でちゃんとお礼言わないとな!」
眠ったままの王様を、数人の兵士達と一緒に安全な場所に連れて行った大臣。
近くに居たからって理由で、王様の側を離れられない大臣の代わりに、この装備をキティは届けに来てくれたらしい。
大臣って、たまに王様の近くに居るスッゲー影が薄いオバサンだと思ってたけど、意外といい人だったんだな。
少し見直したぞ!
「それとぉ、大臣さんが、王様の事や、街やお城の事。
そう言う事は自分達に任せて、勇者様達は姫様を助ける事だけ集中してください。
って言ってましたぁ」
「本当、何から何までわりぃな。
キティ、大臣に必ずルチアを連れて帰ってくるって、言っておいてくれ。
それと、色々ありがとうってのも」
「はい、分かりましたぁ。
私、こんな事しか協力できませんが、皆さんの事いっぱい応援してます!!頑張って下さい!!」
「おう!ありがとうな、キティ!!」
最後にそう言ってくれて、王様と同じように比較的安全な場所に運ばれた、怪我した兵士達やメイド達の手当てを手伝いに行くと、帰っていったキティ。
そんなキティが小さく見えなくなるまで見送ってから、大臣が用意してくれた装備に俺達は着替えた。
新しい装備は全体的に動きやすさと大人びた感じが増えただけで、デザインもカラーリングもアガサさんから貰った装備とそこまで変わってない。
新品らしいキラキラ輝く様な、パリッとノリが利いた感じがするから結構違って見えるけど、実際は気持ちスマートになっただけな気がする。
「よしっ!今度こそ準備はいいな?」
「あぁ!!」
「はい!何時でも行けます!!」
「じゃあ、行くぞ!!」
シアに言われた通り、魔界行きの魔法道具を地面に置いて、魔法道具を剣で潰す。
潰れた魔法道具はゆるめのオモチャのスライムみたいに俺達の足元に広がって、全員が入る位広がった所で上に伸びるように俺達を包みだした。
エレベーターが動き出した時みたいな、一瞬フワッと浮くような感じがして。
その数十秒後には蕾が開くように上から解けていった。
「・・・無事、付きましたね」
「ここが・・・魔界・・・?」
たったそれだけなのに、俺達は沈む夕日に照らされた知らない場所に居た。
 




